●1940年 9月2日
私とフェンリールは、オミニスさんの家でお世話になっている。
本当は自宅に帰れるのだけど、空襲のせいで汽車が止まってしまっていた。ロンドン発の汽車がないのに、「姿あらわし」で早々に帰ると間違いなくご近所から怪しまれる。仕方ないので、「親切な方に車で郊外まで送ってもらい、そこから汽車で戻って来れた」ということになった。
その間、どこか安全な場所で暮らさなければならないので、オミニスさんの家に居候になっている。
ロンドンの空襲が激しいせいで、ナティもバンティも忙しいのだ。
特に大変なのは、バンティだ。ニュートの家は保護の魔法がかかっているけど、そこで飼育されている魔法生物たちに万が一のことがあってはいけないと、そこから離れることが難しい。
ナティはグリムソンとの決闘で深手を負ってしまい、聖マンゴに入院している。
そう……私はグリムソンに襲われた。
ロンドンの街が空襲で混乱している最中を狙われたのだ。
個人的に「そろそろ、空襲があるかもな」とは勘づいていた。英国がベルリンに空襲をしたってラジオを聴いていたから「そっか。これの報復でロンドンが空襲されるんだな」って理解してしまったし、万が一、9月1日と重なってしまった場合のことも考えて準備をした。おかげさまで、すぐに逃げることができた。
だけど、この裏側でもう一つ問題が起きていたことに気づかなかった。
もともと、私はグリムソンに命を狙われていたわけで、姿が見えなくても護衛がついているのは知っていた。今回もナティとバンティが護衛についてくれていたわけだけど、空襲のせいでバンティが外れ、ナティもグリムソンに奇襲を仕掛けられ、手傷を負った結果、私はフェンリールと二人っきりの状況になってしまったというわけだ
これは私の勝手な憶測だけど……トムと離れ離れになってしまったのも、グリムソンがなにかしたのではないかと勘繰っている。実際、9と4分の3番線でトムと再会したとき、トムは酷く動揺していた。
「いくら人が多くても、僕がアイリスたちを見失うなんてありえないのに」
ってね。
9と4分の3番線は魔法に守られているのか、外の惨劇が嘘のように静まり返っていた。生徒や保護者たちの声で騒がしかったけど、少なくとも爆弾の危険はなかった。
「というか、その人……知り合い?」
トムは私たちの後ろ――ハグリッド親子に不審そうな目を向けた。
「彼らが助けてくれたのよ」
それにしても、ハグリッドがいてくれて良かった……。
ハグリッドは原作の「秘密の部屋事件」で退学になっているから、そろそろ入学してもおかしくない頃合いだったわけだけど、まさか今年だったとは……!
ハグリッドは新入生のはずなのに、まさにハグリッドだった。話し方や纏っている空気はもちろんだけど、2メートル以上ある体格ともじゃもじゃな髪の毛は映画そのままだ。しいて違う点をあげるとすれば、顔が幼いことと髭がないことくらいだろう。体格もそうだけど、グリムソンが放った失神呪文が効いていないところとか、半巨人の血って凄いな……ってなった。
「アイリスを助けてくれて、ありがとうございます」
トムはハグリッドに感謝しつつも、失神呪文を浴びてもピンピンしていたって事実が信じられないらしく、にわかに疑うような目をしていた。
「でも、変だな。失神するから失神呪文なんだ。ありえないよ。だいたい、君……本当に、ホグワーツの1年生なのかい?」
「おう! イッチ年生だ! ちゃーんと入学許可証だってある!」
ハグリッドはそう言いながら、ポケットに手を突っ込んだ。
「ちょっと待っとれよ……ああ、これだ、これ!」
ごそごそとポケットを探り、ちょっと端がしわしわになった羊皮紙を大事そうに取り出した。
「間違いねぇだろ! な!?」
「……そうだな。どこから見ても、入学許可証だ」
「そういうこった! おめぇさんもイッチ年生か!?」
「3年生だ。名前はトム・リドル。THOMのトムだ」
トムは気分を害したような声色で言ったが、ハグリッドには伝わらなかったらしい。ハグリッドは楽しそうに笑いながら手を差し出した。
「おう! おれはルビウス・ハグリッド。つづりは……あー、まあ、知らなくても問題ねぇだろ。よろしくな、トム!」
「……君、まさかとは思うけど……いや、聞かないでおこう。よろしく、ハグリッド」
トムは何か言いかけたが、彼の手を握った。
ハグリッドはぶんぶんと手を振ると、トムの身体が浮き上がりそうになった。トムが必死で足に力を入れているのが端から見ても分かった。
「ああ、ルビウスに友だちが……!」
ハグリッドのお父さんは、ぼろぼろと涙を流していた。
「ホグワーツに入学できたことも嬉しいのに、こんなに早く友だちができるなんて……!!」
「親父ぃ……!!」
ハグリッドとお父さんは熱い抱擁を交わした。
トムは手を振りながら「いや、別に友だちになったわけでは……」と若干不服そうに呟いていたが、二人には聞こえていないようだ。
「トム・リドルくん」
ハグリッドのお父さんは自身の涙とハグリッドの涙で水びだしになった顔をハンカチで拭くと、泣きすぎて潰れた声でこう言った。
「ルビウスを……どうか、よろしくお願いします」
ハグリッドのお父さんは深々と頭を下げた。
「どうか、どうか……!!」
「……頭をあげてください。大丈夫ですから」
トムは困ったように笑いながら、優しく告げた。
「友だち以前に、彼はアイリスの恩人です。恩人を無下にするようなことはしないと約束します」
トムのこの発言に、ハグリッドのお父さんは再び号泣。つられて、ハグリッドもおんおんと泣き始めたので、トムはちょっと慌てていた。トムはちらっとこちらに視線を向け、「アイリス、どうしよう?」と無言で尋ねてきたので、私は肩をすくめた。
「ほら、もうすぐ出発の時間よ。コンパートメントを確保しないと」
私が手を叩いたのと、ホグワーツ特急が汽笛を鳴らしたのはほぼ同時だった。
トムはハグリッドと一緒に汽車に乗り込んだ。ハグリッドには汽車の扉は狭かったらしく、ちょっと苦労しながら中に入った。
トムは彼が入るのを手伝ったあと、満面の笑顔でこちらに手を振ってきた。
「アイリス、また手紙書くから! フェンリールにもね!」
「手紙!? そうか、手紙かぁ……親父ぃー! 俺も手紙書くからなー! 絶対ぇ書くからなー!!」
こうして、今年もホグワーツ特急を見送った。
あと4年、見送れるといいな……いや、フェンリールも合わせたら11年か。
ハグリッドのお父さんは本当に息子のことが心配らしい。私の手を握ると、「ルビウスのこと、よろしくお願いします」と何度も何度も頭をさげられた。
「大丈夫ですよ。トムは意外と面倒見がいいんです。寮が違ったとしても、彼のことを目にかけてくれると思いますよ」
実際、トムはスリザリン。ハグリッドはグリフィンドールだから、寮は違うわけで、私生活まで面倒を見ることは難しいだろうけど……でも、なにかにつけて様子を見に行く程度はする気がした。
……と、まあ、あのときのことを思い出してつらつらと書き連ねてみたけど、気を抜くと緑の光を思い出してしまう。
アバダケダブラの光、背筋がぞわっと逆立つような恐ろしい緑の閃光。
初めて直接見たはずなのに、そうでないと全身が訴えていた。映画? 違う、テレビの映像越しではない。もっと間近……あの死を肌で感じた。
でも、私は死んでない。
こうして生きている。額に稲妻の傷跡もない。そうなると、前世で直撃したって話になるわけだけど……そんなはずありえない。
ああ、駄目。眠くなってきた。
この件を考えるには、たっぷり時間がある。
明日、また考えよう。
●1940年 9月9日
フェルドクロフト村に滞在して数日。
明日、ようやく家に帰る。
オミニスさんの家にはマグルのラジオはないけど、魔法使いのラジオはあった。上手く周波を合わせれば、マグルのニュースを聞くこともできた。おかげで、ロンドンの空襲は続いていること、バッキンガム宮殿に爆弾が落ちたことを知っている。
そう考えると、魔法使いの知り合いがいて良かった……。
ロンドンの街に取り残されていたら、今頃どうなっていたか考えたくもない。フェルドクロフト村で、オミニスさんの畑仕事や家の掃除を手伝いながら、のんびり過ごせるのは奇跡である……。
さて、トムから早速手紙が届いた。
今回はフェンリール宛の手紙もあったので、2通だ。フェンリール宛の手紙は大きい文字と簡単な単語で、ホグワーツの楽しいところや彼の体調を気遣う言葉が連なっていた。
フェンリールはよほど嬉しかったのだろう。トムからの手紙はいつも胸ポケットに入れて持ち歩いている。木陰や部屋の隅とかで、何度も何度も読み返す姿が見られた。
今朝なんて、朝食の時間に彼が珍しく口を開いた。
「あのさ……もじのかきかた、おしえてくれない?」
これまで、私から「字の勉強しようか?」と勧めても、頑なに拒否し続けてきただけに、この変化には驚いてしまった。それだけ、手紙が嬉しかったのだろう。
小さな机の上に紙を広げ、一緒に手紙の返事を書いた。フェンリールは唸りながらも、必死になって拙い文字を書く。その姿はなんとも微笑ましく思った。
さて、私の方の手紙だけど……二枚の便箋にびっしり隙間なく小さな文字で綴られていた。
主な内容は、「死喰い人」の活動とハグリッドについてだ。
誰もが「死喰い人」の新曲を望んでいるけど、肝心のジョナサンがフランスから出られない。スイス経由で手紙のやり取りができるが、それでは心もとないので、どうにかして直接連絡を取ることができないか模索しているそうだ。いまのところ、最有力の案は週に1度、ジョナサンにパリの魔法界に足を運んでもらい、アルファードのしもべ妖精と接触してもらうこと。しもべ妖精の魔法ならば、イギリスとフランスを行き来することができるし、フクロウやマグルの手紙のように検閲を受けることなく手紙の受け渡しができる。ただ、問題はアルファードのしもべ妖精が渋っていることだ。無理もない、彼は純血主義のブラック家。いくら主人の命令とはいえ、マグルとの連絡を取りたくない気持ちも理解できた。
トムとしては、うちのディークを連絡係に使いたいそうだけど、はたして彼が了承してくれるだろうか……。
後半は、ハグリッドについて。
原作同様、ハグリッドはグリフィンドールに組み分けされたようだ。ハグリッドがアイリスを守ったことはホグワーツでもちょっとした話題になっているらしく、すぐにムーディが彼に目を付けたようだ。
『ムーディはハグリッドを可愛がっている。スクリムジョールも、ハグリッドを目にかけてるよ。でも、ハグリッドはなんやかんや僕に絡んでくる。寮が違うのに、いつも気が付くと隣にいる。あまりに一緒にいるものだから、死喰い人の新しいメンバーだと誤解され始めてるんだ……』
トムが遠い目をしているのが、手紙越しでも分かった。
それから、トムはハグリッドに文字を教えているらしい。毎日授業後に、図書室で1時間程度みっちり文字の書き方を教えているようだ。ちゃんと教えてあげるあたり、面倒見の良さが滲み出ている。
トム、本当に良い子に育ったものだ……。
オミニスさんが「トムからの手紙には、なにが書いてあった?」と気にしていたので教えてあげた。すると、彼は嬉しそうに口元を綻ばせていた。
「どうやら、いまのところ闇の魔術に憑りつかれていないらしいな。このまま上手くいけば、ゴーントの悪習を断ち切ることができる」
オミニスさんはそう言うと、疲れたように椅子に座った。
「トムが闇の魔術に手を出すことはありませんわ」
「そうだな……トムなら自ら闇の魔術に魅入られることはないだろうし、友だちが誤った道に進んだとしても止められるはずだ」
オミニスはそう言うと、寂しそうに笑った。
「セバスチャンさんのことですか?」
私はいまも背後のソファーで死んだように座り込む男に視線を向けた。
数日間、一緒に過ごしてきたが……彼はなにも言わない。生気のない目は何も映していなかった。
「スリザリン生は闇の魔術に魅入られやすい。きっかけは些細なことでも、いつのまにか取り返しのつかないことになっている。もしかしたら、トムの友人も……いや、考えるのはよそう」
「セバスチャンさんはアズカバンに送られたんですよね。たしか、叔父さんを殺した罪で」
何年か前、聞いた話を思い出す。
「そうだ……アバダケダブラを使ったんだ」
オミニスの言葉に、私は緑の光を思い出した。
「アバダケダブラの死は一瞬なんだ。一瞬ですべてを奪ってしまう。お別れもない、言葉を遺す暇も余裕もない。セバスチャンは知識として分かっていたはずなのに、そこを理解していなかったんだ」
「……アバダケダブラを受けて、生き残った人はいないんですか?」
「ありえない」
オミニスは断言した。
「あれは知ってはいけない。知らなければ、使わなかった」
彼の言葉の節々から、罪悪感が滲み出ていた。
アバダケダブラ。
そうだよね……あれを受けて生き残ったのは、ハリー・ポッターただ一人。
私ではない。
何度も書くけど、額に稲妻模様の傷もないわけだし。
でも、ここ数日……フェルドクロフト村でゆったりと過ごして、ちょっとだけ思い出したことがある。
私は、ずっと前世の記憶の最期が思い出せなかった。
いまもはっきりと死ぬ前の数か月を思い出すことができない。でも、1つだけ思い出したことがある。それは夜の路地。たしか、自宅のマンションからコンビニに行く途中の道を一人で歩いている。誰もいない道だったけど、急に誰かの――聞いたことのない女の声が響いた。その人は、私の前世の名前を叫んでいた。その声に振り返ったとき、緑の光がいっぱいに広がって――……それが、前世の最期。
だけど、それはありえない。
だって、私の前世にアバダケダブラなど存在するはずがないのだ。「ハリー・ポッター」は児童小説であり、架空の物語なのだから……。
それでも、私の記憶には遺っている。
アバダケダブラの緑の光が、記憶にこびりついて離れない。
これはいったいどういうことなのだろう?
そもそも、私はどうして転生したのだろう?
いっそのこと、ダンブルドアに相談したらすべてハッキリするような気もするけど、それをしたら、トムが闇の帝王になってハリーと対決する本来の歴史まで語ることになる。ダンブルドアが原作を知ったら、いったいどうなるのだろう? いくら予言があっても、原作がこの世界における史実だと知ったら……ダンブルドアはトムを守ってくれるだろうか?
それとも、ヴォルデモートに育て上げるのだろうか?
ああ、分からない。
なにも分からない。
私はどうすればいいのだろう? 疑問、謎、不安ばかりが積もっていく。
……まあ、いつか分かることだ。
こういうときこそ、楽観的になろう。
時が経てば、他にも思い出すことがあるかもしれない。それに、前世のことは前世のこと。いまの私は、日本人ではない。
英国出身のマグル、アイリス・リドル。
トム・リドルとフェンリール・リドルの母親だ。
それでいい。それでいいではないか。
自分に言い聞かせて、私は寝ることにする。
明日は、やっと自宅に帰れるのだから……。
第三章(入学編)はこれで終わりです。
いつも感想や考察をくださり、本当にありがとうございます。とても励みになっております。誤字の指摘も感謝しています。何度も読み直して気を付けているのですが、なかなか気づかず……大変助かっております、ありがとうございます。
次回から第四章です。
マグルの世界でも戦争が激化し、魔法界も戦乱の時代になります。ファンタビの今後の展開を予想・考察しつつ、トムの成長やアイリスの謎、ハグリッドやフェンリール、アルファードなど他の登場人物たちの人間模様も描いていけたらなーと考えております。
これからも本作「トム・リドル育成計画!」をよろしくお願い致します!