朝日が昇り、冬の空高くに太陽が輝いている。
作戦開始から、約12時間が経過しようとしている。いまや広場には250人近いデルフィーニが座り込み、ひたすら「蘇りの石」を探していた。
最初のデルフィーニはいら立ちを隠せず、荒々しい舌打ちをした。
「ったく、まだ見つからないの……時間が想定よりかかり過ぎてるわ――っ!?」
そのときだ。頭の内側から針で刺されるような痛みが走る。デルフィーニは顔を歪めると、時計を力強く握りしめる。そのままぐにゃりと視界が何者かに握りつぶされるように曲がり、吐き気を催す不快感が込み上げてきた。
「――ッ、はぁ……っ!」
デルフィーニは痛みに引きずられる思考を引っ叩き、現実に意識を戻す。気がつけば、地面に座り込みそうになっていた。膝をつきかけていた足を伸ばし、深く息を吐いた。
(……ええ、分かってるわ。分かってますとも)
デルフィーニは少しだけ目を閉じ、いつのまにか荒くなっていた呼吸を整える。
逆転時計を使い、自分を増やす。自己の認識さえしっかりしていれば自分を保てると思っていたが、ここまで来るとデメリットが牙をむき始めていた。
過去に戻るたびに、自分が増えていく。すなわち、それは過去の自分の記憶が塗り替えられていくということだ。最初の方は問題ないが、繰り返すごとに辻褄が合わなくなっていく。それを強引に合わせようとすれば、肉体的に問題はなくても、精神的に無理が生じて当然である。
(でも、私には……これしかない)
デルフィーニが時計が壊れるほど握りしめ、覚悟を胸に刻みつける。
「大丈夫。石が落ちている可能性のある場所は確実に狭まっている。あと少し。あと少しで、私の願いが叶う」
自分に言い聞かせるように呟いた、その時だった。
「なんだ……これ」
怯えたような声が、思考に割り込むように飛び込んできた。
デルフィーニが退屈そうに目を向ければ、広場の端に2人の人影が立っていた。スリザリンの制服を着た二人組は、デルフィーニにとって――そして、彼らにとっても忘れられない人物である。
「あら、御機嫌よう。アルバス・ポッターとスコーピウス・マルフォイ」
デルフィーニはとびっきりの微笑みを向けた。
「てっきり、保護者の方が来ると思ったのだけど……理由を聞いても良くって?」
「僕たちの事情を話す前に――これはなんだ?」
アルバスが気丈に言ったが、膝が笑っている。
「なんで、こんなたくさんの君がいるんだ?」
「逆転時計の応用よ。私流の多重影分身」
くすくす笑いながら、長い髪を手で揺らした。
だが、アルバスもスコーピウスも自分が編み出した素晴らしい理論を理解できないらしい。アルバスが口をパクパクさせ、スコーピウスは恐怖で目を丸くしている。
デルフィーニは困ったように首を傾げ、親切に説明してあげることにした。
「私は失われた物を探しているの。でも、一人だと見つからない。だから、逆転時計で自分を増やしているのよ」
「……まさか……そんなことをしたら、正気じゃいられない!」
スコーピウスが首を振りながら、愕然と叫んだ。
「ハーマイオニー・グレンジャーでさえ、逆転時計ですべての授業を受けていたとき、おかしくなったんだ! 同じ時間に同時に自分が存在するのは、それだけで精神に多大なる負荷がかかる! こんな……こんな数の自分がいたら……ありえない!」
「ありえない? ありえないことなんてね、ありえないのよ」
デルフィーニは楽し気に頬を緩ませ、手をパンっと合わせた。
「魔法はね、奇跡だって起こせるのだから」
「君は……なにをしようとしてるんだ?」
「さあ、次はあなたたちの番よ。どうしてここに来たの?」
デルフィーニはアルバスたちの相手をすることに決めた。
200人を超える自分は、こちらに目もくれずに足元の石を拾っては消している。すでにこの場所が露見している以上、ますます時間がない。比較的自由に動けるのは、時計係を務める最初の自分しかいなかった。
「ほら、早く言いなさい。そうしたら、私の目的も話してあげる」
「……スコーピウスが飛行練習したときに見つけたんだ」
アルバスが悩みながらも口を開く。
「僕たち、ちょっと早くに帰ってきたんだ。クリスマスが終わって、すぐにね。今日はスコーピウスと一緒に箒の練習をしてたんだ。そしたら、禁じられた森に開けた空間が見えて――」
「なるほどね」
デルフィーニは両手を合わせたまま頷いた。
確かに、ここだけ異様に開けていた。周囲には木が一本も生えていない。空から見下ろせば、すべて丸見えだろう。
「つまり、保護者はまだ気づいていないということかしら?」
「いや、伝えてある」
スコーピウスがこちらをまっすぐ見つめたまま、はっきりと言い切った。
「禁じられた森の異変だ。寮監にも、ネビル先生にも、マクゴナガル先生にも伝えてある」
「嘘はいけないわよ」
デルフィーニは口角を上げた。
「大人たちが知っていたら、大事な生徒を『禁じられた森』なんかに行かせないもの」
「スリザリン生だからね。大人の目を掻い潜ることは得意なのさ」
スコーピウスが表情を強張らせながらも言い返してくる。しかしながら、目がわずかに揺れていた。
デルフィーニはやれやれと肩を落とし、「そういうことにしておきましょう」と告げた。
「それが本当だとしても、面倒な人たちが来るまで時間があるわ。私が目的を果たすまで、大人しく待っているのであれば見逃してあげる」
「君の目的は……ヴォルデモートの復活だろ?」
アルバスは微かに震えながらも話しかけてきた。
「それが目的なら、どうして過去に行かないんだ? 逆転時計を持っているのに!?」
「ただ過去に戻っても意味がないの。それだと、お父様は幸せにならない」
「ヴォルデモートの幸せだって?」
アルバスとスコーピウスは怪訝そうに目を見合わせる。両者ともに理解できないといった様子だった。
「君は……お父さんに会いたかったんじゃないのか?」
「残念ながら、いまは違うわ」
デルフィーニは合わせていた両手をようやく離し、くるりと杖を手の中で回した。当然、アルバスとスコーピウスは警戒し、互いに寄り添いながら杖を構える。そんな二人の様子をどこか楽しく見つめながら、デルフィーニはスカートの裾を両手で軽くつまんだ。これから戦うとは思えない仕草に、アルバスは眉間に皺を寄せながら疑念を呟いていた。
「……なにをしてるの?」
「しばらく大人しくしてなさい」
デルフィーニは薄い微笑を張り付けたまま、裾を少しばかり持ち上げる。すると、そこに隠しておいた拳大の噛み噛み白菜が転がり落ちた。噛み噛み白菜が地面に触れる直前、デルフィーニは杖を振り、白菜に成長の魔法をかける。それまで大人しかった幼生の噛み噛み白菜は瞬く間に成体となり、ぱっかりと牙のある口を広げた。
「
短く魔法を告げれば、噛み噛み白菜たちはアルバスたちに襲いかかる。
「しばらく戯れていなさい。私、いまは無駄に魔法を使うつもりがないの」
デルフィーニはアルバスたちに背を向ける。彼らの悲鳴と白菜が牙をむく音を背中で聞きながら、200人を超した自分を見つめなおした。
「『
消失呪文が聞こえ、デルフィーニは弾かれたように振り返った。物体を消失させる呪文は難易度が高い。実力がなければ、マッチ棒一本すら消すことはできないのだ。ましてや、噛み噛み白菜のように複雑な魔法植物を消すのは第一線級の魔法使いでないと不可能なのだ。
「……ネビル・ロングボトム」
そこにいたのは、精悍とした魔法使いだった。彼はアルバスたちを庇うように杖を構えている。
「君たちが『禁じられた森』に入るところを見てしまってね。あとを追いかけて来てみたら……これは、どういうことだ?」
「ロングボトム教授。私を止めるのは感心しませんわ」
デルフィー二は冷静に返した。
「私の望みが叶えられた暁には、あなたのご両親も生きている世界になるというのに」
「お前の望みは、ヴォルデモート卿の復活だ。ならば、その世界で両親が生きているわけがない」
「いえ、ほぼ確実に生きているでしょう」
くすっと蠱惑的に微笑む。警戒する表情をあざ笑うかのように、デルフィー二は楽し気に振舞ってみせた。
「お父様が闇の道に進まなければ、ロングボトム夫妻もポッター夫妻もご健在なのですから」
「…………なに?」
ネビルの眉間に皺が寄る。
デルフィーニは畳みかけるように言葉を重ねた。
「それだけではないわ。アルバス・ダンブルドア、アラスター・ムーディー、セブルス・スネイプ、フレッド・ウィーズリー、ルーピン夫妻も、一人とし戦って命を落とすことはないわ。ええ、もちろん、よけい者のセドリック・ディゴリーもね。優秀なホグワーツの代表として、トーナメントを勝ち進めることでしょう」
「馬鹿な!」
ネビルが杖で狙いを定めながら、微かに震える声で尋ねてきた。
「そんなこと、できるわけがない! ヴォルデモートが光の道を進むなんて……っ!」
「可能よ。幼少期に救いがあれば」
デルフィーニが笑えば、背後にいた数人のデルフィーニもつられたように笑った。くすくす笑いが辺りに満ち、さすがのネビルもギョッとしているようだった。
「ただ過去に戻っても意味がないの。私だけの愛では、お父様を救えない」
自分が過去に戻り、トム・リドルを救ったとする。なるほど、当初は上手くいくだろう。だが、自分自身――誰かに愛された経験がほとんど皆無。誰かに愛を与えられる自信がなかった。トムを育てようとして、上手くいかずに投げ出してしまったら意味がないのだ。
「だから、あいつを蘇らせるの。蘇りの石で、お父様に愛を与える人を復活させる。その人の魂を持って、私は過去へ飛ぶの」
「狂ってる」
スコーピウスが震える声で言った。
「ヴォルデモートに愛を与える? 誰かを復活させて、その人に愛させるなんて……正気の沙汰じゃない! そもそも、そんなことをしたら、歴史がおかしくなる!」
「でも、その方が幸せでしょう?」
デルフィーニが言えば、ネビルもアルバスもスコーピウスも押し黙る。
トム・リドルが正しく育ち、ヴォルデモートが産まれなければ――先ほど挙げた人物は死なずにすんだ。それ以上の命が救われるのだ。
デルフィーニは、勝ち誇ったように杖をくるくると回した。
「そう、私の計画を一言で例えるなら――」
デルフィー二は少し前に読んだ
だから、デルフィーニは漫画のタイトルを拝借する。
「『トム・リドル育成計画』」
デルフィー二は幼子が「キャンディー」と発するような甘い声で言い切った。
当然、ネビル達には伝わらない。理解できないようで「何を言ってるんだ、こいつは」という顔をされている。
「伝わらなくてもいいわ。だから、邪魔しないでくださいな」
「……嫌だ」
しかし、これに反旗を翻す囁きが零れた。
デルフィーニは冷たい目で、その人物を見据える。
「……アルバス。あなたなら分かってくれると思っていたのに」
「これまで、みんなが命がけで紡いできた歴史があるんだ。それを……一人の身勝手で消していいはずがない!」
アルバスはそう言うと、杖を構えて走り出す。
デルフィーニは真顔で「そう……」とだけ告げる。
「残念。なら、そこで眺めてなさい」
その辺の木の棒を黄色いリボンに変身させ、あっという間にアルバスと――その後ろで援護のため走ろうとしていたスコーピウスを木に縛り付けた。
ネビルがすぐに攻勢に転じることは目に見えていたので、デルフィーニは後ろの自分に注意を呼び掛ける。
「五番目から四十五番目までの私、手伝え!」
デルフィーニが叫べば、四十人のデルフィー二がすぐさま杖を構えて戦闘態勢になった。
「「「「「
四十人同時に、ネビルに向かって凍結呪文をかける。ネビルはすぐに盾の呪文を展開させたが、盾が受けるのは四十本の青い閃光。ただの魔法使いの呪文なら耐えられただろうが、すべてがデルフィー二の魔力で綴られたものだ。通常の威力の四十倍ともなった凍結呪文は、地表をえぐるほどの威力を誇る。そこらの失神呪文など目ではないほどに強力な一撃となっていた。
「……っ、く、はぁ!?」
ネビル・ロングボトムの盾でも耐えきれるわけもなく、あっけなく粉砕され、彼の身体に直撃する。ネビルは両手両足が固まった状態で吹き飛ばされ、地面に転がるしかなかった。
「十人程度でも良かったわね。でも、これで軽く一日はそのままよ」
と、デルフィー二が笑った、そのときだった。
「あった……」
二百一番目の自分が歓声を上げた。
デルフィーニが駆けよれば、彼女の手のひらには黒い石が握られている。デルフィー二がその石を手に取ると、辺りはしん……と静まり返った。
(あのマグル……名前も知らないけど、彼女に会いたい)
デルフィーニはそう願いながら、石を手の中で回した。
すると――……
『デルフィー』
悲しげな人影が現れた。
その顔も背格好も、どこから見ても、自分が会いたくてたまらなかった平和ボケしたマグルだった。ゴーストのように不鮮明ではなく、それでいてこの世のものではない輝きを放っている。それでいながら、彼女の表情はどこまでも寂しそうに歪んでいた。
『これは……どういうこと?』
「ねぇ、マグル。私はあなたに一緒に来て欲しいの」
デルフィーニはマグルに手を差し伸べた。
「私と一緒に過去に行くのよ! それでね、一緒にお父様を救うの! 大丈夫、あなたならできるわ!」
『それは……本当にやっていいことなの? 歴史がおかしくなっちゃう。原作ブレイクなんて、絶対にダメだよ!』
マグルは辛そうに言うと、少しだけ表情を緩めて微笑みかけてくる。
『ねぇ、デルフィー。私はね、あなたと暮らせて楽しかったよ。そりゃ、死んだことは悲しいけど……最期に最高の友達と過ごせて嬉しかった。だからね、この世に後悔はないの。でも……あなたがしようとしていることが達成されたら、デルフィーはどうなるの? 私の――一番の友達は、消えちゃう。そんなの耐えられない……っ!』
悲痛の訴えだった。
デルフィー二も心が痛み、杖を持つ手が少し下がる。
それを見て、マグルは微笑みながら歩み寄ってきた。
『私はね、あなたが生きているだけで十分なの。その時を迎えたら、私の所に来て。私も迎えに行くから』
「……マグル……」
デルフィー二も頬を緩め、彼女に手を伸ばす。そして――……
「本当、運のない人――いまだ!」
がしっと、マグルの腕をつかむ。
本来ならつかむことはできないだろう。今のマグルは魂だけの存在だ。触ることなどできるはずがない。事実、つかんだわけではない。上から押さえているように見えるだけだ。だが、その状態でデルフィー二たちは呪文を唱えた。
「「「「「
250人のデルフィー二が同時に呪文を唱える。物体ではなく、マグルの魂に向かって叫んだ。
『や、やめて――っ、私が、千切れる――痛い、ようっ! 痛い、痛い痛いっ!!』
マグルが悲鳴を上げ、森を震わせた。鳥が逃げるように羽ばたき、森全体がざわめき始める。空にも悪雲が立ち込め、雷を轟かせていた。まるで、世界の運命を壊すことを阻止するかのように、豪風が吹き荒れ始める。
「ごめんなさい。すべてが終わったら、私を世界一嫌いだと言っていいから」
『一番の友達』と言ってくれたマグルの魂。
その本体は、いまだに天の世界にある。蘇りの石でこの世に連れ戻したのは、その一部に過ぎない。つまり石の効力が切れたが最後、天に戻らないといけないのだ。
だから、地上に現れた魂の一部を切り取り、天の世界との接点を強引に断ち切る。蘇りの石とは関係なく、マグルの魂を地上に漂う状態へと堕とすのだ。
『――う……うう……』
マグルの魂は天に戻る術をなくし、地表に倒れるように崩れ落ちた。デルフィーニは、この日のために編み出した特殊な魔法で拾い上げる。そのまま、マグルの頭に杖を突きつけた。
「
念のため、自分と出会った数か月の記憶を消す。
彼女が魔法を知った状態で遡行した場合、そこそこ都合が悪い。具体的には、自分を過去に戻した魔女を探し求めることを重視しそうだし、万が一にも「デルフィー二と会いたい」なんて思われては困る。
「ただの転生」と思わせておいた方が都合が良いのだ。
「お父様はね、世界の因果を変える魔法を使ったのよ」
デルフィーニは歌うように告げる。
その最たる例が、「闇の魔術に対する防衛術の教師を一年で失職させる呪い」だ。
概念に魔法をかける行いは、その頃から存在した。他にも、術者は不明だが「チャドリー・キャノンズが優勝できない呪い」も恐らくは概念にかけた魔法だろう。
「さあ、これから過去へいきましょう。私が250人もいるんだもの。世界の因果を一つや二つ、曲げることなど簡単よ」
デルフィー二は気を失ったマグルの魂を抱えながら、高笑いをした。
「器にするにちょうど良いマグルの『リドル家』も見つけてあるの。赤子のうちに殺して、肉体を乗っ取るのよ。あとは、少しばかり因果を操作して、あなたがウール孤児院に行くようにすればいいだけ。それで十分よ。あとは、あなたに任せるだけ」
もちろん、それは世界の真理に背く行いである。
そこに存在したはずの人間が一人、二人消えてもおかしくない。いや、他人が消える程度なら良い。問題はそれを行った本人が無傷でいられるはずがないということだ。
「いずれ、正しい絶望を与えられたとしても……これが正しい行いだから」
デルフィーニは逆転時計を祈るように握りしめる。
「残りの私は因果の操作に専念して。私は――行くわ」
そう言うと、デルフィー二は逆転時計を起動させた。
残された自分たちの歓声とアルバスとスコーピウスの悲鳴も遠ざかり、世界が目まぐるしく逆転していく。
この世界の過去へ、貴方にとっての未来へ。
間章「忘却福音」はこれにて終了です。
次回からは、アイリス・リドルの日記に戻ります。
いつも感想をいただき、ありがとうございます。楽しみながら読ませていただいております。誤字の指摘もありがとうございます。いつも助かっております。
ついに、次回からは最終章に入る予定です。最後まで全力で駆け抜けていきたいと思っておりますので、今後とも応援よろしくお願い致します。
なお、次回は10月25日の更新を予定しております。
また一週間空きますので、お気を付けください。
《デルフィーニの頭に過ったマグルの作品》
※あくまで今回の話に限定しています。
・「鋼の錬金術師」
・「BLACK LAGOON」
・「碇シンジ育成計画」
・「BLEACH Spirits Are Forever With You」
・「魔法少女まどか☆マギカ」