※一部表記に間違いがあり、訂正しました。
アイリス・リドルは凡人である。
子どもの狼人間を引き取る時点で、感性が一般人とはかけ離れているのだが、聖人でもなければ、英雄でもない。もちろん、悪人でもない。変わり者なのは間違いないが、能力的にはどこまでも平凡の域から出ない人物であった。
「なんだよ、あいつは」
フェンリールは自室に引きこもりながら、自分の爪を噛んだ。
この世に生を受けて、早いことで5年――大きな街の裏路地や廃墟を転々としながら暮らしてきたこともあり、人間社会の薄汚れた闇を嫌というほど見てきた。
物心つく前に父親から噛まれ、母の顔は知らない。父子共に狼人間のせいで各地を転々としなければならず、どの仕事も長続きしなかった。それでも、父はフェンリールを育てるためだと仕事に専念し、ほとんど家に帰ってこない。だから、フェンリールは父親の顔をはっきりと思い出すことができなかった。月に数度、満月の日前後に帰ってくる父の顔は青ざめていて、誰が見ても酷いもので、あまり直視できたものではない。
故に、これまでほとんど一人で生きてきた。
そんな自分の人生に土足で踏み入って来た者――それが、アイリス・リドルだった。
ニュート・スキャマンダーを介して、彼女に引き取られることが決まったとき、最初に覚えた感情は憎悪だった。
アイリス・リドルの身なりは小奇麗で、苦労の色がまったく見えなかった。隣に立っていた少年も同じで、育ちの良さが顔に表れていた。自分が雨水を飲んで飢えにあえいでいる間、こいつらは屋根のある家で満足に食事をとっていたのだろう。そう考えるだけで、あの綺麗な白い顔に爪を突き立てたい衝動にかられた。
ところが、一月経った現在でも、フェンリールは彼女たちに傷一つつけることはできなかった。食事の皿を並べるときや風呂に入れさせられるとき、ちょっとしたタイミングで手が触れ合うほど接近していたというのに、噛みつくどころか爪で引っ掻くこともしなかった。自分でも部屋で一人になるたびに「なぜ、あの女にこうげきできないのだろう?」と悶々とする。
相手を傷つけられないことを除けば、まあ悪くない暮らしだった。屋根と壁のある生活は快適だったし、まともな食事をとることもできた。アイリスが差別的な目で接してくることはなく、フェンリールのことを彼女の息子と同じように扱っていた。エンラクなる飼い犬に懐かれるのも、そこまで悪くはなかった。
どうせ、満月になったら追い出される。そのときまで、この暮らしを満喫しよう。フェンリールがそう思うようになるまで、たいして時間はかからなかった。
だから、彼女に引き取られて最初の満月――狼に変身した自分がニュート・スキャマンダーのトランクで暴れまわり、人間に戻ったときは驚いた。アイリス・リドルはフェンリールを見るなり、抱き着いてきたのだ。
「お疲れ様。頑張ったね、辛かったよね……今日はゆっくり休もうね」
フェンリールは何もできなかった。
狼に変身し、ひとしきり暴れまわり、また元に戻ったことで、体力を消耗していたせいかもしれない。細くて白い首が目の前にあって、いつでも噛みつけるというのに、口を開くことはできなかった。だらんと両手を垂らし、ただの女にされるがままになっていた。
「……へんなやつ」
おまけに9月1日には、自分もロンドンに連れて行こうとしている。
家に置いて行けばよいというのに、その女は「近い将来、フェンリールもホグワーツに行くのだから。トムを一緒に見送りましょう」なんて、つまらない理由で自分もロンドン行きの汽車に乗せた。
アイリスはフェンリールの前に腰を下ろし、眠たそうに欠伸をした。彼女は「昨日はロンドンに行く準備であまり寝てなくて」と言い訳するように笑っていた。しばらくは眠気と格闘していたようだったが、20分もしないうちに船をこぎ始め、すうすうと寝息まで立てる。
そんな姿を見て、フェンリールは思わずつぶやいていた。
「ばかだろ、こいつ」
無防備すぎる。
目の前に狼人間がいるというのに、呑気に眠っている場合ではないだろう。この場から逃げ出したらとか、彼女に噛みついたりとかする可能性を考えないのか? と、幼心に疑念を抱いたのである。
だが、フェンリールはすぐに自分の隣には彼女の息子がいることを思い出した。彼からすれば、いまの呟きは母親の悪口以外のなにものでもない。急いで自分の口を塞ぐが、おかしなことに息子は楽しそうに笑っていた。
「君の感想は正しい。アイリスは変わり者だよ」
「……おまえの母親だろ?」
「変な奴っていうのは事実だからね。そうでないと、孤児を引き取らないさ」
トムはそう言うと、ぽんぽんっと頭を撫でてきた。
「僕がいない間、アイリスを頼むよ。この人、楽観的で無謀なことに手を出す習性があるから」
「おれをひきとったみたいに?」
「そういうこと。まあ、君のことは信用しているから」
そう言って笑うが、この息子も頭がおかしい。
毎日ヴァイオリンの練習をしているが、それが天才的な腕前だということは無学でも分かった。この1カ月で杖なしで魔法を完璧に操る姿も見つけたし、運動神経も性格も悪くない。これで容姿まで完璧なのは、神から愛を注がれ過ぎている。自分の持たないものばかりで、実に忌々しい。
「しんよう、か」
フェンリールは鼻で笑った。
「きをつけたほうがいいぜ。おれは、あんたみたいに神様から愛されたことはねぇからな」
「神は存在しないさ」
すると、トムは息をするよりも軽い調子で言った。
フェンリールは引っ掛かりを覚え、怪訝そうに眉を寄せた。
「はぁ? あんた、日曜にはレーハイしてるじゃねぇか」
日曜日には、アイリスはトムとフェンリールを連れて牧師館に通っていた。
フェンリールは牧師の話を馬鹿馬鹿しいと聞き流しながら、周囲の人の様子を観察するのが常だった。アイリスは少し眠たそうに聞いていたが、トムは真剣に耳を傾けていた。少なくとも、フェンリールの眼に映ったトム・リドルは敬虔な信徒だった。
「せいしょだかなんだかも、すらすら暗唱してただろ」
「社会参加しないと、アイリスが困るからだよ。そもそも、君も神なんていないって思ってるんじゃないのか? 神みたいな万能の存在が本当にいたら、君や僕みたいな人間はいない。神が聖書の通りに完璧で完全無欠なら、狼人間なんて作らない」
「……」
フェンリールは開いた口が塞がらなかった。
「神様が実在するのであれば、自分のような狼人間はいない」と思ったことは、一度や二度では収まらない。それをピタリと言い当てられたことにも驚いたし、それ以上に品行方正を絵にかいたような少年が「神はいない」と非道徳的なことを平然と言ってのけたことに理解が追いつかなかった。
フェンリールが言葉を探していると、トムは苦笑いを浮かべてこう言った。
「まあ……しいて言うなら、神様はここにいる」
トムは指で自身の頭を叩いた。
「脳みそのなかに。天国も地獄もここにある」
「……あんた、かわってるって言われないか?」
「アイリスの息子だからね。少しくらい変わっているのは当然だろ。それに気づく人は稀だけど」
トムの満足そうな顔を見て、フェンリールは「変な家に引き取られたな」と今さらながら感じた。変な家風に染まる前に、逃げ出した方がいいのではないかとすら思えた。
しかし、逃げ出すチャンスは、意外とすぐに訪れた。
9月1日。
ドイツの飛行機がロンドンの空を覆いつくしたのだ。
本来の歴史ならば、数日後のことだったかもしれない。何者かが裏で働きかけた結果、新学期が始まるめでたい日に空襲が重なってしまった。
「二人とも、ちゃんとヘルメットを被って!」
空襲警報のサイレンが響くなか、アイリスはトムとフェンリールにヘルメットを被せた。アイリスはスカーフを頭に巻きつけ、いつのまにか用意していた避難用の鞄を抱えた。フェンリールですら足がすくむようなけたたましい音が鳴り響いているというのに、アイリスの顔に動揺の色は薄かった。
「とにかく、キングズクロスまで行くわ。ホグワーツ特急に乗れば、トムは安全だもの」
「アイリスは? アイリスとフェンリールはどうするの?」
「地下鉄か近くの防空壕に避難するから安心して。大丈夫、ずっと続くわけではないと思うから」
この判断は正解だったのか、どうなのかは分からない。
アイリスはトムとフェンリールの手を引き、トムと一緒にロンドンの家を出た。キングズクロス駅までは歩いて行ける距離だったが、それがひどく遠くに思えた。頭上で爆弾がさく裂し、家の瓦礫が降ってくる。人々の悲鳴すら、爆撃機の轟音にかき消され、時間の経過とともにロンドンの街は死の都へと姿を変えていった。
「あっ……っ!」
フェンリールは周囲に気を取られ、転んでしまった。右足をすりむき、血がどくどくと流れ出ている。
「フェンリール!?」
アイリスはすぐに立ち止まると、自分の被っていたスカーフをフェンリールの足に巻き付ける。そんなことをしている間にも、爆弾がすぐ近くに落下した。激しい爆風が吹きつけてきて、フェンリールはたまらず叫んでいた。
「おれはいいから、はやくにげろって!」
「息子を置いて逃げるわけないでしょ!」
アイリスはぴしゃりと言い切ると、フェンリールを背中におぶった。
「トム。離れたときは、9と4分の3番線で待ち合わせよ」
思えば、このときにアイリスは何かを察していたのかもしれない。
アイリスの両手はフェンリールをおぶるのに使ってしまって、トムと手が離れてしまっていた。駅に向かうために大通りに入れば、逃げ惑う人々の波にもまれてしまい、フェンリールが気づいたときにはトムの姿はどこにも見当たらなかった。
「お、おい! あいつがいないぞ!」
「トムなら大丈夫!」
アイリスは大通りを抜け、キングズクロス駅までの道を走っていた。
「大丈夫……きっと、大丈夫!」
その震え声は、自分に言い聞かせるようだった。フェンリールの位置から彼女の表情は見えなかったが、泣いているように思えた。
「……おれがいるよ」
アイリスの背中にぴったりと身体を寄せ、フェンリールはそんなことを呟いていた。
夏だというのに、冷え切った身体にアイリスの体温が伝わり、じわりじわりと身体の芯まで温まる。初めて抱きつかれたときと同じ柔らかな温かさを感じると、こんな至る所に死が転がっている状況だというのに安心した。きっと、いま振り切れば逃げられるし、さっきの避難民の人混みに紛れてしまえば、二度と見つかることはないだろう。しかし、それをしたくなかった。もっと、この人と一緒にいたかった。
「……ん?」
フェンリールが安心感に浸っていたとき、ふと視界の端で壁が揺れたのを見た。すんすんっと鼻を動かし、匂いを嗅いでみると、この通りには自分とアイリスの姿しかないはずなのに、もう一人の気配を感じ取る。
「……だれかかくれてる!」
フェンリールが反射的に叫んだのと、さきほど揺れた壁から緑の閃光が飛び出したのは同時だった。
フェンリールの声が間に合ったおかげで、アイリスは走る速度を少し早めていた。おかげで彼女を狙った閃光はすれすれのところでかわせたが、壁から現れた男――グリムソンの殺意は消えない。再び、アバダケダブラを放ってくる。
「フェンリール! しっかり掴まってて!」
アイリスはグリムソンの狙いから逃れるように、走る速度に緩急を付けたり、じぐざぐに駆け出した。
「あいつ、なんなんだよ!? しりあい!?」
「どこかで見たことがあるような気がするけど、思い出せなくて……」
「しりあいでもないのに、いのちねらわれるとかありえねぇーだろ!」
フェンリールは振り返ってグリムソンを睨みつける。
グリムソンは忌々しそうに舌打ちをするところだった。アバダケダブラは何発も簡単に撃てる魔法ではないが、当たってしまえば一撃で死んでしまう。そのくらいの知識は、フェンリールも持っていた。だからこそ、この状況下でそんな魔法を放ってくる男が信じられなかったし、そいつの狙っている人物が、アイリス・リドルだという事実も理解できなかった。
「あ……」
フェンリールが睨みを利かせていると、アイリスの絶望した声が間近で聞こえた。
「どうし……っ! まじか……」
アイリスが曲がった先の道が、巨大な瓦礫によって塞がれていたのだ。左右の家が爆撃で崩れ、道を覆ってしまっている。よじ登れば反対側に行けるだろうが、その前に狙われるのは必然だし、フェンリールを背負ったままでは不可能だった。
「やれやれ……やっとこの日が来た」
来た道を戻るのは遅い。
グリムソンが道を塞ぐように佇んでいた。
「助けはない。お前を見張っていた魔女も来ないぞ。例の少年もここにはいない」
「……私を殺しても、なにも起きないわ」
アイリスはフェンリールを背負い直しながら、グリムソンに言い返す。
「例の予言のことなら、そこに当てはまるのは私なんかじゃないし……トムはもう大丈夫。私がいなくても、トムには友だちがいる。仲間がいる。道を踏み外すことはないわ」
「それは、マグルのお前が決めることじゃない」
にやっと笑うと、グリムソンは無慈悲に杖を振る。
今度こそ避けられない。避けられるはずがない。フェンリールは数秒後に迎える死が怖くて、思わず目を瞑った。
ところが、緑の閃光は今度も外れた。
耳のすぐ脇を通り過ぎていく音で、フェンリールは疑問を抱いた。この距離で外すなんて、いったいどうしたのだろう? おそるおそる目を薄く開き、目の前で起きた異変に気付いた。
「おめぇさん、なにしてんだ?」
巨大な男が、グリムソンの右手をがっちりつかんでいた。グリムソンも背が高い方だが、縦にも横にも倍はある大男である。否、ただの大男ではない。
「お前……ホグワーツの生徒、か!?」
その大男は新品のホグワーツの制服を纏っていたのだ。よく見れば顔立ちも幼く、10代前半のように見えなくもない。声だって変わる前なのか、ひどく甲高かった。
「なにか事情があったんだろうが、女の人を攻撃するのはよくねぇ!」
「っくそ、離せ!」
グリムソンがじたばたとするが、大男はびくともしない。ならばとばかりに、グリムソンは杖先から失神呪文の赤い閃光を放つが、大男はきょとんとしていた。
「ん? お前さん、なんかしちょったか?」
「ば、馬鹿な……っ!」
いくら無言で放たれたとはいえ、至近距離から失神呪文を受け、平然とするなんてありえない。
さすがのグリムソンも驚きのあまり、目が点になってしまっている。
「ルビウス!? ルビウス・ハグリッド!?」
大通りの方から、誰かを呼ぶ声が近づいてきた。その人物が姿を現すと、大男を見て安心したように息を吐いた。
「よかった、ここにいたのか……ルビウス? いったい、なにをしてるんだ? その人は一体……?」
その人物は不思議そうに近づいてきた。大男と比べたら、身長が半分以下もない小柄な男性は、大男と彼がつまみあげるグリムソンを交互に見た。
「親父! こいつが女の人と子どもを殺そうとしちょる! 緑の光を放っちょった!」
「アバダケダブラを!? なんだって!? えっと……それなら……『
小男は驚いた様子だったが、すぐにグリムソンを縛り上げた。グリムソンは抵抗するように杖を掲げるも、ハグリッドが「危ねぇから預かっちょくぞ」と言いながら、強引に杖を没収してしまった。グリムソンはあっけなく縄で縛られてしまい、なすすべもなく地面に転がった。
「き、君たち、大丈夫ですか? 怪我は?」
「私は大丈夫です……」
アイリスは茫然としていた。
「すぐに魔法省に連絡します。ああ、でも、早くしないとホグワーツ特急の時間が……」
「アイリス!!」
小男がおどおどしていると、息切れした声が追いかけてきた。フェンリールが視線を向けると、そこには黒人の魔女が肩で息をしていた。その後ろから小柄な魔女が追いかけてくる。
「ナティ!? それから、バンティも!」
「アイリス……! ああ、良かった……無事でよかった……っ!」
ナティは疲れたように肩を落とした。
「この男は私が責任を持って魔法省に連行するから、君たちは9と4分の3番線に向かって大丈夫。バンティも護衛についてくれるから」
ナティが闇祓いの証を見せ、ハグリッドの父親を説得している。
その間も、バンティが地面に転がるグリムソンに杖を向け続けていた。
「……たすかった……」
フェンリールもどっと脱力する。
もう大丈夫だよね、とアイリスに話しかけようとして、彼女の異変に気付いた。1カ月ほどの付き合いでしかないが、それでも、アイリス・リドルの心がここにはないことは分かる。彼女はただただ愕然とした様子で、先ほどまでグリムソンが立っていた場所を見つめていた。
「……アイリス?」
『私……あの光を知ってる……?』
アイリスの口から謎の呟きが零れ落ちた。訛りとかそういう類ではなく、英語とは発音もアクセントも何からなにまで全く異なる言語に、フェンリールは戸惑いを隠せない。
「アイリス、なんていったんだ?」
もう一度――今度は肩を軽く揺すりながら話しかけたとき、ようやく彼女の心は現実に戻ってきたようだ。次に口から出た言葉は、フェンリールにも馴染みのあるいつもの英語だった。
「え、え、えっと……そう、無事でよかったって思ったのよ」
「ほんとうに?」
「本当よ。さあ、早く行かないと……トムが待っているし、そちらの君もホグワーツ特急に乗り遅れてしまうわ」
アイリスは気丈な態度で言ったが、フェンリールですら「いつもの彼女ではない」と気づいた。もし、この場にトムがいれば追及していたのだろうが、フェンリールには尋ねることができなかった。
「……やっぱり、あんたさ……」
凡人じゃない、と言いかけたが、その口を閉ざした。
「どうしたの?」
「なんでもない。さっさといかないと。トムがまってる」
空襲は続く。
高射砲の音と爆撃機の爆音、不安をかきたてるサイレンが鳴り響き、爆弾が降り注ぐ。死の都と化したロンドンの街――アイリスは小さな男の子と特別に大きな新入生と一緒に9と4分の3番線を目指す。
「……」
アイリスの小さな背中を見つめながら、フェンリールは喉元まで出かかった言葉を飲み込んだ。
「つぎは、おれがちゃんとまもるから」なんて、気恥ずかし過ぎて口が裂けても言えるわけがない。
「ん? おまえさん、なにか言おうとしちょったぞ?」
それだというのに、ハグリッドに目ざとく気付かれてしまった。
フェンリールはプイっと顔を背け、面倒くさそうに言った。
「なんでもねぇーよ」
「そうか? ん? お前さん、よく見たら、狼みてぇな可愛い顔しちょるな」
「は、はぁ!? だれが狼人間だって!?」
フェンリールが顔を真っ赤にして怒ったが、ハグリッドはなにが悪かったのか分からない顔をしている。
「お前さん、狼人間なのか?」
「ルビウス……そういうことは言うものではないよ。失礼だよ」
ハグリッドの父親が嗜めるが、ハグリッド自身はやはりピンと来ていない様子だった。
「そうか、親父? けど、狼人間のなにが悪い? 牙もあって爪もあって、かっこいいじゃねぇか!」
「そりゃ狼人間は強そうだけど、それを言われたら嫌だなって思う人がいるってことだよ」
ハグリッドの父親の返答も、どこか少しずれている。
フェンリールは呆れたように息を吐けば、アイリスがくすくす笑っていた。
「アイリス……あんた、笑ってるだろ」
「そうね。でも、フェンリール。あなたも笑ってるわよ」
アイリスに指摘され、フェンリールは初めて自分の口元が緩んでいることに気づいた。こんな死に瀕した状況だというのに、アイリスもハグリッドもその父親も――馬鹿馬鹿し過ぎて笑うしかない。
「あんまりいうと、おまえの首にかみつくぞ」
「っふふ。でも、フェンリールはそういうことしないでしょ?」
フェンリールはその問いかけに、否定も肯定もできなかった。
それと同時に、気づいてしまった。
彼女の背中が心地よいのは体温だけではない。その背中からは狼人間に対する警戒心を感じないのだ。どこまでも身を委ねて良い、とてつもない安心を感じていたのだ。
「へんなやつばっかりだな」
フェンリールは呟いた。
その声はすぐ近くに落ちた爆弾の音にかき消され、ハグリッドたちには聞こえなかったが、アイリスの耳には確かに届いていた。その証拠に、彼女はこう言ったのだ。
「お褒めの言葉として受け取っておくわ」
どこか無邪気で能天気な声に、フェンリールは笑みを深めるのだった。