トム・リドル育成計画!   作:寺町朱穂

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〇1937年6月 監禁生活……!?

●1937年 6月〇日

 

 

 珍しく英語で日記を書いている。

 

 もっとも、日記を書けるだけ幸せだと思いたい。

 

 なぜなら、いまの私は()()されている。こうしてペンを走らせている間にも、後ろから痛いほどの視線を感じた。

 本当はいつもの調子で書きたいのだけど、私のことを監視してる人から「分からない言語で書くな!」みたいなことを叫ばれた。読めないことに大変いらだったらしく、数枚ほどページが千切られてしまった。ちょっと悲しいけど……破られたのは、5月から6月初旬までの部分。トムとの関係に壁ができて、私がうじうじ悩むだけの内容だ。あまり読み返したくない箇所だったのが幸いかもしれない。

 

 こうなった経緯も含めて、努めていつも通り記していくことにする。

 

 

 今日から、私はオックスフォードへ行く予定だった。

 挿絵関係の仕事で、ちょっとした打ち合わせがあるのだった。本当は頑張れば日帰りできなくもなかったのだけど、モーリスが「たまには一人になる時間も必要だ」と提案してくれたのだ。

 モーリス曰く、私の顔色は相当悪かったらしい。

 

「6年だ。アイリス、君がトムを育て始めて6年。ろくなサポートも無いなか、毎日よくやってきたよ。たまには休むべきだ。トムや子犬を預ける先がないなら、僕の実家に働きかけようか?」

 

 モーリスが提案してくれた頃、ナティも不安そうに尋ねてきた。

 

「トムと上手くいってないの? 最近、笑顔が硬いよ?」

 

 私はナティに軽く説明することにした。

 どこまで彼女に話して良いか分からないけど、ジョナサンの引っ越し問題を機に、トムから避けられている話をした。トムは引っ越しを阻止できなかったことに激しいショックを受けたらしく、「アイリスがやらないなら、僕がなんとかしてみせる!」と無茶な行動ばかりするようになってしまった。

 これまで、トムは望んだことを実力と努力で叶えてきた。

 勉強も、魔法の習得も、ヴァイオリンも、子犬の里親探しだって、全部成し遂げてきた分、今回も「頑張ればなんとかなる」と信じ切ってしまっている。

 トムが暴走する都度、私が止めて「家庭の問題にこれ以上首を突っ込むのは良くないわ。問題がよけいに悪化したらどうするの?」と諫めるのだが、彼は「うんざりだ、話にならない!」と話を切り上げ、避けられてしまうのだった。

 

「だからって、トムに迫害の話を伝えられないわ。いまの調子で話したら……よけいに『引っ越しを止めないと!』って暴走しそうで……」

 

 ましてや、虐殺――のように、今後起こりうる可能性について話せるわけがない。

 ナティは全部聞き終えると、納得したように頷いていた。

 

「あー、トムの気持ち分かるわー。私も自分でなんとかできる! って思った時期があったな……母さんたちの心配を振り切ってね。いまなら、母さんの気持ちも理解できるけど」

「そうなの?」

「学生時代、学校の近くの村を根城にする悪党がいてね。そいつを捕まえようとしたんだ。母さんは危険だって止めてきたけど、大人たちは悪党をどうにかしようっていう気概を感じなくてさ……『あたしがやらないと!』って強い使命感に駆られたんだ」

 

 ナティは懐かしむように言うと、ぽんっと手を叩いた。

 

「アイリス! あたしがトムとエンラクを1日だけ預かるよ。こういう話は、親よりも友人の方が聞いてくれるものだからね」

「でも……大丈夫かしら?」

「大丈夫よ。それにね、子どもは親に反抗したくなる時期がくるもの。アイリスもそうだったでしょ?」

 

 それに関しては、私は曖昧に笑った。

 でも、ナティの案は良いかもしれない。

 私もトムとは一度距離を置いて、少し今後のことを考えたかったところだ。だから、旅行用のトランクに真っ先に日記を入れた。冷静になって、じっくり自分を見返したくて……トムへどのように伝えるべきか考えたくて……。

 トムには発つ前日に話をした。

 最近、トムは家にいても部屋にこもりっぱなしで、食事のときにしか降りてこない。

 

「明日、仕事の出張でオックスフォードへ行くの。ちょっと時間がかかるから、向こうに泊まる必要があってね……夕ご飯は、ナティと一緒に食べて。もう頼んであるから……お土産、欲しいものある?」

 

 トムは何も答えなかった。ちらっと私を見て、口を開きかけたけど、すぐに真一文字に結んでしまう。

 「そういう態度は悲しくなるから止めて。せめて、返事は聞かせて欲しい」って伝えようと思ったけど、さらに胸が傷つく答えが返ってくるような気がして言えなかった。これは、私に勇気が足りなかったせいだと思う。トムの今後のことを考えれば、ちゃんと言葉に出すべきだったと絶賛反省中だ。

 

 あとは、翌朝――トムの背中に「いってらっしゃい」と声をかけたのが最後。

 もちろん、返事なんてなかった。

 私はトムが学校に行くのを見届けると、エンラクをナティに預け、すぐにパディントン駅へ向かった。でも、早く出過ぎてしまって……モーリスとの待ち合わせよりも随分早くに着いてしまう。これが未来なら――あー、観光名所もできるかもしれないけど、パディントン駅に観光できるような場所なんてない。いまのパディントン駅は、なにかの映画とか物語の舞台になったわけでもないからね!!

 手近な喫茶店でも探すか、と駅を出て歩き始めた、そのときだった。

 

「―――」

 

 背筋の凍るような声と共に、なにかが尖った物体が背中に当たる。

 おそるおそる振り返れば、ぼさぼさと髪の伸びた男が立っていた。鋭く尖ったナイフを背中に突きつけられている。私は全身から血の気が引いたのが分かった。

 

「モーフィン・ゴーント……さん?」

 

 髪の毛のせいで顔は見えなかったけど、それ以外ありえない。

 私はどうしたらいいか分からず、だからといって、助けを叫んでグサッと刺されるのも嫌だったので、トランクを足の間に挟むように置き、ゆっくりと両手を挙げた。たぶん、両手を挙げる行為は……魔法界でも無抵抗の証だよね? その願いは届き、刺されることはなかった。代わりに、腕をつかまれて――姿をくらます瞬間移動の魔法で、ゴーントの家に拉致されたのである。

 

 瞬間移動の魔法は便利だなーって思ったけど、前言を撤回する。

 拉致に使えるのは危険すぎるでしょ!! って。

 

 埃っぽい――というか、埃しかない部屋に転がされる。トランクは足でしっかり挟んでいたから持って来れたけど、魔法使い相手に一発逆転できる道具なんて入ってない。 

 それから、モーフィンは杖を向けてきた。

 彼の蛇語は聞き取れないけど、このあと放った言葉だけは理解できた。

 

「『クルーシオ』」

 

 赤い閃光を避けられるはずがない。

 ……思い出したくない。

 心臓が内側から容赦なく握られ、棘のついた太い針で刺されたような痛み……しかも、針を刺したまま容赦なく回転してくるような激しい苦痛……あまりの痛みに悲鳴を出すこともできなかった。呼吸すら忘れていた。埃の積もった床で、殺虫剤をかけられた芋虫のようにのたうち回ることしかできない。私は喉をかきむしっていたらしく、さっき鏡で確認したら首のところに引っ搔いた痕が残っていた。

 他に覚えているのは、モーフィンの声だ。モーフィンの楽しむような高笑いだけが異様なほど響いていた。苦しむ私を見て、笑っていたのだろう。

 

「――! ――!!」

 

 気がつくと、私は荒い呼吸を繰り返していた。

 涙がボロボロと零れ出ていた。口からよだれが垂れているのに気づき、なんとか袖で拭う。虚ろな目でモーフィンを見上げれば、彼は汚れたソファーにどっかり腰を降ろし、ワインを瓶で呷っていた。

 

「――!」

 

 なにか言っていたが、私は蛇語が分からない。

 モーフィンはどうして私をさらったのか? 拉致するなら、私よりトムだろう。トムをスリザリンの跡継ぎにしたかったらしいから……激痛で朦朧とする頭で、拉致の理由を必死に考えた。

 

「私は……人質ですか?」

 

 聞いてみたが、彼は答えてくれない。肘掛け椅子に座ったまま、げらげらと笑っている。

 人質か、自分の言う通りにしないトムへの嫌がらせか……その両方かもしれない。でも、相手の言葉は理解できないし、向こうもマグルとは口をきいてくれなかった。

 床に転がったまま、窓に目を向ける。

 窓もべっとりと埃や雨汚れ、泥がこびりついているせいで、近くまで行かないと外が見えない。でも、晴れているらしく、微妙に陽光が差し込まれていた。

 

 そう、ここはあまりにも汚い。

 時折、咳き込んでしまうのは、「磔の呪い」の後遺症だけではないはずだ。

 だから、私……モーフィンにこう言った。

 

「あの、お掃除してもいいですか?」

 

 モーフィンの笑いが止まった瞬間だった。酒を飲もうとする動きも止まった。

 

「ここ、汚いです。お掃除させてください、逃げませんから」

 

 モーフィンの家、あまりにも汚い。

 トムが10歳だから、メローピーが逃げて10年と少しは掃除されていないのだ。そりゃ汚いに決まってる! むしろ、こんな環境でよく生きてこられたものだ。モーフィンの生命力、凄いなと感心する。

 

「――?」

 

 モーフィンが尋ねてきたけど、蛇語なので分からない。

 ただ、私を見てくる目は……トムが呆れ果てたときの目線とよく似ていた。

 

「えっと、ここに何時間も監禁されるなら、とても暇だな……と。掃除するくらいの時間はありますよね? 私、ただのマグルなので。逃げられないです。魔法使いに勝ち目ないです」

 

 モーフィンが暇を持て余し、再び「磔の呪い」をされたらたまったものではない。ならば、せめて少しは役に立てることを証明しようと思った。掃除が苦手の私でも「これはなんとかしないと!」と切に感じるほど本当に汚かったし!

 

「……」

 

 モーフィンは悩んでいたが、くいっと顎で部屋の隅を差した。視線を向ければ、そこには箒とバケツが転がっている。

 

「えっと、掃除……しますね」

 

 私は立ち上がり、よろめきながら部屋の隅へと進んだ。箒にもバケツにも蜘蛛の巣がかかっていて、私はぱんぱんっと払った。箒を叩いたことで部屋に積もっていた埃が一層舞いあがって、咳き込んでしまう。

 

「――!!」

 

 モーフィンも苦しかったのだろう。怒鳴りながら窓に指を向けたので、私は喜んで窓を開けた。新鮮な空気が外から入り込み、ほっと息ができるようになる。

 

「よし!」

 

 私は気合を入れるように頬を叩き、早速支度を始めた。トランクからハンカチーフを取り出してマスク代わりにする。昼食のサンドイッチを包んでたバンダナで髪も覆うと、まずは天井から箒で掃き始めた。

 モーフィンがまた何か叫んでいたので、私は手を緩めずに言い返した。

 

「天井から掃除をするんです! いくら床を綺麗にしても、天井から埃が落ちてきたら意味がないですから!」

 

 モーフィンはなにも言わなくなった。

 依然として身体は内側から痛かったけど、掃除に夢中になっている間は忘れてしまった。天井の虫の巣やら埃をあらかた落とし、床を掃いていく。ばさばさと掃けば、天井から落ちてきた虫たちが埃に塗れながら、いそいそと逃げていく。そうこうしているうちに、埃やら何やらが山のように積もり始めた。

 

「ゴミ、どこに捨てたらいいですか?」

 

 袋に集めて捨てたかったけど、そういった類のものは見当たらない。そもそも、ゴミ箱がなかった。

 すると、モーフィンは杖を取り出し、ぼそぼそと呟いてひゅんっと振る。途端、ゴミ山の大半が消え失せたではないか! 私は思わず感嘆の声をもらした。

 だけど、驚いたのはそのあと!

 水拭きの段階になったけど、この家に水道はなかった。井戸が外にあるのだとしたら、ドアから出る必要があるけど、逃走と間違えられては敵わない。

 私はバケツを手に持って、モーフィンに聞くことにした。

 

「床とか拭きたいです。水はどこにありますか?」

 

 モーフィンは面倒くさそうに再び杖を振れば、バケツ一杯に水が溜まったのだ!

 これぞ、魔法!

 凄かった……!! だって、無から水を生み出す魔法は絶対に難しい。トムもエンラクの糞尿を魔法で処分することはあるけど、水とか何かを生み出す魔法を使ったことはなかった。

 いやー、本当に魔法使い凄いわ……なんで、私は魔法使いに産まれなかったのだろう? 私も魔法が使えたらな……。

 

「ありがとうございます!」

 

 モーフィンはなにも言わなかった。

 まあ、この頃には無返答も慣れたものだったので、すぐに掃除を再開した。窓から差し込む陽光の向きが少しずつ変わり、部屋が蜜色に染まり始める頃には見違えるほど綺麗な家になっていた。掃除はし足りないけど、床の木目は見えるようになっていたし、マスクなしでも息ができるくらいには改善していた。

 

「ふぅ……少しはスッキリした」

 

 汚れた大鍋とか、窓とか他にも掃除したい場所はたくさん目につくけど、とりあえず暮らせる程度にはなったはずだ。一息ついたら、ぐうっと腹が鳴ってしまう。サンドイッチ、食べようかな……とトランクから出したら、モーフィンに全部持っていかれてしまった。

 ここで、いまさらだけど「そういえば、拉致監禁中だった」と思い出す。

 

 あーあ、私のピーナッツバターサンドとハムサンド……。

 モーフィンが美味そうに貪り食うのを寂しく眺めるしかなかった……。

 おかげさまで、お腹が空いてたまらない。その辺に転がって、捨てる所だったカビたパンを齧ったくらい。トランクにスナックやキャンディーが入ってたはずだって? 全部取り上げられ、彼の腹のなかだよ! こっそり隠し持っておきたかったけど、杖とナイフで脅されたら従わないといけなかった……私、レスリングとか護身術を習っておけばよかった。いや、ちょっとかじった程度では勝ち目がないし、バリツの達人でもないと敵わないか。

 

 掃除以外に許してもらえたのは、日記を書くことだけ。

 いまも、後ろからじろじろ見られている。

 

 

 今頃、ロンドンはどうなってるだろう?

 モーリスは私と連絡がつかないから焦っているはずだ。仕事をすっぽかしたことになってしまい、申し訳ない。こういうのは信頼仕事だから、響いてこないといいな……いや、その前に帰れることを願おう。

 

 トムは大丈夫。

 ナティなら見捨てることはないし、エンラクだって面倒を見てくれる。独り立ちするまで、ちゃんと援助してくれるはずだ。

 だから、私がいなくても大丈夫。

 いまのトムなら道を踏み外して、暗黒面に落ちることはないだろう。むしろ、ナティや他の大人と一緒の方が良いかもしれない。私のことなんて、嫌いになってしまったみたいだし……逆に私がいない方がいいのかもしれなかった。最後に、ちゃんと話し合えなかったことだけが心残りかな……。

 

 

 さて、もう寝ることにしよう。

 いま寝る場所を聞いたら、部屋の隅を指さされた。丁度良い感じの暗がりである。ぼろっぼろに穴が開いた薄い布も渡してくれた。お腹にかけるのにちょうどよい大きさで、どう頑張っても足が出てしまう。布を渡してくれるなんて、なんと親切な紳士だろう! こんなことになるなら、トランクに毛布も詰め込んで出発するべきだった!

 

 

 掃除はまだまだ終わらない。

 窓もべっとりと汚れがついているし、台所に転がっている大鍋にも蜘蛛の巣がかかったままだ。洗濯だってした方がいい。少なくとも、この布は洗いたい。

 

 

 明日が晴れたら、だけど。

 いや、明日も生きることができたら……かな。

 

 

 

 

 

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