トム・リドル育成計画!   作:寺町朱穂

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あけましておめでとうございます。
今作を投稿してから、もうすぐ一年……いよいよ第四章です。
よろしくお願いします!



第四章
〇1942年5月 嵐の予感


 

 鉄の孤城は難攻不落。

 羽虫一匹、逃げ出せない。

 外に味方なし、協力者なし。

 どこまでいっても、ひとりぼっち。

 いつまで経っても、ひとりぼっち。

 それでも、とうとう抜け穴を理解した。

 

 心だ。

 

 唯一無二の器官を揺らすことは、自分にとってお手の物。

 神なんかに祈る必要などない。

 文法と直観をもって、今日も囁きかける。

 甘く切ない蠱惑の呟きを。

 

 

 

 

 

●1942年 5月〇日

 

 フェンリールは今日も元気いっぱい。

 私が朝食の準備をしようと起きたら、もう起きていたから驚いた。眠い目をこすりながら台所を覗くと、フェンリールとディークが忙しそうに動き回っている。いや、実際にあたふたとしていたのはフェンリールだけで、ディークは微笑ましそうな表情を浮かべながら彼の後ろに続いていた。

 

「おはよう」

 

 私が二人の背中に声をかける。

 すると、フェンリールは漫画みたいに飛び上がった。7歳の少年は私が後ろにいることに、いまのいままで気づかなかったらしい。いつもは近づくと気配で分かるみたいなのに、今朝は周囲を気にする余裕がなかったようだ。

 

「……うっ、お、おはよう」

 

 フェンリールは顔を真っ赤に火照らせる。

 彼の手には、フライパンが握られていた。目玉焼きがじゅうじゅうと良い音を立てている。

 

「美味しそうね」

「んなの、食べてみないとわからねぇよ」

「手伝おうか?」

「自分でやる」

 

 あっちで座ってろ、って追いやられてしまった。

 私が椅子に腰を下ろすと、ディークがくすくす笑いながらやって来た。

 

「ディークはほとんど手伝っておりません。今朝早くに、フェンリール様が降りていらして、『おれが作る』と……今年も奥様の誕生日プレゼントのようです」

「っふふ、教えてくれてありがとう」

 

 意外とフェンリールは記念日を大切にする質なのだ。

 去年の誕生日、フェンリールが激怒したことは今でもハッキリ覚えている。

 

『なんかさ、きょうのフクロウおおくない?』

『たぶん、私の誕生日だからよ』

 

 と、さらっと答えたら、フェンリールは茫然と固まったあと、目を鋭く細めて叫んだのだ。

 

『きいてねぇよ! おれ、なにもよういしてねぇじゃん!!』

『いまさら誕生日をお祝いされる年齢でもないし、そういう情勢でもないし……』

『だからってさ、そーいう大事な日はおしえろってんだ!』

 

 ひとしきり吼えるように怒ったあと、むすっとした表情でこう問うてきた。

 

『あいつは? あいつはなにかおくってきたの?』

『トム? トムなら朝一のフクロウでメッセージカードとホグズミード村で買ったお菓子をくれたわ』

 

 しかも、去年はただのメッセージカードではなかった。

 開いた途端、小さなヒッポグリフが飛び出して来たのだ。飛び出す絵本のように紙で造られたヒッポグリフだったけど、マグルの絵本と違って、まじで飛び出してきた。手元をくるりと回るように飛行して、再びメッセージカードの上に降り立ち、毛づくろいのような動作を始めたときには、ひさびさに「魔法って凄い」と心の底から思ったものだ。

 

『ぐぬぬ……』

 

 フェンリールは爪を噛みながら唸っていた。

 そして、しばらく経ってからこう言ったのだ。

 

『ゆうはん! ゆうはん、おれがつくる!』  

 

 そのとき、彼が作ったのは、煮過ぎたスープとちょっと焦げた肉。お世辞にも美味しいとは言えなかったけど、フェンリールの想いは痛いくらい伝わったものだ。

 なーんて、過去の思い出に浸っていたけど、フェンリールに声をかけられて我に返った。

 

「ん」

 

 そう言って出されたのは、目玉焼きとマッシュポテト。

 

「ジャガイモ、潰すの大変だったでしょ」

「べつに」

「目玉焼きも上手ね。良い感じに焼けてる。どっちも美味しいよ」

「……ふーん」

 

 フェンリールは興味なさそうに呟きながら、自分も食卓に着いた。彼の皿には、焼き過ぎて端の方がかなり焦げてた目玉焼きとイモの塊が残ったマッシュポテトが乗せられていた。

 

「がんばったね、朝からありがとう」

「……たんじょうびの日ぐらい、のんびりしてもいいんじゃねぇかなっておもっただけ」

 

 それに……、と、フェンリールは言葉を続けようとしたが、思いとどまったのか飲み込んでしまった。代わりに、自分の分をがつがつと平らげ、風のような速度で台所へと下がってしまった。そのまま自分の分を洗い終えると、学校に行く支度を始める。

 

「フェンリール、ちょっと待って! お弁当、作ってないわ」

「じぶんでつくったから!」

 

 彼はそう言って、小さな包みを掲げた。

 

「かえってきたらさ、おれがゆうはんもつくるからなー!」

 

 そう言うと、さっさと出かけてしまう。

 1年ほど前まで「マグルの学校なんか行くもんか!」と拗ねていたけど、いまはちゃんと通ってくれている。特別仲の良い友だちはいないみたいだけど、それなりにやっているようだ。放課後、フットボールをして帰ってくるくらいには、同級生との付き合いがある。フェンリール曰く「そりゃ、なかまはずれにされたら、めんどーだろ。むれにはぞくしてねぇと」ってことだそうだ。おかげさまで、フェンリールは同級生の誕生日会に呼ばれることも多々あり、「うまいもんくってきた!」とルンルンで帰ってくるのだ。

 

 あれ……フェンリール、トムよりマグル社会に順応してる……?

 「満月の日は休まないといけない」という大きなハンデを抱えながらも、狼人間かつ魔法使いということを隠してそれなりの付き合いができるのは、ちょっと凄すぎるのでは? まあ、映画や原作の描写を読む限りだと、グレイバックは狼人間のリーダーをやっていたし、闇社会にも精通しているみたいだったし、そういう才能はあるのかもしれない。

 

 

 ちなみに、トムからはバースデーカードが2枚送られてきた。

 特に1枚目が凄くて、一言で表現するなら「トム流の吼えメール」だ。私の手元に封筒が落ちた瞬間、片方の封筒から白い煙が上がっていたのである。これには驚いて、咄嗟に床に落とそうとしたら、封筒がひとりでに浮かび上がり、バースデーソングを奏で始めたのだ。ヴァイオリンの深い音色は、まちがいなくトムの演奏だった。一曲、演奏を終えると、燃え上がって消失してしまった……。ただ原作の吼えメールのように耳が痛いほどの大音量ではなく、心地の良い音量だったことから考えると、トムが魔法で調整したのだろう。誕生日を迎えて早々、幸せな心地だったことは語るまでもない。

 

 昔は、一週間に一度だった手紙。

 いまは、二、三週間に一度に頻度が下がってしまった。便箋の量も減っている。まあ、それは気にしてない。15歳にもなって、母親にべっとりというのも心配になるというものだ。寂しい気持ちはあるけど、仕方ないことだと諦めている。

 そんなトムも、5月末には戻ってくる。

 ヴァイオリンのレッスンだ。先生がオックスフォードに疎開したまま、ロンドンに戻るつもりはないらしい。トムは「ひとりで行ける」と再三言っているし、トムなら一人で行けるとは思うけど……子ども1人でなにかあったら不安だし、18歳まではついていくつもり。

 トムは嫌がりそうだけどね。

 

 

 そういえば、ハグリッドのお父さんから手紙が来てた。

 どうしても、会って話したいのだそうだ。しかも、聖マンゴで。……たしか原作だと、ハグリッドのお父さんは彼が退学になる前に亡くなっていた気がする。

 6月に1度、ロンドンに出向く予定になっているから、そのときに立ち寄ることにする。

 

 

 

●1942年 5月▲日

 

 ひさびさに、モーリスが来た。

 原稿なんて、郵送で大丈夫なのに……と思ったけど、モーリス曰く「田舎の空気を吸いたくなった」らしい。まあ、よくよく考えなくても、彼の実家は隣町なわけだし、里帰り的な意味合いも強いのだろう。

 

「フェンリール、元気してたか?」

 

 モーリスがにこやかに話しかけたが、フェンリールは私の背中に隠れたままだった。背中越しに、じろじろと警戒するような視線を隠さない。彼と出会って数回は経っているけど、フェンリールは慣れないらしい。

 

「君は本当に気難しい子ばかり引き取るな」

 

 モーリスは苦笑いをしていた。

 

「トムの小さい頃にそっくりだよ」

「そうかしら? 随分違うと思うけど……」

「例えば?」

「そうね。トムより友だちが多いわ。泥だらけになるまで遊んで帰ってくるの。いつも元気いっぱいで、とても健康的なのよ」

 

 そう言って、フェンリールの頭を撫でると、モーリスは意外そうに目を丸くしていた。

 

「友だちが多いって、本当に? なんというか、刺々しい目をしてるけど?」

「モーリスに慣れてないだけよ。警戒しているだけ。ごめんなさいね、いつもは溌剌としているのだけど……」

 

 トムもなかなか彼に慣れなかったし、いまでも相対したときは笑顔の仮面を被って余所余所しく接していた。別にモーリスが悪い人というわけではないのに、なんというか不思議である。

 

「はい、これ原稿よ」

 

 そう言って、私は封筒を渡した。

 モーリスは封筒の中身をぱらぱらと確認すると、満足そうに頷いた。

 

「うん、大丈夫だ。ロンドンの出版社に持って帰るよ」

 

 しかし、その直後、彼の顔色が曇った。

 どうしたのだろう? なにか変な点でもあったのだろうか? と思っていると、彼は重々しい口調でこう言ったのだった。

 

「アイリス、なかなか仕事を回せなくてごめん。金銭的には大丈夫か? 不自由してない?」

「戦争が始まる前に比べたら大変だけど……まあ、なんとかなってるわ」

 

 私は安心させるように笑って見せた。

 

「こんなご時世だもの。悲しいことだけど、誰だって挿絵のある本を読む余裕なんてないわ。それでも仕事をまわしてくれてありがとう」

「本当に平気か?」

「奇跡的に、下宿の方は全部無事だったから」

 

 実際、いまの収入は下宿の家賃収入が主だった。

 ロンドンの街並みは破壊されつくしたが、私の家を含めた持ち家すべてが無事だったのである。……まあ、たぶん、気の良い誰かが魔法をかけて守ってくれたのだろうけど。

 とはいえ、家賃の支払いが滞りがちな人も多い。

 空襲の回数が減ったとはいえ、ロンドンの街が日常に戻るまではしばらくかかりそうだ。「お金のあるときでいいのよ」とは伝えているが、あまりにもそれが続くとこちらも困ってしまう。ディークのおかげで、やりくり上手になったとはいえ、いろいろと不足しているのである。

 かといって、「出て行ってください」と言い出せない……。

 本当、どうしたものか。

 

 

 

 

 

●1942年 5月31日

 

 

 トムは終始不機嫌だった。

 ヴァイオリンの先生の前でこそ品行方正な頬笑みを絶やさなかったが、それも造られたものだった。オックスフォードに向かう列車の中でも一言も話さず、なにやら難しい書物に目を落としていた。

 

「トム、なにを読んでいるの?」

 

 そう尋ねても、トムは素っ気ない。

 

「アイリスには関係ないよ」

 

 本から目を離さずに、そう言い切った。それ以上、話しかけてくるなというオーラを全身に纏っている。だけど、気になるものは気になるものだ。ちらっと見えるページには、おどろおどろしい髑髏の絵が描かれている。トカゲの尻尾のような物や毒々しい薬草の絵が描かれた本なんて、どうして読む気になったのだろう?

 

「闇の魔術とか……そういう本ではないよね」

「だから、関係ないってば」

 

 トムはわずかに目線を上げ、怒ったように口を尖らせた。

 

「僕がそんな本を読むと思ってるの?」

「だって……おぞましい本じゃない?」

「はぁ……ただの魔法薬の本。それでいいだろ」

 

 トムはじろっと私を睨むと、それっきりなにも話すことなく本の世界に戻ってしまった。

 なんだか、最近ずっとこんな調子。もしかしなくても、反抗期ということなのだろう。あー、可愛らしかったトムが懐かしい……でも、それだけ、ちゃんと育っているっていうことなのだ。そう思うと、口元がわずかににやけるのが分かった。

 

「……なんで笑っているの?」

「え? あー、そのー」

 

 トムがちらっと眼を上げた。

 言い訳をしたくなったけど、トムに嘘は吐かないと心に決めている。しばし悩んだ末、私はこう答えた。

 

「トムも大きくなったなーって。ちょっと前まで、私より小さかったのにって」

「それ、何年も前じゃないか」

 

 いまのトムは、私よりずっと高い。

 少なく見積もっても、頭二つ分くらいは背丈が伸びていた。ホグワーツから帰ってくるたびに背が伸びていて、男の子の成長って早いなーって、しみじみ思った。

 

「最近、学校はどう?」

「普通だよ」

「……ジョナサン君からの手紙は届いてる?」

「まあね」

 

 トムはページをめくりながら答えた。

 

「それなりにやってるみたいだよ。いまの学校での成績はトップクラスだって」

 

 それっきり、トムは何も答えなかった。口を堅く閉ざしたまま、本気でなにも言いたくないらしい。だから、私も問いを重ねることはしなかった。

 

 ジョナサン一家は、まだパリにいる。

 月に1度、ディークがパリの魔法街に飛び、ジョナサンと「秘密の会合」が出来る場所で落合い、手紙の受け渡しをしているようだが……トムの口ぶりからして、彼ら一家が逃げるつもりはないらしい。祖母が足を悪くして杖が手放せないことに加え、彼の家には婚約者の女の子が居候しているそうだ。婚約者の一家はパリから逃げる途中に爆撃にあい、彼女を除いて亡くなってしまったのだ。

 しもべ妖精の魔法を使えば、国外に逃げ出すことはできる。

 でも、それを使ったら最後、彼らに魔法のことを知られてしまう。はたして、彼らは魔法を受け入れることができるのだろうか? ……そのカードを切らないということは、ジョナサンから見て「魔法という存在を受け入れることが難しい」ということに違いない。

 

 私は車窓に目を移した。

 のどかな田園地帯。羊が草を育んでいたが、空がどんよりとした灰色の雲で覆われている。

 

 嵐が来る。

 

 そんな予感が、私の胸を過るのだった。

 

 どうか、気のせいでありますように。

 

 

 

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