今回からアイリスの日記に戻ります。
どうか最後までお付き合いいただけると嬉しいです。
そして、私は眠りにつく
生まれ落ちた 貴女のなかで
目覚めたとき それは終わりの幕開け
終末の鐘は すぐそこに
●1943年 3月1日 《日本語で記されている》
前世日本人だとバレてしまった。
英語で日記を綴り続けることも考えたけど、発覚してしまったのだから開き直ることにした。読めるものなら読んでみろ、である。盗み見する連中に、わざわざ読みやすくしてやる必要はない。
せいぜい世界で一番難しい言語を解読しろ! そして、日本の恐ろしさに震えろ! である。
さて、前世バレした経緯を記してみる。
起こされてすぐ、グリンデルバルドのもとに連行された。グリンデルバルドはますますやつれて見えた。少し病的な目をこちらに向け、静かにこう尋ねてきたのだ。
「お前は日本人だな」
「私は生粋の英国人です」
最初、しらを切ろうとした。
「イングランド生まれのイングランド育ちですもの」
「この世界に来る前の話だ」
グリンデルバルドは射抜くような目で睨んでくる。
「未来で死んだときの魂だ。日本人だと調べがついている」
どうはぐらかそうか、頭を巡らせたけど……白旗をあげた。グリンデルバルドの眼光もあったが、どうせ何年か前に記憶を途中まで見られているのだ。しかも、アバダられたところまで記憶は遡られていたのだ。下手に抵抗して、強引な開心術をやられたらたまったものではない。
「……死んだのは、昔のことですわ」
肩をすくめてみせる。
「未来ではありません。過去です」
「この世界にとっての未来だ」
グリンデルバルドは断言する。
「お前はこの世界の未来で死んだ。そして、過去へ飛ばされたのだ」
「はぁ……」
ちょっと意味が分からない。
「ようするに、過去に転生したということですね」
まるでSF!
アイザック・アシモフや藤子不二雄大先生もびっくりである。同じ不二雄でも赤塚大先生だとギャグ漫画の世界に転生になってしまうので、そのあたりは注意して考えてほしい。いや、ギャグ漫画はギャグ漫画で物理法則を無視した魔法以上に最強なのだ。宇宙を支配したフリーザ様ですら、葛飾区亀有公園前にいる警察官には、決して勝てないのである。
そう考えると、この世界が魔法という超常現象はあれど、私の知る物理法則の範疇で助かっている。爆発オチなんてサイテー! みたいな世界観でなくて良かった。グリンデルバルドがバイキンマンみたいに敗北して、「はひふへほー」なんて叫びながら空の彼方に消えた翌週、何事もなかったかのように現れる展開が見たくないかどうかと言われたら――……それはそれで観てみたい気もする。いや、日本でしか生まれない唯一無二の正義の味方が登場するアニメより、グリンデルバルドには忍者漫画の外伝アニメの方が似合っているだろう。くだらない理由をつけ、毎度里に現れては、必ず企みを阻止される狂気の抜け忍の役こそふさわしい。……それも違うか、あの悪役は実質蛇だから、お辞儀様の方が役にはまっている。
と、いろいろ考えていれば、やはりというべきか……グリンデルバルドは思考を読んでいたみたい。あからさまに、顔色が歪んだ。
「センエイジャシュとはなんだ?」
「腕から蛇を出す術ですわ」
私は嘘をつかずに答えた。
私、これでも正直者なのだ。トムに嘘をついたこともない。
「誰が使う魔法だ?」
「大蛇丸様です」
「誰だ、それは」
「登場するたび、女だったり男だったり若返ってたり焼肉屋でバイトしてたりする人です」
大蛇丸様は、非常に人気のある人物だ。
前世だと、料理を作って優勝する動画があった気がする。いや、あれは声真似か……まあ、それくらい人気だった。っていうか、彼のやってることってお辞儀様と変わらないからね。両者共に、生き続けることを夢見たマッドなサイエンティスト。違うとこといえば、大蛇丸様が「いろいろあったけど、結婚おめでとう」と言えるくらい丸くなったのに対し、お辞儀様は改心も後悔もせず敗北したことくらいだろう。もちろん、他にも差異はあるが――……と、ここまで考えたとき、グリンデルバルドは大きく息を吐いた。
「……もういい」
グリンデルバルドは頭を痛そうに抱えた。
「デルフィーニという名に心当たりは?」
これには、素直に首を横に振った。
懐かしい響きではあるが、知らない名前である。
「花の名前でしょうか?」
「……忘却呪文を併用してるな」
グリンデルバルドは苦々しそうに呟いた。
「お前はくだらない雑念ばかり考えているようだが、もう少し真剣になった方が良い。さもなければ、お前の息子の命はない」
「トムやフェンリールのことでしたらご安心を」
私は自信たっぷりに返した。
「フェンリールは無事ですから。トムのことでしたら、何も心配してませんもの」
私が捕まったことが分かった時点で、フェンリールが暴走することは予想できる。あの子、かなり熱い一面があるから……が、そのことを英国において最も賢明な魔法使いが見抜けないはずがない。
だから、フェンリールは大丈夫。
トムはもっと大丈夫。
「彼は立派な魔法使い。義理の母が捕えられたくらいで、揺らぐことはありませんわ」
「何故そう言い切れる?」
「母の勘です」
にやっと笑えば、グリンデルバルドはますます不快そうに眉を寄せた。
「あなたはこう言いたいのでしょうね。『お前は、自分が愛息子たちに与えている影響力について理解が乏しい』と」
グリンデルバルドは何も返さない。でも、より眉間に皺が寄ったところから察するに……たぶん、私の指摘がどんぴしゃりなのだろう。
「ええ……正直に申し上げると、トムを過信してるのかもしれませんわ。でも、トムはこれまで幾度となく試練を潜り抜けてきました。机上での理論はもちろん、実戦経験も嫌というほど積んでいます」
それこそ、そこらの学生と比べものにならないくらい経験豊富だ。「名前を言ってはいけないあの人」を滅ぼす少年のように、命の危険が及ぶ試練が毎年あったわけではない。それでも、彼の身に降りかかった試練の濃さは負けずとも劣らないだろう。
「いまのトムであっても、ここに乗り込んでくるでしょう。もちろん、私はそんな危ないことをしないで欲しいですけど……たぶん、実行するでしょうね。ですが、感情のまま無策で飛び込むことはしませんわ」
名付け親を助けるため、魔法省に乗り込むのとは訳が違う。
いまのトムであれば、ちゃんと裏を取り、事実を確認し、ここに侵入するための抜け穴を探す。念入りに策を講じ、負ける可能性を限りなく低くしてから来るであろう。この居城が危険であることが分かればわかるほど、感情の嵐に身を投じることなく、冷静沈着に物事を進めるに違いない。
「その証拠に、あなたは私の前にトムを突き出さない。つまり、トムはまだ来ていない」
「マグルよ。口を慎め。お前の眼前に、息子の屍を放り投げることだってできるのだ」
「トムは、あなたに負けませんもの」
つまるところ、油断も慢心もない英雄王のようなものだ。
それだけで、いかに最強無敵の存在か分かる。
まあ、それはそうとして、ちゃんと根拠もあった。
「だって、トムは最強の魔法使いより強いですから」
5巻の最終決戦。
グリンデルバルドより強い賢人は、杖を含め、間違いなく最強の魔法使いだった。それに対し、未来の彼は肉薄していた。魂が削れ、万全な状態でないにも関わらず、両者の関係は拮抗していたのだ。
ならば、万全な状態かつ理性もしっかりしている状態なら――トムが勝つに決まっている。
まあ、育ての親としては――……私なんか気にせず、自分の好きなことに邁進して、幸せな人生を送って欲しいのだけどね。
「……なるほど。では、もう一つ尋ねるとしよう」
グリンデルバルドはこんなことを聞いてきた。
「蘇りの石を知っているか?」
「はい」
これまた、正直に答える。
変に嘘をついても意味がない。
「『吟遊詩人ビートルの物語』で読みましたわ。死者を復活させる石なのですよね」
「ああ。だが、完全ではない。呼び出された魂は有体ではない。この世に留まり続けることもできず、自分しか視認することができない。だから、私にとっては無価値だった。ところが、だ」
グリンデルバルドはそう言うと、私の顎をつかんできた。
「ここに、実例がある」
「……?」
私は――意味が分からなかった。
そりゃ、確かに私は生きている。でも、それは転生したからだ。蘇りの石なんか使われていないし、仮に使ったところで実態を保つことはできないだろう。そもそも、それで生き返っていたのだとすれば、私は赤子になんかなっていない。前世とは、顔立ちどころか容姿がまったくもって違うのだ。
「仮に、私のような状態になっているのだとすれば――カドック・ペベレルは恋人と同じ場所へ旅立たなかったのでは?」
「カドマスだ」
グリンデルバルドの指に力が入る。ちょっと――いや、かなり痛かった。
「カドマス・ペベレルは、幽体しか呼び戻すことができなかった。だが、お前は違う。幽体の魂を強引に隔離し、肉体に封じ込めている。極めて、高度で、強力な魔法だ。とても一人の魔法使い程度にできる技ではない」
そのまま、グリンデルバルドは私の身体を突き飛ばした。当然、私は床に転がる。もともと弱っていたこともあり、そこから立ち上がるのに苦労した。手にも足にも力が入らない。が、グリンデルバルドが強引に襟を引っ張り上げて立たせてくる。
「私はその力が欲しい。お前のなかに眠る、デルフィー二の記憶を取り出すことができれば――お前の可愛いトム・リドルも――……ダンブルドアでさえも、私に勝つことはできない」
「なにを、しようと言うの?」
「亡者だ」
グリンデルバルドは目の奥に妖しげな光をちらつかせた。
「通常の亡者は、動く死体だ。人の身体をしているだけで、意思のない木偶に過ぎない。だが、お前を蘇らせた技を使えば話は変わってくる。我ら魔法族の時代が、大きく転換する――死者をこの世に蘇らせ、魂をこの地に縛ることができれば……生前と変わらぬ動きを強要することができるのだ」
「――ッ!?」
その時、私は思い出した。
確か、原作で……ダンブルドアが言っていた。ダンブルドアは、亡き妹や母親と会うために使おうとしていた。だが、グリンデルバルドは違った。「彼が蘇りの石を求めたのは、亡者の軍勢を作るためだった」と。
でも、グリンデルバルドは実際に蘇りの石を手にしたとき――失望していた。そのまま、モーフィン・ゴーントに返したのだ。
蘇りの石単体では、グリンデルバルドの理想とする亡者の大群など作ることはできないからだ。
しかし、どうやら――グリンデルバルドはその道筋が見えているらしい。そのカギとなっているのが、私であり、私のなかに居候している「デルフィー二」なる存在らしい。
「つまり、私は……分霊箱ではなく、亡者だと?」
「そうともいえるし、そうでないともいえるだろう」
何とも、ダンブルドアとそっくりな言い回しだ。
そう思った瞬間、腹に鋭い衝撃が走った。グリンデルバルドが私の腹部を蹴り上げたと分かったのは、自身の吐瀉物が磨き上げられた床に広がってからだった。
「計画の変更だ」
グリンデルバルドが杖を一振りする。
すると、床に散らばった体液がすべて消え失せる。私の口元だけ、残り香が漂っていた。
「お前の体力を自然に回復させれば、デルフィー二が現れる瞬間を観測できることが分かった。ならば、これからは魔法薬を使って回復させてやる」
「……マグルに、魔法薬は効かないのでは?」
「効かないことはない。ただ、劇物と化すだけだ」
つまるところ、私の寿命と引き換えに、強引に回復させてくれたらしい。
おかげで、こんなにたくさん文字を綴っているのに、私の身体は絶好調! 指すらまともに動かせなかった状況から一発逆転! 頭だって、ここ数か月なかったほどスッキリしている。「ファイト! 一発!」な栄養ドリンクも真っ青な効力である。
しかし、これはこれでマズイことになってきた。
私のなかに勝手に居候している「デルフィーニ」なる人物。彼女? と意思疎通する術を私は知らない。「いまは出てこない方がいいよ」くらい伝えられたら良いのだが……それこそ「もう一人の私」的な感じで、話すことができればよいのに。もしくは、体内に部屋的なものがあって、そこで会話できるとか……?
駄目だ。
良案が思い浮かばない。
いっそのこと、命を絶ってしまえば簡単な話なのだが……それはそれで怖いので無理である。
ともなれば、私は進み続けるしかない。
肉体にしろ、魂にしろ限界を迎え、再びの死が私を迎えに来るその日まで――自分にできることをするしかないのだ。必死にない頭を働かせ、愛息子の足元にも及ばぬ策を講じる他あるまい。
立ち止まるな、歩き続けろ。
まさに、この言葉が――今の私にはふさわしいだろう。
願わくば、歩き続けた先が眩い未来に繋がっていることを祈って。
次回更新は11月1日(日)を予定しております。