●1939年 2月▲日
トムからの手紙が届いた。
1週間に1度、フクロウのウタが日曜の夜に決まって窓を叩く。最初は手紙なんてすぐに頻度が減るだろうと思ってたけど、いまのところそんな心配はいらないみたい。おかげさまで、私はトムの手紙を通して、ホグワーツの学園生活を覗き見るような幸せを味わっている。
トムは青春している。
もしかすると、いや、もしかしなくても、私の学園生活より青春しているだろう。しっかり勉学に励み、先生方からも信頼され、余暇では友だちと音楽活動に勤しんでいる。
『ロジエールも仲間に入ったから、グループ名を考えているんだ。決まったら知らせるよ』
トムの手紙には記されていた。
エンラクやウタの名づけをするときのように、「普通とは違ったカッコいい名前」にこだわるところがあるから、今回はどんな命名になるのか楽しみだ。「アイリスの意見を聞かせて」とは書いてないけど、もし求められたらどう答えるべき? エンラク、ウタと続いたから、どうしても落語に引っ張られそう……ちょっと音楽用語をノートに書き出してみようかな。
無理やり入会させられた決闘クラブ「杖十字会」のことは嫌そうに書かれているけど、結局はかなり楽しんでいるようだ。ムーディと繰り広げられる半ば命がけの決闘や駆け引きはスリルを感じているらしく、勝つための策略を練ることを楽しんでいるように思えた。
……そういえば、原作でムーディが在学中のトムに言及しているシーンはなかったよね?
実は原作や映画とで年齢が違うのかな? いや、ムーディが当時のトムを認知していなかった可能性もあるかも。原作トムは杖十字会に入るような性格だと思えないし、ムーディに目をつけられるようなヘマを起こすとは考えにくい。原作トムがスラグクラブは除くとして、積極的に課外活動に励む姿なんて想像できなかった。
だからといって、ムーディが言及しないことはある?
「学生の頃の奴は虫一匹殺せないような大人しくて、あの頃の儂には本性を見抜けなかった」くらいは言いそうなものだけど……ま、いいか。私は原作を隅から隅まで読みこんだわけではないし、見落としていたのかもしれない。
貰った手紙は、ちゃんと例の箱にしまった。
トムがクリスマスプレゼントにくれた小箱は、手紙をいれるのにピッタリ! オーク材の小箱は深みのある茶色で落ち着いた雰囲気を醸し出している。縁のところに蔓模様が彫られているだけで、飾り気はないかもしれないけど、このくらいシンプルな方がちょうどよい。頑丈で実用的だし、トムからの贈り物というだけで、私にとっての宝物。さっきも、手紙をしまったときに頬が緩んでしまった。
あの箱がいっぱいになるくらい手紙を貰えるといいな……!
●1939年 2月×日
悲報。
いや、悲報ではないのか?
前回の手紙から一週間。
トムの名付けセンスを楽しみにしていたが、これは悲しむべきなのか? 喜ぶべきなのか? 正直、どうすればよいのか非常に困惑している。
トム、アルファード、ドロホフ、ロジエール、そして、ジョナサンの5人からなる音楽グループ名が決まった。
その名も「
……いやいやいや!!
そこで原作再現しなくていいから! そんな危険な名前をつけてはいけません!!
一応、トムの手紙によれば「僕らの音楽は死をも喰らいつくす」とのことらしい。よほど興奮しているのか、トムの几帳面な文字が弾んでいるように感じ取れる。会心の命名だと思い込んでいるに違いない。実際、満場一致で決まったそうだ。特に作詞担当のドロホフが珍しく賛成だと叫び、手を叩いて喜んだとか……そりゃ、彼は原作でも死喰い人だからね。でも、他の子たちは違うよね? 別の名前を提案しなかったのかな?
だけど、反対するのも迷う。
「死喰い人」だけど、実態は学生の音楽グループだし、マグルのジョナサンがメンバーに明記されている。原作「死喰い人」とは似ても似つかない。名前が危険だからというだけで、反対しても良いのか? そもそも、トムたちに反対する理由を説明できない。返信には「死はインパクトが強すぎて、ちょっと危険じゃない?」くらいに留めておこうかな……たぶん、反論が弱すぎるし、代替案もないから、トムたちが聞き入れてくれないと思うけど。
どうしよう。
死喰い人みたいに、別のルートで「ヴォルデモート卿」が誕生してしまうかもしれない。
私は嫌だよ。
トムを名前で呼んだら、「アイリス、いまの僕は闇の帝王って呼ばれているんだよ? もしくは、ヴォルデモート卿。いや、名前を呼ぶことすら畏れ多いって言う人もいるな」と返されてしまったら……!? 原作と意味合いが異なるとしても、そんな未来は迎えて欲しくない! トムをヴォルデモート卿とか帝王とか、ましてや「名前を呼んではいけないあの人」と呼びたくないよ!!
かといって、いまからトムの命名センスを矯正することは不可能に近いだろう。
私にはどうすることもできない。
悪夢のような未来が訪れないことを祈るしかなかった。
※
●1939年 2月〇日
ホワイト夫妻と会って来た。
ピカデリーの喫茶店で会ったのだけど、なんというか……ホワイト夫人はやっぱり好きになれない。
私と会って、挨拶も早々に愛しそうに目を細めながらこう言ってきたのだ。
「実は、今度……2人目が生まれますの!」
彼女はそう告げながら、自身の腹をさすっていた。確かに膨らみがあり、そこに新たな命が宿っているのは間違いなさそうだ。それ自体はおめでたいことだ。おめでたいことなのだが、問題はそのあとだ。
「上の子は女の子だったから、今度こそ男の子ですわ。私たちの子ですから、ホワイト家の良い跡継ぎになることでしょうね。顔が良くて、頭も冴えた快活な子になるはずだと思うと、もう嬉しくて嬉しくて……!」
「それは……おめでとうございます」
「上の子にはね、ヴァイオリンを習わせるつもりなの。もちろん、これから生まれてくる長男にもね。2人とも、我が家の長男と長女だから最高の教育をしないと……よかったら、良い先生を紹介してくれません? ヴァイオリニストの知り合いがたくさんいるのでしょう?」
言葉の節々から、ジョナサンの存在を認めないと匂わせている。
それがどうにも鼻について、私は注文すらしてないのに席を立ちたくなった。
「ヴァイオリン教室は自分で探されてはいかがでしょう? 私の価値観と違うかもしれませんから」
こんな理由のために呼びだされたのだろうか? そう思うと、なんとも時間がもったいない。私はわざとらしく腕時計に目を落とした。
「用件はそれだけでしょうか?」
「あらあら、リドルさんは忙しないこと」
夫人はくすくすと意地悪そうに笑った。これには、さすがにホワイト氏が彼女に嗜めるように話しかける。だが、夫人は優越感に満ちた表情を崩さなかった。
私は夫人から目を逸らし、ホワイト氏に視線を向けた。
「それで、ご用件は?」
「まあまあ、焦らずに……今日は私たちがご馳走しますから」
そこから先は、つまらない時間だった。
夫人の娘自慢に夫婦間のいちゃいちゃを見せつけられるだけで、私が口を挟む隙などない。ただ、話の節々から、夫人に同性の友人がいないように感じ取った。夫婦と娘でおでかけをした、もしくは、互いの家族と外食したみたいな話はあるのに、友人についての話題が出てこない。
そして、この推測は正しかった。
お茶がすっかりぬるくなった頃、ホワイト氏がこう提案してきたのだ。
「どうだろう? リドルさん、ときどき妻の話し相手になってくれないか?」
返事? もちろん、NOだ。
「失礼ながら、奥様のお友だちはいらっしゃらないのですか?」
すると、夫人は気を悪くしたように鼻を鳴らした。
「仲の良い友人はいますわ。ですが、ちょっと最近は会えていないというだけで……」
夫人がそこまで話したとき、私はそういえばと思い出した。
二人の結婚は浮気からのもの。病弱な先妻が命を落とす前から関係が続き、彼女は後妻の座についたのだ。つまるところ、略奪である。ホワイト家に仕えるナニーは、後妻を頑なに奥様と認めず、「新しいお連れ様」と呼んでいたことからも、周囲が再婚に白い目を向けていたことが分かる。しかも、先妻との子どもと愛犬を追い出したともなれば……結果、夫以外の知人は彼女を遠巻きにし、ほとんど関わり合いを持ってくれないのだ――と、ホワイト家の元ナニーが教えてくれた。
だからといって、私に頼みに来る神経が理解できない。
「そうですか……お気の毒に」
私は心のこもっていない言葉を返すと、冷たくなったお茶を一気に飲み干した。
「ですが、私は最近仕事を増やしまして……物騒な噂も聞きますから、いまのうちに少しでも稼がないと」
「貴方が稼ぐ? トム君がいるじゃない?」
夫人は平然と言い切った。
「……お茶、ありがとうございました。ジョナサン君によろしくお伝えください」
ホワイト氏に伝えると、私は夫人を一切見ることなく席を立った。
「ま、待ってください、リドルさん」
ホワイト氏が慌てたように追いかけて来る。ちょうどレジ前のあたりで追いつかれてしまい、肩に手を置かれた。
「貴方に話したいことが、もう1つありまして……こちらを」
そう言いながら、ホワイト氏は新聞を渡してくる。折りたたまれた新聞には、可愛らしい子どもたちの写真がいくつか並んで載っていた。
「これは……?」
「私の知人がチェコスロバキアの子どもたちの救済活動をしていましてね。大人は自分でなんとかできますが、子どもはそうもいかないでしょう? ですので、まずは子どもたちだけでも救出しようとする運動なのですが、興味がありますよね?」
私は何も答えることができなかった。
9月のミュンヘン会議の結果、チェコスロバキアはドイツの手に落ちた。つまり、ドイツに暮らす特定の民族は命の危険にさらされることになっている。ホワイト氏の知人は、難民となった子どもたちを救出する活動をしているらしい。
「……チェコの子どもたちも大切ですが、血を分けた息子さんは?」
「心配には及びませんよ。フランスは安全です。もちろん、怪しい情勢だとは聞きますが……ドイツに負けることはないでしょう」
ホワイト氏はそれだけ言うと、店のなかへと戻ってしまった。
私は新聞に目を落としながら帰路についた。
それにしても、難民の救済か……。
さっき地図で確認したけど、チェコスロバキアからイギリスまで移動するとなると、汽車でオランダとドイツを経由することになる。長く険しい道のりだ。だけど、ここで逃げなければ……子どもたちは数年以内に命を落とすことになる。健康とか病弱とか金持ちとか貧乏とか関係なく、ほぼほぼ等しく煙になる。
ちゃんとした団体なら……お金の寄付をしようかな。寄付するくらいの余裕はある。私にもなにかできないか考えていたところだったし、ちょうどよいかもしれない。
私が寄付したことで、助かる命があるなら……。
今度、代表のN・W氏に会う約束を申し込むことにする。
そういえば、今日の帰り道も視線を感じた。
もちろん、振り返ってもなにもない。ただ、ちょっと壁が歪んだような……気味が悪い。疲れているのかな? もしかすると、ちょっと敏感になっているのかもしれない。