トム・リドル育成計画!   作:寺町朱穂

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〇1937年6月 生存への希望

 

●1937年 6月〇日 <電報>

 フランク・ブライスからナツァイ・オナイ宛

 

 アイリス、リトル・ハングルトン。

 いまのところ無事。しかし、油断ならず。連絡を待つ。フランク・ブライス

 

 

 

●1937年 6月〇日 <手紙>

(ノートの破られたページに鉛筆で走り書き。消印なし)

 

 アイリス・リドルからナツァイ・オナイへ

 

 フランクさんに手紙を預けます。

 私はゴーントの小屋にいます。とにかく落ち着いて。いまのところ安全。掃除がすむまでは酷い目にあわされずにすみそうです。元気で健康そうに振舞いつつ、ゆっくりじっくり掃除をしながら時間稼ぎするつもり。

 実は、モーフィンの食べ物に睡眠薬を仕込みました。

 ここのところ、なかなか寝つけなくて……持ってきて正解。

 ずっと見張られていましたが、どうしたって監視の目が外れる瞬間があるのです。トイレです。誰だって、生きていればトイレに行きたくなりますよね? モーフィンがトイレへ出かけた隙をついて、私は隠し持っていたスナック菓子の袋を開封し、睡眠薬をふりかけました。

 モーフィンが戻ってきて目にしたのは、私がいままさにスナック菓子を食べようとする現場です。案の定、彼は菓子を即座に取り上げ、ガツガツと食べてくれました。ちょっと苦かったかもしれませんが、あまり気にならなかったみたいです。

 そもそも、彼がまともな食事をとったのは数年ぶりっぽい感じでした。

 

 モーフィンが寝落ちたのを見計らい、私はフランクさんに助けを求めに走りました。彼とは文通する仲ですし、悪い人ではありませんから。実際、彼はとても親切に申し出を受け入れてくれました。

 

 フランクさんのところに匿ってもらえばいい?

 それも考えましたが、諦めました。汽車に乗るお金を貸してもらうっていうのも断念しました。

 モーフィン・ゴーントは大変執念深く、かなり怒りっぽい上、自分以外の人間を下等生物としか思っていません。どこへ逃げても追ってくるだろうし、協力者は間違いなく拷問されて殺されてしまうでしょう。

 

 ナティ、あなたに助けを求めたのは、他でもありません。あなたが一番冷静に対処してくれると信じているからです。モーフィンは奇妙な男です。私のように平凡な人間とは違います。普通の警察に頼ってしまったが最後、より危険な事態になってしまうと思うのです。

 

 そろそろ小屋に戻ります。用心に越したことはありませんから。

 

 ナティ……私が最も不安に感じているのは、トムのことです。

 私に万が一のことが起きたとき、どうか後見人になっていただけないでしょうか? 私の実母やトムの親族は、トムを道具としか思っていません。私には、あなたの友情にすがるしかないのです。

 どうか、トムをお願いします。

 モーフィンの真の狙いは、私のちっぽけな命ではありません。どう考えたって、トムなのです。

 それから、モーリスとお客様には謝罪を。仕事の約束をしていたのに、大変申し訳ありませんでした。

 

 

 最後に、愛するトム……あなたを強く抱きしめます。

 短い間だったけど、私を親にさせてくれてありがとう。至らないところも多くて、ごめんなさい。

 どうか、あなたの未来に希望がありますように。

 

 

 

 

 

 

 

●1937年 6月△日

 

 疲れた。

 身体が痛い。息をするのも苦しい。

 ああ、でも解放された。良かった。トムには会えない。トムに会いたい。会わせて欲しい。

 

 私の記憶は消されるのかな?

 それとも、このまま?

 とりあえず、今日は眠る。起きているのもしんどい。目が覚めて、次に日記に触れる機会があるとき、これまで通りの私でいられますように。

 この記述を見て、違和感を覚えることがありませんように。

 

 

 

 

 

 

 

●1937年 6月×日

 

 覚えていることを記すことにする。

 

 いまだに現実味がない三日間。

 モーフィンに拉致され、磔の呪いをかけられた。そのことが、何か月も前のように思える。恐ろしい魔法だった……ネビルの両親がこれを何発も受けて廃人になってしまったらしいけど、それも十分納得できる呪いである。1発でも想像を絶する苦痛で、「これはやばい、なんとか2回目を回避しないと」となるのは必然だった。

 

 本当、掃除を思いついて良かった……。

 

 それからあったことは、英語で日記に書いてある通り。

 書いてないのは、できるかぎり掃除をゆっくり丁寧に行ったことくらい。身体の節々が強烈に痛かったこともあるけど、1番の目的は時間稼ぎ。モーフィンも埃塗れの小屋が嫌らしく、掃除を邪魔することはない。掃除を続けている限りは、ありがたいことに磔の呪いとか魔法をしかけてくることはなさそうだった。

 

 他にあげるとすれば、モーフィンがトイレに行った隙をついて睡眠薬を仕込み、彼に摂取させたこと。

 太陽が山間に沈むころ、モーフィンは寝落ちしてくれたので、私はフランクの小屋へ一目散に走った。

 フランクは庭で仕事を片付けている最中で、私を見つけてかなり驚いていた。そりゃそうだろう……私はロンドンにいるはずなのだから。事情をかいつまんで説明すると、彼は徐々に顔を強張らせ、こんなことを提案してきてくれた。

 

「あんたは、いますぐにでも警察に行くべきだ!」

 

 親身になって話を聞いてくれるだけでなく、自分のことのように怒ってくれる。フランク・ブライスは案外、優しい人だ。フランクの提案は正しいが、今回はそうもいかない。私は警察沙汰にはしたくないと繰り返した。

 魔法使いのモーフィンの相手は、マグルの警察では対処できない。どう考えても、事態を悪化させるだけだ。私が逃げることも考えたけど、マグルの睡眠薬が魔法使いにどれだけ効くのか分からないし、数時間もすれば逃げ出したことに気づくだろう。だいたいリトル・ハングルトン村はかなり田舎。いまからロンドンへ向かう汽車はなく、必然的に村に泊まることになる。

 モーフィンから身を隠せるわけがない。

 

「詳しくは言えないけど、穏便に済ませたいの」

 

 ナティへの電報と手紙を託し、私は小屋に戻った。

 どうやら、間一髪だったようだ。

 小屋に戻って、蝋燭の灯りをつけた頃、モーフィンはもぞもぞと動き出したのだった。マグルの薬は、魔法使いには効きにくいらしい。

 本当、運がよかった……。

 

 

 ナティに助けを求めたのは、ちょっとした賭け。

 他に魔法使いと思われる知り合いに心当たりはなかった。彼女が魔法使いでなく、本当にちょっと変わり者の友人だったら……私は今頃、命を落としていたかもしれない。

 

 

 実際、かなり危ういところだった。

 監禁生活二日目、私は怒鳴り声で目が覚めた。

 彼は空っぽの皿を指さして、なにか主張している。どうやら、朝食の支度をしろ! ということらしい。この要求には、私はほとほと困り果てた。この小屋にロクな食べ物はない。カビたパンとチーズ、あとは安そうな酒くらいだ。これで食事を作れと命令されても……特に思いつかない。頭を悩ませている間、モーフィンはかなりイライラしたらしい。おもむろに杖を振り上げ、こう叫んだ。

 

「――っ! フリペンド!」

 

 嫌な単語だけ、聞き取れるものである。

 私の身体は簡単に吹き飛んだ。壁に叩きつけられ、背骨がじんっと痺れた。「磔の呪い」ほどではないけど、かなり痛かった。痛みもあるけど、昨日からろくに食べてないこともあって、私はふらふらと立ち上がる。よろめきながら、台所にあった錆びたナイフでパンを切り、同じくスライスしたチーズをのっけた。

 

 案の定、モーフィンはあからさまに不機嫌になった。

 私なら、このメニューでもどうにかするって思ったのか? 無理だよ、食材がないならどうすることもできない。

 

「せめて、バターがあればなんとかできますが……裏手に川がありましたよね。そこで魚を釣ってきてもよいでしょうか?」

「――!!」

 

 モーフィンは地団駄を踏み、足元に落ちてた空き瓶を蹴り飛ばした。忌々しいものでも見るような目で睨んできた。蛇語で文句を口走りながら、パンを食べてくれた。

 私はその様子を横目で見ながら、大鍋を拭き始めることにする。朝食? モーフィンに提供した料理で小屋に置かれた食糧は底をついた。昨日、ここに来てから口にしたのは、水の他にカビたパン一切れだけ。空腹で胃が軋るような音を鳴らす。あと何日、この生活に耐えればいいのだろう? 不安でいっぱいだったが、一心不乱で掃除に明け暮れた。もう少しで、ナティが助けに来てくれる。電報を受け取れば、すぐに行動してくれるはずだ。彼女が魔法使いなら「姿くらまし」を使って、一瞬で助けに来てくれる。

 

 でも、私の読みは甘かった。

 お昼頃になっても、ナティどころか助けが来る気配すらない。

 時間と共に掃除できそうな場所は減り、危機感が募っていく。掃除が終わってしまったら、なにをすればいいのだろう? 洗濯をすればいいのかもしれないけど、生憎と外はどんよりとした曇り空。こんな日に生乾きになるのは明白だし、モーフィンが「乾いてない!」と憤慨する姿がまぶたの裏に浮かんでくる。

 

 どうしたらいいのだろう?

 恐怖と不安が顔に出そうになった、そのときだった。

 

「モーフィン・ゴーント。話があります」

 

 玄関の戸がノックされ、こちらが返事をする間もなく開いた。

 そこにいたのは、二人の魔法使いだった。

 魔法使いだと断言できたのは、二人とも時代遅れのローブを纏っていたこともあるけど、一人目の男が杖を構えていたからだった。アッシュブラウンの髪に白濁の目をした壮年の男性だけ、静かに杖を構えている。しかも、杖先に赤い光がポインターのように灯っていた。

 

 間違いない、魔法使いだ。

 

「魔法省、魔法執行部のボブ・オグデンです」

 

 もう一人の魔法使いが切り出した。小太りな魔法使いで、牛乳瓶の底のような分厚い眼鏡をしている。眼鏡のせいで、奥の目が一際小さく見えた。オグデンは小さな目を素早く動かし、すぐにモーフィンを捉えた。

 

「マグルの女性を拉致監禁したとの報告が上がって来まして――」

「――!!」

 

 オグデンが言い終える前に、モーフィンが荒々しく立ち上がった。なにか大声でわめきながら、私を指差している。あいかわらず、蛇語なので分からないけど、ろくなことを話していないことだけは理解できた。

 

「……下仕えのマグル? 本当に?」

 

 すると、白濁の目をした魔法使いが蔑んだような声で言ったのだった。

 そう、この人――蛇語を理解したのである! モーフィンもこれには驚いたようで、虚を突かれたように固まった。

 白濁の目の男は小さく笑うと、そのまま話を続けた。

 

「蛇語は分かるよ。僕も忌々しいサラザール・スリザリンの血を引いているからね。今回は通訳で呼ばれたのさ」

「……それで、そこの御方。あなたは、本当に下仕えですか?」

 

 オグデンに尋ねられ、私は即答する。

 

「違います! 無理やり連れてこられました!」

「―――!! ―――!!」

 

 助けを求める一心で叫んだけど、モーフィンの気を逆なでしてしまったらしい。

 いま思えば、もう少し冷静に行動するべきだった。

 モーフィンは狂ったように怒りだし、ナイフを振り回し、杖からめちゃくちゃに呪いを発射しながら襲いかかって来たのだ。

 

 

 ああ、思い出したくない。

 身体中に切り傷が生じ、痛まないところなんてなかった。足もおかしな方向に折れたし、腕の骨なんて溶けてしまった。顔だって、吹き出物だらけ……。

 

 

 気がついたら、病院のベッドの上。

 オグデンとスリザリンの血を引く男性が助けてくれたようだ。モーフィンも取り押さえられたらしい。でも、呪いの傷は深く、私がマグルだってこともあって治療が長引いているようだ。

 

 

 そう、私は……聖マンゴ魔法疾患傷害病院に入院している。

 

 そろそろお医者様――じゃなかった、癒者様の往診の時間。

 日記を隠し、寝たふりをすることにしよう。

 

 

 トムに会いたいな。

 私のことなんて、トムはどうでもいいだろうけど……ちゃんと安全に暮らせているか心配……。

 

 ナティとの連絡も取れないし、トムが無事で過ごせていますように。

 

 

 

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