トム・リドル育成計画!   作:寺町朱穂

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〇1939年1月 誕生日会と不穏な風

●1939年 1月1日

 

 無事に年が明けた。

 いや、本当……年末に「防空壕を用意した方がいい」って話をラジオで聞いたときには、ついに始まってしまうのかと冷や汗をかいた。だけど、まだ平気そう……半年くらいかな。いつか来ることだとは知っているけど、ね……起きて欲しくない。

 ちなみに、防空壕はナティが掘ってくれることになった。

 ただでさえ、裏手の庭は狭い。いざってときに、こんな場所に一人で隠れるのかと思うと……背筋がぞっとする。震えが止まらない。あまり想像したくないものだ。

 トムにはその日が訪れるまで、平穏に暮らしてほしい。なにも心配しないで、幸せに過ごせるように……。

 

 

 トムは昨日の今日で疲れ切っているようだった。

 ヴァイオリンの練習もほどほどに、ソファーに寝転がり、エンラクと戯れている。

 

 無理もない。私も日記を書く前に寝落ちしちゃったから……。

 

 なぜなら、昨日はトムの誕生日会!

 いや、いままでも私とトムの2人で誕生日会をしてきたわけだけど、今回は初めて友だちも招いたものだ。つまるところ、本当の誕生日会になる。もちろん、これまでもトムに友だちはいた。でも、ジョナサンは年末にフランスへ旅行するのが常だったので、ちゃんとした誕生日会を開くことはなかったのだ。

 

 この話が持ち上がったのは、クリスマス休暇初日。

 トムはホグワーツ特急から降りてすぐ、こんなことを言ったのだ。

 

「あのさ……僕は誕生日会なんて面倒だと思うけど、アルファードが『誕生日会をやったことないなんて、信じられない! お祝いしようよ!』って言いだして聞かないんだ。その、だからさ……」

 

 トムはここまで言い終えると、ちょっと申し訳なさそうに眉を下げた。わずかに目を泳がせたあと、おずおずとした様子で私を見上げてくる。

 

「アイリス、大変だよね……いまから誕生日会の準備、なんて」

「やりましょう!!」

 

 私は即答していた。

 上目遣いで懇願されて、拒否するわけない!

 

「本当? 面倒じゃない?」

「そりゃちょっと大変だけど、やりがいがあるわ。だって、トムの友だちが遊びに来るんだもの!」

 

 いやー、まさかお友だちを招待した誕生日会ができるとは思わなかった。

 招待する子たちについては、事前にいろいろ聞いていたけど、実際に会うのは緊張した……。一人は純血の名家ブラック家の男の子だし、もう一人のドロホフは未来の死喰い人だからね。

 

 とりあえず、お土産として王室御用達のショートブレッドを用意した。

 お洒落な二階建てバスの缶に入っているし、味だって申し分ない。一瞬、一目見てマグル製品だと分かる品を用意するのはいかがなものか、とも思ったけど、魔法界にもナイト・バスがあったじゃないか! 大丈夫、大丈夫、問題ないと押し切った。

 

 一番の問題は、誕生日当日のスケジュール!

 なにしろ、イギリス流の誕生日会は前世とは違うことが多すぎる!

 日本ではお友だちを招いたホームパーティーが主流だったけど、イギリスは友だちを連れて遊びに行くのがスタンダード。フットボール場を貸し切ったり、ボート遊びをしたり、本格的なピザ作りを体験したり、公園で宝探しをしたり……自宅でやる場合でも大道芸人を雇ったり、映画を上映したりと規模がとにかく凄い。自宅をちょっと飾りつけをして、みんなでケーキを食べたあとに「子どもたちだけで遊んでおいでー」というような軽い調子ではないのだ。

 とはいえ、いまから予約できる場所なんてない。ましてや、トムの誕生日は12月31日。カウントダウンパーティーで貸し切られている店が多く、馴染みの店にも断られてしまった。

 

「アイリス。そんな気を遣わなくていいよ」

 

 私が落ち込むたびに、トムがすまなそうに言ってくる。

 

「いつもみたいに、家でお祝いできたらいいんだ。僕も飾りつけとか料理とか手伝うから」

「大丈夫。なんとかするから」

 

 さんざん悩んだ結果、私は3人と一緒に「ダイアゴン横丁」へ連れて行くことにした。

 「大英博物館」や「ロンドン動物園」に行くことも考えたけど、生粋の魔法族の2人をマグルの観光地に連れて行くことを躊躇したためだ。私個人としては、大英博物館に展示されているのは海外からの略奪品――もとい珍しい品々なので、魔法族でも楽しんで鑑賞できそうだと思ったけど、アルファードたちはマグルの目を気にしてしまうだろう。

 だから、「ダイアゴン横丁」へ行くことを決めたのである。

 とはいえ、私はダイアゴン横丁についてほとんど知らない。そこでナティに相談したところ、彼女は快く色々と教えてくれた。

 

「それなら、アイスクリーム・パーラーがあるよ。店主とは知り合いだから、いまからでも席も確保できるか聞いてみるね」

 

 そう言って、ナティは「フォーテスキューのアイスクリーム・パーラー」を予約してくれたのである!

 結果的に、これは正解だった。 

 トムもアルファードもドロホフも三段重ねのアイスクリームに夢中!

 外は寒空だったので心配したけど、店内はとても暖かくて快適! 

 それに、店主のフォーテスキューはとても賑やかな人!

 直前の予約だったというのに、細やかなサービスをしてくれた。

 

「誕生日の子は誰かな?」

 

 フォーテスキューはチョコスプレーを無料でかけてくれたり、紅茶をサービスしてくれたりと至れり尽くせり。紅茶のおかげで冷え始めたお腹がちょうどよい感じに温まり、ほっと心が和んだ。

 

「来年もここで誕生日したい」

 

 トムは頬についたチョコクリームを指でとりながら、楽しそうに呟いていた。

 

 さて、トムの友だちだが――アルファードは私に対して、普通に接してくれた。

 ブラック家だし、純血主義だろうな……と思っていたけど、ちゃんと挨拶してくれた。それどころか、私に対していろいろと質問を投げかけてくる。最初はマグルの暮らしぶりについてだったけど、だんだんと込み入った内容になり、最後はこんな調子だった。

 

「マグルも教育を受けてないと、ちゃんとした仕事に就けないんですか?」

 

 これには言葉を濁すしかできなかった。

 イギリスは階級社会であり学歴社会。よほど飛び抜けた才能がないと、ひっくり返すことはできない。トムのヴァイオリンのように、ね。

 私が答えると、アルファードは少し悩んだように頷いていた。

 マグルに興味があるのかな……?

 反対に、素っ気なかったのはドロホフだった。

 視線すら合わせてもらえない。まあ、これは予想していたことだけどね。かなりの無口で滅多に話すことはないけど、たまに聞こえてきた話しぶりから察するにロシア系なのかな? かなり訛っているから、多くの会話を望まないのかもしれない。

 それでも、ドロホフは完全にマグルを差別しているわけでもないようだった。

 もし、かっちかちの純血主義なら半純血のトムと仲良くならないだろう。ドロホフは誕生日プレゼントに本の他に自作の詩を贈るほど、トムに心を許しているようだった。

 

 3人組は本当に仲が良い!

 ほとんどアルファードがおしゃべりしているけど、トムの表情もなんだかんだ明るい。ドロホフは語らないけど、トムたちは彼の言いたいことをほぼ正確にくみ取っている。

 

 特に彼らが夢中になっていたのは、音楽グループを結成しないかということだった。

 トムがヴァイオリンを弾き、アルファードがピアノを奏で、ドロホフが作詞を担当するらしい。作曲担当はジョナサンらしいけど、ドロホフは彼がマグルだと知っているのだろうか……?

 私としては、そこが一番問題になって来ると思うのだけど、トムたちは違うようだ。

 

「問題は、誰が歌うのかってことなんだよな」

 

 アルファードがストロベリーアイスに齧り付きながらため息をついていた。

 

「姉上たちは美声だけど、仲間に入れたら面倒になるのは間違いないし……だけど、他にいるか?」

「だからさ、ロジエールがいるだろ。彼女の声は良く通る」

 

 トムが指についたチョコレートを舐めながら提案したが、アルファードは首を横に振った。

 

「駄目だよ。姉上の取り巻きじゃないか!」

「だけど、意外といい奴だ。今朝だって、ふくろう便で誕生日プレゼントが贈られてきたし……ちゃんと話せば理解してくれる」

「はぁ……だから、それはトムに対してだけだって!」

 

 アルファードが叫ぶと、ドロホフがしきりに頷いた。

 

「アントニンもそう思うよな!? そうだよな!? いいか、ロジエールは氷の女だぞ!? 我らが1年生のなかで……いや、スリザリン寮内で一番冷え切った女だ!! ……お前以外には」

 

 アルファードがそう言って、ようやくトムは難しい表情になった。

 

「……それは僕も不思議に思っていたんだ。途中から態度が変わったな、って」

「トム……お前、なにか吹き込んだんじゃないのか?」

「なにも言ってないよ。ただ……」

 

 そこまで口にして、黙り込んでしまった。

 

「ほら、やっぱり! なにを言ったんだよー!」

「別に……悪口が聞こえたから、言い返してやっただけだ」

 

 このときは、トムは別の話題を口にしたことで、そこから先を聞くことはできなかった。

 でも、あとからトムは私だけに教えてくれた。

 どうやら、同級生のロジエールは陰口を囁かれていることが多いらしい。なんでも、彼女の伯母がグリンデルバルドの腹心らしく、魔法族出身者やマグル生まれの上級生からの印象が悪いようだ。

 

『あいつもロジエールでしょ? 気をつけないと……すぐに闇の魔法を使ってくるわ』

『嫌な感じよね……ロジエールって名前を聞くだけで吐き気がしそう』

 

 と、こそこそ言い合っているのだとか。

 トムはたまたまその場面に居合わせ、そいつらに向かって言い返してやったそうだ。

 

『家系なんて、どうでもいいだろ。大切なのは、血の繋がりより心の繋がりだ』

 

 この一件以降、ロジエールの態度が緩和したらしい。

 それでかー、と私は納得した。だって、彼女から贈られてきたプレゼントは赤い薔薇が5本……5本の薔薇は感謝を意味すると聞いたことがあった。

 

 それにしても、伯母がグリンデルバルドの腹心か……。

 グリンデルバルドの配下に美人な魔女がいたけど、彼女がロジエールなのかな?

 

 とにかく、トムが楽しい学生生活を送っているようで安心した。

 

 そうそう!

 誕生日会を終えて、家に帰ったら、ニュートがお祝いに来てくれた!

 

「昨日までアメリカにいたんだ。よかったら、これ……」

 

 ニュートはそう言いながら、パンの詰まった袋を渡してくる。そう! ニフラーの形をしたパンだ!!

 

「パン屋の友だちがいてね。魔女の奥さんと一緒に経営してるんだけど……絶品なんだ」

 

 ニュートとトムがきゃっきゃと話しているけど、私の耳には入ってこない。

 ジェイコブ……結婚したんだ。ファンタビ2の最後は悲しい別れだったから心配したけど、良かった……クイニーと結ばれて良かったよ。

 このままニューヨークで夫婦仲良くパン屋を営んで欲しい。

 

「トム、良かったね」

 

 トムの周りには、プレゼントが山積み。

 薔薇や魔法生物の形をした愛らしいパン、本に魔法界のお菓子、おばあちゃんからのヴァイオリンの手入れセット、大量のバースデーカードにファンレター……こんなにプレゼントを貰うのは、きっと初めてだろう。そう思って声をかけると、トムは「ありがとう」とはにかんだ。そして、ふと思い立ったように笑みを深めると、私に走り寄り――囁くような声でこう言ったのだ。

 

「だけど、一番嬉しいのはアイリスのプレゼントだよ」

 

 にやっと笑い、トムはニュートの元へと駆けだしていった。

 

 私からのプレゼントは、ちょっと高めなレターセットと金属製の栞。もともと「レターセットが欲しい」と言われていたから、ハロッズまで足を伸ばして購入したものだ。それだけだと寂しいから、お洒落な栞も添えて。最初は楽器の形が良いかなとも思ったけど、パピヨンの栞にした。トムはホグワーツにいる間、エンラクに会えないことを寂しがっている。栞にすれば、少しは寂しさが紛れると思ったのだ。

 

「……ありがとう」

 

 友だちから素晴らしいプレゼントをたくさん貰っているのに、私が一番だと告げてくれて。

 

 よーし、明日もトムの大好きな食べ物たくさん作ろう。

 コロッケ、ナポリタン、ピーマンの肉詰めなどをホグワーツで食べられないことに、かなりの不満を抱いているみたいだからね!

 そりゃそうか……すっかり忘れてたけど、洋食じゃなくて日本食だった。ホグワーツの厨房のしもべ妖精たちが知るわけもない。

 トムは「アイリスの創作料理」と呼んでいるけど、日本食だと素直に話した方がいい? でも、料理を知っている理由を聞かれたら、面倒だよな……。

 

 まあ、いいや。

 聞かれた時に考えよう。

 

 

 

 

●1939年 1月〇日

 

 トムがホグワーツ特急に乗り、戻ってから数日……。

 寂しいな、と思う暇はない。

 仕事を増やして寂しさを感じる間がないのもあるけど、ナティがよく遊びに来るようになったのだ。彼女とは仲が良いし、会話は弾むけど……仕事の方は大丈夫かな、と心配になる。

 ナティだけではない。

 ニュートの助手のバンティ・ブロードエーカーさんも尋ねてくる回数が増えた。彼女も気の合う女性だし、私が仕事でどうしても手が離せないとき、エンラクの面倒を見てくれるからありがたいのだけど……うーん、魔法族の訪問が増えたことが不安。

 

 普通に買い物しているとき、誰もいない方から視線を感じることも多々ある。

 そういったとき、決まって知り合いが現れてくれるけど……これ、絶対に監視されているよね?

 

 

 もしかして、予言絡みでトムが妙なことに巻き込まれている?

 

 

 

 

 

 

 

●1939年 1月 ×日

 

 今日、ジョナサンの父から電話があった。

 出版社からかなと思って電話に出たら、ホワイト氏だったので驚きのあまり目が点になった。

 

『トム・リドルは元気かい?』

「はい、元気ですが……どのような御用でしょう?」

 

 正直、ホワイト氏は苦手だ。

 自分と愛人が幸せになるために、実の息子と愛犬を捨てるような男である。ジョナサンは母犬のレベッカを連れ、フランスへ行き、そこで平穏に暮らしているようだが、それは一時的な話。まもなく、平穏とは程遠い地獄が口を開けようとしている。

 そのとき、彼らは悲しむのだろうか?

 

「もしかして、ジョナサン君のことですか?」

 

 私は一縷の期待を込めて尋ねてみる。

 ホワイト氏は実の息子に迫る危機に気づいたのだろう。ドイツでは11月に『水晶の夜』が勃発し、特定の民族の迫害は増す一方だ。ようやく気付いてくれたのかもしれない! と信じていたが、今日の用件はそうではないらしい。

 

『いや……ただ、貴方が興味を持ちそうな話を聞いてね。今度、会えるかな?』

 

 最初、断ろうとした。

 どう考えても怪しい。彼は証券会社に勤めているので、投資の類に違いない。ただ……ここで私がそっけない返事をした結果、ホワイト氏との繋がりが完全に切れ、ジョナサンがフランスを脱出する機会を失ったとしたら……?

 それだけは、絶対に避けたい!

 いろいろ考えた末、奥さんも同席されるのならというところに落ち着いた。奥さんが傍にいれば、怪しい話を振りにくいだろう。

 

 

 それにしても……いったい、どのような風の吹きまわし?

 

 

 

 

 

 

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