●1931年 12月25日
朝から、トムはすごいご機嫌。
人生最良の日!って顔をしている。
「アイリス! まくらもとにプレゼントが!」
朝、食事の支度をしていると、トムは駆け足で階段を降りてきた。
トムは赤と緑でラッピングされた箱を大事そうに抱え込み、頬を上気させながら、こちらに駆け込んでくる。
「アイリス、ありがとう!」
「サンタクロースからよ」
食卓にベーコンとスクランブルエッグが乗った皿を並べながら、私はふふっと笑った。
「サンタなんていないさ!」
「10歳まではサンタクロースがやってくるの。さあさあ、顔は洗ったわね? 終わったら、早く席に着きなさい。朝食がさめちゃうわ」
あくまで、私が「サンタクロースからのプレゼント」というスタンスを崩さないことを悟ったのか、彼はそれ以上、サンタについてとやかく言わなかった。
「アイリス、プレゼントを開けてからでいい?」
「もちろん!」
私が言えば、トムは嬉しそうにサンタクロースからのプレゼントを開けた。
「ロンドンばしがおちた……?」
トムは「こんな話、知ってるよ」という顔をしたのもつかの間、絵本が内容に見合わない分厚さをしていることに気づいたらしい。半信半疑といった様子でページをめくった途端、彼はあっと声を上げた。
「うわっ!?」
先程までとは一変、興味津々にページをめくり始める。
それもそのはず。これは「ロンドン橋がおちた」のしかけ絵本。マザーグースの歌詞に合わせて、ロンドン橋が崩れる様子が飛び出してくる逸品だ。
絵本を送るのであれば、クリスマスにちなんだ一冊がよかったのかもしれないけど、「クリスマスキャロル」はトムに早い気がするし、「くるみ割り人形」はロマンチックすぎてトムの興味をひかない。「マッチ売りの少女」や「モミの木」は可哀そうで私が好きじゃないし、プレゼントにするには寂しすぎる。
というか、アンデルセンの童話はなんであんなに物悲しいのだろう?
童話なのだから、ハッピーエンドを書いてほしい。特に、人魚姫は書き直しを要求する!もしくは、続編を作って、人魚姫には幸せになって――……ッと、話が脱線した。
いろいろと考えて、しかけ絵本ならプレゼントにちょうどよいと選択したのである。
「トム、朝食は?」
トムが何度も何度も熱心に読み返し、しかけを確認するものだから、私がこほんと咳払いをした。ようやく彼は名残惜しそうに表紙をなでると、風のような速さで洗面所に向かった。プレゼントに心躍らせる姿は、年齢相応の姿に見えて可愛い。思わず頬を緩ませていると、瞬く間にトムが朝食をとりに戻って来た。
「……ねえ、アイリス。あっちはどうするの?」
トムはトーストを食べているうちに、ようやく他のプレゼントの存在に気づいたらしい。ちらっと、黒い眼がクリスマスツリーに向けられた。
クリスマスツリーの根元には、数日前からプレゼントの小さい山ができている。
「ぜんぶ食べ終わったら、開けてきていいわよ」
「ぜんぶのプレゼントを?」
「ええ。ぜんぶ、トムのプレゼントだから。私宛のプレゼントは、朝早くに自分の部屋に運んだもの」
そう言うと、トムは驚いたように目を丸くする。
「ぼくに3つも? いったい、だれから!?」
「そんなに驚くことかしら?」
「だって、いままで……」
トムはそこまで口にして、一度口を閉ざす。しばらく考え込むように目を閉じながら、ゆっくりと考察するように呟き始めた。
「1つはアイリスからだ。さっきの本はサンタクロースからだから、アイリスからもらってない」
「正解。あと、2つは?」
トムはかなり悩んでいたが、どうやら思いつかないらしい。
「だれから?」
「隣のスミスおばさんとマーチバンクスさんから」
本当、トムはご婦人方から可愛がられている。
スミスおばさんもマーチバンクスさんも、ときどきお茶会に誘いに来る。特に、マーチバンクスさん! トムがクインシーのヴァイオリンのレッスンに行くとき、彼女はほぼ必ず帰りに待ち構えており、「うちにあがっていかない?」と誘ってくる。彼女は本当に多忙な役所勤めと聞いていたが、どうやって都合をつけているのだろうか……? まさか「どこでもドア」みたいに一瞬で移動していたりして。いや、ここはハリポタ世界らしく「姿くらまし」になるのか? まあ、いずれにせよ、マーチバンクスさんは多忙な役所勤めだって聞いてるから魔法使いではないし、そもそも魔法使いならマグルの家を借りるわけがない。
ちなみに、お二方からはチョコレートの大きな箱とパウンドケーキをいただいた。
私からのプレゼントは、手編みのマフラー。
睡眠時間を削り、緑の毛糸で頑張って作った。前世の感覚だと、手編みのマフラーなんて重い気もするけど、イギリス人ってけっこうハンドメイドを贈る。私も幼いときはおばあちゃんから手編みのセーターを毎年貰っていたし、手編みのハンドメイドを仕込まれたものだ。
……とはいえ、おばあちゃんと比べて、セーターを編めるほどの腕前はない。マフラーだって編むだけで精いっぱい。来年は柄を編めるくらいには成長したいと思う。
「あまりうまくないね」
トムは緑のマフラーを手に取り、つまらなそうに呟いた。
「このあたり、かなりほつれてる」
「来年は頑張るから」
トムは返事をしなかった。
あまり喜ばれなかったかな、とがっかりしたけど、私の子ども時代を思い出しても、おばあちゃんのセーターは嬉しい反面、手作り感満載で恥ずかしく、年齢を重ねるごとに「クリスマスは他のものが欲しいな」とねだりたくなったっけ? おばあちゃんに申し訳なくて、そんなことは言えなかったけど。
あとは、他に特別なことはしてない。
どこか行こうかなって思ったけど、クリスマスは日本のお正月以上にお店はやっていない。
せっかく雪が積もっているので、近くの公園に出かけて雪合戦とかしてもよかったかもしれないし、もう少し足を伸ばしてテムズ川でスケートなんてしてもいいかもしれなかったけど、なんとなく家で過ごした。暖炉の前で、本を読んだり、トランプゲームをした。ババ抜きをしたが、トムは顔にまったく現れないので心理戦のしがいがあった。他にも神経衰弱や大富豪を一緒にやった気がする。トムは大富豪初体験だったみたい……もしかしたら、大富豪って日本ならではのゲーム? そういえば、転生してから一回もやっている人を見なかったなー。
ちなみに、トムは負けそうになると明らかに不機嫌になる。
だが、手加減はしない。
そういえば、何か月か前、トムが負けそうになったときに魔法で「カードの絵柄を変える」というずるい勝ち方をしようとしたことがあった。そのときは、「ずるい勝ち方はカッコよくない」と指導したっけ。
「負けても、何度も何度も勝負を挑めば、いつかは勝てる。たとえ最後まで勝てなくても、ちくしょう!って思って諦めない気持ちは必ず武器になる」的なことを話してから、トムは私の前ではズルをしなくなった。
今日も負けるたびに「もう一度」と繰り返し、最終的なトータルの勝ち数はトムの方が多かった。
夕飯は豪華に。
トムに具材をかき混ぜたり食器を並べたりすることを手伝ってもらいながら、クリスマスディナーっぽい食事をテーブルに並べた。他の人と祝うクリスマスなんて数年ぶりだったし、自分で一から用意するのはほとんど初めて。特別な料理が多かったから、かなり用意に手間取ってしまったけど……来年はクリスマスプディングとかローストビーフにも凝りたいものだ。
トムもそれなりに楽しんでくれたと思う。
「チキンも悪くない」
彼の口からそんな言葉を聞けただけで、良かったというものだ。
●1931年 12月2×日
最近、トムの指が硬くなってきた。
手をつないで歩くとき、柔らかかった指先が硬くなったことを感じる。
それだけ、ヴァイオリンの練習に励んでいるということなのだろうけど、不思議と皮がめくれているのを見たことがない。もしかして、魔法で傷も治しているのだろうか? ハリポタでも、魔法で傷を治そうとするシーンがあった気がする。スネイプ先生がマルフォイの切り傷を癒したり、ロックハートがハリーの折れた骨を治そうとしたり……後者の方は失敗して、骨がなくなったけど。
だから、今日は思い切って「魔法で治してるの?」と尋ねてみることにした。
「そうだよ」
トムからの返事は、あっけないものだった。
「ヴァイオリンの練習をすると、指の皮のここのところがめくれるんだ。そりゃ、いたいけど……なおれって魔法をかけたらなおる」
結果は予想していた通りなのだが、へぇっと感心してしまった。
「アイリスもケガをしたら教えて。なおしてあげる」
「ありがとう。トムは魔法もヴァイオリンもどんどん上達するわね」
「ふん」
トムは、途端に不機嫌になってしまった。
「魔法はもっとためしたいことたくさんあるし、ヴァイオリンはまだまだだよ」
トムはそう言うが、ヴァイオリンはマジで上達が早い。
私なんかより肘が上がってるし、楽器を持つ角度もいい。弦の使い方も上手だし、音の響かせ方が初めてから1カ月ほどだとは思えないほどだ。いまは、きらきら星が終わり、カノンを練習しているようだが、普通にリズムもいいし音も整っている。
トムの上達っぷりを見ていると、半年練習してあの程度だった私って……と落ち込む。とはいえ、働きながらヴァイオリンを練習していた自分とトムとでは、ヴァイオリンと向き合う時間が段違いだということを考慮すれば当然の結果ということになるのか、
それとも、トムはやはりいろいろな意味で「天才」なのか。
このあたりのことは、まだよくわからない。
クインシーにトムの上達っぷりを聞いても、
「筋は悪くないけど、初心者なんてこんなものだよ。天才かどうかは、まだ分からないさ」
と、答えられてしまった。
話を戻そう。
今日は、ロンドン動物園に再チャレンジした。
ヴァイオリンの年内最後のレッスンがあるから短い時間でのチャレンジになったけど。
私たちは、ウィニーのところは今日も人気で人だかりができているのを横目で見ながら、目的の爬虫類館へ足を急いだ。ロンドンの冬は厳しい。極寒の風は肌を刺すように痛く、心なしか歩調もどんどん速くなりがちだ。そういう天気事情もあってか、屋内展示の爬虫類館は外に比べてそれなりに人が多く集まっていた。
「トム。蛇とお話しできる人は少ないから、アイコンタクトでお話ししてね」
「あいこんたくと?」
「目でお話しするってこと。頷いたり、首を横に振ったり……今日は人がたくさんいるから慎重にね。人がいないときは、小声なら話していいと思うけど……」
「わかった」
トムは大きく頷くと、まっさきに蛇のコーナーへ向かった。
ハリーが見ていた蛇と同じ種類なのかどうかは知らないけど、とても立派なニシキヘビだった。ニシキヘビは退屈そうにとぐろを巻いていたが、トムが見ていることに気がつくと、頭をゆっくり持ち上げる。ふたつの爬虫類独特のぎょろっとした丸い目は、まっすぐトムの黒い眼を見つめていた。ここで注目すべきところは、他にも蛇を見ている人はいるのに、ニシキヘビはトムだけを見ていることだ。トムもそれに気づいているのか、少し嬉しそうに口元が笑っている。
「ねぇ、へびさん。こっちむいてよ」
「そのこばかりずるいよ」
周りで見ている同じ年頃の子たちから不平不満が飛び、親たちがとんとんっとガラス窓を叩いたり、ちょっと大きな声で呼びかけたりして、自分の子どもたちの方に蛇を注目させようとするが、ニシキヘビはトムから目を逸らすことはない。さすがに、周りの親子たちも「これは変だぞ」という目をし始めたので、私はトムの肩を軽く叩いた。
「トム、行くわよ」
そこではじめて、トムは私の存在を思い出したらしい。渋々と言った様子で頷くと、蛇に向かって「ばいばい」と手を振る。
すると、驚くべきことに、蛇が「またね」とでもいうように頷いたのだ。軽く尻尾を振り、ばいばいとしているようにさえ見える。おそらく、見えるのではなく実際にトムとの別れを惜しんでいるのだろう。これを目撃した周りの親子たちは気味悪がって離れる者もいたが、多くは「芸を知っている蛇なのか!」と色めき立ち、ニシキヘビに同じことをやるようにと命令し始めた。この隙に、と私はトムの手を引いて、変な注目を集める前に爬虫類館を出た。
そのまま、昼食もかねて動物園内のレストランに入り込む。レストランは混みあっていたが、席は確保することはできた。
「どうだった?」
私は紅茶とサンドイッチをテーブルに置くと、トムに開口一番尋ねた。
「やっぱり、僕は蛇と話せる」
トムは興奮で頬を赤くしながら、サンドイッチを頬張った。
「アイリス、最後の見た? 蛇がお辞儀をして尻尾を振ったとこ」
「びっくりしちゃった」
「周りに人がいなかったら、いろいろ話せたんだけどなー。アイリス、今度は人が少ない時期に連れて来てよ」
「もちろん」
長期休みと被らない平日の午後とか空いている日を見繕わないと……、と考えながら、紅茶を飲むのだった。
今度は、できれば空いている日に動物園へ来ようと思う。
そのときは、トムの蛇語が聴けるといいな。
※投稿後、サブタイトルを一部変更しました。