トム・リドル育成計画!   作:寺町朱穂

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〇1931年2月 はじめての魔法

●1931年 2月××日

 

 

 トムと暮らすようになって、数日が経過した。

 いまのところ、これといった問題は起きていない。

 

 

 私が仕事をしている間は、おとなしく本を読んでいる。

 

 

 トムの読み書きについてだが、おそるべき速度で習得している!

 

 仕事の合間に、トムに文字や計算やマナー諸々を教えているのだが、これが予想以上の出来なのである。

 もともと、単純なABCは孤児院で習っていたこともあるのだろうが、それを踏まえても、なんでもかんでも知識として瞬く間に吸収してしまう。実際、初等教育レベルの本ならば、すでに読破できるようになってしまった。文字だって丁寧な字を書くし、計算も指でやるようなことはしない。二桁の計算もすらすらこなしている。

 

 可愛かったのは、ずっと足し算の問題を解いた後に、唐突な引き算の問題が来ると間違って足していたことだろう。トムは顔を真っ赤にしながら、

 

「いんちきだ! ひきょうだ!」

 

 って、問題集に怒っていた。

 まあ、このあとはちゃんと問題を確認してから解くようになったので、こういった間違いはしないようになってしまった。

 

 お手伝いだって率先して……とはいかないが、私が大変そうに動いているのを見ると、「貸して」と助けに来てくれる。4歳児なので、無理のない範囲で家事を手伝ってもらっているが、これもなかなか上達が早い。自分の手より大きな皿をやすやすと洗い、ぱっぱと布巾で拭く。掃除だって、箒を手足のように使いこなしてしまう。

 

 

 私の場合、前世+今の年齢といった経験値があるから、それなりの家事をこなせてしまうが、あと5年もすれば……いや、もっと短い期間のうちに、トムに超えられてしまうだろう。

 

 

 どの分野ものみ込みが早く、てきぱきとした働きぶりには目を見張るものがあった。

 

 

 さすがは、ホグワーツが始まって以来、最高の秀才!

 

 

 あと気をつけているのは、買い物。

 買い物に行くときは、トムを必ず連れていくようにしている。

 ずっと、家にいさせるのは健康上よくないし、買い物を間近に見せることで、「物を手に入れるには、お金が必要だ」ということを教えるため。

 トム曰く、孤児院時代は買い物どころか店にすら訪れさせてもらえたことがなかったらしく、いつもお金のやり取りを興味深そうに見ている。欲しいものがあるときは、私に伝えるようにと話しているが、いまのところ、自分から欲しいと訴えてきたことはない。

 

 

 ゆくゆくはお小遣い制度を導入して、働いたらお金が手に入り、そのお金で自分の好きなものを手に入れることができるってことを教えていきたい。

 

 

 でも、こんな方法でいいのかな?

 原作の感じだと、窃盗癖の延長線上で人を殺していることが見受けられる。窃盗は絶対に駄目! 強盗も駄目! そんな犯罪行為、身につけて欲しくない!

 

 なにか他に……もっといい方法があれば、すぐに取り入れるようにしよう。

 

 

 

 それから、気になることが1つ。

 買い物の帰りに、近所の公園に寄るようにしている。同年代の子と触れ合う機会を設けるためだったのだけど、トムは遊びたがらない。

 

「遊んできていいよ」

 

 とは、勧めるのだが、彼の答えはいつも「NO」だ。

 まあ、私もどんどん人の間に入って遊ぶようなタイプではなかったので、無理強いはしない。だから、一緒にキャッチボールをしたり、植物や虫の名前を教えたり、のんびりしたりしている。

 

 

 気になるのは、トムが同年代の子を見る目だ。

 つまらなそうというか、自分とは別の生き物を見ているようだというか……。

 

 

 私の気にしすぎ?

 

 

 

 

 

 

 

●1931年 3月 ✕日

 

 

 今日、初めて魔法を目撃した!

 

 

 きっかけは、料理をしていたときのこと。

 鍋に火をかけ、シチューをぐつぐつ煮込んでいると、りんっと玄関のチャイムが鳴った。

 だけど、がちゃっとボタンを押すだけで火を消せる――なーんて、便利な代物があるはずもない。

 

「トム! 悪いけど、お鍋を見ていてくれる?」

 

 私は急いで振り返り、トムに火の番を頼もうとした。

 

 

 しかし、これがいけなかった。

 

 ぐいっと慌てて振り返ったせいで、腕が鍋の持ち手に当たってしまい、そのままひっくり返ってしまったのである。

 

 本当に身に危険が迫ったときって、周りが嫌なくらいスローモーションになるって聞いたことがあるけど、まさにそれだった。

 大仰にひっくり返る鍋。

 沸騰寸前のお湯と具材が大量に飛び散り、自分へと降りかかってくる。ああ、逃げないと……と思うのに、憎たらしいほどゆっくり見えるのに、身体はまったく動いてくれない。

 

 

「あぶないっ!」

 

 

 大やけどを覚悟したとき、トムの叫びが世界を貫いた。

 

 

 

 ああ、ごめんね……と、思った。

 沸騰したお湯なんて被ったら最後、自分は当分の間、入院することになるだろうし、とてもではないがトムを養育することができない。また、ウール孤児院に逆戻り。結局、それは原作沿いに戻るだけかもしれないけど、非常に残酷なことをしてしまった……と、自分を悔いるように目を閉じ、これから迫りくる強烈な痛みに備えた。

 

 

 

 

 

 

 

 しかし、いつまでたっても熱さは襲ってこない。

 

 

「あ……れ?」

 

 

 おそるおそる目を開ける。

 

 

 

 鍋はひっくり返っていた―――私とは反対方向に。

 たしかに、目を閉じる寸前まで、お湯が自分に降りかかってくるところだったはず。それが、どういうわけか真逆に吹っ飛んでいるのだ。

 

 

「えっと……」

 

 目の前の状況に理解が追い付く前に、再度、チャイムが鳴った。

 

 

「あ、は、はい! すぐに行きます! トム、危ないからお湯には触らないでね!」

 

 とりあえず、来客対応が先だ。

 考えるのは後回しにして、来客――隣のおばさんから、故郷からオレンジが大量に届いたらしく、そのおすそわけをいただいた。

 

「さっき、トム君の叫び声が聞こえたけど大丈夫?」

「なんとか。私が鍋をひっくり返してしまって……でも、大丈夫です。運よく反対方向にお湯が飛んだので」

 

 あはは、と笑って返しながら、頭の片隅で「いや、あれはありえないだろー」と考えていた。

 生粋のマグルである私が、バリアー的な防御魔法がつかえるわけないし……と、思い至った途端、もしかして……あれは、トムが発動した魔法なのでは? と気づいたのである。

 

 

「大丈夫? 本当、災難だったわね……。まあ、オレンジでも食べておちついて。トム君は育ちざかりなんだから、たくさん食べないと」

 

 隣のおばさんは、トムを気に入ってる。

 毎年、おばさんからオレンジをおすそわけしてもらうが、今年はやけに量が多いのは、トムがいるからだろう。

 この数日でトムの血色はよくなったこともあるが、見た目はとても可愛らしい。誰が見ても、将来はハンサムなイケメンに育つことは間違いなく、口調が悪い時もあるけど、基本的には礼儀正しいともなれば、おばさまたちのハートをつかむの間違いなしだ。実際、原作でも、ハッフルパフの子孫のおばさんがトムにメロメロだったわけだし。

 

 

 と、そんなことはどうでもいい。

 おばさんと別れ、いそいで台所に戻れば、なぜかトムはしゅんとしていた。

 

「ごめんね、トム。すぐに片付けて、夕食の準備をするから」

 

 私はそういったが、トムは暗い表情のままだった。

 はて、どういうわけか……と、考えながら、鍋の片づけを初めて、ちょっと目を見張った。

 

「お湯が冷めてる?」

 

 床に散らばった具材もお湯も、まったく湯気が立っていない。おそるおそる指先で触れてみると、びっくりするくらい冷たくなっていたのだ。

 

 

 おばさんとの会話は、せいぜい2分。

 その間に、こんな急激に冷えるものか?

 

 

 そう、これは……

 

 

「魔法みたい」

 

 

 私は呟いていた。

 

 

「まほう?」

「だって、ありえないもの。魔法でもない限り、こんなことは……」

 

 つい、トムに目を向けてしまった。

 私と目が合うと、トムは悲しそうにうつむいてしまう。

 

「トム……?」

「……」

 

 トムはなにも言わない。

 ただ、とてつもなく表情が暗い。なにかを恐れているように、小刻みに震えているのも気になった。

 私はトムの前まで歩み寄ると、彼の目線の高さまで屈んだ。

 

「もしかして、トムがやったの?」

 

 まあ、もしかしなくても、トムの魔法の力だろう。そうでないと、説明がつかない。まさかのまさか、自分が魔法に目覚めた!っていうのもなくはないが、トムの魔法と考えるの方が現実的だ。

 

「……わからない」

 

 しばらく黙った後、トムは固い声で言った。

 

「アイリスがあぶないっておもったんだ。それで手をむけたら……なべとおゆがあっちにふっとんだ」

「そっか」

 

 私はそれだけ言うと、トムに右手を向けた。私の手に気づくと、トムはびくっと固まる。私は固まったことに気づいていないふりをして、そのままそっと……彼の頭に手を乗せた。

 

「ありがとう、トム。おかげで助かったわ」

 

 私は、絹のように艶やかな黒髪を優しくなでる。

 トムはぽかんと呆けたような顔をしていた。

 

「こわくないの?」

「びっくりはしたけど、トムは助けてくれたんでしょ? だから、ありがとう」

 

 そりゃ、生粋のマグルだから驚きはした。

 でも、トムは命の恩人だし、私の家族なのだから怖がるわけがない。

 

「きっと、トムは魔法使いなのね」

「まほうつかい? あくまの子じゃなくて?」

「だって、悪魔は人を助けないでしょ」

 

 そう言えば、トムは目を見開いた。なにか言おうと口をわなわなさせたが、堪えるようにぎゅっと真一文字に結ぶ。こころなしか、目元が潤んでいるように見えた。

 

「さて、さっさと片付けて、夕食にしましょう! トム、手伝ってくれる?」

 

 私が気持ちを切り替えるように、ぱんぱんと手を叩くと、トムはややあってから大きく頷いた。

 

 

 トムの表情は、いつになく晴れやかで……

 

 

「まじ天使」

 

 

 

 と、日本語が口からこぼれてしまった。

 

「なんていったの?」

「可愛いってこと」

 

 

 

 正直に教えたら、トムの顔は途端に曇ってしまった。

 

 

 残念。

 また、あの顔が見たい。本当、語彙力のない自分には「天使」としか表現できないほど可愛かった。

 

 

 ホグワーツ入学が決まったら、見せてくれるのかな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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