●1945年 1月△日 《英語で書かれている》
同居人が増えた!
独り身は気が楽だけど、それはそうとして寂しかったんだよね。
この数日、ほとんど人と接する機会がなかった。一人は嫌いではないけど、この部屋に居続けるのも気が滅入る。もちろん、私は客人らしいので三食用意してもらえるのだけど、れっきとしたマグルだから食べ物を運んできてくれる方々からの視線がね……ここ、マグル大っ嫌いな人たちの巣窟だから。
そうなれば、私がすることはなく、ほとんど寝て過ごしていた。身体の気怠さがとれないのは、枕があっていないからに違いない。新しい枕が欲しいなー!
さて、話を戻そう。
新しい同居人というのは、これまた美人な魔女である。いや、違う。あきらかに美人
今朝、グリンデルバルドに連れられ、一人の女性が現れたのである。
「話し相手が欲しい頃だと思ってね。君と寝食を共にする女性を連れてきた。仲良くするといい」
グリンデルバルドはそれだけ言うと、部屋から去っていった。
豪奢な部屋には、私と彼女だけが取り残される。彼女は粗末な囚人服を纏っていた。灰色の布地は遠目から見ても毛玉だらけで、まったくもってサイズが合っていない。肩がずれ落ち、袖は何重にも折り曲げられていた。そこから伸びでた腕は枝のように細い。私はそこまで力自慢というわけではないけど、それでも少しでも力を入れたらポッキリと折れそうなほど腕も足も痩せていた。
そこしか見れなかった。
彼女の顔を見たくなかった。部屋に入ってきたとき、顔を見てしまったけど、思わず目を逸らしてしまう。短く乱雑に切られた髪も、痩せこけた青白い頬も、乾燥してひび割れた唇も、怯えたウサギのような眼も見ていられない。
だって、彼女はクイニー・ゴールドスタインだったのだ。
道行くすべての人が振り返るほどの美貌は影も形もなく、幽霊か骸骨のようにさえ見えてしまう。もとの姿を幸せそうな姿を知っているだけに、直視することができないのだ。
そんなことを考えていると、彼女はか細い声でこう言った。
「あなた、私のことを知っているの?」
「いや、知っているというか、なんというか」
そう言って誤魔化そうとしたけど、彼女は弱いながらも毅然とした声で指摘してくる。
「いま、私の名前を言ったわ。心のなかで。どうして知っているの?」
「写真で見たことがありまして。ティナさんが見せてくれたんです」
本当の話である。
少し前、ティナから結婚式の写真を見せてもらった。ちょうど、トムがジェイコブたちを連れてきたあとに「まだ妹は捕らわれているの」と写真を出しながら教えてくれたのだった。
「ティナやジェイコブも知っているのね。でも、不思議。あなたはイギリス人だって聞いていたけど……?」
「英国生まれ英国育ちですよ」
これも事実である。
私は純粋な英国生まれ英国育ちである。
「クイニーさんは、心を読むことができると聞きました」
「そのことも知っているのね」
そう言いながらも、クイニーは戸惑っている様子だった。
「ねぇ、本当にイギリス人? イギリス人は訛りがあるから読みにくいのだけど、あなたは訛りがあるというよりも、根本的に言語が違うように思えるの」
「そうですか。不思議なことがあるものですね」
たぶん、グリンデルバルドは彼女を利用して私の心を読もうとしているのだろう。
そんなことをしなくても、私は心を閉ざせないから意味ないのにね。
「クイニーさん、あなたはずっとここに?」
とりあえず、彼女は近くの椅子に座ってもらい、おしゃべりに花を咲かせることにした。
「……ジェイコブを助けようと思ったの。でも、こっちに来てすぐに捕まっちゃって……どれくらいいるのか、私にも分からないわ」
「お気の毒に」
私はそれしか返せなかった。
彼女の姿を見れば、良い扱いを受けていなかったことなど明白である。ジョナサンよりはマシな状態だが、それでも、悲惨であることには違いない。
「ここでは、なにを?」
「なにもないわ」
クイニーは気丈に笑って見せたけど、口元が震えていた。
「ただ一日、牢で過ごすだけ」
そう言いながら、彼女は腕をさすっていた。細い腕には、痛々しい傷跡が何本も走っている。彼女は口にしなかったけど、拷問も行われているのかもしれない。
そう考えると、私はここに閉じ込められているだけ、マシな扱いをうけているといえるだろう。なにもすることはないが、手痛い拷問をされることはない。
……。
しかし、なぜだろう?
なぜ、私は拷問をされない?
グリンデルバルドは私に利用価値があると思っているみたいだけど、従わせるのであれば拷問をするのが手っ取り早い。なんなら「
私でさえ、これくらいのことは考えられるというのに、それをしてこないのはどうして?
クイニーも私の心を完璧に読めるわけではないようだ。だけど、そんなことくらい、グリンデルバルド本人が分かっていそうなものだ。
グリンデルバルドは、私の知識に興味があると言った。
でも、それを無理やり引きずり出そうとはしない。私の知識はあくまで建前で、他に目的があるってこと?
●1945年 1月◎日 《英語で書かれている》
新しい枕を貰えた!
やったぜ! ふかふかの羽毛枕だ! 自宅の枕を束にしても、とうてい叶わないほどの柔らかさ! 今日は上手く寝れそうだ。おやすみなさい。
●1945年 1月◇日 《英語で書かれている》
ここでの生活にも慣れてきた。
身体は捕まってから怠いままだけど、それも日常になってきたから問題ない。
私たちにはちゃんと食事が提供されるので、クイニーも少しずつ頬に血色が戻ってきた。それでも栄養は足りていないらしく、短く切られた髪は伸びる気配がないし、色艶だって元には戻らない。
それでも、クイニーは私に対する警戒心を解いてくれたようだ。
特に、ジェイコブが無事だと知ると、それまで生気の薄かった目に強烈な光が戻った。ジェイコブの身に起きたことをすべて話した。長い長い話だったけど、幸いなことに時間だけはある。朝食のあとから話し始め、すべて語り終える頃には、西の窓から光が差し込む時間帯になっていた。
「ああ、ジェイコブ……」
クイニーは顔を覆いながら、頭を深く落とした。
「良かった……彼が助かって……あなたの息子さんたちは命の恩人よ」
クイニーは嗚咽交じりに言った。
「ありがとう。本当にありがとう……っ!」
「ここから出たら、トムたちに伝えに行きましょう」
「……無理よ。私、魔法を使えないもの」
クイニーの目はたちまち曇ってしまった。
「ここから逃げるなんて無理よ」
「ですから、再会するときを待つんです。大丈夫。なんとかなりますよ」
私は励ますように彼女の背中をさすった。
「ジェイコブさんが、あなたが最初に作ってくれた料理がとても美味しかったって話してくれたんです。なんて料理だったかは名前は忘れてしまったんですけど……パイみたいな形をしていて、えっと……」
「シュトゥルーデルよ」
「それです! よかったら、レシピを教えてくれませんか? 私も子どもたちに作ってあげたいんです」
そのように頼み込めば、彼女は目元に浮かんだ涙を指でこすった。
「ええ、もちろんよ」
クイニーはたくさんの料理を教えてくれた。いくつか、ジェイコブから習ったというパンのレシピも話してくれた。とはいえ、ノートはこれしかない。だから、覚えている限りのレシピをここにこれから綴っていこうと思う。
望みは捨てなければ、道は開けるものだ。
なんとかなる、と思いながらね。
※(しばらく、料理のレシピが記載されている)
●1945年 2月〇日 《英語で書かれている》
ひさしぶりに日記を書く。
あまりにも何もない日々だったから、特に書き残しておきたいってこともなかったのだ。クイニーとおしゃべりする他は、やっぱり寝ることくらいしかやることがないわけだから……それに、またノートをくれる保証はない。大切に使わなければ……!
毎朝、窓の外の山を眺める。山を見るとなんとなく落ち着くものだ。イギリスってあまり山がないから、逆に珍しくて落ち着くという意味である。他意はない。ただ、毎日この素晴らしい絶景が見えるというわけではなく、分厚い霧と雲に覆われていることもあって、そういうときは山は影も形もなく、がっかりとした目覚めから始まる。
クイニーとは、いまではすっかり良い友だちだ。
こういう境遇でなければ、あまり接点がなかったような人だけど、だからこそ結束が深まったように思える。
とはいえ、彼女はグリンデルバルドが連れてきた人だ。
ほぼ確実に、私の心を読むために傍に置かせているのだろう。実際、私が寝たあと、夜にこっそり出ていこうとしているところを目撃したことがある。
「トイレに起きたの」
って言ってたから、それを信じたいところだけど……。
でも、彼女が悪い人ではないということは確実だ。どちらかといえば、根っからの善人である。ジェイコブと添い遂げるために暴走してしまったことはあったみたいだけど、いまは反省しているように見える。今回、仮にグリンデルバルドと何かしらの取引をし、私の心を読む仕事についているとしても、悪意からではなく、どうしてもやむを得ない事情があったのだろう。
朝、泣いているところを見たことも何度もあるし……心から笑っているところを見たことはない。
たぶん、この日記も読まれているのだろうなー。
いや、読まれてまずいことは書いてないけどね! ちゃんと疑われないように英語で書いてるから!
しかしながら、彼女の密命は続いていることは確かだ。
依然として、クイニーは私の心を完全に読むことはできていないらしい。単語や名前は分かるみたいだけど、詳しいところまで踏み込めていない。もちろん、読めないふりをしているってことも考えられるけど、私としてはそれはないと断言できる。ここしばらく彼女と接してみて、嘘をつくことが苦手な人だってことは分かったのだ。
このあいだの「トイレ」発言したときも、ぎくしゃくとした声だったから間違いないだろう。
彼女を介して、グリンデルバルドの真の目的を探れたら良いのだけど……なかなか上手くいかないものだ。
●1945年 2月×日 《英語で書かれている》
……トムは大丈夫かな?
フェンリールの怪我は治ったかな?
ラシェルとジョナサンは元気でいるかな?
息子たちのことが心配でたまらない。
ここに来てから、一か月あまり。私が捕まっていることは知っているはずなので、無茶なことだけはしないで欲しい。例えば、私を助けに来るとか……うん、それだけは絶対にダメだ。あまりにも危険すぎる。
駄目だ。
最近、眠くてたまらない。
寝ても寝ても疲れがとれない。
クイニーも心配してくれている。
「大丈夫? 一日のほとんど寝てるわよ」
ってね。
だから、私は彼女に聞き返した。
「私、そんなに寝てる?」
「朝食をとってから夕食になるまで寝て、それからまた朝まで寝ているのだもの」
「そんなに寝てる!?」
私は唖然とした。
「……寝すぎて疲れが取れないのかしら」
いまだって、ペンを持つことが億劫になるくらい疲れている。
眠っても眠っても、まだ寝たりない。かといって、クイニーの反応を見る限り、夢遊病みたいに意識外で動いているわけではなさそうだけど……どうなのだろう?
この途方もない疲労感が、なにか魔法的なこと由来でないことを祈るばかりだ。
次回更新は8月16日(日)を予定しております。
次で6章が終わります。