●1940年 5月◇日
トムは無事に帰って来た。
本当に良かったよ……。
私が心配で気が狂いそうになっていたら、ダンブルドアがやって来て、「トムは大丈夫だ」と言ってくれたけどさ、気休めにもならない。だって、彼が向かったのは戦地。撤退兵を救出するなんて、どう考えても碌な戦場ではない。
だから、あまりにも気が動転して……ダンブルドアの胸倉をつかんでしまった。
「トムを死地に行かせるとか、なにを考えているんですか!?」
って。
冷静になると、なんとも無礼なことをしでかした気がしてくるけど、自分は間違っていなかったと思う。だって、ダンブルドアは学校の先生だよ? 先生が無謀な行動を止めるのでなく、むしろ死地へ赴くように背中を押したとかありえない!
「先生には千手先も読めているのでしょうけど、その推測が間違いだったらどう責任をとってくれるんですか!? ましてや、トムは12歳! まだまだ子どもですよ!?」
「ときには、信じて待つことも大切だ」
「待つ!? 待っている間に、万が一のことがあったら……っ!?」
しかし、私がどれだけ狼狽えても、ダンブルドアの態度は変わらない。例えるなら、森の奥の静かな湖面のように、どこまでも波を立てずに平静を保っていた。
「リドル夫人、予言のことを覚えているかい?」
ダンブルドアは極めて冷静な声色で問うてきた。
「トムが蛇の王になるか、闇の帝王になるか……というものですよね」
「そうだ。そこで考えてみてほしい。蛇の王になるのか、闇の帝王になるのか……まだ分からないが、少なくともここで命を落としたら予言は成り立たない」
「それは……そうかもしれませんが……」
ここで、トムが亡くなったとしたら、まず王みたいな尊称をつけられることはない。確かに納得がいくような気もするが、それは予言が「本当の予言」だった場合に関してだ。ノストラダムスの大予言は結局当たらなかったし、ファンタビ2でも、とある予言が物語の中心に添えられていたが、結局それは解釈違いだったってオチだった気がする。
私が反論の言葉を胸の内で紡いでいると、ダンブルドアはすでに見通していたらしい。
「リドル夫人、私も予言をすべて信じているわけではない。だが、本物と偽物の区別をつけることはできる。そして、トムにくだされた予言は本物だ」
「では、ここで命を落とすことはないと?」
「おそらくは」
私はダンブルドアの話を信じるしかなかった。
「ダンブルドア先生、約束してください。今回は仕方ありませんが、次から……トムが危険なことをしようとしたときに、背中を押すような真似はしないでください」
「もちろん、約束しよう」
彼はすぐに頷いてくれたけど、そちらはどこまで信用してよいものか……。
そのあと、ダンブルドアは「一緒に帰りを待とう」とドーバー海峡に連れ出してくれることになった。
「必要なものはないかい?」
そう聞かれ、私は真っ先にヒマワリの種を取りに行った。ずっと昔、トムがクリスマスプレゼントとしてくれたヒマワリの花は、最終的に種を残してくれた。あれから毎年、その種を撒いているけど、何粒かは思い出として机の引き出しにしまっている。ダンブルドアに「必要なものは?」と聞かれたとき、まっさきにこの種を存在を思い出したのだ。そのあたりの花屋で買った普通の種だったけど、いまでは特別なもの。トムの無事を祈るためのお守りとして、この種こそ最も適切だと思ったのだ。
だから、私はずっと……種を握りしめて祈っていた。
その祈りが通じたのか、はたまた戻ってくるのは必然だったのか……トムがティナやニュートたちと一緒にいる姿を見つけたとき、その場に崩れ落ちそうになった。だって、彼を見つけるちょっと前、他の馬車から子どもの遺体が運び出されるのを目にしたばかりだったから……。
でも、ぐっと腹に力を入れ、トムを叱ることにした。
危ないことをしてはいけない、と。
トムもひとまずは理解してくれた。
戦争はこれから激化していくけど、まずは学業と音楽に全力を注いでもらいたい……。
●1940年 6月〇日
トムから手紙が来た。
どうやら、トムの人気がホグワーツで急上昇しているらしい。
『いつのまにか、僕が戦争に参加したことがバレてるんだよ。この間なんて、一度も話したこともない3年生のハッフルパフ生からサインを求められた』
手紙には、有名になり過ぎて身動きが取れないという内容の文句が連なっている。
他にも空中戦を繰り広げた噂を聞き付けたクィディッチのキャプテンから、チームにしつこく誘われたのだとか。だが、それも『箒に乗る趣味はない』ときっぱり断ったらしい。『趣味ではない』と言い切るあたり、トムらしいと微笑ましく思った。
寮監のスラグホーンも最初こそ苦い顔をしていたらしい。一人で勝手に戦場に行くのは、ちょっと生き急ぎ過ぎていると。だが、その裏にダンブルドアが一枚噛んでいたことを知った途端、表情が一変したそうだ。
『昨日はスラグ・クラブで「ついに、アルバスもトムの才能を認めたな! 君がグリフィンドールではなく、我がスリザリンであることは誇りだ」って褒められたよ。「君は間違いなく最年少で闇祓い局の局長になる!」って断言された。僕はまだ闇祓いになるなんて決めてないのにさ』
その一文を読んだとき、トムが渋い顔でペンを走らせている姿がありありと思い浮かんだ。
「確かに、トムに闇祓いは似合わないかも」
音楽の道を選ぶのか、魔法生物関係の職に就くのか、まだまだ先の話だけど、魔法省の闇祓いとして働いている姿はなんとなく想像できなかった。そもそも、トムが魔法省で働く様子自体が想像し難い。これから、そのイメージも変わっていくのかな……?
まあ、そんな感じで、トムは日常に戻っているみたい。
あと1カ月もすれば、家に帰ってくるだろう。
だけど、いま……私が心配なのは、ニュート・スキャマンダーだ。彼の助手のバンティさんとは手紙でやりとりする仲なのだけど、ニュートはすっかり塞ぎこんでしまっているらしい。魔法生物と接するときだけは柔らかい表情をするそうだが、それ以外だと何もできないそうだ。
無理もない。
バンティ経由でニュートの事情を知ったけど、彼が負った心の傷は計り知れない。
ノルウェーでグリンデルバルドの魔の手から、ドラゴンを守ったところまでは良かった。ニュートは守り抜いた卵たちをフランスで孵化させる予定だった。しかし、その矢先にグリンデルバルドの侵攻が激化。フランスと共闘して戦いに臨み、敗北。撤退することになったらしい。それだけなら、まだ良かった。だが、千を越す魔法使いを大陸からブリテン島に撤退をするためには、どうしても囮が必要になる。
そこでとられた作戦が、カレーの港で守備隊が敵を引きつけている間に、ダンケルクから全員撤退させるものだった。
当然、守備隊は陥落した。全滅である。最後の一人まで必死に抵抗し、撤退する時間を稼いだのだ。
そして、その守備隊を指揮していたのが、テセウス・スキャマンダーだったのである。
それは病む。
食事も喉を通らないのが当たり前だ。
私にできることは何もない。慰めの言葉は心をえぐるだけだし、余計な気遣いは逆効果。
ただ、心の傷が癒えるのを待つことしかできなかった。
●1940年 6月▲日
ニュートからふくろうが届いた。
『火急の件で、君に頼みたいことがある』
って。
いや、トムなら分かるよ。魔法生物の知識がかなり身についているからさ。でも、私ってどういうこと!? 私、動物は好きだけど、魔法生物の知識に関しては素人同然だよ?
いったい、どういうことだろう?
とにかく、火急ということなので、明日会うことにした。
手土産として、クランペットでも焼いて持っていこう。
●1940年 6月×日
ニュートは酷くやつれていた。
頬はこけていたし、目の下にはクマがくっきり残っている。風呂にも入っていないのか、鶏小屋のような臭いを発していた。
それでも、私を見ると笑顔を浮かべてくれる。
「ありがとう。急に来てもらったのに、お土産まで……」
彼はクランペットを受け取ると、テーブルを勧めてくれた。杖を軽く一振りして、お茶を呼び寄せてくれたけど、まったく会話は盛り上がらない。むしろ、無音の時間が延々と続いた。
私も「いつもトムが世話になっております」と伝えたけど、すぐにそれで終わってしまう。なにか話そうと思ったけど、下手に会話の糸口を探れば、彼の傷を刺激してしまうような気がして、口を開くことができなかった。
本当に静かな時間が過ぎていった。
かちかち、と柱時計の動く音だけが異様に大きく聞こえ、足元から獣の吼え声のような音が響いてくる。
「あの……」
私が静けさに耐え切れなくなり、遠慮がちに声を上げると、ニュートはやや早口で話し始めた。
「マグルの君に頼むのは非常に申し訳ないことなんだけど……君以外、僕の周りで他に頼めそうな人はいないんだ。バンティはよくやってくれるけど、今回の件には不向きだし、ティナもアメリカから引っ越して来たばかりで大変だし……」
まるで、弁明するように言葉を並べる。
「本当は僕がやるべきなんだけど、そこまで手が回らない。いまは自分のことで手いっぱいで、これからドラゴンを実践レベルに使えるまで育てないと……その片手間にできることじゃない」
「あの……つまり、私は何をすれば……」
「非常に頼みにくいんだけど……狼人間の子どもの育ての親になって欲しいんだ」
ニュートは絞り出すように告げ、経緯を説明してくれた。
それは……あまりに悲惨な戦場での出来事。
ニュートたちがイギリスの部隊と合流し、フランスでグリンデルバルドの軍団を迎え撃つことになったそうだ。その部隊のなかに、ひとりの狼人間がいた。非常に貧しい身なりの男で、自身の子どもに噛みついてしまったことを酷く悔やみ、その養育費を稼ぐために志願したのだそうだ。
「狼人間は迫害されている。まず、まともな仕事に就けない。だから、誰も自分が狼人間だということを明かしたがらないんだ。狼人間は病気の一種なのだから、ちゃんと名簿を作って管理し、安全だということを示していくのが良いのだろうけど……」
ニュートはそこまで言うと、小さく頭を振った。
「だけど、いまはそうじゃない……その男も狼人間だと隠してた。だけど、それが裏目に出たんだ。グリンデルバルドの軍団に攻撃を仕掛ける日が、満月だったんだよ」
結果、彼のせいで部隊は壊滅。
狼人間は敵味方問わず損害を与え、その場は混乱した。そして、誰かが狼人間に死の呪いを撃ち、あっけなく殺された。
まだ幼い一人息子を残して。
「えっと、待ってください。つまり、私にその子を引き取って欲しいと?」
「君は良いことは褒められるし、危ないことを叱れる母性の持ち主だ。トムとの接し方を見てると、君以外に適任者はいない」
ニュートはそう言うと、私に一枚の羊皮紙を渡してきた。
「その子の母親は養育権を放棄してる。この子には身寄りがないんだ。まだ、5歳なのに。きっと、すぐに助けないと、まずいことになる」
私は羊皮紙に目を落とし、そこに刻まれた名前に目が釘付けになってしまった。
『フェンリール・グレイバック』
原作にも登場する、残忍な狼人間の名前が記されていたのだから。
・ニュートは1947年「狼人間登録簿」を作っています。おそらく、戦時中にそれを作成するに至った出来事があったはずだと思い、このエピソードを差し込みました。
・グレイバックの年齢は非公開ですが、1945年以前ということだけ分かっているので、登場させることを決めた次第です。
・テセウスの件は最後まで悩みましたが、時代背景や原作者様の考えそうなこと等を踏まえ、こういう結末にさせていただきました。私個人としては生き抜き、戦後も元気に暮らして欲しいですが……。
・本当、ファンタスティックビーストシリーズの続編が早く制作決定してもらいたいです。打ち切りとかいう噂が飛んでいますが、まじで辞めてください。
次回更新は12月6日を予定しておりましたが、申し訳ありません。
都合により、7日の土曜日の午後に延期します。