トム・リドル育成計画!   作:寺町朱穂

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〇1939年7月~8月+ 逃避とランチボックス

 

●1939年 7月▲日

 

 夢を見てしまった。

 久しぶりに前世の夢だ。祖父が亡くなった日のこと。

 たぶん……例年通り、おばあちゃんの家に泊まりに行って、帰ってきたからだ。おばあちゃんは元気そうだったけど、かなり年齢も年齢だから、いつ亡くなってもおかしくない。ちょっとした仕草や動作に年齢を感じてしまい、帰りの汽車ではそればかり考えていた。

 そのあと、たまたま立ち寄った本屋で見かけた詩集をめくったら、「Do not stand at my grave and weep」が目についてしまったことも原因かもしれない。

 前世の祖父が亡くなった前後――この詩を和訳した楽曲が流行っていて、病院へと急ぐタクシーのラジオで、テノール歌手が熱唱していた。あまりにもタイミングが悪くて、お母さんが間髪入れずに「違う番組にして!」と叫び、運転手さんもほぼ同時に青い顔で変えていたのは、夢なんかで再度繰り返さずとも、ハッキリと思い出すことができた。

 

 あのとき、お母さんは酷く動転していたっけ。

 帰省するたびに「孫の顔が見たい」って言われ続けたから、実家から足が遠くなってたけど……親不孝だったな。死ぬ前のことは相変わらず思い出せないけど、親より早く命を落としたことは間違いないわけで……今生は、できる限り長生きしたいものである。

 

 いまの私にはトムがいるし、里子に迎え入れる男の子も決まったからね。

 ヴィクトルは5歳の男の子で、9月1日にチェコスロバキアを出発する手配となっている。9月になれば、しばらくトムも学校だ。男の子の様子を観察しつつ、魔法について明かすか否かを考えることもできるし、今後の対策も立てることができる。

 里子を引き取る件に関しては、ナティに相談済みだ。ナティに話したということは、つまり、ダンブルドアにも伝わっているということである。そのうえで「いいんじゃない? 凄く良い取り組みだと思うよ。ただ、トムの魔法がバレないように注意しないとね」という了承を取ることができたので、とりあえず一安心だ。

 

 トムは地味に里子のヴィクトルを気にかけている。

 数日前、トムがリビングのソファーに寝転がり、ヴィクトルの顔写真を眺めながら「弟か……」と呟いている場面を目撃した。

 

「……僕に弟ができるのか」

 

 遠目からだけど、トムの表情は柔らかい。私が見ていることに気づいた瞬間、慌てた様子でテーブルに写真を置き、代わりにヴァイオリンの新譜を難しそうな顔で読むふりをしていた。読むふり、だと分かったのは、譜面が逆だったから。いつもの彼なら、こんなベタなミスはしないだけに、よほど焦ったのだということが伝わり、なんだか微笑ましくなった。

 

「トムはヴィクトルとなにをしたい?」

 

 お茶の準備をしながら、私はトムに尋ねた。

 

「なにを、って言われても……わからないよ。ただ……」

「ただ?」

「ヴァイオリン、教えてやってもいいかなって思っただけさ。一番最初に買ってもらった物が残ってるから……使わないと、もったいないだろ」

 

 トムは茶請けのビスケットをつまみながら答えた。

 トムの「ヴァイオリンを教えてもいい」というのは、最大級の歓迎である。「ヴァイオリンの神童」と呼ばれるようになってから、トムの周りには「ヴァイオリンを手ほどきして欲しい」「僕の腕前を見て欲しい」という人たちが老若男女問わず集まり、親友のジョナサンが転校してからは、ますます多くの人たちが群がった。だけど、トムは誰にもヴァイオリンの弾き方を教えなかった。そのような人たちの前では、一音たりとも奏でようとしなかった。

 

『僕は、自分が弾きたいときに弾くんだ』

 

 このスタンスは、いまでも変わらない。

 だから、トムが第三者のためにヴァイオリンを弾くこと自体が稀であり、ヴィクトルにしてあげようというのは、彼なりのおもてなしなのだ。

 

「トムは優しいね」

「別に」

 

 お茶をマグカップに注ぎながら言えば、トムはぷいっと顔を背ける。

 

「……アイリスは良い性格をしてるよ。親から引き離して、異国で暮らせなんてさ。だけど、それが一番良い結末になるって考えてるってことなんだろ?」

「たぶんね」

「ふーん……」

 

 トムはそのまま天井を眺めた。

 なにか言いたそうな雰囲気だった。だけど、どうしたのか尋ねる前に、トムは口を開いた。

 

「もう部屋に戻るの?」

「土曜から泊まりに行くじゃん。今日のうちに宿題終らせる」

「たしか、アルファード君のお屋敷だったっけ?」

 

 土曜日から1週間、トムはアルファード・ブラックの屋敷に泊まりに行く。

 ブラック家といっても、シリウス・ブラックの自宅兼不死鳥の騎士団本部があった本家ではなく、分家の方だ。分家とはいえ、超お金持ちである。ロンドンのタウンハンスの他、地方にカントリーハウスを構えているらしい。今回、トムが泊まりに行くのは、カントリーハウスの方だ。

 タウンハウスとカントリーハウスを所有しているなんて、さすがはブラック家……魔法界の大貴族である。原作ではタウンハウスしか描写されてなかったのは、どうしてだろう? シリウス、めっちゃ金持ちの坊ちゃんだったけど、ブラック家自体はあの頃には没落していたってことになるのかな?

 そりゃ、そうか……ブラック家の本家長男はアズカバン(無実の罪)だし、次男は行方不明、当主は亡くなり、奥様は発狂の末に命を落とした。本家の遺産を相続する最も近い血筋が、ベラトリックス……彼女もアズカバン(こっちは本当の大犯罪者)。そう考えると、ブラック家は本当に詰んでいる。

 トムの話だと、ブラック家の繁栄は絶好調。

 ブラック家を名乗る先輩や同級生が多々いることを知っている分、彼らもしくは彼女たちが行きつく未来に胸を痛めてしまう。

 

 ……って、トムがヴォルデモート卿にならなければ良いだけか。

 

 ヴォルデモートさえ爆誕しなければ、シリウスとベラトリックスがアズカバン送りにされることはないし、シリウスが出奔しても、レギュラス・ブラックがいれば問題ない。

 しかし、ヴォルデモートがいないとなると、ハリーがな……ジェームズとシリウスの悪影響を受けて育った結果、原作通りの子に育つかどうか……そのあたりは、リリーの手腕に期待するしかない。どっちにしろ、その頃の私は皺だらけのおばあちゃんだし、90歳を越えてるから……原作主人公を目にすることができないのは残念だ。

 

 

 

 

 

 

●1939年 8月4日

 

 トム――!!

 前日に大事な予定を教えること、本当にやめて!!

 明日、トムはアルファードの屋敷に遊びに行く。だから、ちょっと寂しくなるなーと、しんみりしてた気持ちを返して。

 朝食のベーコンを焼いていたら、トムがこんな爆弾を落としたのである。

 

「明日、みんなでピクニックするから、アイリスにランチボックスを作ってほしい」

「そう。それは楽しみ……え?」

 

 瞬間、思考が止まった。

 トムの発した言葉の内容を飲み込むのに、時間がかかってしまう。

 

「えっと、アルファード君の家で?」

「そうだよ。アイリス特製のランチボックスを皆に紹介したい」

 

 私は目の前が真っ暗になりかけ、ふらつきそうになってしまった。

 これの問題? 山ほどある。数えきれない……!!

 

 そもそも、トムは英国流ピクニックにほとんど触れずに育っている。

 友だちとピクニックに行くことがなかった、ともいえるけどね。ジョナサンと遊ぶのは、互いの家が多かったし……。

 うん、私が悪かった。

 私もさ、トムを子どもの頃からピクニックに連れ出してたよ。敷物とパラソルとランチボックス、あとそれぞれの暇つぶし道具をリュックに詰めて、その辺の公園で……。だけど、ランチボックスに日本風のお弁当を詰めていた。イギリスの庶民的なランチボックスって、あまり馴染めないんだよね。ポテトチップスやナッツ、サンドイッチにカットフルーツをバスケットに詰め込む簡単なもので、すぐに用意できるのだけど……なんというか、栄養バランス? 彩り? 美味しさ? そんなの関係ない、みんなで軽食をわいわい楽しめればいいんだーっていうピクニックは、正直ね……どうしても、前世日本人の感覚が勝ってしまう。きっちり個々のお弁当を用意したいなーって。

 お弁当を用意するからには、自分なりに力を入れて作るし、トムがいつも喜んでくれてるから、それでいいかーって気になっていた。

 

 それは間違いだったのかもしれない。

 どこかで……いや、最初から英国流ピクニックに慣れさせておくべきだった。

 

 しかし、過ぎたことを悔やんでも仕方ない。

 お弁当は用意するけど……ちゃんと用意するけどさ! 前日の朝に言わないでよー!

 心の準備も材料の準備も必要なんだよ……。

 トムは「ホグワーツの料理も美味しいけど、アイリスの料理が恋しくなる」って、ありがたい言葉を常日頃からくれるけど、私は料理がそこまで得意というわけではないのである。

 

 

 それから、これが一番の問題になるけど……今回のピクニックは、おそらくアルファード・ブラックが主催すること。

 ブラック家は、カントリーハウスを所有する大貴族。

 マグルの英国ルールが適用されるなら、ピクニックも貴族式の豪華なものになる。具体的にいえば、ピクニックだけど、カジュアルながらコース料理が提供されるはず。食器はアンティークだろうし、銀のフォークとナイフを使うことは間違いない。

 つまり、私の想像する世間一般的なピクニックではなく、「野原にシートを敷き、優雅なランチを楽しみましょう」という感覚に近いような気がする。

 

 そこに、お弁当(日本風)を持っていくのは、どこか場違いに思えてならないのだ。

 

「本当にランチボックスを持参して良いのか、いますぐに確認しなさい」

 

 私は、その場で「お上品なピクニック」の存在について教えた。

 我が家風のピクニックは、どちらかというと世間的に異端であり、場違いになる可能性があることを説明する。

 

 それでも、トムは「アイリスのランチボックスを用意して欲しい」と要望してきた。

 

「お願いだよ。僕、アイリスの料理をみんなに食べて欲しいんだ。サンドイッチや美味しい卵焼きとか……だめ?」

 

 こういうとき、トムは必ず上目遣いで見つめてくる。そうすれば、私が根負けすると分かっているからだ。ちょろいと思われているだろうけど、実際にその通りだよ!

 

 結局、その日は弁当作りにすべてを費やした。

 具材を買いに行ったり、トムが好きな「美味しい卵焼き」を作るため、乾燥昆布で出汁をとったり……何人かで分けるだろうから、いくらか多めに作るのは大変だったけど、とりあえず用意できたのは良かった。仕込みはできたし、あとは早起きするだけだ。

 

 

 それに、まだ前日の朝に頼まれて助かった。

 これで、夜寝る前に言われたら……卒倒してたよ。

 

 

 

 

 

●1939年 8月5日

 

 ちゃんとお弁当渡して、いってらっしゃいできた……。

 やっぱりさ、人に見られるお弁当だから、かなり力を入れて作ってしまう。キャラ弁、とまではいかないけど、なかなかの仕上がりになったのではないだろうか? 

 私にできる技術の粋を込めたお弁当、気に入ってもらえるといいな……!!

 

 

 それにしても、眠い。

 エンラクに餌をあげたら、惰眠を貪ることにしよう。

 

 

 

 

 

 

 

●1939年 8月〇日

 

 エンラクが怯えている。

 私の傍から片時も離れようとしない。

 ここ数日、ロンドンでは防空訓練が行われている。夜には明かりを落とし、ざっと1000を越える戦闘機が低空を飛行していた。もちろん、訓練だから爆弾を落とされることはないけど、ロンドンを覆う灰色の雲が轟音を反射していて……正直なところ、あまり気分の良いものではない。

 窓にテープを✕印に貼るように、という話もちらほら耳にする。前世では台風対策として聞いたことがあったけど、まさかね……空襲の対策ですることになるとは。

 

 トムがブラック家のところへ行っていて、本当に良かった……。

 

 私も、心を落ち着かせなくちゃ。

 エンラクを撫でながら、ホビットを読むとしよう。

 ホビットが発売されたから、指輪物語ももうすぐかな……。「オズの魔法使い」もアメリカで公開される。前世でも話題になった作品だし、ロンドンでも上映して欲しいな。

 

 

 ……上映されるよね?

 

 

 やっぱり、本格的に地方移住を検討しようか。

 それとも、いっそのこと――。

 

 

 

 

 

<1、2ページ、乱雑に破られている>

 

 

 

 

●1939年 9月1日

 

 

 ドイツ軍がポーランドに侵攻開始。

 第二次世界大戦が、ついに始まってしまった。

 

 

 いまは、これしか書けない。

 とにかく、状況を把握しないと……!

 ヴィクトルは出国できるの? ドイツ軍はもう攻めてくるの!?

 

 

 

 

 

 

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