トム・リドル育成計画!   作:寺町朱穂

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〇1942年7月~8月 子どもの成長

●1942年 7月29日

 

 無事、満月が過ぎた。

 

 ロンドンの自宅で、フェンリールも一日ぐったりしていた。

 狼で暴れまわった反動もあって、今朝からベッドで横になったまま降りてこない。まあ、それは毎度のことだけど、今回は特に辛そうだ。心なしか、毎月少しずつだけど、狼でいるときの暴れっぷりが酷くなっている気がする。

 身体も傷だらけで、可哀そうだ……。

 魔法を使えば、傷くらいすぐに治せそうだけど、狼人間の怪我は簡単に良くならない。可哀想な、フェンリール。ちょっとやんちゃなところもあるけど、感性や知性は年相応の男の子。それなのに、狼人間だというだけで、魔法使いとも私のようなマグルとも違う人生を歩まなければならない。満月を迎えるたびに、そのことを思い知らされる。

 

 なんとかしてあげたいけど……。

 

 トムも様子がおかしい。

 ずっと部屋に籠っている。エンラクと遊ぶこともしない。掃除で部屋を訪れるときに確認しているけど、フクロウのウタは基本的に鳥かごで眠っている。頻繁にフクロウを飛ばしていることもないようだから、誰かと連絡をとっているわけではなさそう。ヴァイオリンはケースの中にしまってあるし……。

 トム本人は

 

「宿題だよ」

 

 と言い張っているけど、絶対に違うと確信している。

 だって、私が部屋に入るたびに、さっと足元の鞄に何かの本とか書類とかを滑り込ませているのだ。

 

「本当に?」

「うるさいな。それに、掃除は自分でやるよ。アイリスは部屋に入らないで」

 

 私が何度尋ねても、トムに煙たがられてしまう。

 私に知られたくない隠しごと……なんだろう? 逆に気になって仕方ない。

 そもそも、トムは最近無性にイライラしているようで、私に対する当たりが強くなってきている。今日の朝だって、私が食事の時に何げなく

 

「夜、なにを食べたい?」

 

 と聞いただけなのに、トムは口を尖らせてしまった。

 トムはむすっとした顔で

 

「いま聞かれても分からない」

 

 とだけ言うと、そそくさと自分の部屋に戻ってしまう。

 

 まさか、これが反抗期?

 それとも……ジョナサンの身に起きた悲劇が尾を引いているのかな……? 私が「必ず戻ってきて」なんて約束したから恨まれている? でも、深入りし過ぎて、トムの身に万が一のことが起きたらと考えると、どうしても期限を設けずにはいられなかったのだ。ジョナサンは可哀そうだし、助け出してあげたいけど、私にとって大事なのは……彼よりトムの命だから。

 

 なにをしているのか分からないけど、どうか深入りしないで欲しい。

 

 我が家に増えた同居人、ラシェルは静かに過ごしている。

 いまさらフランスには戻すことはできない。血縁者はいないのか尋ねたら、オーストリアとポーランドにいるそうだ。スイスにジョナサン側の親類がいるらしいけど、彼女と直接の血縁はない。顔も知らないときた。そうなると、彼女に行き場所はない。

 

「とりあえず、我が家にいなさい」

 

 ラシェルは14歳。

 家族を亡くし、身を寄せていた婚約者一家も失い、安全圏から突如として一人放り出され、異国の地で行き場もないとなったとき、どんなに心細いことだろう? 自分に置き換えて想像してみたら、不安と怖さでいっぱいで、わんわんと泣き叫びたくなる衝動に駆られてしまう。ラシェルもきっと同じだ。言葉には出さないけど、必死に孤独と先行きの見えない不安感に耐えている。……私には無視できない。

 彼女のことを無視できるはずがなかった……。

 彼女を迎え入れる決定に対し、トムもフェンリールも反対しなかった。

 

 

 今日、役所関係の手続きが概ね終わった。

 イギリスに渡ることができた経緯とか、その辺りの手続きに手間取ったけど、同行してくれたナティが錯乱魔法を使ってくれた。ちょっと申し訳ない……。

 

 今年の夏は、このままロンドンで過ごすことになりそうだ。

 

 いまの状態のラシェルを連れて帰ったら、街でいろいろな詮索の目にさらされるだろうし、ラシェルの編入先も探さないといけない。

 

 ラシェル本人は「地元の学校で良いです」と言っているけど、ちゃんとした教育を受けさせてあげたい。戦後、フランスに戻るかイギリスに永住するのか、はたまた別の外国に渡るのかは自由だけど、そのときに教育を受けているかいないかで選択肢の幅が広がる。そりゃ、地元の学校だって悪くはないけど、イギリスって階層社会だし、かなりの学歴社会。試験の成績で未来が決まってしまう。そうなると、地元の公立校より寄宿舎付きの私立女子校の方が、ずっと将来のためになるのだ。

 いまのところ、第一候補は私が通っていた私立の寄宿舎付きの女子校だ。校長先生も理解ある人だし、それなりに歴史がある。教育の質も悪くない。

 

 来週、編入試験をしてくれるそうだ。

 フランス訛りはあるけど、英語の読み書きはできるみたいだから、うまく編入試験にパスできれば良いのだけど……。

 

 

 

●1942年 8月〇日

 

 モーリスが原稿を取りに来た。

 彼はリビングに入るなり、驚愕の叫びをあげていた。

 

「子どもが増えてる!?」

 

 ってね。

 ラシェルはリビングのソファーで丸まるように座っていたのだけど、突然の大声に飛び上がってしまった。がくがくと震え、ますます縮こまってしまう。

 ここで初めて、彼にラシェルの存在を伝えていなかったことを思い出した。いや、わざわざ伝える義理もないのだけど。

 

「モーリス、いきなり大声を出さないで」

 

 私はラシェルの震える背中を撫でながら、彼女のことを「フランスから逃げてきた知人の子」と紹介したら、モーリスったらへなへなと座り込んでいた。すっかり呆れ果てた目で私を見上げながら、こう言ってきた。

 

「アイリス、孤児院を設立する気なんだな」

「そんなつもりはないわ」

「いや、どうだかな……」

 

 モーリスは立ち上がると、ちょいちょいと手招きをしてくる。私が彼に近寄ると、ラシェルに聞こえないように声を潜めて話を続けた。

 

「あのさ……孤児なんて山のようにいるぞ? 悲惨な経歴の子どもだって、ロンドンの裏路地に行けばわんさかいる。君はそのすべてに手を差し伸べるつもりなのか?」

「そこまで言ってないわ」

 

 私は肩を落とした。

 

「ただ、自分が関わった子の面倒は最後までみたい。それだけよ」

「しかしだな、子ども3人だ。原稿料と家賃収入で養えるわけないだろう」

「なんとかなるから大丈夫。これでも、結構貯めてるのよ」

 

 ホグワーツは学費が無料だし……。

 私が笑ってみせると、モーリスは珍しく怒った声を出した。

 

「君は楽観的すぎる。自分の将来を考えないのかい?」

「私は――……」

「トムもフェンリールも、新しい彼女だって、君の将来の面倒をみてくれる保証はないんだ。自分の貯蓄を切り崩してまで投資した結果、一人貧しく寂しい老後を迎えるかもしれないんだぞ?」

「それはそれで良いの」

 

 トムにはトムの人生があるし、フェンリールやラシェルの人生を縛るつもりもない。

 

「そりゃ、ちょっぴり寂しいとは思うけどね。でも、一人ぼっちってことはないと思うわ。貴方みたいに、私のことを真剣に怒ってくれる友だちもいるから」

 

 すると、モーリスは虚を突かれたようにポカンと口を開けた。だけど、それは一瞬で、すぐに怒ったように口を閉じてしまう。何か言いたそうに口を開くのだが、なかなか言葉が出てこない。結局、彼が本当は何を伝えようとしていたのか分からずじまいだった。やがて、彼は諦めたように首を振り、大きく息を吐き出しながら告げた。

 

「君らしいや。いつまでも、どこまでも」

「貴方もね」

 

 そのあと、毎度のように夕食に招待して、一緒に食卓を囲んだ。

 モーリスはラシェルに何を話しかけたらいいのか悩んでいたみたいだけど、フェンリールがミネルバ・マクゴナガルと文通していることを知ってからは、そっちをからかいだした。

 

「フェンリール、ガールフレンドがいるのか! デート先の相談なら、いつでも乗るからな!」

「は、はぁ!? か、か、かのじょなんかじゃねーし!」

 

 フェンリールは顔を真っ赤に茹で上がらせると、ぎゃんぎゃんと吼えるように抗議した。

 

「ほかに友だちいないっていうから、あいてにしてやってるだけだって!」

「ふんふん、そういうことにしておくかー」

「しんじてねぇーだろ!」

 

 フェンリールは唸るように言い放つと、モーリスを思いっきり指さした。

 

「おれは、お前なんて大っきらいだからな! ぜったいにみとめねぇ!」

「フェンリール、指差しはやめとけ」

 

 フェンリールに対し、トムは静かに言った。

 

「人を指差すのは北欧に伝わる由緒正しい呪いだ。失礼だぞ。もっと紳士的に振舞え」

「へんっ、そんな魔法なんざ聞いたこともねぇーよ!」

「僕を疑うのか?」

 

 トムは前を向いたまま、目線だけフェンリールに向ける。

 トムに睨まれた瞬間、フェンリールは喉奥に何か詰まったように口を閉ざした。フェンリールはそのまま指を降ろし、不機嫌そうに食事を再開した。

 その様子を見て、モーリスは片眉を上げた。

 

「トム。すっかり大人になったな……お兄さんだなぁ」

「僕は昔から大人だよ。誰かさんに経済学の書籍を欲しがると思われるくらいにはね」

「あれは冗談だって……というか、何年前の話だよ」

 

 トムに指摘され、モーリスの笑みが強張った。

 

「あのときは、あとからマーリンに関する絵本をプレゼントしたじゃないか。な? そうだったよな!? だから、そんな目をしないでくれって」

「怒ってないよ。僕はただ事実を言っただけ」

 

 トムは最後に残ったスープを飲み干すと、スプーンを音もたてずに置いた。

 

「僕は上に戻る。やることが山のようにあるからね」

「待って!」

 

 トムが立ち上がろうとしたので、私は急いで止めた。

 

「トム、デザートは? 砂糖が手に入ったから、クッキーを焼いたのよ」

「後で食べる。今は要らない」

 

 それだけ言うと、トムは部屋に戻ってしまった。

 モーリスはトムの後ろ姿を見送ると、表情を緩めた。

 

「反抗期だな……可愛げはないが、それも成長のうちか」

「……そうだと良いのだけど」

「反抗期がない子どもはいないさ。どんなことにもイラついて、感情のコントロールが出来なくなる。少なくとも、俺はそうだった。親が鬱陶しくてたまらなかったよ」

 

 モーリスはワイングラスを片手に微笑んでいた。

 

「反抗期があるってことは、君がトムの良いお母さんだって証拠さ」

「ありがとう、モーリス。優しくしてくれて」

「俺はいつだって優しいさ。少なくとも、君にはね」

 

 彼はそれだけ言うと、ワインをすべて飲み干した。耳まで真っ赤に茹で上がり、すっかり酔っぱらっているようだったので「泊っていく? 部屋はあまっているけど?」と誘ったのだが、遠慮されてしまった。千鳥足だったので、帰り道が心配である……。

 

 明日、朝一番に電話して安否を確認しよう。

 

 

 

 

 

 

●1942年 8月△日

 

 明日、「バンビ」を観に行くことになった!

 世界的に有名なアニメスタジオ制作のカラー映画が、ついにロンドンに上陸したのだ。これは観ないわけにはいかない!

 とはいえ、こんなに古いアニメーションだったとは……。

 

 実のところ、そこまで「バンビ」について詳しいわけではない。

 可愛い小鹿のバンビちゃんが主役で、灰色のウサギが仲間のアニメくらいしか知らないのだ……。そもそも、私にとって「バンビ」はといえば、小鹿のバンビちゃんではなく、ゾンビにされるバンビちゃんである。正直なところ、クラシックのアニメには詳しくないのだ。

 他、事前に分かっていることは、ハピエンが約束された映画であることだけだ。

 まあ、そこまで悲惨な話ではないだろう。

 

「楽しそうな映画だから、一緒に行こう」

 

 小鹿のバンビちゃんが森の仲間と楽しく暮らすアニメ――それも、天下のアニメスタジオが制作するのだから、可愛らしい癒しアニメに決まっている!

 私は、そう言ってラシェルを連れ出すことにした。

 編入試験も終わったし、あとは結果を待つだけ。家にいても気が滅入るだけだろうし、気分転換になるだろう。

 

「はい」

 

 ラシェルは顔色一つ変えずに頷いた。

 この子は本当に物静かで主張をしない……。こちらがなにも言わなくても、率先して手伝ってくれるけど、なにも話さない。私が聴いたことには答えてくれるけど、口がないのではないかと思うくらい無言だった。たぶん、いろいろ我慢しているのだろう……バンビで癒されてくれると良いのだけど。

 トムも誘ったけど、「その日はダイアゴン横丁に行くんだ」と振られてしまった。残念……。でも、フェンリールは誘いに乗ってくれた。

 

「だれかさんが行かないなら、おれが行ってやらないとさびしいだろうからなー」

 

 フェンリールはにやにや笑いながら言った。

 優しいな……。

 ほのぼのと和んでいたら、トムが強く睨みつけてきた。

 

「僕は行きたくないわけじゃない。ダイアゴン横丁に行く用事があるんだ。教科書を買わないといけないし、新しいローブもね」

「それは私が買うわ。リストを頂戴、お金を用意するから」

「必要ないさ」

 

 トムはそう言って話を切り上げようとしたけど、学用品をヴァイオリンで稼いだお金から出させるわけにはいかない。

 

「駄目です。学用品は親が買うものよ。少なくとも、我が家ではね」

 

 私はそう言うと、トムに手を差し出した。

 トムはなにも言わずに部屋に戻ってしまったので、「明日、テーブルの上にお金だけ用意しておくか」と思っていたら、珍しく戻ってきた。

 

「ほら、これでいいんだろ?」

 

 トムが渡してきたのは、ホグワーツからの手紙だった。

 封筒には学用品のリストの他、小さな塊が入っている。なんだろう? と摘んで取り出せば、深緑色のバッジだった。蛇の紋章と共に「PREFECT」の文字が刻まれている。これには、思わず眉が上がった。

 

「これ……監督生バッジ!?」

「……そうだよ」

「凄い! 凄いじゃない、トム! おめでとう! お祝いしなくちゃ!!」

 

 私がはしゃぎ声を上げれば、トムはぷいっと顔を背け、より鬱陶しそうに顔をしかめた。

 

「だから嫌だったんだよ……お祝いなんていいって。こんな時期に」

「こんな時期だからよ。少しでも明るいことがないと、心が参っちゃうわ」

「だから、いらないって」

 

 トムは私からバッジだけ奪うように取ると、走って階段を上ってしまった。

 でも、知っている。

 トムは恥ずかしかっただけだって。

 

 だって、さっき――この日記を書き始める準備を始めたとき、自室の扉の下から手紙が差し込まれた。

 差出人は書いてなかったけど、私には誰からの手紙なのかはすぐに分かった。恥ずかしがり屋で反抗期真っ只中の男の子は、とても見慣れた几帳面な文字でこんなことを綴っていた。

 

「たまには2人だけでアイスたべたい」

 

 ってね。

 本当、可愛いな……。

 

 

 マジ天使、である。

 

 

 

 

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