トム・リドル育成計画!   作:寺町朱穂

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トム視点です




●トム・マールヴォロ・リドルの暴走

 

「僕は、君に隠していたことがある」

 

 ジョナサンに打ち明けたのは、ロンドン交響楽団と協演する前々日のことだった。

 いつも通り、トムは女子生徒たちから逃れ、校舎裏に隠れていたとき――何気ない調子を努めて意識しながら口を開いた。

 

「隠しごと?」

「僕は、魔法使いなんだ」

 

 本当は、彼に伝えるつもりはなかった。

 隠し事をするのは嫌だったが、それ以上に拒絶されるのが怖かった。だから、ジョナサンとの離別を受け入れ、彼が新天地へ向かうことを応援しようと思えるようになっても、自分の秘密を明かすことだけはしないと思っていた。

 

 ところが、その意思を変えたのは一人の魔法使いだった。

 

 名前は、ニュート・スキャマンダー。

 トム・リドルが「魔法使い」のなかで、最も信用する人物である。

 少し前までは、ナティも信用していたが、彼女はときどき嘘をつくことが分かった。魔女であることを隠しておいたことに関しては、仕方ないだろう。自分だって、アイリスとの約束で魔法使いであることを黙っていたのだ。いくら家族ぐるみの付き合いがあるなかでも、魔法使いだと容易に明かすわけにはいかない。

 問題はそのあとだった。

 アイリスの入院が長引いたとき、彼女はこう言ったのだ。

 

『アイリスは非魔法族だから、簡単に魔法で治療することが難しいの』

 

 これを聞いた瞬間、トムは耳を疑った。

 

『アイリスの傷を治したことがあるけど、そこまで時間はかからなかったよ』

 

 アイリスはおっちょこちょいなところがある。包丁で指を切ったり、なにもないところで転んですりむいてしまったり、火傷したり……意外と傷を作ることが多い。そのたびに、トムは『僕が治してあげるよ』と治療した。治るところを想像するのは至難の業だったけど、それでも普通よりも早く治したものだ。

 そのことを説明すると、彼女は少しばかり顔をしかめた。

 

『でも、今回の傷はそう簡単に治るものじゃないんだ』

『アイリスの怪我、そんなに酷いの?』

『そこまで酷くはないけど……難しいんだよ』

 

 彼女が言葉を濁すことを聞き、トムは察したのだ。

 ナティは嘘をついている。なにか重要なことを隠しているのだ、と。では、なにを隠しているのか。そこに考えを巡らせたとき、ナティの行動の違和感に気づき始めたのだ。たとえば、彼女が引っ越してきたタイミングだ。隣のおばさんは「シェイクスピアのお芝居のチケットが当たったのよ」と楽しげに語った次の日に、慌ただしくスペインへ去ってしまった。そのあと、空き家となったところに、ナティが越して来たのだ。予定もなにも放り出すくらいの本当に急の移住で空いた家に、たまたま魔法使いが越してくるものか? なにかにつけて、ナティが「一緒に行こうか?」とついてくるのは本当に優しさからなのか?

 

 1つ思いつくと、次々に謎が紐解かれるように、ナティが怪しく見えてきた。

 

 彼女は本当に友人なのか?

 それとも、自分たちを監視するための存在なのか?

 なぜ、アイリスと自分を引き離すような真似をするのか?

 

 モーフィン・ゴーントしかり、ナツァイ・オナイしかり、魔法使いへの疑念が募っていく。

 そのなかで、唯一――トムが「信用してもよい」と感じたのが、ニュート・スキャマンダーである。

 

 そもそもの出会いは、怪しさに満ちていた。

 アイリスが「病院で知り合った人の好さそうな魔法使い」から『退院したら、ここを訪ねなさいと言われたのよ』と指示された家の家主である。魔法使いに拉致された挙句殺されかけ、数週間入院することになったというのに、魔法使いの指示に従うとは楽観的すぎると呆れたものだが、結果だけを見れば素晴らしい時間を過ごすことができた。

 

 ニュートの家は魔法で満ちあふれていた。

 魔法で拡充した地下室の窓一つ一つに、魔法生物の生息地域に応じた空間が広がっていたのだ。ロンドンの街中の一軒家の地下に、果てしない青空やケルピーの住まう湖があると誰が想像するだろう? それもハリボテの世界ではなく、空気も匂いも風も水も空の青さもなにもかもが本物なのだ。あまりの衝撃に、トムは深い感銘を受け、これまで自分の使っていた魔法が実にちっぽけなものに思えた。自分がどれだけ頭を悩ませても、空を飛ぶ魔法を開発できない理由がありありと分かる。魔法の浅層しか知らなかったのだ。もっと深みを探求しないといけないことを悟るが、絶望はしなかった。例えるなら、目の前に果てしない道が開けたような感じだ。

 自分の魔法は、まだまだ極めることができる。

 無限の可能性を示唆されたようで、身体がうずうずした。

 

 ニュート本人も極めて変わり者で、良い人だった。

 

 ぼさぼさの茶髪、質は良いけど使い古してそうなスーツ、決して視線を合わせようとしない青い眼、やや背を丸めながら歩くこと――どことなく胡散臭い空気が漂う人だが、動物の話をするとなると別だ。豊富な知識を楽しそうに語り、1から10まで詳細に説明してくれる。質問を誤魔化すこともなく、話題により熱量の差こそあれど真摯に対応してくれるのだ。

 だから、トムは――ヒッポグリフの世話中、このような話を零してしまった。

 

『ニュートは、マグルの友だちはいるの?』

 

 ナティに同じ質問を投げかけたとき、帰ってきた答えは「NO」だった。魔法界には「国際魔法機密保持法」という法律があり、非魔法族と交友関係を持つことは推奨されていないらしい。

 ところが、ニュートの答えは「Yes」であった。

 

『アメリカにいるよ。奥さんと一緒にパン屋をやってる』

『魔法使いだってバレたとき、喧嘩した?』

『喧嘩はしなかったかな。彼と知り合ったのは、ニューヨークの銀行でトランクを間違えたことから始まって――』

 

 そこから先の冒険譚は、実に心躍るものだった。

 ニューヨークを逃走した魔法生物、その確保、裏でうごめく陰謀、そして、ロマンス――一つの物語のようで、それから? それから? とせがんでしまっていた。

 

『……そうして、ジェイコブは記憶を消された。だけど、スウーピングイーヴルの毒液で消せるのは悪い記憶だけ。彼は僕たちのことを思い出して、いまでもカードのやり取りをしてるよ』

『その人は魔法使いを怖がらなかったんだ』

『彼の性格もあるだろうけど、魔法は素晴らしいものだと捉えていた。……君の友だちはどうだい?』

 

 ニュートの青い眼を見て、トムは勇気を出すことにした。

 ジョナサンなら、きっと――受け入れてくれる。

 

「魔法使い?」

 

 案の定、ジョナサンは呆けたように口を開けていた。しばらく黙り込んでいたが、半信半疑といった声色で尋ねてきた。

 

「トムは魔法が使えるの?」

 

 トムは答える代わりに足元の小石を適当に拾い上げ、軽く握ってみせる。それをジョナサンに渡せば、彼が声を飲むのが伝わってきた。すべすべとした灰色の小石には、空を羽ばたく鳥の絵が刻まれていたのだ。

 

「手品? じゃないよね」

「だから、魔法だよ」

「魔法か……」

 

 ジョナサンは小石を触りながら感心したように呟いていた。

 

「いつから使えるの?」

「産まれたときから。想像したことは、たいていのことは実現できる」

「空を飛べるの?」

「それはまだ習得してない」

 

 トムが言えば、ジョナサンは空を仰いだ。小石を手の中で転ばせながら、なにかを考え込むように。

 

「……ヴァイオリンも魔法を使っていたの?」

「それはない!」

 

 トムは強い口調で言い返していた。弾かれたように立ち上がり、唯一無二の親友を見下ろす。

 

「譜面をめくるのに使ったことはあるけど、ヴァイオリンを弾くときに使ったことは一度もない!!」

 

 そう言うと、トムはポケットから一枚のチケットを取り出した。

 

「今度の公演の貴賓席。絶対に来てくれ。その演奏を聞けば……分かると思う」

 

 魔法を使った演奏は聞いたことがないが、ジョナサンのことだ。一音でも聴けば理解してくれる。

 

「でも、この日は……」

「引っ越しの日だろ」

 

 記憶が正しければ、リバプール・ストリート駅から出発する予定だったはずだ。迎えに来る祖父の都合上、夜の便で見送りは断られてしまったことはよく覚えていた。

 

「11時からの回だ。せっかくだから、引越し祝いの曲を舞台から贈るよ」

 

 トムはジョナサンの返事を待たずに、その場を急ぎ足で立ち去った。いつもなら、なにかしらの声が追いかけてくるだろう。だが、この日ばかりは呼びかけられることはなかった。

 

 

 

 

 そして、今日。

 トムはロンドン交響楽団と一緒に、晴れやかな舞台に上がる。

 

「……よし」

 

 拍手が鳴り響くなか、トムは歩みを進めた。

 今回の演奏曲目で、ただ一曲だけトムが「どうしても、これを弾きたい」とリクエストしたものがあった。

 曲はラヴェル作「ボレロ」。

 トムが産まれた頃に流行ったバレエの曲であり、オーケストラの演奏曲としても有名であった。スネアドラムが最初から最後まで一定のリズムを刻むなか、2パターンのメロディーを繰り返していく。これだけだと極めて単調なように感じるが、演奏する楽器がバトンタッチするように変わっていき、さながら白いキャンパスに色彩を足すように増えていくのだ。

 アイリスも好きな曲らしく、これを弾くと決まったとき「子どもの頃、大好きだったの!」と喜んでいた。もっとも、すぐに「子どもでもないか」と言い直していたが……。

 

「――」

 

 指揮者の合図とともに、フルートが最初の旋律を吹き始める。

 会場内にフルートの音だけが響き渡るなか、トムは指揮者だけを見つめて自分の出番を待った。メロディーを奏で終えると、スネアドラムがリズムを刻み始める。本来ならここで、クラリネットがフルートと同じメロディーを奏でることになるのだが、今回の公演では違う。

 

(……よし)

 

 クラリネットの前に、トム・リドルのヴァイオリンのソロが入った。

 この曲を知っている観客たちがどよめく気配がひしひしと伝わって来る。もちろん、その困惑は迫真の演奏によってかき消された。弦を押さえ、指を繊細に動かしビブラートを響かせながら、歌い上げるように主旋律を奏であげる。わずか16小節のメロディーだったが、それだけでこの変更を否定的に感じた人たちを黙らせるには十分だった。最後の一音まで弾き終えたあとは、入れ替わるようにファゴットの音が響いた。トムはファゴットの音を耳にしながら、観客にいるであろう親友のことを想った。

 

 クラリネットは、ジョナサンの得意楽器だ。

 それを自分が弾いたことで、トムの覚悟は伝わったはずだ。

 

(僕は、ジョナサンと舞台に立ちたい。僕はヴァイオリン、君はクラリネットで)

 

 ロンドン交響楽団のクラリネット奏者は確かに素晴らしく、尊敬に値する腕前だったが、それでも、自分にとって最も優れたクラリネット奏者はジョナサン・ホワイトなのだ。

 

(次にボレロを弾くときは、ジョナサンにクラリネットパートを弾いて欲しい。その日まで、僕はこの曲を封印する)

 

 再びヴァイオリンのパートが加わったときも、その一心で弾きあげた。言葉に出さなくても、ジョナサンならきっと分かってくれる。もし、意味が上手く伝わらなかったとしても――そのとき、改めて言葉にして話せばいい。大丈夫、ジェイコブというマグルが魔法使いを理解してくれたように、ジョナサンならきっと伝わるはずだ。

 最後の一曲が終わるまで、トムは観客席を一度も見なかった。

 普段なら、ちょっと空いた隙間時間に指揮者から目を離して、アイリスの姿を探すものだが、今回ばかりは指の先まで一度も気を抜くことなく集中しきった。

 

 おかげで、すべてが終わったとき――髪から汗がしたたり落ちるほど疲れてしまったけど、言葉にできないほどの満足感が胸を満たしていた。

 

「「「ブラボー!!」」」

 

 ホールを突き破るくらいの拍手が響き渡る。

 トムはここで初めて観客席に目を向け、アイリスの左隣でジョナサンが立っている姿が目に飛び込んで来た。涙でくしゃくしゃになった顔は眩しいほどの笑みで彩られ、小さな手を懸命に叩いている。トムと目が合うと、彼は大きく頷いた。

 

 それで、十分だった。

 

 言葉は要らない。目と目だけで、会話するとはこのことを言うのだ。そんなことを頭の片隅で考えながら、トムも頷き返した。

 

 

 それから数週間後、トムはフランスから手紙を受け取ることになる。

 ジョナサンからの手紙には「パリの音楽学校を受験することにした」と書かれていた。パリでの日常を綴った手紙の結びの一文には「君とボレロを演奏できるくらい、僕も有名になってイギリスに帰って来るから」と記されており、トムの顔が綻んだのは語るまでもない。

 

 親友の引っ越し。

 それも、海外――二度と会うことはできないかもしれない、と思ってしまい、暴走してしまった。大事な人を傷つけたこともあった。いま思い返せば、後悔の連続で初めての挫折だった。それでも、悩みに悩んで、最後まで考え抜いた結果、こうして自分にできる最善を尽くすことができた。このことに、後悔はない。後悔はしてはいけないはずだ。

 

 大喝采のなか、トムは晴れ晴れとした気持ちで一礼した。

 

 

 ボレロのスネアドラムのように、この挫折はトムの胸に刻み続けることになるだろう。

 

 

 

 

 トムがジョナサンと会うことはできなかった。

 休憩時間は疲れてしまい、アイリスとしか会うことはできなかったし、夜の公演のときには汽車で発ったあとだった。

 

 その代わり、トムに新たな出会いが訪れる。

 

「トム、お疲れ様」

 

 アイリスが楽屋を訪れたとき、トムは疲労困憊だった。それでも、いつも通り強がってみせる。髪が汗で額にびっしり張りつくのを感じながらも、とびっきりの笑顔を向けようとした。

 

「全然疲れてないよ、この程度……?」

 

 トムは彼女に駆け寄ったが、すぐに足が止まる。

 アイリスの隣には、一人の英国紳士が立っていた。トムにはすぐに分かった。ずっと昔、ドイツで魔法使いと出会ったとき、すぐ傍にいた帽子の男だと。

 

「君がトムだね。素晴らしい演奏だったよ。私も室内楽が趣味だったが……君の腕前には届かないと悟ったよ」

 

 彼はブーゲンビリアの花束を手渡してくる。黄色のブーゲンビリアは気品があり、とても美しかった。トムは「どうも」と小さな声で感謝を伝えながらも、男の様子を見極めるように青い眼を見据えた。

 

「あなたは誰ですか?」

「アルバス・ダンブルドア。ホグワーツ魔法魔術学校で変身術を教えている」

 

 ダンブルドアと名乗った男は、こちらを覗き込んでくる。ニュートの青い眼と似た色をしていたが、彼のものよりも聡明で探るような色を感じた。一瞬、目を逸らしたい気分に陥ったが、生来の負けず嫌いが首を持ち上げ、青い眼を睨み続けた。

 

「魔法魔術学校?」

「率直に言うと、君に入学して貰いたくてね。ぜひ、我が校へ見学に来てもらえないだろうか?」

 

 

 このとき、魔法界への扉が開かれる音が聞こえた気がした。

 

 新たな世界の幕開けであり、ひとつの時代が終わりを告げる鐘の音でもあった。

 

 

 

 

 

 





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