トム・リドル育成計画!   作:寺町朱穂

137 / 140
◯1945年1月 日記のような

●1945年 1月×日 《英語で書かれている》

 

 ひさしぶりに日記を書いている。

 いろいろあったから、詳しく日々の記録をつけていく! って決めたのはいいけど、なかなかペンを取る心のゆとりがなくて……これは言い訳でしかないけどね。

 それに、いまの私は、幸運にも日記くらいしかすることない。

 

「ノートとペンをください」

 

 って言ったら、渡してくれたのは奇跡である。

 いや、感謝感激である。本当に優しい看守さんで最高!

 

 とはいえ強烈に暇なので、どうしてこんなところにいるのかを書き記していこうと思う。

 

 クリスマスの休暇が終わり、私はトムとラシェルを駅まで送り届けた。

 フェンリールと一緒に久しぶりのロンドンを満喫しようと思っていたのだけど、駅を出た瞬間、気づいたら裏路地に立っていたのだ。息は荒く、膝をついて座り込んでいたのである。ひゅーひゅーと息が鳴るし、肺に酸素を送るので精いっぱいだった。

 駅にいたはずなのに? そもそも、どうしてこんなに苦しいの? まったく分からず混乱していると、上から声が降ってきた。

 

「やはり、時間制限があるらしいな」

「あなた……は……っ!?」

 

 顔を上げると、そこには夏頃に私をストーカーしていた魔法使いがいた。私と目が合うと、そいつはニヤッと笑った。ちらっと口の隙間から覗く舌は蛇みたいに先端が二つに分かれている。

 どうしてこいつが目の前にいるのかとか、異様なまでに押し寄せてくる疲労とか考えるべきことは山のようにあったけど、一番はっきりさせないといけないのは、一緒にいたはずの息子の居場所だった。手を繋いでいたはずなのに、あの小さな手のひらの感覚はどこにもない。私は急いで辺りに視線を走らせ、すぐに血の気を失った。

 

「ッ、フェンリール? フェンリール!?」

 

 路地の壁には、ぐったりとしたフェンリールが倒れていたのだ。しかも、額から血を流している。

 

「いま行くからっ!?」

 

 私はすぐさま駆け寄ろうとしたら、すぐに足元で火花が散る。一瞬だけ足を止めるも、すぐに知ったことかと走り出せば、今度は両足が「気をつけ!」とばかりにくっついて派手に倒れてしまった。なんとか両手を突き出して上手く転べたけど、それでも腕を擦りむいてしまう。

 誰の仕業かは明白である。

 痛む腕をさすりながら、蛇舌の魔法使いを睨みつけた。

 もちろん、彼は私の威嚇などそよ風にも感じてないのだろう。牽制するように舌を鳴らした。

 

「私の目的は1つ。お前を生きたまま連れていくことだ。抵抗することなくついてくれば、そこの少年には手を出さない」

 

 そんなことを言われたら、逆らうという選択肢が手札から消える。

 もちろん約束を本当に守ってくれるのかという疑念はあったけど……信じるしかない。

 そうだとしても、フェンリールが心配だった。

 私は両手を挙げて抵抗の意思がないことを伝えながら、蛇舌男をまっすぐ見つめた。

 

「手当てだけさせて。頭から血を流してるから……逃げないと約束するわ」

「……2分だ」

「ありがとうございます!」

 

 たった2分!

 いま考えると、なぜそこまで時間をくれたのだか……たぶん、「移動キー」の出発時間の兼ね合いだったのだろう。つまるところ、この2分には120秒以上の価値があった。

 私はフェンリールに駆け寄りながら、巻いていたスカーフを外した。

 

「大丈夫だからね、絶対に」

 

 フェンリールの頭にスカーフを巻きながら、私は言葉を繰り返した。

 フェンリールは時折身じろぎする程度で、はっきりとした意識はないようだった。それでも、遠目から見たよりかは状態は良さそうで安心する。額から血は出てるけど傷口自体は浅いし、もうまもなく止血できそうだったし、他に重篤な怪我らしいものは見当たらなかった。ここは人通りがそんなにないわけじゃないし、誰かすぐに気づいてくれるはずだ。だから、たぶん大丈夫。そそくさと怪我の容態を確認すると、私は小さな身体を力の限り抱きしめた。

 だって、たぶんこれが最後だもの。

 硬めとはいっても十分柔らかい髪をなで、頬にキスを落とした。これまでの、そして、これからする予定だった一生分のハグをこめて、ぎゅっと抱きしめる。トムやラシェルの分もこめて、最後の抱擁をした。たとえ気を失っていても、私の想いが届くように。

 

 ……そう。

 たぶん、もう二度と会えない。

 だからこれは日記というより、遺書なのかもしれない。

 いや、まだ死ぬって決まったわけじゃないし! ちゃんと食事も用意されてるし、部屋には最低限の家具以外なーんにもないけど牢獄よりはマシな環境だし! 前向きに考えるんだ、私……!!

 

 

 よし、気持ちを切り替えた。話を戻すとしよう。

 

「時間だ」

 

 事務的な言葉で、私はフェンリールを手放した。指先に残る温もりを惜しく思いながらも、約束は約束である。私は蛇舌男の手を取り、ポートキーで瞬間移動する。

 「姿くらまし」とは少し異なるぐるぐるとした目がまわる感覚に襲われる。

 たぶん、時間にして5秒くらい。だけど、私には異様に長く思えた。長い長い時間目をつぶり、不快感が波を引くように消え、とんっと床に足がつく。怯える気持ちを抑え、ゆっくり目を開けると、そこには美しい雪山が連なっていた。

 

「……」

 

 しかし、外にいるのではない。

 私の足は大理石の床についていた。リゾートホテルの部屋より少し広いくらいの部屋はかなり凝った造りになっており、寝具に机、椅子といった調度品や壁紙はブラック家に負けず劣らずの絢爛豪華さをかもし出していたが、最も美しいのは外の世界だ。磨き抜かれた窓からは、白い山々が連なっているさまがよく見える。思わず目を奪われてしまっていたが、蛇舌男の声で我に返った。

 

「お連れいたしました」

 

 私を拉致した蛇舌男は、バルコニーにたたずむ男性に声をかける。

 だから、私は精いっぱい強がって振舞った。

 

「……お招きありがとうございますわ」

「心にもないことを」

 

 グリンデルバルドはこちらを振り返ると、くすりとも笑わずに言った。

 

「アバナシー、ありがとう。退出するといい」

 

 グリンデルバルドは蛇舌男に声をかけた。

 蛇舌男ことアバナシーは、少しばかり困惑したように瞬きをする。

 

「ですが、貴方様をマグルと残しておくわけには……しかも、その女は……」

「聞こえなかったか。私は出て行けと言ったのだ」

 

 グリンデルバルドはアバナシーを見ることなく言った。

 アバナシーは機械のような敬礼をすると、逃げるように部屋から出ていった。

 広い部屋には、私たちだけになった。

 グリンデルバルドは静かな声で問うてきた。

 

「ここがどこだか分かるかね?」

「さあ……あなたの居城ですか?」

 

 私はそう答えるのがやっとだった。

 たぶん、ヌルメンガード城だと思う……と想起したところで、彼の眉がぴくりと動いた。

 

「嘘はいけないぞ、アイリス・リドル。君はいま『ヌルメンガード』と確かに考えたな」

「根拠の薄い憶測を口にして、間違えるわけにはいきませんもの」

 

 やっぱり、この男は私の心をノータイムで読んでいるらしい。まったく、どこかの誰かさんと同じことをしている。本当にある意味で似た者同士である。力の使い方や優先順位は違うけど……とはいえ、心を読まれている以上、なにかしらの対策を立てなければならないのだが、こればかりはどうすることもできない。

 私は閉心術なんてできないのだ。

 だから、あえてよけいな小細工はしないことにした。

 

「ですが、あなたも全部読めてるわけではないようですね」

 

 だって、実際にいま私が考えてることに彼はツッコミを入れられない。例をあげれば、レモンキャンディー大好きな友人だ。彼は私の思考を読みながら、ちゃんと細やかなリアクションをとってくれる。

 しかし、グリンデルバルドにはそれがない。

 現に、いま彼が言い当てた単語は城の名前だけだった。それ以降は厳しい顔のまま何も答えない。それが答えである。

 それより気になったのは、彼の様子である。グリンデルバルドはかなり体調が悪いように見えた。顔色は悪いし、目つきも刺々しい。ずっと腕を後ろで組んでいるようだが、ときどき本当に微かだったけど震えてる。

 私は莫大な不信感と小匙一杯分の心配と純粋な疑問が、全部ごっちゃ混ぜになった気持ちでこう聞いた。

 

「……それで、私はどうして連れて来られたのですか?」

「君の力が必要だからだ、アイリス・リドル」

「人質くらいしか使い道ないと思いますが……そもそも、私を人質にしても、トムを思い通りにさせることなど不可能ですわ」

「いや」

 

 グリンデルバルドはハッキリと否定する。

 

「君の知識だよ、アイリス」

「マグルの?」

「未来の知識だ」

 

 その言葉に、私の心臓が大きく早鐘を打ち始めた。

 

「未来だなんて……私はなにも……」

「君は息子たちに『嘘はついてはいけない』と教えているだろう?」

 

 痛いところをつかれ、思わず喉が詰まってしまう。

 しかし、それと同時に疑問が生じた。だからつい、挙手をしながら質問を口にしてしまう。

 

「あの……私なんかに頼らなくても、ご自身の眼があるのでは?」

 

 たしかに、彼はジョニ◯ほどハッキリとしたオッドアイではない。だが、それでも陸続きである以上、眼に関する設定も同じはずだ。

 

「視えるものは多い方がいい」

 

 彼はゆっくりとこちらに歩み寄ってきた。

 

「君は一度死んだ。そして、この世界に蘇った。君にとっては過去であり、現在である世界に」

 

 長い杖なら届きそうなほど迫ってきたところで、音も立てずに立ち止まった。彼はやや病的に見える目で品定めするかのように見てきた。髪の先からつま先まで見られる視線は、ぞわりと背筋が逆立つほど気味が悪い。思わず、私も震えてしまう。

 すると、ここでようやく彼はわずかに微笑みをたずさえた。

 

「『磔の呪い』で舌を緩めて答えてもらっても良いが、あまり手荒なことはしたくない。だから、しばらくは客人として歓迎しよう。心ゆくまで堪能するといい」

 

 それだけ言うと、彼は姿を消した。

 以降、私はこの部屋で過ごしている。約3日経過したが、幸運にも拷問にかけられたり、食事をすっぽかされることもない。監視と思われる魔女が立ってるけど、こちらに干渉してくることはない。

 

 いったい、グリンデルバルドは何を考えているのだろう……?

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。