トム・リドル育成計画!   作:寺町朱穂

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〇1936年10月 ヴァイオリンと指導者

●1936年 10月△日

 

 トムは朝から晩までヴァイオリンに明け暮れている。

 それもそのはず。

 トムがBBC交響楽団と演奏する日が迫ってきているからだ!

 私からしたら「あと2カ月ある」だけど、トムには「もう2カ月を切っている」らしい。トムが参加する演奏曲目はチャイコフスキーの「ヴァイオリン協奏曲」とモンティの「チャールダーシュ」の2曲で、アンコール用に国歌「国王陛下万歳」とエルガーの「威風堂々」を練習するそうだ。

 

 国歌がアンコールなんて、ちょっと驚きを隠せない。でも、これにはちゃんと理由があって、当日は王族が観に来る可能性があるみたいなのだ! もしかしたら、国王陛下が来るかもしれないし、ヨーク公夫妻かもしれないと想像すると、私は緊張でそわそわ落ち着かないけど、トムはそのあたり気にしてない。ただ完成度を高めるために練習を重ねている。そう言えば、昔から王族には興味なかったなーって思い出した。

 それに、エドワード陛下やヨーク公が来るなんてありえない。きっと、グロスター公かケント公が観に来るのだろう。

 

 

 トムがオーケストラと共演するのは、これで2回目。

 1回目はクインシーが所属するアマチュアオーケストラ。

 半年くらい前に協演したとき、トムは「まわりのレベルが低すぎる。合わせるのが大変だ」と愚痴を零していたが、今回のBBCはやりがいがあるらしく、オーケストラ練習に参加するときは大変良い表情をしている。上手くいかなくて悔しがっていることもあるけど、その顔も悪いモノではない。前向きに努力しようとする心持が顔から現れている。ヴァイオリンを心から楽しんでいることもあるけど、上達を目指して一心に努力する姿は好感が持てた。

 

 これもひとえに、彼が憧れのヴァイオリニストと出会ったおかげかも!

 去年の11月、ヴァイオリンの検定の際、試験官を担当した先生が「君は神童だ」と褒め称え、「ぜひ、君に会わせたいヴァイオリニストがいる」と自宅のパーティーに招いてくれたのである。

 トムは「自分の時間がなくなる」と後ろ向きな姿勢だったけど、その先生の「会わせたい人」が憧れのヴァイオリニストであると知った瞬間、目を輝かせて「行きたい!」と即答していた。

 えっと、たしか名前は、ハイフェッツさん。普段はアメリカで活動する人らしいけど、アビーロード・スタジオでシベリウスのヴァイオリン協奏曲を録音するために渡英してたそうだ。

 

 まあ……そのパーティーだけど、私個人としては苦手な場だった。

 一番良いパーティードレスをタンスから引っ張り出して参加したけど、パーティーが行われたのはロンドンの一等地だったし、右も左も上流階級の人ばかり。私には一番良いドレスだけど、参加者のなかでは最もみすぼらしい服装だった。そりゃ、私もそれなりに礼儀作法はわきまえているけど、立ち振る舞いの洗練度が明らかに違って……当然、話の話題だって違う。

 

『ミセス。あなたのご主人はどこのカレッジ出身?』

 

 奥様方から、そう聞かれても……答えられない。

 『旦那はいなくて、トムは養子。女手一つで養育しています』みたいなことを濁しながら伝えたけど、ね……。私の出身は寄宿舎がある学校だったけど、ここに集う人たちからみたら下の下だし……。

 

『まあ! それなのに、ヴァイオリンを習わせているの!? それは大変……必死に毎日働いていらっしゃるのね。お子さんの相手をする時間なんてないでしょう?』

 

 と皮肉たっぷりに言われたから、にこやかな笑顔で返してやった。

 

『ご心配いただきありがとうございます。ですが、在宅の仕事ですので自分のペースで働けますのよ。それに、週末はトムと向き合う時間をたっぷり確保してますわ』

 

 そしたら、なんて言われたと思う? ちょっと、呆けたような顔でこくんと首を傾けて言われたのだ。

 

『週末……ってなに?』

 

 私、完敗。

 白旗を上げる。パーティーでの会話は、こんなことばっかり。周囲の蔑むような目や失笑を思い出したくもない。

 

 だけど、トムにとっては人生で最良の日!

 だって、憧れの人に会えて、二重奏をすることもできたのだ! トムは(パーティー参加者のなかでは)安物の子ども用スーツに身を包んでいたけど、ヴァイオリンの演奏はもちろん、立ち振る舞いも神がかっており、あの場に集った英国人の誰よりも輝いていたのは間違いない。

 ハイフェッツは最初こそ気難しそうな顔をしていたけど、トムとヴァイオリンを弾くにつれ、徐々に表情が和らいできた。

 

「君は40年に一人の天才だ」

 

 彼はトムを褒め、すぐに誰に習っているのかと聞かれる。

 クインシーに習っていると知った途端、彼はすぐに「君はちゃんとした音楽教育を受けるべきだ」と留学を提案された。アメリカの「ジュリアード音楽院」もしくは「カーティス音楽院」への留学を激しく勧められたのである。

 しかしながら、この素晴らしき提案はトムから断っていた。

 

「もっと腕を磨いて、イギリスの頂点に立ってから世界に挑戦したい」

 

 いやー、すごい発言。

 エベレスト級の自信だけど、トムはその発言に伴う実力も兼ね備えている。実際に同年代の子どころで並び立つ実力者はおらず、この時点で指導者のクインシーより遥かに上手かった。

 

「それならば、名のある演奏家に師事しなさい」

 

 そういうことで、イギリス王立音楽院で教鞭をとっている高名な先生の指導を受けることになった。その人もトムの才能に惚れこんでおり、「学費はいらない」とおっしゃってくれて、申し訳ない反面、とても助かっている。「音楽家として大成したいなら、ピアノも学ぶべき」と指摘されてから、ピアノも習い始めたので、正直お金が……。

 なお、クインシーにこの話をしたとき、彼は「僕が教えられるレベルを超えている」と認め、トムの指導を自分から降りてくれた。家賃の支払いについても、トムを指導したという話が広まり、彼の元にヴァイオリンを習いに来る子どもが増えてくれたので、ちゃんと毎月振り込まれるようになった。

 クインシーも金銭に余裕が出て来たみたいで、良い方向へ転がり安堵する。

 

 なので、クインシーの家を訪ねる回数は激減した。マーチバンクスさんがいたら「トム君に会えなくなるわね」と哀しがっていたかもしれないけど、3年近く前に引っ越してしまった。ドイツの土産を渡しに行こうとしたら、先に「仕事で引っ越す」と言われてしまったのである。ちょっと変わった人だったけど、いなくなってしまうと寂しいものだ。いまでもクリスマスにはカードとトム宛てのプレゼントが届くので、元気にしているのだろう。

 

 

 そんな感じで、トムはヴァイオリンを今日も頑張っている。

 いつか、彼の夢が叶うといいなー!

 

 

 

 

 

 

 

 

●1936年 10月×日

 

 

 ひどく取り乱してしまった。

 今日の夕食の時間、ラジオから流れてきたニュースが衝撃的で……いまでも呆然としてしまう。

 

 だって、ラジオから「イタリア・ドイツ枢軸国」なんて言葉が聞こえてきたのだ!

 枢軸国って、日独伊三国同盟のことだと思っていたから、日本抜きでイタリアとドイツが同盟を結んだっぽいニュースが流れてきて、私は全身から血の気が引いてしまったのである。

 

 私の知っている歴史と違う! ってね。

 もちろん、そのことを口には出さなかったけど、手に持っていた皿を落としてしまったくらい驚いてしまった。ぱりんっと激しい音を立てて割れたことも聞こえないくらい、ラジオに目が釘付けになってしまう。

 

「アイリス、どうしたの?」

 

 トムが心配そうに袖を引っ張って、ようやく我に返った。不安そうに眉を寄せ、こちらを見上げてくる顔に息を飲んだ。

 

「ご、ごめんなさい。ちょっと驚いちゃって……」

 

 私は笑って誤魔化しながら、急いで割れた皿を片付ける。

 ちょうど、夕食に招いていたナティも手伝ってくれた。お隣のナティは本当に気の良い女性で、彼女がいると夕食の席がより明るくなる。

 

「気にしないで。それにしても、ちょっと驚くニュースだったね」

 

 ナティは明るい口調で言いながら、てきぱきと破片を拾う手伝いをしてくれた。

 

「アイリス、でも、大丈夫だよ。ただ会談しただけ。条約や協定を結んだわけではなさそうだから」

「そう……そうよね、取り乱したわ」

 

 ナティの言葉で、ほっと一息つく。

 でも、不安は心の奥底で渦巻いて消えない。ああ、ちゃんと歴史の勉強をしておくんだったと後悔する。日本史は分かるけど、世界史の流れなんて全然分からない。先にイタリアとドイツが枢軸国を名乗り、次に日本も加わったのか、同時に手を結んだのか……私は知らないのだ。

 

 そもそも、私がいるのはハリー・ポッターの世界。

 すべてがすべて、私の知る前世の世界の歴史通りに進むとも限らないことを改めて思い知らされる。

 

「イタリアとドイツが仲良くすることは、そんなに驚くこと?」

 

 一方、トムはよく分かってない様子だった。

 たしかに、子どもにはまだ分からないだろう。私は言葉を選びながら説明することにした。

 

「イタリアもドイツもあまり良い噂がないから……もしかしたら、イタリアとドイツが組んで、イギリスやフランスと戦争することになるかもしれないってこと」

「馬鹿だな。戦争なんて無駄の極みだろ」

 

 トムはつまらなそうに呟いた。

 

「金ばかりかかる。兵士の食糧や武器を賄えるだけの費用は、どこから調達するんだ? それだけ、ドイツもイタリアも金持ちの国ってこと?」

 

 それはないだろ、とトムは続けた。

 

「ドイツに行ったとき、そこまで裕福には見えなかったけどな」

「そうね……ドイツはお世辞にも豊かな国ではないわ。第一次世界大戦の賠償金で金銭的に余裕のない国だから」

「つまり、戦争を起こそうとする動機は戦勝国への復讐ってこと?」

「復讐というか……うーん……」

 

 少し悩んだけど、せっかくの機会なのでかいつまんで話すことにする。

 高い失業率と不況を打破するために、戦争を通してヨーロッパ全土を領地とすることで、豊かな国を作ろうとしていること。特に、丁寧に語ったのは、ホロコースト問題についてだ。一応、まだ現時点において虐殺するまでには至ってない……と思うけど、新聞を読む限り、ドイツ本国における過激な差別はすでに始まっている。実際、かの有名なアインシュタインは、ドイツからとっくに逃げ出していた。だから、トムに対し、人種差別について自分の知る限りの現状を詳しく伝える。いまは分からなくても、ゆくゆくは「マグル&マグル生まれと純血魔法族の問題」にも絡んできそうだ。

 正直なところ、友人を招いた夕食向きの話ではないけど、トムは興味深そうに耳を傾け、ナティも聞き役に徹してくれた。

 

「――だから、ちょっと怖いなって思ったの。もちろん、考えすぎかもしれないけどね」

「ふーん……」

 

 トムは最後まで聞き終えると、難しそうな表情で頷いた。

 一応は理解してくれたみたい。差別の問題に関しては、すっかり呆れたような顔をしていた。

 

「もとをただせば、同じホモサピエンスなんだ。そこに優劣はないってことくらい、ちょっと考えれば理解できそうなのに」

 

 この発言に、私は少しだけ安心した。

 少なくとも、現時点で差別という発想はないようだ。将来的に、この理論をマグル&マグル生まれにも適用してくれると嬉しい。

 

 

 それにしても……。

 ナティは明るくて気さくな人だし、間違いなく善人だと思うけど……ユダヤ人の差別の問題について、あまり知らなかった空気を感じられた。聡明な彼女なら、このあたりの問題について興味があってもおかしくない。

 

 

 これまで何度も怪しんできたけど、うーん、やっぱり、彼女は魔法使いなのかな?

 

 

 

 

 




<補足>現時点の年齢
トム・リドル:9歳
アイリス・リドル:25歳
アルバス・ダンブルドア:55歳
ナティ(ナツァイ・オナイ):61歳(実年齢より若く見える)



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