トム・リドル育成計画!   作:寺町朱穂

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〇1932年11月~1933年1月 奇跡的な出会い

 

●1932年 11月×日

 

 素晴らしいことが起きた。

 

 トムが、友だちを家に連れてきたのである!!

 まさかまさかの出来事に、私は舞い上がってしまった。そりゃ、いつかはできるといいなとは思っていたけど、こんなに早く連れてくるなんて……っ!

 

 もっとも、トムは「友だちじゃないさ」と言い張っていた。

 

「アンサンブルのあいてがいないっていうから、しかたなく手をかすだけ」

 

 トムはあくまで主張していたが、そこそこ気に入っていなければ家まで連れてこないはずだ。

 

「おじゃまします」

 

 トムが連れてきたのは、ほんわかした空気の男の子だった。

 ジョナサン・ホワイト君は全体的に線が細く、茶色の天然パーマが特徴的。髪の毛が耳の上でくるんっと丸まっているのが可愛らしい。誰が見ても内気な雰囲気で、最初は「まさか、トムが子分のように従えているのでは?」とも勘ぐってしまったが、トムが「友だちじゃない。きょうりょくしてやってるだけ」と口を尖らせながら言うので、子分扱いではないと思う。もし子分なら、トムの性格上「使える奴」とか「利用できる奴」といったニュアンスの言葉が先に出てくるだろうし、親分風を吹かせるはずだ。そのような雰囲気がない以上、親分子分の関係ではないと推察する。

 

「リドル君のおねえさんですか? はじめまして」

「姉さんじゃない」

 

 ジョナサンの間違いを、トムが間髪入れずに訂正した。

 ジョナサンは驚いたように目を見開き、まじまじと私を見上げてくる。

 

「それじゃ、リドル君のママ?」

「アイリスはお母さんじゃないよ」

「んー? じゃあ、どういうこと?」

 

 ジョナサンは分からないと眉を寄せている。

 

「それは……それは……アイリスは、アイリスだよ!! ほら、行くぞ! 僕のへやはこっちだから! 時間はゆうげんだぞ!」

 

 トムは反論しようとするも、すぐに適切な言葉が浮かんでこないらしい。結局、強引に話を打ち切ると、ジョナサンの腕を引っ張って自室へと消えていく。その後、すぐにヴァイオリンの音が聞こえてきた。トムの滑らかな音色と重ねて、ちょっとぎこちない音が聞こえては止まり、同じ小節が何度も繰り返される。

 

 トムがジョナサンの腕前が気に入らず、イライラしている姿が予想できて、どうしようと悩んでしまう。悩んだ結果、お菓子の差し入れという理由で様子を見ることに決める。これなら、部屋に来ても不自然ではない!

 

 そうと決めれば、慌ただしくお茶を淹れる。

 とりあえず、買ったばかりのビスケットをお盆に添えて、トムの部屋を叩いた。

 

「なに、アイリス?」

 

 トムの口調は明らかに不機嫌さが滲んでいた。

 扉を開けて、実際に顔を合わせると、目がわずかにつり上がっている。目の色は黒いままだけど、赤くなるのも時間の問題かもしれない。やばさと不穏さに背筋に冷や汗を流しながらも、いつもの笑顔を心がける。

 

「えっと、その……お茶とお菓子持ってきたけど……」

「うわーっ! ありがとうございます!」

 

 ところが、ジョナサンは思ったより落ち込んでいない。

 ふんわりとした表情のままヴァイオリンを構えている。目の前にいるトムとの落差に動揺を隠せない。だから、ちょっと硬い笑顔で尋ねることにした。

 

「大丈夫? 難しそうな曲だと思うけど?」

「むずかしいけど、リドル君がおしえてくれるので!」

 

 ジョナサンの緑の目は尊敬の色で、きらきらと輝いていた。

 

「リドル君はすごいや……っ! リドル君! 僕、おいつけるようにがんばるね!」

「がんばることはだれでもできる! けっかを出すんだよ!」

 

 トムが言い返しても、ジョナサンの顔色は変わらない。

 

「……2人とも、仲良くね」

 

 私はお盆を置いて、一度退散する。

 階段を降りるふりをして、ヴァイオリンの音色が聞こえてきたタイミングで足音を忍ばせながら扉の前に戻った。扉の向こうからは、先ほどから耳にしている第一小節と思わしきフレーズが流れ出てくる。しかし、それも瞬きをする間に止まり、トムの溜息に変わった。

 

「また、音がずれた! 君さ、3つ目の音をならすとき、手首がまがってるぞ!」

「ごめんなさい。おしえてくれてありがとう!」

「やるからには、かんぺきにえんそうをしないといけないからな! でもまあ、ヴァイオリンの持ち方はさっきよりよくなってる。よし、もう1回だ!」

「うんっ!」

 

 そのあと、再びヴァイオリンが響き、またすぐに止まる。そのたびに、トムが彼の間違いを指摘し、ジョナサンがほんわかとした声で答える。このやり取りを聞いているうちに、気がつけばくすっと微笑んでいた。

 

 思い起こせば、ジョナサンはトムにヴァイオリンのアンサンブルを持ちかけるような子。

 それだけでも、普通ではない。

 内気な性格だということは違いないだろうが、なかなかの根性の持ち主である。トムが怒っているのに気にならず、表面上だけ受け取っている雰囲気から鈍感なのかもしれないけど……。

 トムも怒りながらも、頑張って教えているし、ちゃんと良いところは褒めている。一方的に責め続けないところから、トムの成長を感じて、じーんとなってしまった。

 

 

 それから、しばらくは私は仕事に戻る。

 上の階から響いてくる音は、ゆっくりとだけど第二小節、第三小節と続き、少しずつ曲らしくなってきた。

 でも、時計の音で2時間以上経っていることに気づく。

 今日は午前中授業。午後一杯は練習に費やすつもりらしいけど、さすがに疲れも出てくる頃だ。

 ちょうど、昨日焼いたヴィクトリアケーキがあるので、お茶に誘うことにした。

 

「どう? 2時間経つけど、はかどってる?」

 

 私が部屋の扉を開けると、2人とも顔を真っ赤にしていた。熱心に取り組んだのか、顔から汗が滲んでいた。私が問いかけると、2人同時に時計に目を向け、想像より時間が過ぎていたことに驚いているようだった。

 

「休憩しましょう。下に降りて来なさい、ケーキがあるわ」

「「ケーキっ!」」

 

 トムとジョナサンの声が重なる。2人とも子どもらしい笑顔をしていたが、すぐにトムが唇を噛みしめ、ぷいっと顔を背けた。

 

「だめ。まだ曲になってないんだ! もっと、れんしゅうしないと!」

「でも、僕はケーキがたべたいな……」

「ふんっ、ケーキが食べたいなんて……君、まだまだ子どもだな」

 

 トムは言い返していたが、私には分かっていた。

 彼が練習の合間に菓子を食べるのは定番なので、ケーキを食べに行きたいに決まっている。きっと、ジョナサンの前だから大人ぶっているのだ。

 私はふふっと笑いながら、トムに語りかける。

 

「トムの好きなヴィクトリアケーキだけど……どうかな? 昨日の昼間に焼いたから、そろそろ食べ頃だと思うけど?」

「……それなら、しかたないや。食べごろなのに、食べないのはもったいない」

 

 トムはそれっぽい理由をつけると、ヴァイオリンをようやく置いた。

 それから、三人でお茶の席を囲む。

 私とトムは定位置に、小さなお客様はトムの隣の席にちょこんと腰を降ろしていた。

 

「アイリス、クリームは? 今日はつけてないの?」

 

 ケーキを切り分けていると、トムが怪訝そうに尋ねてきた。

 ジョナサンがそれを聞き、ぽかんと口を開く。

 

「クリーム? ヴィクトリアケーキに?」

「まあ……ジョナサン君が苦手かもしれないから、あとからつけようと思って」

 

 私は苦笑いで言葉を濁し、自分の失態を察した。

 ヴィクトリアケーキにクリームをつけるなんて、世間一般からしたら「ありえない」と絶句されるレベル。でも、前世日本人の魂が「このケーキには、絶対にクリームが似合う!」と主張するのだ。実際、これがなかなかに美味しい。ヘレンおばあちゃんが見たら「伝統を破壊する非道な行い!」だけど、美味い物は美味いのだ。だから、トムとヴィクトリアケーキを食べるときもクリームをつけている。トムもクリームをつけることに抵抗がなく、美味しいって食べてくれた。

 

「ほかの家では、クリームつけないの?」

 

 トムはジョナサンが驚いていることに、目を丸くしていた。

 

「うん。僕の家もそうだし、おばあちゃんの家も、おばさんやいとこの家もつけないよ」

「そうね。クリームをつけるのは、私の好みなの……ちょっと珍しいかもね」

 

 うっかりしてた……。

 ジョナサンの家が伝統を重視する家だったらどうしよう……と思ったけど、ジョナサン自身はクリームをつけて、「これはこれでおいしい!」ともぐもぐ食べてくれた。あとで、おうちの方からお叱りが来たら、謹んで謝罪するとしよう……でも、ケーキにクリームはつきものだという信念を曲げるつもりはない。

 幸いなことに、トムも気にしてないようだった。

 ジョナサンが帰ってから、私に向かってこう囁いてきたのだ。

 

「ヴィクトリアケーキにクリームをつけて食べる楽しみをしらないなんて、みんなかわいそうだね」

「ありがとう。でも、伝統を大切にする人も多いから」

 

 トムと味の好みが似ているのは良かった……。

 一緒に暮らしていても、味の好みが違っていたら大変だ。苦手な味付けの料理を毎日食べるのは、とても辛いこと。トムの性格なら不味いものは不味いと伝えてくれると思うけど、我慢させていたら申し訳ない。

 

 

 それから、3人のお茶会は終始和やかな空気で進んだ。

 とりあえず、無難に好きな物の話題を振ったところ、ジョナサンは動物が好きらしい。

 

「僕ね、ロンドンどうぶつえんがすきで、よくつれていってもらうんだ。カモメがね、かわいいんだよ。リドル君はいったことある?」

「まあね。たいしたところじゃなかったけど……ヘビはよかったかな」

 

 ジョナサンのゆったりとした声に、トムがケーキから目を離さずに言葉を返す。

 

「ヘビかー。目がくりくりして、かわいいよねー」

「かわいい? かしこいだろ」

「そうかなー。でも、ヘビもいいよね」

 

 こんな調子で、終始和やかな会話が続いていた。

 ふんわりとした子どもらしい会話は聴き心地が良くて、ほっこりした。

 いや、本当……このまま、無事に友だちになってくれることを祈るばかりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●1933年 1月△日

 

 

 なんだか、久しぶりに日記を書く気がする。

 年末はインフルエンザで倒れてしまっていたので、ペンを執ることができなかったのだ。

 トムまでインフルになったら大変なので、なるべく部屋に閉じこもる日々……トムには隣のスミスおばさんの家で食事をとってもらったけど、トムはおばさんの味付けが合わなかったのか、いつも寂しそうな顔をしていた。復活した私の作ったシェパーズパイを食べたとき、トムの心の底から安堵した表情は忘れられない。

 本当に申し訳ない思いをさせてしまった……気をつけよう。

 

 

 

 さて……ようやくまとまった時間がとれたので、ドイツ旅行のことを書こう。

 とはいえ、書くことは1つ。

 ドーバー海峡を越えたときのトムのはしゃぎようも書きたいし、車窓に流れる穀物畑や深い森がイングランドのものとは違う景色だったことも素晴らしかったけど、それは特筆すべきことではない。

 サロンコンサートが大成功に終わったことは良いことだけど、それも触りだけにする。コンサートにいたドイツ人が「イギリス人の子ども? ここはいつからお遊戯会になったのだ」と怒っていたけど、トムの完璧な演奏に聴き入ってからは黙り込んだあと、「少年がアーリア人なら、あの御方に紹介したのに」という物騒な誉め言葉をいただいた。

 

 

 ベルリンは、思ったより寂しい場所だった。

 しんしんと雪が降り積もり、コートを着込んでいても寒さが和らぐことない。誰もが背を屈めて歩いていたこともあるだろうが、道行く人の服装も貧相とまでいかなくても、上等なものを着ている人は見かけなかった。こういう貧しさが起因して、危険な思想に突き進んでいったのかもしれない。そう思うと、観光したいとはしゃいでいた気持ちが沈んでしまう。その気持ちが伝わってしまったのか、トムも最初こそ珍しそうにきょろきょろしていたが、だんだんと私の身体にぴったりと寄り添い、じっと前だけを見るようになってしまった。

 

 そうそう、トムはクリスマスに贈ったマフラー(2代目)を巻いてくれていた。

 最初のクリスマスのマフラーはすぐに駄目になってしまって……今回のマフラーは一部縞模様に編むことができたけど、やっぱり縫い目が粗い。すぐに解れてしまうのだけど、トムは「もらったからには使わないと」と言って、あの日も巻いてくれていた。だけど、トムの顔立ちが良いだけに、マフラーのみすぼらしさが目立ち、本当に申し訳なくなる。

 次はもうちょっと上手くなるといいな……ではなく!

 

 

 事件が起きたのは、混みいった通りを歩いていたときのことだった。

 たしか、ブランデンブルク門を観に行こうとしていた。サロンコンサートも終わり、かといって、ホテルの一室に籠っているのももったいない。けれど、街を見れば緊迫した空気なのは嫌と言うほど伝わってくる。だから、さっと行って、すぐに戻ってくるつもりだった。

 

 だけど、事件が起きてしまった。

 

「アイリス、あれ……見た?」

 

 トムはいきなり立ち止まると、ある一点を見つめていた。

 彼の視線を辿ってみても、そこにあったのは何の変哲もないレコード店。ヴァイオリニストのレコードでもあったのかしら、と思ったが、それを聞く前に、トムは言葉を続けるのだった。

 

「いま、そこにいた2人がきえたんだ」

「見間違いじゃない?」

「ちがう。そことそこに立ってたんだ。黒い髪の男と帽子の男。それで、あの水たまりに吸い込まれるように消えて行って……」

 

 トムは指を差しながら説明する。

 トムは冗談を言う性格ではないので、実際にその光景を目にしたのだろう。だけど、そんな摩訶不思議な光景が繰り広げられていたなら、トム以外にも見た人がいても不思議ではないのに、道行く人は誰も気づいたらしき人はいない。私だって、トムと並んで歩いていたのに、まったく分からなかった。

 

「そんな、魔法みたいな……いえ、待って」

 

 もしかして、トムが見かけてしまったのは一種の魔法なのではないか?

 

「たぶん魔法だよ。ねえ、アイリス。ちかくで見ていい?」

 

 トムの問いかけに、私はややあってから頷いた。

 トムの目が興味深げに光っていたのを止められなかったし、私も魔法の痕跡を覗いてみたいという好奇心が抑えきれなかった。もちろん、頭の隅に「相手が良い魔法使いとは限らない」という警告が鳴っていたけど……。

 

「あっ」

 

 雪解けで出来た水たまりに向かって、足を向けたそのときだ。

 世界が反転するように、水たまりから2人の人影が現れる。

 黒髪の男は苦し気に倒れ込み、傍らには帽子の男が跪いている。帽子の男の手には、どこかで見たことのある銀色のライターが握られていた。

 

 よくあるようなライター。

 でも、見覚えのあるライター。

 それを掲げる壮年の男性の横顔が見えた瞬間、私の世界が止まった。

 

 鳶色の髭と青い瞳……間違いない。間違えるはずがない!

 

 

 アルバス・ダンブルドア。

 

 

 口から零れ落ちそうになるのを必死にこらえるも、ダンブルドアが手を差し伸べた黒髪の男がクリーデンスだと分かってしまい息を飲んだ。

 

 私、前世ではファンタビの2までしか見ていない。

 だけど、断言できる! これは、確実に続編映画のワンシーンだ!

 ダンブルドアとクリーデンスが手を取り合うシーンが語られずして、なにが映画なのだろう。

 

「アイリス、あの人たち……」

 

 トムの言葉が耳に飛び込み、はっと我に返る。

 映画と思われるシーン、原作にも登場する重要人物に驚いてしまったけど、私は彼と手を繋いでいるのだ。おそるおそる彼の顔色をうかがえば、目をらんらんと輝かせているではないか!

 

 

「もしかして、魔法使いなんじゃない!?」

 

 トムの期待のこもった発言に、私はどう返したらいいか分からなかった。

 

 

 

 

 

 





次回更新は3日17時前後を予定しております。
ドイツ旅行の話は、もうちょっと続きます。
※投稿後、一部の表現を変更しました。
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