トム・リドル育成計画!   作:寺町朱穂

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〇1939年10月 変わり者の死生観

●1939年 10月〇日

 

 おばあちゃんの葬儀は、つつがなく終わった。

 おばあちゃんは凄い。

 自分に死期が迫っているのを自覚していたらしく、30年前に亡くなった夫と同じ墓石に名を刻んで欲しいことや遺言などを馴染みの弁護士に託していた。

 

 おかげで、無事に伝統通りの式をあげることができた。

 近所の人やおばあちゃんに馴染みのあった方が、ひっきりなしに家を訪問して大変だった。ナティが手伝いとして頑張ってくれたけど、彼女は元々が魔女。お客様が口にするお菓子を運ぶとき、紅茶を零した床を掃除をするとき、何度も魔法を使いたいと思ったことだろう。何度か杖に手がいきそうになるところを、私は目撃してしまった。

 慣れないことをさせてしまい、本当に申し訳ない……。

 でも、人手があって助かった。

 一人だったら、目が回って倒れていたことだろう。

 

 トムは葬儀の前日に、ホグワーツから呼び寄せた。

 スコットランドの進学校生という設定になっていたし、すぐに来たら怪しまれる。

 

 おばあちゃんの死に対し、トムもかなりのショックを受けていた。

 顔からは血の気が引き、わずかに足元がふらついている。おばあちゃんの顔を呆然と眺めていた。

 

「アイリスは……おばあちゃんが具合悪いってこと知ってた?」

「いいえ……ただ、年齢も年齢だから、いつかは起きることだと覚悟していたけどね……」

 

 私が答えると、それっきりトムは何も答えなかった。

 そこまで「おばあちゃんっ子」って印象がなかっただけに、トムの落ち込み具合には驚いてしまった。トムのことをちゃんと見ていたつもりだったけど、そうではなかったのかもしれない……。

 

 教会での葬儀では、トムがおばあちゃんの遺言通り、ヴァイオリンで「きらきら星」と「いつくしみ深き」を奏でた。そういえば、「きらきら星」は初めてのリサイタルーーおばあちゃんの家で奏でた一曲だった。あの当時の時点で完成されてたけど、より深みが増している。おばあちゃんの式に参列していた人たちのなかには、そのときにいた方も多く、たまらず涙を流す姿が見られた。

 イギリスの葬儀って、意外と涙を流して哀しみを露にする人が少ない。感情の起伏を公にすることがはばかられる文化からきているのかもしれないけど、こういうときは泣いてもいいと思う。

 私も最初は涙を堪えていたけど、気がつけば頬に涙が伝っていた。

 

 そう……それから、参列者のなかに、スラグホーン教授の姿もあった。

 黒いローブなんて旧式な衣装を纏った参列者はいなかったけど、厳粛な黒いネクタイを締めていたおかげで、そこまで浮かなかった。近所の人たちは、スラグホーンに物珍しい視線を向けていたけど、比較的好意的だった。

 

「さすがは、トム君の通う学校の先生……とても古風で伝統的だわ」

「きっと、高名な学者よ」

「間違いないわ。あの生地、シルクよ。私の眼は誤魔化せないわ」

「指輪をしてないわね、まだ独身よ。ちょっと声をかけてみようかしら……」

 

 ……と、まあ近所の人の反応は概ねこんな感じだ。

 スラグホーン教授とは、葬儀のあと自宅に招いてゆっくり話をした。

 

「この度は、まことに御愁傷さまで……」

 

 リビングについて早々、スラグホーンが深い沈んだ声で言った。

 ホグワーツを代表し、トムの寮監として参列してくれたらしい。

 

「本来でしたら、故人の棺の前でお別れの言葉を述べるべきでしょうが……マグルにそのような文化があるとは分からず」

「その言葉だけで、祖母は喜びますわ」

 

 そのあと、ナティを含めた3人で夕食をとった。

 ナティは「用事を思い出したから」と一度帰ってしまった。スラグホーンが参列すると知らなかったから、彼の好物を用意することはできなかったけど、秘蔵のワインを楽しんでいただけて良かった。スラグホーンは終始ご機嫌で、特に料理を楽しんでいただけたのは嬉しかった。

 スラグホーンが料理を楽しんでくれた理由が、まさかの先日のピクニックだったことには驚きだったけど。

 

「いやー、トムのお母さんは料理が上手い! ブラック家で行われたピクニックの話は広まっていてね、私も一度食べてみたいと思っていたんだ」

 

 彼は顔をすっかり赤らめながら教えてくれた。

 今学期最初の「スラグ・クラブ」で、夏休みの過ごし方が話題になったらしい。そこで、トムとアルファードがピクニックを楽しんだことを語ったとき、アルファードがこんなことを言ったのだ。

 

『姉様もトムの母上の料理を楽しんでましたね』

 

 アルファードはちょっとだけ意地悪そうな笑顔で言い切ったらしい。

 アルファードの1つ上の姉――ヴァルブルガ・ブラックといえば、シリウス・ブラックの母親である。もっとも、いまはうら若き令嬢のわけだが、ブラック家らしく純血主義を胸に抱いた気品高き魔女である。とてもではないが、私みたいなマグルの料理を口にしたとは思えず、信じられない気持ちだった。

 しかし、ヴァルブルガはお弁当にフォークを伸ばしたらしい。

 

「ヴァルブルガは『いままで食べたことのない料理でしたので、興味が湧いただけですの。感想? わざわざ口にするものでもありませんでしたが……しいて申し上げるなら、そこまで酷い味ではなかったですわ』と発言しましてね。これは、彼女の最大級の褒め言葉でして――トムの育ての親がマグルだということは、暗黙の了解ですから」

「まぁ……! その話、知りませんでしたわ」

 

 私はトムに視線を向けたが、彼はわずかにバツの悪そうな顔をするばかりで何も答えなかった。その間にも、スラグホーンは気分が良さそうに話を続けてくれた。

 

「この話を聞いたときから、楽しみにしてましてね。ええ、十分に満足できましたよ。なにより、特製のコートレットの味わいが深い……! まさか、溶いた卵とあれほどまでに相性が良いとは……他にも見たこともない料理ばかり。ミセス、なにか秘訣でも?」

「秘訣なんてものはありませんわ。せいぜい下拵えを気をつける程度ですの」

「やはり素晴らしいものを作り上げるには、入念な準備が大切ですな。魔法薬づくりでも同じことが言えますよ。サチャリッサ・タグウッドJr.という魔法使いがいましてね――高名な美容魔法薬の発明家、サチャリッサ・タグウッドの息子でして、私の教え子なのですが――」

 

 そこから先は、スラグホーンの過去に教えた生徒がいかに有名になったかという自慢話へと流れて行った。トムは和やかな顔でしきりに相槌を打っていたが、私は知っている――あの表情は作り顔。完璧の笑みに見えるけど、口角の上がり具合が小匙一杯分ほどぎこちない。私でなければ、見逃していることだろう。

 

「スラグホーン教授、お時間は大丈夫でしょうか?」

 

 彼の自慢話が一区切りつくタイミングで、おずおずと声をかけた。

 ちょうどよいことに、ゴーンと柱時計が時を告げる。外はすっかり夜の帳が降りていることに、スラグホーンは少し驚いているようだった。

 

「いやはや、夜の7時か! 随分と話し込んでしまったようだ……あまり長居しても悪いですからね。私は一足先にホグワーツへ帰るとします。トム、また学校で」

 

 スラグホーンが帰ったあと、部屋は静寂に包まれた。それだけ、ずーっとスラグホーンが話し続けていた証拠でもあるのだが、それにしても、トムが口を堅く閉ざしたままである。思い起こせば、葬儀が始まってから、トムはほとんど口を開いていない。私も忙しくて、彼に話しかけるタイミングを逃したままだった。

 

「トム。今日はお疲れ様。なにか飲みたいものとか食べたいものはある?」

 

 作業の手を止め、トムに正面から話しかけた。

 トムは相変わらずなにも答えない。1分、2分と待ったが口を開く気配がないので、もう寝るように促すか……と考えたときだった。

 

「……アイリスは、おばあちゃんがいなくて寂しい?」

 

 トムの口から、囁き声が零れた。黒々とした目を潤ませ、ふるふると唇が震えている。

 私はトムの髪を撫でながら、努めて優しく告げた。

 

「寂しいよ。だけど、いずれは訪れる別れだから」

「でも、僕は……諦めたくないよ」

 

 トムは床の一点を見つめたまま言った。

 

「おばあちゃんも……アイリスも……ジョナサンもニュートもアルファードもドロホフも、ロジエールだって死んでほしくない。もちろん、僕自身も死にたくない」

「……そうね」

 

 トムの髪を撫でながら、私は小さく頷いた。

 トムの恐怖はもっともだ。原作ではその恐怖が暴走して、分霊箱なんて代物に救いを求めてしまったわけだが、私のトムにそんな道は選ばせない。私はここ数日――いや、もっと前から、こういう質問が来たときのために温めておいた言葉を口にするのだった。

 

「人が本当に死ぬとき、それがいつか知ってる?」

「心臓が止まったときだろ」

 

 ここでようやく、トムが顔を上げた。彼は「なにを当然なことを聞いているのか」と若干呆れと怒りが入り混じったような表情をしていた。

 

「違うわ。生きている人が故人のことを忘れたとき、本当の死を迎えるの。忘れない間は、その人は思い出のなかで生き続けることができるのよ」

「……詭弁だよ」

 

 トムは冷たく言い放った。

 

「死んだことに変わりないじゃないか」

「肉体的にはね。おばあちゃんの身体が再び動くことはないわ」

 

 おばあちゃんの棺は、教会に安置されている。

 1月後、伝統に従って埋葬する手はずとなっていた。

 

「だけど、おばあちゃんの心はどこへ行ったと思う?」

「……消えたと思う」

「違うわ」

「どこに行ったの?」

「ここよ」

 

 とんっと、私はトムの胸を軽く叩き、続いて自分の胸を叩いた。

 

「身体はやがて土に還るけど、心は違う。心だけは、周りの人に預けることができる。大切な人の想いを受け継いで、自分の時を進むことが大事になってくるんじゃないかな?」

 

 ……まあ、前世で好きだった漫画の受け売りである。

 この日まで、いろいろと悩み、考えていたけど、やはりこういうときは名言に頼るに限る。私自身、その名言に納得しているし、それで少し心が軽くなった部分もあった。

 

「……でも、思い出のなかでしか会えないのは寂しい」

「終わりがあるのは運命だから」

 

 私は微笑みながら、トムの肩を抱きしめた。

 

「だからこそ、いまこの瞬間が愛おしいの。楽しいとき、嬉しいとき、哀しいとき――何気なく流れるあたりまえのときも、一瞬一瞬を大切にしたいってね」

「……そんな言い方しないでよ」

 

 トムのくぐもった声が返ってくる。

 

「アイリスが……もうすぐ死んじゃうみたいな感じじゃないか」

「私が?」

 

 私はきょとんと瞬いたあと、豪快に吹き出して笑ってしまった。

 

「わ、笑うなって!」

 

 トムが青白かった頬を真っ赤に染めて反論したが、それすらも可愛らしくて笑いが止まらない。

 

「そりゃ、いつかはね。でも、明日や明後日じゃないわ。トムが卒業して、結婚して、孫が生まれて、孫の結婚式を見るまでは生き抜くつもり」

「……かなり長生きする気だね」

「当然よ。トムが結婚しないとしても、そのくらいまでは長生きしたいな。それで、私が亡くなったときは、トムが看取ってね。私の心は、トムのなかに置いて逝くから」

 

 トムは複雑そうに顔を歪めていたが、疲れたように長く息を吐きだした。数秒かかって息を吐いたあと、わずかに憑き物が晴れたような顔でこう言ったのだった。

 

「アイリスって、やっぱり変わってるよ」

「お褒めの言葉として受け取っておくけど、そんなに変わってるかしら?」

「普通の人は、こういうときに『先に死んでも、天国で待ってる』って言うんだよ」

 

 トムが呆れ果てた口調で言い放ち、それもそうだと改めて思った。

 私自身が転生者かつ前世日本人なので、あまり天国や地獄といった概念を信じていない。一応、なるべく日曜日に教会には顔を出すようにしているけど、熱心な信者というわけではなく、周りの目を気にして通っている節が強く、トムもそのことを理解してくれていた。

 だから、天国とか地獄とか考えず、自分の信念で考えてしまったけど……確かに一般的ではなかったかもしれない。

 

「……それは盲点だったわ」

「ほら、僕の言った通りだろ!」

 

 トムは私から離れると、テーブルに置きっぱなしとなった皿を片付け始めた。

 

「アイリスはさ、分かってないんだよなー! 自分が変わり者ってこと。普通に紛れようとしてるけど、やっぱり違うよ。みんなは気づかないけど、ちょっと付き合えばボロが出る」

 

 文句を口にしながら、てきぱきと台所に皿を運んでいく。

 私は急いでその背中を追いかけ、一緒になって皿を流しに片づけた。

 

「そこまで言わなくても……」

「いや、言うね。僕しか指摘する人がいないから言い続けるよ。死んだら心を預けるとか、そんなこと考える英国人は、アイリスくらいだ。そもそも、輪廻転生だっけ? その考えはどこに行ったんだよ?」

「そういえば、そんなことも言ってたね。でも、それは魂の行き先の話だから」

「そういうところだって!」

 

 トムは最後の皿を置き終えると、鼻息荒く自分の使っている部屋へと上がっていこうとする。だけど、階段を登る前に立ち止まり、ちらっとこちらに視線を向け――こう言ったのだった。

 

「……だけど、その考え……僕は嫌いじゃない」

 

 黒髪からのぞく耳を真っ赤に染め、トムは階段を駆けあがっていった。

 

 やっぱり、私のトムは可愛い……!

 

 

 

 

 

●1939年 10月▲日

 

 おばあちゃんの遺言では、家や土地を含めた財産のすべてをトムに相続し、トムが成人するまでは私が管理することになっている。また、絶対にガランサス夫人と揉めることになるのは明白なので、おばあちゃんの遺言では「相続がすむまで、自分が亡くなったことを知らせないこと。数年前に親子の縁を切っているので、彼女に相続するものはない。仮にアイリスが亡くなったとき、トムの後見は弁護士が引き継ぐ」とまで書き残してあった。

 

 おばあちゃん、さすがである……。

 

 私が老齢になっても、こういう立ち回りはできそうにない。

 

 ただ、これはある意味で運が良かった。

 しばらくおばあちゃんの家の片づけとロンドンの家を往復する日々を送っていたのだけど、近所の人がこんなことを教えてくれたのだ。

 

「前回の大戦のとき、配給になったのよね……今回もならないか不安だわ」

 

 その言葉を聞いて、私は頭がまっしろになりそうになった。

 配給! そんなこと、考えたこともなかった。配給なんて、第二次大戦の日本で行われていた知識しかなく、英国は無関係だろーと気楽に構えていたのである。

 でも、よく考えてみたら、イギリスは島国だし、食料は大陸からの輸入品が多いし、配給生活に突入することは考えられる事態である。

 

 食糧問題……ここにきて、また頭を悩ませることが増えてしまった。

 とりあえず、長持ちする備蓄品を少しずつ買い足しておくことにする。

 

 それから、本格的におばあちゃんの家に移住する計画も進めようとおもう。

 法的にも、トムの家になるわけだし、ロンドンで空襲の危険に怯えながら暮らすのは、精神衛生上よろしくない。郵便は動いているし、ロンドンまで日帰りできる距離だから、出版社に行くことができるので、仕事も続けることができるはずだ。

 

 そうと決めれば、早いうちに行動した方がいい。

 そう思って、私はダンブルドアに手紙を書くことにした。何度もナティに仲介を頼んでいるので、本当に心苦しい……やはり、私用のフクロウも購入するべきかも……うう、お金が……。

 

 ダンブルドアから、すぐに返信が来た。

 

 明日、ロンドンの自宅で会ってくれることになっている。

 緊張してきた……。

 ダンブルドアとは何度か会ってきたけど、毎回緊張してしまう。トムに「変わり者」と名指しされたこともあるし、ダンブルドアも私を「変わり者」と認識してそうだ。ただの「変わり者」ならいいけど、「前世日本人の記憶を持ち、この世界のことを物語にしたハリー・ポッターとファンタスティックビーストの知識がある変わり者」と見透かされているようで、そわそわしてしまう。

 

 だけど、今後のためにも覚悟を決めて、話し合わないと!

 

 

 とりあえず、明日は早起きをして、レモンキャンディーを買いに行くことにしよう。

 

 

 

 





残念なことに、現時点(2024年9月6日)でファンタスティックビースト4・5に関する公式の情報がほとんど出ていません。
そのため、今後の魔法界の動向は、私の予想と考察を含めたものになっていきます。
できるかぎり「どうしてこのような展開にしたのか」という理由と考察も後書き等で説明できればいいなと思います。私としても心苦しいところですが、「ファンタビ4と5が完成されたら起きるであろう展開」を予想したとき、ファンタスティックビーストの登場人物を退場させることもありえてきます。もちろん、今作のトムが介入した結果、その展開が改変されることもあると思いますが……
そのことを念頭に入れた上で、今後も「トム・リドル育成計画」を楽しんていただけると嬉しいです。



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