トム・リドル育成計画!   作:寺町朱穂

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〇1937年1月 時が経つのは……

 

●1937年 1月×日

 

 トムが新聞社のインタビューを受けた。

 相手の記者は、恰幅の良い壮年の男性。

 見た目は落ち着いた雰囲気の紳士だったけど、ときどき目が意地悪そうに光る人だった。こういう直感はよく当たるので、どうなることかと心配したけど、トムはかなり落ち着いて受け答えができていた。リラックスした表情で、丁寧に会話する姿はいつにもまして大人びて見える。

 記者はヴァイオリンの練習方法や練習時間についての他、国王陛下一家の前で演奏したことについて質問をしていたが、トムの子どもらしい一面を引き出そうと思ったのだろう。こんな問いを投げかけていた。

 

「友だちとは、どういう遊びをしているのかな?」

「これといった遊びはしないですね」

 

 トムはさして悩むことなく答える。

 

「良い曲を紹介し合ったり、僕が宿題を教えて、代わりにおすすめの本を貸してもらったり……」

「本! どのような本を読むんだい?」

「鉄板はコナン・ドイルですね。シャーロック・ホームズが好きで、特に『踊る人形』をもちいた暗号は面白いと思います。最近はロフティングのドリトルを貸してもらいました」

「ドリトル!」

 

 ここで、記者の顔がわずかに緩んだ。

 無理もない。ここで、ようやく子どもらしい一面が出てきたのだ。それまで「国王陛下を前にして演奏したけど、緊張した?」なんて質問に対し、10歳の子どもが「緊張はしません。自分の演奏を聴きに来てくださるお客様の前で、常にベストを尽くすのは演奏家として当然のことですから」と、真顔でさらっと返されたら、「こいつは本当に男児なのか?」と困惑する。

 

「ドリトルは面白いけど、どのあたりが気に入った?」

 

 そんな彼の口から、ようやく子どもらしい話題が飛び出したので、記者はそこに食いつくように問いかけてきた。

 

「やはり、動物と話せるところですね。特定の動物だけでなく、多種多様な動物と会話できるところに驚きを隠せませんでした。蛇と犬とでは鳴き声や発声の仕方から異なるのに自由に会話できる――そういうところに、少し憧れます」

「それじゃ、トム君はどんな動物と会話してみたい?」

「犬です。いま、子犬を飼う準備をしているので。蛇は間に合っています」

 

 そう言うと、トムは私を見てにやっと笑った。

 そりゃ、蛇は既に話せるからね……。

 だけど、記者は勘違いしてくれたみたいで、「君は蛇が嫌いなんだね、自分もだよ」と笑っていた。

 すると、トムはちょっと心外のように眉をわずかにひそめる。

 

「僕は蛇が好きですよ。一番好きな生き物です」

「ん? でも、話してみたいとは思わない?」

「蛇は賢いので、こちらが語りかけなくても目で返してくれます。少なくとも、僕にはそう感じるのです。ロンドン動物園に連れて行ってもらうたびに、僕は必ず蛇に会いに行きます。佇まいは優雅ですし、つややかな鱗は美しい。宝石のように輝いた目も素晴らしいですね。それから――」

「ど、動物園には、いつ行ったの?」

 

 蛇嫌いの記者は、急いで話題を変えようとする。それから……話題はさらにプライベートなものへと深まっていった。

 

「ところで、トム君。お父さんはどのような仕事をしているのかな?」

 

 記者はなにも知らないような口調で尋ねてきた。

 

「お母さんは素敵な挿絵画家だと聴いているけど、お父さんはなにをしているんだい?」

 

 私は自分の身体に緊張が走ったのが分かった。こういう聞き方をして来る時点で、「トムに父親がいない」ことを知っており、さらに踏み込んだ質問をしようと企んでいることは明白である。

 念のため、私は事前にトムには「本当の両親や生い立ちに関する質問が来たら、どのように答えるのか」という打ち合わせはしていた。

 だから、トムは落ち着いて答える。

 

「父はいません。僕は孤児院の出身でして。4歳のときにアイリスと会い、養子になったんです」

「そうだったんだ!」

 

 記者は大袈裟に驚いてみせた。そして、わずかに声を潜めて問いを重ねる。

 

「それじゃあ、本当の両親は……亡くなったのかな?」

「孤児院の先生の話では、母は僕を産んだ1時間後に亡くなったそうです。父は分かりません。生きているのか、亡くなっているのかも」

 

 トムは哀しそうな声色で言った。

 記者も辛そうに顔を歪めるも、目は好奇の色で輝いていた。

 

「それなら、もし――お父さんもお母さんも生きていたら、BBC交響楽団との協演が大成功に終わったことをどう感じると思う?」

「それは分かりません」

 

 トムは苦笑いを浮かべる。

 

「僕は会ったこともない人です」

「なら、少し想像してみようか? 観衆の大歓声と鳴りやまない拍手、そのなかで君の両親が立ち上がって近づき、君にハグしてこう言うんだ。『さすがは自慢の息子だ』って。さあ、トム君。どんな気持ち?」

「どう、と言われましても。それは嬉しいと思うでしょうね」

 

 トムは表情を変えることなく答えると、記者は少し残念そうに眉を寄せた。トムの目には涙ひとつ浮かんでなかったし、声も態度もたいして変わらなかったのだから。

 

「ですが、僕を家族として迎え入れ、ヴァイオリンを習わせてくれたのは、育ての親のアイリスです。もちろん、父の生死も気になりますが……僕はいまの暮らしに満足しています」

 

 トムは穏やかな口調で言い終えれば、時計を指さし「時間です」と告げた。

 記者は非常に名残惜しそうにしていたが、約束の時間であることには変わりがない。もっと引き延ばして、あれこれ聞きたかったのかもしれないが、このあとヴァイオリンのレッスンがあった。

 

「それにしても、ちょうど良いところで時間が来たものね」

 

 私は少し安堵する。

 いろいろと対策は講じていたが、あまり触れられたくない話題であることには変わりがなかった。新聞社を出て、先生の教室へ向かう途中、私が思わず感想を零せば、トムはおかしそうに吹き出した。

 

「アイリス、自分の時計を見てよ」

「時計?」

 

 トムに指摘され、腕時計に目を落とし――なにが起きたのか理解した。

 

「……トム、時計に細工したでしょ」

「さあ? きっと壊れてたんじゃない? 部屋の時計と記者さんの腕時計だけ、15分進んでたんだ」

 

 トムが悪戯っぽく笑う。ちょっと無邪気な反応に、私は吹き出しそうになった。だけど、これはたしなめないといけないと思ったので、おかしさを噛み殺した。

 

「まあ、そういうことにしておくけど……あまり何度も同じことが起きないように。疑われるわよ」

「もうしないよ。あいつが色々聞きだそうとしてくるからさ、面倒くさくなって」

 

 トムは肩をすくめる。

 

「僕の家族は、アイリスなんだよ。他にいらない。そりゃ、本当のお父さんも気になるけど……いろいろな大人がいるって再確認できたから」

 

 トムが最後に付け加えた言葉で、クリスマスの悪夢がよみがえった……。

 いま、弁護士に相談しているところ。時代的に接近禁止命令みたいな法律がないのが大変だけど、なんとかして接触させない制約を結ぼうとしているところだ。手切れ金みたいなものを渡す代わりに縁を切る、みたいな形で運ぼうと思う。

 

 

 あー、でも嬉しい。

 さっきのインタビューで、トムに「家族」と言ってもらえた。

 家族、なんて素敵な響きなのだろう!

 

 あのクリスマスの日、トムは私を励ますつもりで呟いた言葉だったかもしれない。今日だって、インタビューのなかの言葉として発したものかもしれない。

 でもね、トム。それだけでも、私は嬉しくてたまらない。この喜びは、金貨がいっぱい詰まった袋を貰うより胸が弾む言葉なのだ。もちろん、私はトムを最初から家族として接してたし、トムもきっとそう感じてくれていることは知っていたけど、実際に言葉にしてもらえると嬉しさが桁違い。

 

 私には、ずっと家族らしい家族がいなかった。

 前世は別として、父に愛された記憶はあったけど……それも6歳まで。それ以降は、家族らしい家族がいない生活。ルークと同棲してた期間はあったわけだけど……あっけない幕切れだった。

 

 だからね、トム。

 あなたが想像する以上に、私のことを「家族」と認めてくれている事実が嬉しかったんだよ。「私との生活に満足している」と答えてくれて、涙ぐみそうになったんだ。

 

 こんなこと、恥ずかしくて言えないけどね。

 

 

 

 

 

 

 

●1937年 1月△日

 

 レベッカの出産に立ち会ってきた。

 犬の出産を滅多に見る機会がないので、ジョナサンのお父さんの許可を得て、見学及びスケッチさせてもらうことにしたのである。

 

 ちなみに、ジョナサンの新しいお母さんとは会えなかった。

 それとなく彼に聞いてみたけど、親しくお付き合いしている女性はいるが同居はしていないらしい。ジョナサンの家はお手伝いさんがいるので清潔感が保たれていたけど、洗面所に置かれた歯ブラシも男性用と子ども用の2本しかなかった。

 だから、ここで同居してないのは本当だと思う。

 それに、お手伝いさんからも裏がとれた。出産の手伝いをしたのだけど、その最中、彼女は零していたのだ。

 

「坊ちゃんは可哀そうなんですよ。週に数度、一人で夜を越されるんです。旦那様はお仕事が大変忙しいとされていますが……」

 

 濁していたが、もはやその嘘を突き通すのは難しいだろう。いや、ジョナサンも本当のところは気づいているのかもしれない。

 ジョナサンはトムの唯一の友。

 他人の家庭に干渉する趣味はないし、お節介だと理解しているけど、なにかあったときは相談に乗る心づもりはしておこう。

 

 私が複雑な気持ちを抱えているなか、トムとジョナサンは楽しそうにおしゃべりしていた。

 

「これ、フランスのおばあちゃんから貰ったんだ! 一緒に食べよう!」

 

 ジョナサンはそう言いながら、マドレーヌの詰まった箱を運んできた。

 

「クリスマスのプレゼント?」

「んー、そんな感じかな。あとね、本も貰ったよ。フランス語だけど」

「フランス語か……君、いろんな国の言葉を話せるよね」

「えへへ、それほどでも」

 

 ジョナサンがへにゃっと笑うと、トムは大きく息を吐いた。

 

「君はもっと自信を持つべきだよ。まったく……だから、周りから弱くみられるのさ」

「でも、トムが守ってくれるよね」

「僕を最初からあてにしてもらったら困るね。あと、マドレーヌありがとう」

 

 そんなおしゃべりをしながら、マドレーヌを紅茶に浸しながら食べていた。そんな姿を見て、私はくすりと笑ってしまう。

 いつか、トムもマドレーヌを食べるたびに今日のことを思い出すのかな……?

 

 

 さて、レベッカの出産に話を戻そう。

 パピヨンの彼女はクッションと布が敷かれた大き目な籠に寝そべり、短い呼吸を繰り返していた。苦しそうに小さな身体を揺らし、大きな黒い眼は辛そうに細めながらも力強い輝きを放っている。白いお腹ははち切れるばかりに膨らみ、触るとぴくんっと動いた。

 私やお手伝いさんが背中をさすり、声をかけ続けていると、そのうち、レベッカは力をこめるように、ぐっと身体を強張らせる――かと思えば、にょきっと薄い膜に包まれた白くて丸い物が顔を覗かせた。白い塊に焦げ茶色のブチ模様のそれは、まぎれもなく子犬の頭だ。

 

「レベッカ、頑張って!」

 

 お手伝いさんが補佐しながら、するっと一匹目が文字通り生まれ落ちた。レベッカが子犬を覆う膜を剥がそうとするも、なかなか上手くいかずに悪戦苦闘していた。子犬を布のように覆う薄い膜を剝がさないと、吼えることができない。すなわち、呼吸をすることができないのだ。最終的には、お手伝いさんが手際よく膜を剥がしたところで、子犬は小さな産声を上げることができた。

 トムはこの様子を、じっと眺めていた。

 ジョナサンが「よかった! おめでとう、レベッカ! 赤ちゃん、可愛い!」と号泣する傍ら、ただ黙って静かに見つめていた。

 

「……目、開いてない」

 

 2匹目が産まれ、3匹目を出産する準備に取り掛かっているとき、トムはようやく口を開いた。

 

「病気じゃない?」

「生まれたばかりの赤ちゃんは目が見えないのよ。何日かかけて、だんだん開くの」

 

 私が答えると、トムは再び押し黙ってしまう。

 ちょうど、1時間ほど経過した頃だった。

 無事4匹の出産を終え、子犬たちは母犬の乳に吸い付いている。音を立てながら無我夢中で乳を飲む子犬たちと、母犬のレベッカが彼らを見守り優しく舐める姿は非常に微笑ましい。このなかの一匹がうちの子になるんだな、と思いながら眺めていれば、トムが一言呟いた。

 

「触ってもいい?」

 

 トムはジョナサンとお手伝いさんの許可を貰い、一匹おそるおそる取り上げた。白地に黒いブチ模様の子犬はトムの片手にすっぽり収まるサイズだった。頭を揺らしながら、母親を求め「きゅうきゅう」と鳴いている。

 

「小さいな」

 

 トムは囁くように言うと、震える指先で子犬の頭に触れようとする。すると、子犬は乳と勘違いしたのか、トムの指に吸い付こうとしてきた。トムは目を丸くすると、すっかり固まってしまった。

 

「これ、どうすれば……あっ!」

 

 トムが戸惑っていると、子犬はトムの指にしゃぶりついた。

 

「…………かわいい」

 

 あむあむと指を噛む姿を見下ろし、トムの口から言葉が零れる。だが、すぐに顔を真っ赤に赤らめさせた。子犬の口から指を抜くと、他の兄弟たちのところに戻した。子犬の小さい鼻はひくひくっと動く。短い脚でパタパタ歩きながら目的地まで到達すると、勢いよく乳を飲み始める。レベッカも愛情を込めるように、ぺろぺろと子犬たちの身体を舐めていた。

 

「可愛いね」

 

 私がトムに声をかければ、トムもややあってから頷いた。

 

 

 トムの口数は少なく、ほとんど感想は言わなかった。

 でも、目は口よりモノを言う。

 誰よりも熱心に出産を見つめる姿、子犬に可愛さを見出したことは、彼の心になにかしらの影響を与えたのは間違いない。

 

 その証拠に、帰宅して早々、犬の飼い方に関する冊子を今までにないくらいの勢いで読み耽っていた。

 

「もっと、しっかり調べないと」

 

 もともと、犬を飼うきっかけは犬に興味を持ったというより、「友だちの犬を助けよう」という使命感からのもの。犬を「可愛い」と感じたことで、トムのなかの価値観に変化が起きたのだ!

 可愛いーと思っていたら、顔がにまけてしまったらしく、トムから不審な目を向けられてしまった。

 

 生き物を飼うということに対し、ちゃんと向き合って考えられる。これって、かなり難しいことだ。だけど、いまのトムなら……ペットを責任をもって最後まで育てることができると確信する。

 

 ウィニーを「たかが熊」と言い捨てた男の子が、数年でこうも変わるとは!

 

 なんだか、しみじみした気持ち。

 男の子の成長って、早いな……。

 

 

 

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