トム・リドル育成計画!   作:寺町朱穂

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〇1942年6月 祈りをこめて

 

●1942年 6月12日

 

 ついに、この日が来てしまった。

 今日はアンネ・フランクの誕生日。彼女が13歳の誕生日を迎え、日記帳をプレゼントされた日だ。

 

 前世の記憶のところどころが抜け落ちたり、曖昧になってきたりしているけど、このことだけは鮮明に覚えている。だって、彼女の日記こそ、私が日記を書き始めたきっかけ。中学の図書室で見つけた伝記が目に留まり、それから彼女の日記を読んだ。たまたま日記を読み始めた日が、奇しくも6月12日。西暦は違うけど、ちょっとした運命を覚え、日記を読み耽った。

 そのうち、自分でも日記を書いてみようと思った。

 環境的には恵まれているはずなのに、たまらないほど泣きたくて、涙が出るほど辛くて、仲の良かった家族にも心を許せなくなって、逃げ出したいのにどこにも行きたくなくて、ひとりになりたいのに誰かと一緒にいたくて……どうしようもない感情を発散する方法すら分からなかったとき、日記という選択肢に気づいた。行き場のない感情を文字に落として連ねることで、自分のもやもやとした気持ちをようやく整理することができた。それ以降、前世はもちろん、いまの人生でも日記を書く習慣を続けている。

 

 だから、今日を迎えたら――彼女に思いを馳せようと思っていたのだ。

 

 私は知っている。

 誕生日を迎えた1カ月後、彼女の日常は終わりを告げる。2年以上も隠れ家での生活を余儀なくされるのだ。隠れ家生活の終わりも平穏とは程遠く、44年の夏に逮捕され、翌年の2月には…………。

 彼女たちの運命を知っている。でも、どうすることもできない。私のような赤の他人の言葉なんて聞き入れてもらえないだろうし、下手に干渉してさらに悪い方へ転がってしまったら……と、やっぱり思わずにはいられないのだ。

 

 遠い空の下。

 せめて、今日の彼女が――彼女の一家と友だちが幸せを満喫していますように。

 

 

 

●1942年 6月〇日

 

 明日は、ハグリッドのお父さんのお見舞いに行く日。

 しかも、病院に行くのに付き添ってくれる人は、アルバス・ダンブルドア。

 そう、アルバス・ダンブルドアだ。

 実際に会うのは2年ぶりで、手紙のやり取りも滅多になかっただけに緊張してきた……。しかも、その日はフェンリールを預かってくれるというのだ。それも、預かり先はホグワーツの元先生の自宅だそうだ。ミネルバ・ロス先生という魔女で、ダンブルドアがメリィーソート先生の代わりに「闇の魔術に対する防衛術」を教えている間、変身術を臨時で受け持っていた方である。そういえば、ホグワーツに行ったときに一度だけ遠目に見かけたような気がする……。

 いまの彼女は超高齢のため、完全に教職から引退し、スコットランドで一人暮らしをしているそうだ。

 うーん……フェンリール、大丈夫かな……? まだ満月まで日はあるから体質の問題は発生しないと思うけど、考え方とかいろいろ意見の相違が出そうな気がする……。

 

 この話をフェンリールにしたら、彼は極めて不服そうに口を尖らせていた。

 

「おれさ、るすばんくらいならできるぜ? なんで、よくしらねぇ魔女んとこに行かないといけないんだよー!」

「でも、フェンリール。自宅ならともかく、ロンドンの家にはあまり来たことないでしょ? そこで待つのは忍耐が必要だと思うわ」

 

 そう言って説得を試みたけど、なかなか納得してくれなかった。

 でも、最後には折れてくれて、ぶつくさ文句を言いながら、リュックに荷物を詰めていた。

 

「スコットランドのど田舎なんて、なーんにもすることなさそうだな」

 

 って。

 

「本でも持っていったら? 学校の宿題とか……」

 

 私が提案したら、心の底から嫌そうな顔をされてしまった。

 

「わざわざ出かけるのに、本なんて重いしもっていくわけねぇーじゃん」

 

 私からすれば「遠出するからこそ、本を持っていく」のだけど、無理強いするのはよくない。よけい、本嫌いになってしまいそうだ。それでも、いつかはフェンリールも常に持ち歩きたいような本ができるといいな……。

 

 

 

 

●1942年 6月△日

 

 ハグリッドのお父さんは、余命幾ばくもない。

 この三カ月ほどは、ずっと入院をしているそうだ……そして、助かる見込みはない。

 

「僕はこの運命を受け入れています」

 

 彼はベッドに横たわったまま、血の気のない顔に笑みを浮かべていた。頬はすっかりこけ、腕も枯れ木のように細く、血管が浮き出ている。誰がどう見ても、助かる見込みの薄い病人そのものの姿だ。どうして、こんな状況なのに笑うことができるのか……私には理解できなかった。

 

「……本当に、薬はないのでしょうか? 魔法でなんとかならないのですか!?」

 

 いたたまれずに尋ねると、彼は黙ったまま微笑んでいた。それが答えのようで、私はもう顔を直視することができない。思わず、目を逸らしてしまった。

 すると、今度はダンブルドアが口を開いた。

 

「ハグリッドさん。あなたがその身体になったのは、魔法の副作用ですね?」

 

 魔法の副作用?

 私は戸惑ってしまった。

 原作を読む限り、魔法を使うデメリットなんて、分霊箱以外ないように思えた。「許されざる呪文」も使用するにあたり社会的制裁はあるが、使用者自身に負荷をかけるものではない。考えられるとすれば、「ハグリッドさんは何かしらの魔法を失敗してしまった」ということなのだろうか……? そんなことを思案していると、ハグリッドさんは静かに言った。

 

「……ええ、そうです……貴方はもうすべて分かっているのですね」

「おおよそは。リドル夫人もそうだろう?」

「え!?」

 

 ダンブルドアにいきなり話を振られ、私はちょっと素っ頓狂な声を上げてしまった。

 

「分かってるって……?」

「ルビウス・ハグリッドの出生についてだ」

 

 無論、知っている。

 彼は巨人族の母との間に産まれた子である。だが、それを知っているのは原作の知識があるからであって、いまの自分は知らないことになっていた。トムも手紙を通して「ハグリッドの頑丈さは突然変異としか思えない」とたびたび書いているけど、「巨人の血を引いている」とは一言も綴られていなかった。だから、トムもおそらく知らない。もし、知っていたら……きっと、教えてくれるだろう。もし、ハグリッドを想って「出生の秘密」は誰にも話さないことを選択したのであれば、あえて肉体の強靭さを話題に出すとは思えなかった。

 

「……もう、知っているのですか?」

 

 でも、私の顔に「知っている」と出てしまっていたらしい。

 ハグリッドさんの顔から笑みが消え、驚きの色に染まっていた。

 ここまで来たら「知らなかった」と言うことはできない。しかしながら、トムですら勘づいていないのに、魔法界に疎いマグルの私がハグリッドが半巨人だと知っているなんて、どう考えてもおかしすぎる。どうにかして誤魔化さなければ! と、私は必死に頭を回転させた。

 

「え、ええ……まあ……巨人……症、ですよね?」

 

 そして、ようやく――私はもごもごと言い訳を口にした。

 

「巨人症……?」

 

 ハグリッドさんの眉間に、わずかながら皺が寄った。

 

「巨人症、とは?」

「たしか、えっと……過剰な成長ホルモンの分泌が原因で、とても身長が伸びる病気のことですよね? ルビウス君は2メートルを越していましたから、そういう病気なのかなって……違いますか?」

 

 まあ、なんとか筋は通っているだろう。

 いきなり聞かれたわりには、なかなかの誤魔化しができたのではないかと思う。とはいえ、実際に巨人症の人とは会ったことがないし、この時代に病気が存在していたとしても、学術的に病名として診断されるかどうかは定かではない。私だって、前世で無免許医師の漫画を読んでいなければ知らなかっただろうし……。

 すると、ダンブルドアはくすっと笑った。

 

「なるほど……だが、マグルの病気の多くは、魔法族では滅多に発症しない」

「では、巨人症ではないのだとすれば、どうして……? 魔法族の特有の病気ですか?」

「ルビウスは巨人の血を引いている」

 

 ダンブルドアは断言した。

 

「ルビウスの母親は、イギリス最後の生き残りだ。数年前、海を渡った女性の巨人が目撃された……おそらく、彼女こそ貴方の妻であっていますね?」

「捨てられてしまったので、妻と呼べるかは分かりませんが……彼女こそ、我が最愛の女性です」

 

 ハグリッドさんは寂しそうに呟いた。彼は胸に震える手を当てると、ぽつり、ぽつりと馴れ初めを語ってくれた。ちょっと日記に綴るのも恥ずかしくなるような内容なので、文字として残すのはやめておく。魔法使いの男と最後の巨人族の女性が互いに愛を確かめ合うために、古の魔法を使ったのは壮絶だと感じた。

 

「あの、ハグリッドさん。つまり、その魔法を使ったときのデメリットが……寿命だと?」

「そうですね」

 

 私の口から飛び出た質問に対し、ハグリッドさんは幸せそうな声で答えてくれた。

 

「自分の身体を強引に巨大化させる古の魔法ですから、身体に負荷が出て当たり前です。ルビウスが大人になる姿を見届ける前まで、生きていることはないだろうと思っていました。もっとも、こんな早くに死ぬとは思いませんでしたが……」

 

 彼はそうして私の眼を覗き込んできた。ふるふると小刻みに揺れる手を私の方に持ち上げる。私は思わず、その手を取った。悲しいくらい冷たかった。切ないくらい硬かった。人肌のぬくもりも柔らかさもなく、微かに震えていなければ無機質な石のような腕だと感じたかもしれない。

 

「……リドルさん。ルビウスは、あなたの息子さんのおかげで、のびのびとした学校生活を送ることができています。ルビウスの文字が上達したのは、トム君のおかげです……文字だけではありません。学業についていけるのも……課外活動を楽しめているのも……」

 

 トムは、いまでもハグリッドの面倒を見ている。

 杖十字会では7年生のアラスター・ムーディと仲が良かったが、それ以外の学業面でのサポートはトムがしていた。文字を教えることに始まり、宿題をみてあげたり、文章の添削をしてあげたり、魔法生物の飼育に携わらせたり……さすがに楽器を扱うことはできず「死喰い人」のメンバーにはならなかったが、機材の運搬とか舞台の設営を任されているそうだ。

 トムは口でこそ「っく、なんで僕が面倒をみているんだ……! 君はグリフィンドール生だろ? スクリムジョールに頼れ!」なんて文句を言っているが、なんだかんだ世話を焼いている。弟分のように扱っていたし、ハグリッドもトムのことを友だちであり兄貴分だと慕っているのが伝わってきていた。

 

「どうか、これからもルビウスの良き友人で居続けてください。なにかあったときは、どうか助けてやってください」

「当然ですわ」

 

 少なくとも在学中は、2人の関係性が崩れることはないだろう。

 いまのトムが秘密の部屋を開けるとは思えないし、マグル生まれを襲い始めるわけもないし、ハグリッドをその犯人に仕立て上げるなどありえないもの。

 

「お願いします……それから、ダンブルドア先生。僕亡きあとは……ルビウスの後見になっていただけませんか?」

「もちろん」

 

 ダンブルドアは間髪入れずに言った。

 

「ルビウスは純粋で優しい。その優しさが間違った方へ進まないように、全力で見守ると約束しよう」

「ありがとうございます……どうか……どうか……」

 

 そう言いながら、ハグリッドさんは目を閉じた。疲れてしまったのだろう。すやすやと落ち着いた寝息を立て始めたので、私とダンブルドアは病室を出た。

 

「最初、ルビウスの入学は許可されない予定だったんだ」

 

 帰り道、ダンブルドアが歩きながら教えてくれた。

 

「それは、半巨人だからですか?」

「魔法使いの間では、巨人は暴力的で闇の生き物として信じられている。だが、必ずしもそうではない」

「……ルビウス君はとても優しい子です」

 

 私が言うと、ダンブルドアは小さく頷いていた。

 

「私がディペット校長と魔法省を説き伏せた。そもそも、彼の名前は、生まれたときから入学者名簿に名前が記されているのだからね。……君のもう一人の息子も、入学者名簿に名前が記されている」

「……フェンリールは入学できますよね?」

 

 そう尋ねると、ダンブルドアは歩みを止めた。そのままなにも話さないので、私は言葉を続ける。

 

「狼人間に偏見があるのは知っています。ですが、フェンリールは好んで人を傷つけるようなことをしません。満月の日だけ、隔離していただければ……」

「適切な隔離ができれば、魔法省を納得させることができるだろう」

 

 ダンブルドアが言ったので、私は「あなたなら何か良い案がありますよね?」と聞こうとした。

 だが、その言葉を言う前に、ダンブルドアが口を開いた。

 

「リドル夫人。あなたには良い案があるのでは?」

「…………さあ」

 

 首を横に振る。

 ホグズミードの離れ屋敷を隔離場所に選んで、そこまでの抜け道を暴れ柳で入り口をふさぐ――なんて方法、マグルが思いつくわけがない。

 でも……そうやって思考することで、ダンブルドアには伝わっているかもしれない。実際、ダンブルドアはそれっきりこの話題を口にしなかった。

 

 本当、怖い人。

 なにからなにまで見通したうえで、話を進めている。

 もしかして、私は……すでにダンブルドアの敷いたレールの上を歩いているのでは? だとしたら、この道は……私が選んだと思っている道は、どこに続いているのだろう?

 

 終着駅は、ハッピーエンドであることを願うばかりだ。 

 

 

 

 

 

●1942年 6月×日

 

 フェンリールはフットボールに励んでいる。

 なんでも、ミネルバ・ロス先生の家で衝撃的な出会いがあったらしい。

 どうやら、ダンブルドアが「ロス先生のひ孫娘」も連れて来ていたそうだ。

 

『君と同い年の魔女だ。マグルの村で育っているから、話も合うだろうと思ってね』

 

 ダンブルドアはフェンリールに言うと「姿くらまし」をしてしまったらしい。

 おかげさまで、フェンリールが手持ち無沙汰になることはなかった。代わりに、悔しさを嫌というほど味わったとか……。

 2人とも初対面でぎこちなかったが、フェンリールはボールを持ってきたことを思い出し、彼女を「フットボールしようぜ」と誘ったらしい。最初こそ手加減するつもりだったらしいが、あっというまにボールを奪われて、何度もゴールされてしまったそうだ。

 

「しんじられるか!? 女なのに、おれよりフットボールが上手いんだぜ!? ネコみたいに小さいのにさ……ありえねぇよ!!」

 

 フェンリールはぷんぷん怒っていた。

 フットボールだけでなく、かけっこもかくれんぼも縄跳びもチェスもビー玉もなにもかも、彼女には敵わなかった。一度、「おまえ、魔法つかってんだろ!」と問い詰めたそうだが、涼やかな顔で「あなたにはそう見えた? では、次は魔法ありでやる?」と返されてしまったらしい。フェンリールは言い返せず、唸ることしかできなかったとか……。

 

 それ以降、フェンリールは「打倒! ミネルバ・マクゴナガル!」に励んでいる。

 そう……!

 ロス先生のひ孫娘とは、ミネルバ・マクゴナガルだったのだ!

 

 いやー、まさかマクゴナガル先生と同い年とは……!

 そういう偶然ってあるもんだな……うまくいけば、2人は同級生になる。

 

 

 善き関係を築くことができるといいな……!

 

 

 

 

 

 




※フェンリールの年齢は公式で明かされていませんので、マクゴナガル先生と同級生というのはオリジナル設定です。あらかじめ、ご承知おきください。

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