トム・リドル育成計画!   作:寺町朱穂

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〇1940年6月 突然の帰宅!

〇1940年 6月▼日

 

 トムに叱られた。

 グレイバックを引き取る件を手紙で伝えたところ、トムはその日のうちに帰って来たのである。

 ディークと一緒に夕食の支度をしていたとき、どすんっという音がしたと思ったら、暖炉からトムが転がり出て来たのだ。

 

「トム!? 学校はどうしたの!? もうすぐ、期末試験でしょ?」

「試験なんかどうでもいいよ!」

 

 トムは急いで灰を落とすと、私の方に駆け寄って来る。あきらかに目つきがつり上がっており、黒い目には非難の色が強くにじみ出ていた。

 

「アイリスさ、狼人間の子どもを引き取るかもって本当?」

「前向きに検討しているけど……駄目?」

「駄目に決まってるだろ! なに考えてるんだって!?」

 

 瞬間、トムは顔を真っ赤にして怒ってきた。

 

「狼人間ってこと分かってる!? 噛まれたら、死んじゃうんだよ!?」

「噛まれなければいいんじゃないかしら?」

「あのさ、そういう問題じゃない!」

 

 トムは怒りで顔を赤らめたまま、すぐに鞄から一冊の本を取り出してみせた。

 

「いいかい? ここを読んで。狼人間に噛まれると、魔法族は狼人間になる。マグルの場合は死に至る! この本だけじゃない。どの本を読んでも、同じことが書いてあるんだ!」

「でも、それは満月の日だけじゃない?」

 

 ロンのお兄さんはグレイバックに噛まれたけど、満月の日ではなかったから狼人間にならなかったみたいなくだりがあった気がする。つまり、満月でなければ問題ないのではないだろうかと楽天的に考えたけど、トムは違ったらしい。

 

「満月でなくても、牙には毒があるって考えるのが妥当だよ。血を止めるためにも、銀の粉とハナハッカのエキスがないといけないみたいだし……油断大敵!」

 

 トムは、狼人間について書かれた箇所を指でとんとんと叩きながら言った。

 

「それに、満月の時には狼になるんだ。人間の理性が消え、狼としての本能しか残らない。危険すぎるよ」

「脱狼薬だっけ? 狼に変身しても無力化させる薬があるんじゃないの?」

「脱……? よく分からないけどさ、狼人間の症状を緩和させる薬はない」

 

 トムはわずかに言葉に詰まったが、すぐに首を横に振る。

 その様子を見て、脱狼薬ができるのは、いまよりもっと未来の話なのだと悟った。そういえば、ルーピン先生が学生の頃は薬なんてなかったんだっけ……? 脱狼薬があれば、叫びの屋敷は叫びの屋敷なんて呼ばれることはなかったわけだ。そうなると、あの薬が開発されるのは、少なく見積もっても90年代の初頭ってことになるのかな。かなり遠い未来……いずれは調合できるようになると知っているけど、気長に待つと表現するには長すぎる。

 なんで、もっと早くに思い出さなかったのだろう?

 そもそも、私にとって前世は20年以上前のこと。年々、前世の思い出が薄れていくなか、ハリポタ関連の話題は比較的思い出せるけど、細部まですべて諳んじられるわけではないのだ。せめて、忘却が遅れるように、なるべく常に思い出せるように反芻するようにしようかな……。

 

 さて、話を戻そう。

 脱狼薬が比較的すぐに開発されると思い込んでいたので、私はこんな反論をしてしまった。

 

「それは、狼人間を研究する人がいないからだと思うわ」

「……調べる人が少ないから、薬も開発されないってことか?」

 

 トムは腕を組み、考え込むように首を傾げる。

 

「確かにそれは一理ある。狼人間について、よい感情を持つ人はいない。少なくとも、僕が調べた範囲では。むしろ、何人かはさっさと殺した方が社会のためだとまで断言してた。ねぇ、アイリス。アイリスは、そんな奴を引き取ろうとしてるんだよ?」

「だけど、身寄りが他にないらしいし……」

「はぁ……これじゃあ、堂々巡りだ」

 

 トムは大きく肩を落とすと、厨房の方に視線を向けた。私もつられて視線を向ければ、ちょうどディークが焼き上がったミンスパイを運んでくるところだった。

 

「ディーク、どう思う? 君、狼人間が暴れたときに無力化できるの?」

 

 彼としては、自分の意見に賛同してもらいたかったのだろう。

 ところが、トムの思惑は外れた。

 

「ディークは可能だと思います」

 

 ディークはミンスパイをテーブルに並べながら、たいして悩むことなく答えた。

 

「ディークの昔の主人は密猟者でした。魔法生物を捕獲することが、ディークの仕事でした。狼人間を相手にしたことはありませんが、満月の夜に魅惑の呪文をかければ問題ないと思います。魅惑の呪文を的確に使えば、ドラゴンだって眠らせることができますから」

「だけど、君も年齢が年齢だろ?」

「ディークは確かに年を取りましたが、まだまだ働けます」

 

 ディークに言われてしまえば、トムも黙り込むしかない。苦虫を嚙み潰したような表情になると、リビングを横断するように歩き始めた。

 

「トム。せっかく戻って来たんだし、夕食はとる? お腹空いてない?」

「食べるよ。お腹は空いてるからね。だけど、アイリス。いまはそれどころじゃないだろ……」

 

 私が夕食を勧めると、トムからすっかり呆れたような眼差しを向けられた。

 

「だいたいさ、アイリスは自分の言ったことを忘れたのか? 『命は一つしかない』んだよ」

「そうよ。だから、悔いを残さないように生きるの」

 

 もっとも、私にとっては二度目の命。

 三度目はないと思うけど、命のありがたさは十分以上に理解している。しかしながら、トムは私の答えに満足しなかったようだ。むすっとした顔のまま、こんなことをぼそりと呟いていた。

 

「だからってさ、アイリスが死んだら意味ないだろ」

「……ありがとう。でも、私はここで死ぬつもりはないから安心して」

 

 私は目を細めて、言葉を返した。

 

「狼人間の子を引き取っていれば……って、後悔したくないの。部屋はあまっているし、ディークの力も借りれば、ホグワーツ入学まで持ちこたえることができると思うから」

「狼人間がホグワーツに入学できると思わない」

「可能性としては捨てきれないんじゃない? だって、魔法が使えれば、ホグワーツに入学できるんでしょ?」

「それはそうだけどさ……ホグワーツには隔離できそうな場所はそれなりにあるし……」

 

 トムはしばらくの間、リビングを回るように歩いていたが、観念したように息を長く吐いた。やるせないような目を私に向けると、部屋を出て行った。どこか出かけるのか!? と焦ったけど、それは杞憂に終わる。私が追いかける間もなく、彼はリビングに戻ってきた。どうやら、手を洗いに行っただけだったようだ。濡れた手をハンカチで拭きながら、自分の椅子に腰を下ろした。

 

「で、そいつと面会するのはいつなんだよ」

「賛成してくれるの?」

「僕がそいつを見て、危険だと判断したら引き取るのを諦める。それを約束するならね」

 

 トムは頬杖をつきながら言った。

 

「もちろんよ」

 

 私が微笑むと、トムは再び嘆息した。

 

「僕はなんてお人好しなんだろうな。子どもの頃は、こんな性格じゃなかったのにさー」

「あら、昔から優しい子だったと思うけど?」

「そう見えたなら、アイリスの眼は節穴だよ」

 

 トムはそのままテーブルに無造作に置かれた新聞に手を伸ばし、ぱらぱらとめくり始めた。ページをめくるたび、ただでさえ暗かった表情がますます曇っていく。

 私とディークで料理を並び終える頃には、すっかり陰鬱なものになっていた。

 

「フランスは本当にドイツの手に落ちるんだ……」

「ジョナサン君から手紙はないの?」

 

 私が席に着きながら尋ねると、トムは首を横に振った。

 

「1週間に1度は連絡を取っていたんだ。だけど、ドイツがフランスに侵攻してからは手紙が一通も来ない……」

「きっと、スイスへ逃げているのよ。落ち着いたら、また手紙が来るわ」

「アイリスって、本当に良い性格してるよ。いつも思うけど、かなり楽観的すぎる――?」

 

 トムは新聞を畳みながら話していたが、その手が止まった。ちょっと驚いたように目を丸くして、とある記事を凝視している。だけど、私の位置からだとどんな記事が目に留まったのか見えなかった。

 

「トム?」

「なんでもないよ」

 

 トムはそれだけ言うと、新聞をテーブルの端っこに置いた。よほど見られたくないのか、読んでいた面を内側に折りたたんだ状態で。そこまでして見せたくないのは、逆に気になるというもの。トムがホグワーツに帰ったあと、こっそり新聞を確認してみることにした。

 普段のトム・リドルが興味を持ちそうな記事はない。

 だけど、そのなかに1つだけ――目を引きつける記事があったとするなら、駆逐艦が数隻沈められたこと。

 

 その駆逐艦の名前は「バジリスク」。

 いわずと知れた「秘密の部屋」に住まう蛇の怪物である。

 

 トムは……「秘密の部屋」の在り処を知っているのだろうか?

 そこに蛇の怪物が眠っていることも、知っているのだろうか?

 

 オミニスさん伝いで「秘密の部屋」の開け方を学ぶことがあるかもしれないけど、トムがバジリスクを使ってマグル生まれを排斥する姿は想像できなかった。

 それでも、「ホグワーツに隠された秘密の部屋」なんて、トムの好奇心を刺激するだろう。いずれ探し求めると思うし、もしかしたら既に探索を開始しているかもしれない。

 でも、私から「秘密の部屋」について聴くのは厳しそう……「アイリスは部屋の存在をどこで知ったの?」って話になってしまう。

 いつか、トムから教えてくれる日が来るといいけど……難しいかな。

 

 とにかく、いまはグレイバックのことを考えよう。

 来週、面会をして、そのまま上手くいけば家に連れて帰る流れになるけど……脱狼薬が誕生するのは、はるか遠い未来の話だと分かった以上、いろいろと打つ手が変わってくる。トムの言い分も正しい気がしてくる。狼人間の子を引き取るなんて、ちょっとリスクが高過ぎる。田舎だからこそ、ひとたび変な噂が立ったら一気に住みにくくなるし――……私も「現時点における狼人間に関する情報」を仕入れないといけない。

 

 ディークとも対策を話し合いながら、グレイバックを迎え入れる準備をしないと!

 明日から頑張るぞ!

 

 

 

 




12月は私の都合により、少し変則的な更新になっていまいますが、1月からは金曜日の夕方から夜にかけて更新できるように努力しようと思います。
※投稿後、一部文章を付け足しました。(12月7日)
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