トム・リドル育成計画!   作:寺町朱穂

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〇1932年1月~2月 ずっと未来の話

 

●1932年 1月 ✕日

 

 朝、トムの顔が赤っぽかった。

 

 

 学校に行く支度は整えていたけど、ときどき無理しているような苦しい顔をしている。

 ありていにいえば「風邪」だ。額に触れさせてもらったが、かなり熱をもっている。トムは「このくらい大丈夫だ」と強がっていたけど、どうみても大丈夫ではないので、学校は休ませて病院へ連れていった。

 

 お医者様の見立てでも風邪で、一安心。

 薬を飲んで安静にしていれば治るとのことだったので、帰りは車を呼んでもらう。トムは歩くのもしんどそうだったし、無理をさせて悪化させたくない。

 

「魔法もヴァイオリンの練習もしてはいけません。今日はベッドで寝ていること」

 

 トムを再びパジャマに着替えさせ、無理やりベッドに押し込む。

 トムは文句の一つ二つ言いたそうな顔をしていたが、とてもじゃないけど言える体力がなかったのだろう。なにか言おうと口を開いても、出てくるのは辛そうな咳ばかり。せめて、熱だけでもなんとかしてあげたい。でも、冷えピタシール的な便利なアイテムはこの時代にないし、外の雪を集めて額にのせれば……とも考えたけど、どう考えても汚い。郊外ならともかく、ロンドンの空気なんて汚いに決まっている。

 

 だから、キンキンに冷えた水で絞ったタオルをトムの額にのせ、熱が冷めることを祈ることにした。

 

「私、今日はここにいるからね。なにか、欲しい物があったら遠慮なく教えて」

 

 トムの部屋に仕事を持ってくると、そのまま彼の机を使って作業を始める。

 いま担当しているのは、ホラー小説の挿絵。去年はフランケンシュタインの映画も流行っていたし、ホラーものはかなり人気がある。私は正直なところ怖いものは苦手なので、挿絵を描くために本を読むのが……ちょっと苦手。それでも、仕事を選べる立場ではないので、おどろおどろしさや怪奇な感じを意識しながら筆を動かす。

 

 トムはそんな私の様子を――たまに、咳き込みながら眺めていた。

 

「アイリス。僕は死ぬの?」

 

 お昼少し前、トムはこんなことを尋ねてきた。

 あまりに唐突な問いかけに、私は筆を止め、まじまじとトムを眺めてしまう。赤らめた顔、つらそうな瞳、浅くて荒い呼吸……本当につらいのだろう。そうでなければ、こんな問いかけはしてこない。私は口元を緩めると、つとめて明るい口調で言った。

 

「ただの風邪。しっかり食べて、ちゃんと寝れば治るわ」

 

 トムはなにも答えなかった。

 

「なにか欲しいものはある?」

 

 もう一度、聞いてみたが、トムは首を横に振る。

 私はそれを見届けると、再び仕事に戻った。……筆をはしらせながら、ふと、自分の子どものときを思い出す。熱が出たとき、前世では布団で横になりながら、母の見るテレビを眺めていたこと。アイリスになってからは、ベッドに潜りこみ、母が編み物をする姿を黙って見ていた。

 トムも将来――風邪をひいたとき、このときのことを思い出すのだろうか、と。

 

「アイリス」

「ん?」

「…………アイリスは、死ぬのがこわい?」

「どうだろう?」

 

 ペンを止めて、考え込む。

 怖くない、といえば嘘になる。死ぬのはやっぱり怖い。一度、体験しているから怖いのはわかるし、二度目の死をむかえたあと、再び意識が続いているとも限らない。そもそも、次の死で本当にすべてが終わるかもしれない。そう考えると、まっくらやみのなかに放りだされたような底冷えする恐怖に襲われる。

 

「死ぬのは怖いけど、いつか来るものだからね。トムは怖い?」

「こわい」

 

 即答だった。

 

「死にたくない。だって、死んだらおしまいだ」

 

 トムはこほこほっと咳をしたが、おさまってしばらくすると言葉を続ける。

 

「孤児院の先生たちは、死んだら神さまの国にいくって話してた。僕の母さんも……神さまの国にいるって。でも、神さまがいるかどうかわからないなら……死んだらどうなるのか、だれも本当のこと知らない。だったら、ずっと死なずに生きていたい。……アイリスはどう思う? 死んだらどうなるか知ってる?」

「私は……輪廻転生を信じたいわ」

「りんね?」

「死んだら、動物や植物に生まれ変わるってこと。もしかしたら、私は産まれる前は鳥だったかもしれないし、海の目に見えないちっちゃな生物だったかもしれない。私が死んだら、次は中国の亀になるかもしれないし、亀の次はネズミかもしれないって考え方のこと」

「なんだそれ」

「だいたい、永遠の命は逆に怖いかな。死んだらおしまいかもしれないけど、ずーっと死ねないで一人ぼっちっていうのも寂しくて辛くない?」

 

 あー、トムに「火●鳥」全巻読ませたい!

 コズミック害鳥とか呼ばれているけど、あれを読めば「分霊箱」なんて恐ろしいものを作り出してまで不死を手に入れようとすることはなくなる気が――――……って、簡単にはいかないか。

 

「アイリスってさ、やっぱりかわってるね」

「お褒めの言葉、ありがとう」

 

 いつも思うけど、トムから完全に変わり者扱いされている気がする。トムを養子にしてから、何度言われたことか……。

 

「『りんねてんせい』だとしても、僕はこわいな」

 

 トムがぽつりと口にしたので、私は頬を軽く撫でた。

 

「じぶんでなくなるのも、ここにいられないのも」

「ずっと先の話だから、考え過ぎは調子を悪くするわ。いまは眠ることが大事よ」

 

 それからは、おとなしくトムは寝ていた。

 薬やカモミールは嫌がってたけど、「元気になるため」だと無理やり飲ませた。カモミールは実際に薬効があるのかどうかわからないけど、私も子どもの頃は酸っぱいのを我慢して飲んだし、身体温まるし、なによりハーブって効くイメージがある。

 

 玉ねぎを寝てる頭の上に置かれたり、鼻につめられたりするのは、私がされて嫌だったし効果があるとは思えなかったから、トムには絶対やらないけど……う、こうして書いているだけで嫌な気分が蘇ってくる……。

 

 

 あのことは忘れよう。

 

 

 トムが無事に良くなりますように。

 

 

 

 

 

 

 

●1932年 1月〇日

 

 あれから数日。

 トムはすっかり元気になった。

 本当によかった……。

 

 

 トムは症状が良くなると、まっさきにヴァイオリンの練習を再開した。

 これは、ちょっと意外だった。今まで通り魔法の練習もしてるけど、ヴァイオリンの方に集中している。たしかに、そろそろ初めての検定が近いし、「絶対に合格する」と完璧を目指して努力している感じである。

 親馬鹿目線ではあるが、トムはめきめきと腕を上げている。

 当初はクインシーも「あの程度なら才能はない」とか上から目線で指導していたのに、最近は「悔しいけど、俺の子どものときより上手いかも」とか言ってる。指導についてもかなり熱を入れていた。面倒くさそうないやいや顔をすることはなくなり、部屋に転がる本のなかに音楽教育に関するものが増えたのが目に見えて分かる。

 

 

 やっぱり、トムは音楽の才能もあるのでは……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●1932年 1月△日

 

 

 今日の新聞に、上海での紛争について載っていた。

 のちの世でいうところの「上海事変」のことだろう。自分が歴史で習ったことが実際に起きていると考えると、なんだか怖い。この世界が前世の世界とは違って、ハリポタの魔法が存在する世界だってことは知ってるけど、同じ事件が起きていくのを見る限り、私の知識と同じような歴史を辿っていくのだと確信する。

 

 第二次世界大戦がはじまるまで、あと10年もない。

 それまでに、少しでもお金を貯めなくちゃ……! 挿絵の仕事をもう少し増やせるか交渉してみようと思う!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●1932年 2月◎日

 

 

 トムの初めての検定は、無事に合格で終わった。

 審査員の方々からも「始めてまだ半年なの!?」と驚かれたそうだ。クインシーも「教えた俺の鼻が高い」と喜んでいた。教えてくれるのはありがたいが、今月の家賃もしっかり支払ってほしい。

 

 そうそう、トムといえばこんなことを聞いてきた。

 

「クインシーはヴァイオリンがとくいだけど、もっと上手な人もいるの?」

 

 だから、今日はレコード屋に行った。

 生のオーケストラの演奏に連れて行ってあげられたらいいのだけど、ちょうどよい公演がなかったし、いまは仕事を増やしたので長々と鑑賞できる時間を作ってあげられない。

 

 というか、レコードはクインシーがたくさん持っているのだから、借りればよかったな。いまになって反省。

 

 とりあえず、私はあまり詳しくないので、店主に「人気のあるヴァイオリニストのレコードはありますか?」と尋ねると、ひとつのレコードを渡された。私は初めて知ったけど、ソビエト出身でアメリカ在住のヴァイオリニストだそうだ。

 でも、すごく上手だった。上手というか、神業というのが正しいのだろう。音の一粒一粒が活き活きとしていて、ものすごく滑らかで、それでいて激しい一面もあって……私の語彙力では表現できない。

 トム曰く「この人、かんぺきすぎる」らしい。黒い眼をまんまるにさせ、唇をぎゅっと結び、実に悔しそうに蓄音機から流れるメロディーを聞き入っていた。

 

「僕、あの人より上手くなってみせる」

 

 夕食のとき、トムはそんなことを宣言していた。

 素人目線ではあるが、あのレベルまで上達するには年単位の努力が必要になる。そもそも、一生懸命死ぬほど練習したからって到達できるとも限らない。

 

 だけど、私は「応援してるよ」と言った。

 トムが夢というか目標を見つけたのだ。それを精いっぱい応援するのが、保護者のあるべき姿だと思う。

 

 

 たとえ、いつの日か夢に破れることになったとしても、そこまでに積みあげた努力はトムの役に立つはずだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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