●1939年 5月〇日
トムから誕生日プレゼントをもらった。
誕生日の当日は平日だったから、今年はトムからのお祝いは少し先になるのかなーと思っていた。それだけに、時計の針が12時を指した瞬間、こんこんっと窓を叩かれたので驚いた。フクロウのウタが誕生日プレゼントを運んできてくれたのだ!!
バースデーカードと一緒に届いたのは、なんと「吟遊詩人ビードルの物語」!
カードには『誕生日おめでとう。お祝いに魔法界の童話を贈るよ。アイリスが好きそうだから』と書いてあった。さすが、トム。私の趣味を完全に理解している……!
そして、嬉しい!
ちゃんと「三兄弟の物語」も載っている! というか、この話しか知らない。他にどんな作品があるのか気になったし、魔法界の書籍のなかで読みたかった一冊なので、さっそく目を通してみた。
全体を読んでの感想だけど、魔法界におけるグリム童話だった。
きっと、魔法界の子どもたちにとって、白雪姫やシンデレラの感覚で親しまれているんだろうなとつくづく感じる。
一番気になったのは、「豊かな幸運の泉」という童話。マグルの騎士と3人の魔女が結婚する展開には驚いてしまった。マグルの騎士は1人の魔女にしか結婚を申し出ていないけど、「4人はいつまでも幸せに暮らしましたとさ」って……絶対に3人を同時に嫁にしてるよ! どこが、さえないマグルの騎士だよ!? 地味とは程遠い、ド派手な騎士じゃないか! これ、ハーレムものだよね? 魔法界にもハーレムもの概念あったの!? そもそも、マグルと魔女が結婚する話になるから、純血主義の魔法使いたちはどのように考えているのだろう? 一部の話は子どもに読ませず、読んだとしても「それは誤った価値観だ」と教えるのかな?
童話に突っ込みを入れ過ぎた……。
「魔法使いとポンポン跳ぶポット」と「バビティうさちゃんとペチャクチャ切り株」はグリム童話にもありそうな物語。例えば「はだかの王様」とかさ……いや、もしかしたら、この世界だから「はだかの王様」も本当に起きた話が元になっている? 長靴を履いた猫は「動物もどき」で、バビティはアニメ版シンデレラの有名な呪文の元ネタとか!?
「毛だらけ心臓の魔法戦士」はグロテスク。途中までは良い感じで、普通は心を取り戻したところで恋に落ちる流れなのに、なんとも残酷な……これもよくよく読むと深い意味が隠されているんだろうな。なんとか時間を捻出して、じっくりと考察することにしよう!
そう考えると、三兄弟の物語は地味かも。
だけど、この世界にニワトコの杖も蘇りの石も透明マントも存在している。
私に贈る本だから、トムも一度は目を通しているはずだ。
でも、それだけで「死の秘宝」の実在を確信し、秘宝探しに熱中することはないだろう。そもそも、トムはそこまで御伽噺に熱中するタイプではないから……まあ、大丈夫だろう。
あとは……そうそう、夕食はナティの家でご馳走になった。
ニュートの助手のバンティさんも招いての和やかな女子会だ。あまり誕生日のお祝いって感じではない。だけど、大鍋ケーキなるケーキでお祝いできたのは楽しかった。
くだらないことをたくさん話したけど、今日の夕食で一番印象に残ったのは、ナティの語る学生時代の友人に関する話だろう。
私が「トムがホグワーツで友だちができて、馴染んでいることが嬉しい」と言ってから、ナティとバンティがそれぞれ学生時代の思い出話を教えてくれたのだ。
特に、ナティはかなり刺激的な学生時代を送っていた。
「ハーロウって悪党がいてね、親友と一緒に立ち向かったんだ」
彼女曰く、残忍な悪党のアジトに忍び込み、囚われてたヒッポグリフを助け出したらしい。特に親友は悪を激しく憎んでおり、授業の合間は率先して「禁じられた森」の密猟者を退治したり、多くの魔法生物を保護してたり、ランロクというゴブリンがホグワーツの地下に攻め込んできた際は自ら先陣を切り、見事ゴブリンを討ち取ったりしたというのだ。
「ナティさん……私、その人の話を聞いたことがあります」
バンティが驚いたように眉を上げた。
「たしか、イギリスに生息していた最後のグラップホーンを保護していたとか。ですけど、その後の活躍はほとんど聞きませんね」
「そうなんだよ……」
ナティは蜂蜜酒の入ったグラスを回しながら、大きく肩を落とした。
「いつのまにか、いなくなってたんだ。昨日までは隣で笑っていたのに、朝起きたらいないって感じかな……あの子がいたって事実はみんな覚えているのに、どこへ行ったのか誰も知らない」
ナティは遠い目をしていた。
「……名前も思い出せないんだ。性別も……寮も。間違いなく親友だったのに、情けないよね」
彼女は話は終わりとばかりに酒を飲むと、今度はダイアゴン横丁に新しく出店した洋裁店の話を語り出した。きっと、これ以上――親友の話を深掘りして欲しくないのだろう。
しかし、いきなり行方不明になるとは……なにか魔法の事件に巻き込まれたのかな?
ナティの親友が一日でも早く見つかることを祈るばかりだ。
※
●1939年 5月×日
今日も仕事。
絵本の挿絵。
題材は虫。図鑑をぺらぺらとめくり調べてみる。そのうち、バッタ属のページで手を止めた。イナゴのイラストに釘付けになってしまった。
そういえば、前世で田舎のおばあちゃんの家へ遊びに行ったとき、テーブルの中央には必ずイナゴの佃煮が置いてあった。おばあちゃんに勧められるまま、ご飯のおともに食べていた記憶がぼんやりと蘇る。
触感や味、匂いはまったく思い出せないけど、食べるたびにおばあちゃんが喜んでくれた笑顔の輪郭だけはまぶたの裏に浮かんだ。
「……食べたいな」
イナゴのイラストを指先で撫でながら呟いたとき、すぐ後ろでガシャーンっと激しい音がして、弾かれたように振り返る。
そこには、真っ青な顔をしたトムの姿があった。そういえば、明日はレコードの発売するから、一度こちらに戻ってきていたのだ。トムの足元には壊れたカップが2つ落ちている。もしかしたら、一緒にお茶を飲もうと準備してくれていたのかもしれない。
「あ、あ、アイリス? 虫、食べるの?」
トムの声は震えていた。
彼にしては珍しく動揺し、歯をカチカチ鳴らしている。
そりゃそうだろう!
せっかく、私はトムが帰ってきているというのに仕事が山積みで部屋から出られない。ひたすら仕事に打ち込んでいると思いきや、バッタの絵を見て「食べたい」なんて呟いていたのだ。もちろん、イギリスに虫を食べる文化はない。間違いなくドン引きである。仕事のし過ぎで、どこかおかしくなったと思われても不思議ではない。
私は急いで言い訳をした。
「ち、違うから! えっと……そう! エビと似た味って聞いたことがあるから、ちょっとだけ気になっただけなの!」
「絶対に美味しくないよ。エビは海に住んでいるけど、そいつは違うよ」
「そうだよね! ちょっと疲れてたのかもしれないなー! あ、もしかして、お茶を淹れてくれたの!? ありがとう! 気を遣わせてごめんね! すぐに片付けちゃおうか」
いま考えると、ちょっと空回りしてたかもしれない。
しばらくの間、トムは茫然と立ったままだったし……。
割れた食器を片付けて、今度はリビングのテーブルでお茶の準備をする。アールグレイの香りがリビングを満たす頃、トムはようやく我に返ったようだった。
「……アイリス。絶対に疲れてるよ。今日は早く寝た方がいい」
「そうね。ちょっと仕事入れ過ぎたかも」
あはは、とクッキーを摘まみながら笑った。
「でも、トムがお茶の準備をしてくれようとしたなんて珍しいね」
「……本にさ、茶葉で占いができるって書いてあったから。これなら、杖を使わない魔法だし、家でも試せるかなって」
「お茶の葉の占いか……そんなことができるのね」
私が言うと、トムはこくりと頷き、「未来の霧を晴らす」という本を取り出した。
「図書室で借りてきたんだ。お茶を全部飲み切ってから、カップの内側に沿って三度まわす。それから、カップをソーサーの上で伏せるんだ。最後の一滴が切れるのを待ってから、カップの底に残った茶葉の模様を読み取るんだってさ。アイリス、やったことある?」
「私が魔法界の占いを知っていると思う?」
「……それもそうか」
トムはようやく笑った。
それから、私たちは一緒に試してみることにしたのだけど、お茶の葉の選定に間違ったかもしれない。そもそもカップに茶葉があまり残らず、何度も何度も飲んだものだからお腹がタプタプになってしまった。
白い陶器のカップに点在する茶葉は、正直に言って特別な模様には見えない。強いて言うなら、ぱらぱらと空から降ってくる雨だろうか……? 雨っぽく見える茶葉の下には、ロンドンの風景に見えないこともない茶葉の塊が連なっていた。
「カップの占いによると、明日は雨ってこと?」
「明日は晴天だよ。ラジオで言ってた。これは失敗だ」
トムは眠そうに目をこすりながらも、悔しそうに口を曲げていた。
「次はどんな茶葉が占いに適切か聞いてくるよ。だから、次、絶対にやろう!」
「もちろんよ」
それにしても、トムが占いに興味を抱くとは珍しい。
占いなんて、滅多に当たらない。そりゃ、予言なんてものが実在する世界だけどさ……作中でもトレローニー先生の占いはあまり当たらないみたいなことが書いてあったような気がするし。
なにか学校であったのかな?
●1939年 5月▲日
トムのレコードは文句なしの大ヒット!
海外でも売れているらしく、イギリス国内はもちろん、フランスやドイツからもファンレターが届くほどだ。というか、ドイツとは緊張関係にあるのに、ファンレターが届くとは極めて異例である。レコードの販売元の会社もとても驚いているようだった。
良い音楽は国境も超える。
素敵なことだし、こういうニュースばかりで世の中が溢れるといいのに……。
トムには売れ行きについて、次のフクロウで伝えることにしよう。
きっと、彼も気にしているはずだから。
そういえば、魔法界にはレコードがまだ普及していないらしい。
いつだったか、トムが愚痴っていた。
「録音するのも吼えメールって方法しかないんだ。それも、音声を何倍も異様に高める余計な呪文がかかっていてね……純粋に音楽を楽しむには向いていない」
そう言って、自分のお小遣いで蓄音機を買い、いまはスリザリン寮の談話室に置いてあるそうだ。
純血主義の談話室にマグル製品を持ち込むとは……恐ろしいことをするものである。
これが原因で、いじめられないことを祈るばかりだ。