トム・リドル育成計画!   作:寺町朱穂

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〇1933年1月 スタートライン

●1933年 1月△日

 

 

 私は迷ってしまった。

 近くを通り過ぎる市電の音、人々のざわめきが遠くに聞こえる。

 

 「あれは魔法使いだ」と口にしたら、トムを止めることはできない。

 ダンブルドアと関わるのは、いささか早すぎる気がした。ダンブルドアが偉大な魔法使いだということは十分知っているけど、トムと関わるなら、もれなく私もダンブルドアと言葉を交わす必要が出てくる。ダンブルドアとは一度会話したいし、握手だってしたいけど、なんというのか……私の記憶……前世の記憶も見通されてしまうのが怖い。

 ダンブルドアなら、私の前世の記憶を見て……トムを良い方向へ導く手助けをしてくれるかもしれないけど、それと同時に、トムを利用しそうな恐ろしさがある。トムは優秀な魔法使いの卵。トムの優秀さを見出され、グリンデルバルドとの戦いに投入されたらたまったものではなかった。

 

 

 かといって、「あなたの気のせいだ」とも言いたくない。

 トムに嘘はつきたくなかった。魔法の痕跡を嘘だと断言し遠ざけるのは簡単だけど、遅くても10歳の夏には自分のほかにも魔法使いが存在すると知ることになる。そのとき、私はトムの信頼を失うことになるだろう。そうなってしまったら、いままで積み上げてきた物がすべて水の泡だ。

 

「そうね。もしかしたら、魔法使いかもしれない……」

 

 だから、私は言葉を濁すことしかできない。

 でも、トムはそれを良い方に肯定したようだ。興奮で目を輝かせ、息を思いっきり吸い込み、全身で喜びを表現している。そう思えば、トムは私の手を握りしめたまま、ダンブルドアとクリーデンスの元へ走り出してしまった。 

 

「すみません!」

 

 トムが彼らの傍まで駆け寄ったとき、ちょうどダンブルドアが背を向けて去るところだった。

 クリーデンスはなにも言うことなくたたずみ、ダンブルドアの背中を目で追っている。トムがクリーデンスの服の端を引っ張り、ようやく彼の眼差しは足元の小さな子どもへと向けられた。

 

「いまの魔法ですよね? あんたも……あなたも魔法使いですか?」

 

 トムは興奮冷めやらぬ早口で尋ねていた。

 私はハラハラして周囲を見渡すも、このような身も凍る寒い日に歩みを止めて会話を聴こうとする通行人はおらず、誰も気に留めてないようだった。

 ただ、ただほんの一瞬――去り行くダンブルドアの歩みが遅くなった気がしたのは、私の勘違いではない。

 

「僕、魔法がつかえるんです! アイリスやみんなはつかえない僕だけの特別な力だとおもっていたけど、あなたもつかえますよね!?」

 

 トムがクリーデンスに必死に語りかけている。

 私はトムとクリーデンス、ダンブルドアの背中を交互におろおろと見た。だけど、ダンブルドアは唐突に姿を消した。人混みに紛れたのではなく、くるっと一回転して消えてしまう。間違いなく「姿くらまし」だ。原作にも頻繁に登場した呪文が見れた! という感慨が湧き起こったのは、しばらく経ってからのことで、このときはダンブルドアが「姿くらまし」する瞬間、彼はちらりと振り返り、青い瞳と目が合ってしまった驚きでいっぱいで……。

 

「……」

 

 一方、クリーデンスはトムの問いかけに小さく頷いただけで、すぐに去ろうと歩き出してしまう。ただ、足元がふらついており、二、三歩進むと、身体がぐらりと揺れて近くの電灯につかまってしまった。そのときになって、ようやくクリーデンスの顔が病的なまでに白いことに気づいた。

 

「大丈夫ですか? 病院へ……」

 

 私はクリーデンスに尋ねるも、彼は首を横に振った。

 でも、私の目から見ても具合が悪いことは明白で――もしかしたら、ダンブルドアとの戦いで過度に体力を消耗したのかもしれない。かといって、ここで倒れそうな人を――それも、クリーデンスを置き去りにすることはできない。

 

 クリーデンスと言えば、ファンタビシリーズの主要人物。

 非常に厳格なマグルの養母による虐待を受け続けた結果、オブスキュラスという魔法の力が暴走する病気(?)を抱えることになってしまう。普段は魔法の力を抑圧してるけど、感情が昂るとすべての物を破壊しつくしてしまう恐ろしく、哀しい人間だ。

 ファンタビの2では自分の本当の両親を探し求める過程で、グリンデルバルドの仲間になってしまい、自分がダンブルドア一族であり、自分を見捨てたとされるアルバス・ダンブルドアを殺すように囁かれるところで物語が終わっていた。

 

 

 マグルに育てられるって経緯は、トムやハリーと同じ。

 だけど、ハリーやトムはオブスキュラスにならなかったのに、クリーデンスは胸に爆弾を抱えてしまった。いまの様子を見る限り、グリンデルバルドのもとについてからも内心に根付いた「家族を求める寂しさ」が癒えることはなかったのだ。

 

 そう考えると、なんだかとても不憫で……声をかけずにはいられなくなってしまう。

 

「……でしたら、一緒に食事をとる時間はありますか? その、トムは自分以外の魔法使いに会うのは初めてなんです。せめて、お話だけでも」

 

 クリーデンスは私を見つめ、再びトムを見下ろした。

 電灯によりかかりながら、しばらく考え込むように黙り込んでいたが、ややあってから頷いてくれる。

 

「30分だけなら……かまわない。このあと予定があって」

「ありがとうございます」

 

 私たちはホテルの喫茶店に入った。

 トムはいまにでもクリーデンスにいろいろ質問したそうだったが、私が「まずは、腰を落ち着けてからよ。彼、とても疲れてるでしょ?」と言うと、渋々黙り込んだ。

 

 それにしても、居心地の良い喫茶店だった。極寒の風が吹く外から解放され、壁と床のありがたみを知る。お昼時なこともあり、私とトムはサンドイッチのセットを注文した。私の温かい紅茶とトムのオレンジジュースは先に運んできてもらう。クリーデンスは「身体を温めるだけでいい」とスープだけ頼んでいた。

 

「よく見てください!」

 

 トムはジュースの下に敷かれた白い無地のコースターを取り出すと、そのうえに小さな手を乗せた。そして、さっと退かせばヴァイオリンのイラストが浮かび上がっている。

 

「どう? 魔法でしょ?」

「……そうみたいだ」

 

 クリーデンスは囁くような声で返した。

 

「あなたもできる?」

「……杖を使えば。ここでは、目立つからできないけど」

「つえ! 魔法のつえがあるの!?」

「トム!」

 

 トムが身を乗り出したので、私は小声で叱った。

 

「自己紹介もしてないのに失礼ですよ。すみません……私はアイリス・リドルと申します。この子は養子の――」

「トム・マールヴォロ・リドルです。本当のスペルはTOMですけど、THOMのトムで呼んでください」

 

 トムが珍しくTOMと口に出す。

 普段は後者のことしか言わないのにと思っていれば、クリーデンスの目に驚いたような色が映った。

 

「君は……その人の養子なのかい?」

「はい。4歳のときからアイリスとくらしてます」

「だけど、彼女は……ノーマジじゃないのか?」

「ノーマジ?」

 

 トムが聞き覚えのない言葉に首を傾げる。

 私は知っていたけど、よく分かっていないような顔をした。すると、クリーデンスは不思議なものでも見るような目つきで私たちを見てきた。

 

「ノーマジは魔法がつかえない人のことだ。このあたりでは、マグルと呼ぶらしい」

「でも、僕もあなたもノーマジでもマグルでもないんですよね。僕、自分いがいの魔法つかいと会うのは、はじめてで……ねぇ、つえを見せてください! 僕はつえをつかわなくても魔法がつかえるけど、つえをつかうと魔法のはばが広がりますか?」

 

 トムはすっかり熱を上げてしまっているらしい。ジュースを握りしめながら、クリーデンスに輝く眼差しを向けていた。

 

「……これが杖だ」

 

 クリーデンスは杖を取り出した。

 黒くまっすぐな杖はクリーデンスの実直な性格を現わしているようにも感じられる。トムは杖に手を伸ばしたが、クリーデンスはすぐに引き下げてしまった。

 

「危険な物だから。君も大きくなってから自分の杖を持つといい」

「どこで手に入りますか?」

「……僕は人から貰ったものだけど、魔法使いの街で買える。……でも、教えられない」

 

 クリーデンスが言葉を付け足せば、トムはあからさまに落ち込んだ。

 

「ノーマジに育てられた子どもは、魔法使いの学校からの手紙が届いてから魔法族としての自分を知ることになるとされている。僕の場合は少し遅かったけど……君なら、入学許可証が届くはずだ」

「イギリスにも魔法使いの学校が?」

 

 クリーデンスは頷いたが、トムの反応はちょっと冷めたものだった。

 

「ウソだな。だって、僕には手紙がこなかった」

「トム、パブリックスクールの年になったときに来るんじゃない?」

 

 私が口を挟めば、トムはあからさまに口を尖らせていた。

 

「アイリス! それだと、僕とおなじ年の魔法使いの子たちは学校に通ってないってことになるよ! それはおかしい!」

「それは……家庭教師が教えているのかもね」

「みんながみんな先生をやとえるわけじゃないだろ」

 

 なるほど、それもそうだ。

 トムの言葉に私も同意してしまう。ホグワーツと他数校しか知らないけど、どれもこれも中学高校ってイメージだ。魔法使いには幼稚園とか小学校という文化がないのだろうか?

 

「僕にはわからない。僕は……学校に通わせてもらえなかったから」

 

 クリーデンスがボソッと呟いた。

 

「トム、君は幸運だよ……素敵なお養母さんと巡り会えたのだから」

 

 クリーデンスは立ち上がると、トムの肩をとんっと優しく叩いた。

 

「もう行かないと……ノーマジと会話していたなんて知られた日には……大変なことになる」

 

 クリーデンスは止める間もなく、立ち去ってしまった。

 トムが後を追いかけたけど、喫茶店の出口で「姿くらまし」をしてしまい、完全に見失ってしまった。

 

「名前、聞けなかった……」

 

 トムは悔しそうな顔で戻ってくると、サンドイッチを頬張った。

 

「……ねぇ、アイリス。僕の他にも魔法使いっているんだね」

「……そうみたいね」

 

 私が答えれば、トムはサンドイッチの最後の欠片を飲み込んだ。そして、クリーデンスが消えた場所を見つめながら一言……こんなことを呟いた。

 

「僕のお父さんも……魔法使いだったのかな?」

「お母さんが魔女かもしれないわよ」

「それはないよ。魔法がつかえたら……だって……」

 

 トムは消え失せそうな声でなにか言おうとしたが、すぐに表情を取り繕うと、ジュースを飲み始めた。

 

 私は母親代わりとして育てたけど、トムの根底には本当の両親を求めているのかもしれない。それが無性に寂しくて……胸がきゅうっと萎むような気持ちに陥る。仕方ないことだし、トムの一番は本当の両親なのだと分かっているのに、それを知っていて育てたのに、哀しい気持ちがいっぱいに広がった。

 

「きっと、ご両親には事情があったのだと思うわ」

 

 私はそう返すのが精いっぱいだった。

 

 

 

 いつか、トムは事情を知ることになる。

 そのとき、トムが辛い過去を「殺害」なんて形で終わらせないようにするのも私の役目だ。これから少しずつ、相手の気持ちを考えさせるようにしていけば……いや、それでも、怒りは収まらないかもしれない。せめて、怒りをコントロールする方法を身につけるようにさせなければ!!

 

 

 私は、まだまだスタートラインに立ったばかりなのだ。

 

 

 

 ……さて、トムが呼ぶ声と玄関の鈴の音が聞こえてくる。

 お隣のスミスおばさん一家が慌ただしく引っ越して、今日は新しい人が挨拶に来るって聞いたけど……その人だろうか?

 

 なんだか、こんな日記を書いたあとだから魔法使いが引っ越してくるような気がしてならない。

 もっとも、スミスおばさんは歴としたマグルだったし、魔法使いが引っ越してくる確率なんて凄く低いからありえないけど。

 

 

 願わくば、良い人でありますように!

 

 

 

 




今回で第一章(幼少時代)が終わります。


いつも感想をくださり、本当にありがとうございます。全部の感想に目を通していますし、とても励みになっております! すべてに「いいね」をつけたいです!
いまのところ、今作は全4~5章予定ですので、まだまだ始まったばかりの物語です。
今後とも「トム・リドル育成計画!」を楽しんでください!

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