トム・リドル育成計画!   作:寺町朱穂

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〇1937年9月 ホグワーツへの旅

 

●1937年 9月◎日

 

 なにから書けばいいのだろう?

 今日は本当にいろいろなことが起き過ぎて、ページもインクも時間も足りない!!

 

 アルバス・ダンブルドアが玄関口に現れた瞬間から、魔法の世界が始まっていた。9時ごろだったと思う。挨拶も早々に、ホグワーツへの旅は始まった――といっても、実に身軽な旅路。魔法のおかげで荷物なし、移動時間なしだ。ダンブルドアは旅行トランクを一瞥すると、朗らかにこう言った。

 

「荷物は今夜の宿へ送っておこう」

 

 ダンブルドアは杖を軽く振ると、私とトムの荷物はポンっと消えた。おかげで、私はハンドバッグと校長先生への手土産だけだし、トムはヴァイオリンケースだけを手にホグワーツを回ることができた。ロンドンからスコットランドまでの距離は一瞬のうちに終わったし、魔法って本当に便利である……。

 

 ちなみに、移動は「姿くらまし」ではなく「移動キー」だった。

 これにはちゃんと理由がある。どうやら、ホグワーツに施されている「マグル避け」の影響で、私のようなマグルはホグワーツを視認することができないらしい。それどころか、ホグワーツに近づくと「用事を思い出して帰りたくなる魔法」がかかっているとかで、そもそも敷地内に立ち入ることができない。

 故に、「移動キー」で校舎内に瞬間移動する必要があったのである。

 私としては、ホグワーツを遠目から見ることが叶わないのは残念極まりない。ただ……前世でU〇Jを訪れた際、再現されたホグワーツ城を目にしたことがあった。……それで十分ではないか。スケールや細部は違うとしても、だいたいの雰囲気は同じに違いない。そうやって、自分を慰めることにする。

 

 

 さて、「移動キー」を使って、まず最初に訪れたのは校長室。

 ダンブルドアが校長に就任する前故か、巨大な望遠鏡もなければフォークスの影も形もない。それでも、壁には元校長たちの肖像画がずらりと並び、部屋の奥には「憂いの篩」らしき棚が置かれていた。

 

「アイリス・リドル夫人、トム・リドル君……よくいらっしゃった」

 

 アーマンド・ディペット校長は絵にかいたような好々爺だった。皺だらけの顔をさらに皺をよせ、笑顔で両手を広げていた。そして、私たちの来訪を歓迎し、トムにヴァイオリンを奏でることを求めた。

 

「君の腕前はアルバスから聞いてはいるが、ちゃんと耳にしたいからのう。君の好きな曲で構わない。一曲、お願いできるかな?」

「はい」

 

 トムはこれにしっかり応えた。ヴァイオリンのゆったりとした音色が校長室に木霊する。ダンブルドアもディペット校長もうっとりと目を瞑って聴き入っていた。肖像画たちのなかには狸寝入りを止め、まじまじと見入っている者もいれば、補聴器のような器具を使ってまで演奏を楽しもうとする者もいた。

 

「素晴らしい!」

 

 ディペット校長は夢中になって拍手をする。肖像画の多くも拍手を送ったので、ちょっとしたコンサートホールのように沸き上がった。

 

「君はちゃんとした音楽教育を受けるべきじゃ! ホグワーツに入学することを決めても、ちゃんとレッスンに通えるように配慮することを約束しよう」

「ありがとうございます」

 

 トムは控えめに微笑みながら一礼した。トムの落ち着いた姿を見て、ディペット校長は更に感嘆の声を零した。

 

「なんとも礼儀正しい……お義母様の教育が良いのでしょうな」

「い、いえ、滅相もございません」

 

 いきなり話を振られたもので、私はあたふたとしてしまう。

 

「私は特に何も……トムの努力の賜物です。礼儀作法もヴァイオリンも魔法も……」

「お義母様は随分と謙虚でおられるようじゃな」

 

 ディペット校長は私の緊張を優しく解釈してくれた。

 

「本当はじっくり話したいところじゃが、このあと魔法省へ急ぎの用件があってのう……アルバス、引き続きよろしく頼む」

「もちろん」

 

 そこから先は、ダンブルドアが案内してくれた。

 校長室入り口の螺旋階段を始め、大理石の廊下に生きた肖像画、玄関ホールの脇には各寮の砂時計が設置され、赤・緑・黄・青の宝石が上がったり下がったり移動している。そして、廊下を行き交うホグワーツのローブを纏った小さな魔法使いたち……書き出したらきりがない! 映画のセットに迷い込んだかのような錯覚を受けたが、これは現実。そう、現実なのだ! 興奮を噛みしめ、感動を味わいながら学校を散策した。

 途中、見かけた女子トイレという女子トイレに入らせてもらったけど、残念ながら「秘密の部屋の入口」となった女子トイレと巡り会うことはできなかった……ちょっと残念。

 

 残念だったけど、昼食は大広間でとることができたから問題なし!

 何千という蝋燭が空中に浮かび、四つの長いテーブルを照らし出している。トムがあとで聞いていたけど、上から蝋が垂れて落ちてくる心配はないらしかった。

 

「アイリス、上を見て! 空が広がってる!」

 

 トムが天井を指さしたので、顔を上げる。青々とした夏空に白い雲がゆったりと流れていた。私は思わずくすっと笑って、こんなことを口走ってしまう。

 

「空じゃなくて天井よ。魔法で空に見えるだけ……だと思うわ」

「……アイリスにしては、夢がない解答だね」

 

 トムはちょっとだけ唇を尖らせる。

 それはそうだろう……これは、ハーマイオニー・グレンジャーの発言なのだ。実際、彼女の説明がなかったら、青空が広がっていると勘違いしたはずである。だって、こうして眺めても天井があるとは到底思えない。私たちの頭上には、眩いばかりの青空が開けていたのだから……。

 

 ちなみに、料理は想像より美味しかった。

 映画の通り、黄金の大皿に料理が積み上がっている。とはいえ、料理の内容は違った。お昼時だからだろうけど、サンドイッチやベイクドビーンズ、ベーコンやソーセージが並んでいる。どれもこれも美味しくて、これには驚いてしまった。「所詮、イギリスの学食」だと舐めていた。さすが、ホグワーツ……料理の質も良い。この美味さであれば、毎日食べても飽きないはずだ。

 レシピの考案者と屋敷しもべ妖精たちの努力と研鑽の賜物である。

 

「食べ終わったら、授業を観に行くとしよう」

 

 ダンブルドアがコーヒーを飲みながら言った。

 

「どんな授業を観に行けますか?」

 

 トムが好奇心で目を輝かせながら問いかけると、ダンブルドアはカップを置いた。

 

「『闇の魔術に対する防衛術』にしよう。私が教えている教科だ」

「『闇の魔術に対する防衛術』ですか」

 

 私は言葉を繰り返しながら、なるほどなーと思った。

 ファンタビでも、ダンブルドアは『闇の魔術に対する防衛術』を教えていたのだから、当然といえば当然だ。

 ところが、ここで驚くべき事実が一つ発覚する。

 

「本当は『変身術』の教師をしているが、メリィーソート先生の体調が優れなくてね。ときどき兼任している」

「講義の時間が被ることはありませんか?」

「そのときは、問題ない。私の代わりに、ミネルバ・ロス先生が受けもってくれているからね」

「え?」

 

 私はびっくりした。

 一瞬、聞き間違いかと思ってしまう。

 だって、『変身術』の先生といったら、ミネルバ・マクゴナガル先生しかいない。映画でも若き日のマクゴナガル先生がてきぱきと働く姿が描写されていたように覚えている。

 それなのに、ミネルバ・ロス? マクゴナガルはどこへ行ってしまったのだろう? まさか、マクゴナガル先生は結婚していて、途中から苗字が変わったのだろうか?

 あまりにも驚いたものだから、飲んでいたジュースを吹き出しかけ、変なところに入りそうになる。咳払いをして誤魔化しながら、私は聞き返すことにした。

 

「ミネルバ・ロス先生?」

「かなりの年齢になるが、とても優秀な魔女だよ。……ほら、あそこで食事をとっていらっしゃる方だ」

 

 ダンブルドアに促され、教員席に目を向ける。

 すると、白髪の魔女がベーコンを頬張るところだった。年老いても背筋をピンっと伸ばしたところや全体的な顔立ちは、映画のマクゴナガル先生に通じるものを感じたけど、なんだか釈然としない。

 マクゴナガル先生がスカートつまんで、リタ・レストレンジを追いかけるシーンがあったと思うんだけどな……。

 

 うーん、私の記憶違い?

 

 私の困惑をよそに、「闇の魔術に対する防衛術」の時間が始まった。

 巨大なドラゴンの白骨標本が釣り下がり、部屋の隅には巨大な望遠鏡が置かれている。私とトムは望遠鏡の隣に設置された椅子に腰を降ろすと、生徒たちの授業を見守った。

 

「さて、3年生の諸君。今日はお客さんがいる。だが、気にしなくていい。いつも通りの君たちを見に来たのだからね」

 

 ダンブルドアは柔らかい声で告げると、滑らかに杖を振った。すると、部屋の隅に置かれていた洋服箪笥がふわりと宙に浮かび上がり、子どもたちの前に移動する。

 

「本日の課題は『まね妖怪』だ」

 

 その単語を聞いた途端、私は目を見開いてしまった。

 

「『まね妖怪』は別名『形態模写妖怪』と言ってね、私たちが一番怖いと思うものに変身する。つまり、この洋服箪笥のなかに潜む『まね妖怪』はまだ姿を成していない。しかし、一度外に出してやると――それぞれが最も怖いと感じる存在へと変身を遂げる」

 

 ダンブルドアがすらすらと説明をする間にも、洋服箪笥は奇妙に動いている。箪笥がひとりでにかたことと動く度、トムが椅子をわずかに動かし、私の方へと寄って来た。

 

「『まね妖怪』を退散させる呪文は簡単だ――『笑い』。ユーモアのセンスだ。昔、とある生徒が『机仕事(デスクワーク)』に変身した『まね妖怪』を滑稽なドラゴンの模型に変身させて、みんなの笑いをとっていたよ」

 

 そのシーンは知っている。

 ニュート・スキャマンダーの学生時代だ。思わず、ピンっと背筋を立てると、トムが隣でわずかに不安そうな顔をしていた。私がどうしたの?と囁くと、トムは本当に私にしか聞こえないほど小さな声でこう言ったのだった。

 

「アイリスは怖くないの?」

「怖い怪物を授業で扱うかしら? きっと楽しいはずよ。トムは怖い?」

「怖くないさ!」

 

 トムはちょっとだけ語尾を強めたが、身体がわずかに強張っていた。

 その間にも、授業の説明が続く。

 呪文――『リディクラス‐ばかばかしい』の説明と練習をすると、実技に移行した。生徒たちを一列に並ばせたが、どの生徒も怖いのだろう。全員が後ろに行きたがり、なかなか順番が決まらなかった。結果的に、ダンブルドアは出席番号順に一列にさせることになった。

 

「怖がることはないよ。できる限り、ばかばかしい姿にさせるだけだ。3つ数えてからだ。1、2、3……それ!」

 

 

 ダンブルドアの杖の先から、火花が迸り、箪笥の取っ手に当たった。箪笥が勢いよく開き、なかから何かがぬらりと現れる。

 ミイラだった。血まみれの包帯を巻いたミイラが立ち上がり、目のない顔をゆらりと先頭の生徒に向ける。生徒はひぃっと小さな悲鳴を上げたが、ダンブルドアは静かに微笑んでいた。

 

「大丈夫。あれは『まね妖怪』だ。滑稽な姿にさせてしまえばいい」

「『リ、リディクラス』!」

 

 生徒は少しうわずった声で呪文を唱えた。

 すると、ぱちんっと鞭を鳴らすような音と共に、ミイラがつまずいた。自分の包帯に足をとられ、その場でくるんっと転がり、動けなくなってしまう。立ち上がろうとしても、包帯が絡まって上手く立ち上がることができない。

 どっと笑いが上がった。

 トムも笑った。「まね妖怪」は途方に暮れたように固まってしまう。

 

「次、前へ!」

 

 ダンブルドアが呼びかける。

 次の生徒が前に出ると、ミイラは消え失せ、代わりに現れたのは粗い毛並に鋭い牙と爪をもった二足歩行の動物――狼男が立っていた。牙の隙間からは涎が滴り落ちている。狼男は一吼えすると、生徒に襲いかかろうと膝をかがめた。

 生徒は怯えながらも、真っ直ぐ狙いを定めて叫んだ。

 

「リディクラス!」

 

 パチン!という音が響く。狼男の口に輪がはまり、口が開かなくなった。御丁寧なことに、鉄製の輪には可愛らしいレースがついている。ゆったりとした女性用のドレスも纏っており、再び笑いが響き渡った。

 

「……楽しそうだね」

 

 私がトムの耳元で言うと、彼は大きく頷いた。だけど、まだ目の奥にわずかに恐怖の色が残っている。自分ならどう対処するのか、考えているのかもしれなかった。

 

 トムの怖いものは何だろう?

 そんなことを考えながら授業を眺めていて、ふと――気づいたことがあった。

 3年生のグリフィンドール生のなかに、どこかで見たような顔があった。精悍な顔立ちをしているが、気難しそうな少年の顔には恐怖も笑いもない。緊張しているのかとも思ったが、常に気を張っているようなぴりぴりとした空気を纏っていた。

 

「次!」

 

 少年の番になった。

 彼が一歩前に出ると、トロールがさらに巨大な蛇へと変貌を遂げようとする。だが、完全に変身を成す前に、少年は目にもとまらぬ速さで杖を突きだした。

 

「リディクラス!!」

 

 やや潰れた声が空間を貫く。

 一瞬だった。「まね妖怪」はバカバカしい変身をする間もなく破裂し、何千という細い煙の筋になって消え去った。

 

 笑いは起こらなかった。

 代わりに、ダンブルドアが少し困ったように笑い、苦言を零した。

 

「アラスター、素晴らしいが……まだ、倒すには早い。まだ実践できてない者もいるだろう?」

「ですが、先生。実際に戦うことになったとき、何度も何度も呪文を唱えるわけにはいかないだろうが。その隙に攻撃されたらどうする」

「君の言葉を借りるなら、『油断大敵』というものか」

 

 ダンブルドアは肩をすくめた。

 私はまじまじと生徒を見る。顔に傷もなく、義眼もつけていないが間違いない。彼は少年時代の「アラスター・ムーディ」だ! 予期せぬ原作人物との出会いに一人感動していたせいで、トムに話しかけられたことに気づくのが遅れた。

 

「アイリス、あの人……気になるの?」

「とても強かったから」

「……そうだね」

 

 トムは頷いた。

 

「あの人、凄く強い。たぶん、僕と同じくらいかな」

 

 トムがあまりにも熱心に見るものだから、ムーディもこちらの視線に気づき、じろりと睨まれてしまった。結局、授業が終わって彼らが帰るまで、ムーディの片目はこちらを睨んだままだった。……ちょっと怪しまれたかな……?

 

 授業はそんな感じ。

 魔法薬学も見学したかったけど、教室をちらっと眺めた程度で脚を踏み入れさせてもらうことはできなかった。遠目から、教壇に立った先生の太った腹が見えたけど……たぶん、あれがスラグホーン先生だったのだろう。

 

 

 一日目の学校見学はこれでおしまい。

 もっと書きたいけど、日記のページが少なくなってきた……あと数ページしかない。うっかりしてた……こんなことになるなら買い足しておけばよかった。

 

 それから、宿は三本の箒!――ではなく、「ホッグズ・ヘッド」だった。

 

「あまり遅くなってから到着すると、少し治安が悪いところだからね」

 

 ダンブルドアが学校見学を早々に切り上げ、そう言ったのも頷ける。

 昼間だというのに、店内は非常に薄暗く、ちらほらと埃が溜まっていた。トムはちょっと嫌そうにしていたが、ダンブルドアは親し気な態度を崩さない。

 

「バーテンは気の良い男だ。夕食は部屋に運ばせる……彼の料理の腕は絶品だ」

 

 ダンブルドアはそう言ったけど、実際のところは首を傾げる。

 夕食として出されたのは、黒くてドロッとしたシチュー……申し訳ないけど、ちょっと食欲が失せた。だけど、これが意外と美味しい。山羊の肉がちゃんと煮込まれていて、味付けも素朴ながらとても落ち着く。

 

 もっとも、トムは山羊肉を好まない。

 

「ホグワーツで夕食をとりたかったな……」

 

 シチューの肉らしき塊をスプーンで突きながら、ぽつりと呟いていた。子どもには早い味だったのだろう。結局、トムの分まで私の腹に収まった。

 

「ホグワーツは魅力的だけど、この宿は最悪だよ」

 

 トムはかび臭いベッドに転がり、終始不機嫌だった。

 しかし、このあと――トムは満面の笑みを浮かべることになる。

 

 

 ドイツで出会った魔法使い――クリーデンスと再会することができたのだ!!

 

 

 

 




今回の変更点
・マクゴナガル先生の存在
 原作公式設定では35年生まれですが、FBでは先生として働いています。まだ赤ん坊の彼女が急激な成長を遂げ、教師として振舞うのは明らかな矛盾ですね。
 今作では、ホグワーツで働くのは同じミネルバでも、マクゴナガル先生の祖母にあたる「ミネルバ・ロス」に変更しました。
・ダンブルドア先生の指導科目
 原作では「闇の魔術に対する防衛術」の科目はメリィーソート先生が半世紀教えていたそうです。ですが、FBではダンブルドア(原作では変身術の教授)が教えています。
 仕方ないので、今作のメリィーソート先生は高齢かつ「闇の魔術」と真剣に向き合って体調不良を起こし、たびたび休む設定に変更しました。
・アラスター・ムーディ
 原作では年齢が明らかになっていません。ですので、今作ではグリフィンドールの3年生とさせていただきました。3年生ですので、1945年時点では卒業している計算になります。
 他にも年齢が明らかになっていないけど世代っぽい人を登場させられたらいいなとも考えています。


主な変更点は以上です。



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