トム・リドル育成計画!   作:寺町朱穂

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※投稿後、一部の描写を変更しました。


〇1942年8月~9月 夏休みの終わり

●1942年 8月◆日

 

 マートルとは、そこまで関わらなかった。

 彼女自身、私と一緒にいたくないようで、困ったようにそわそわとしていた。周囲を気にするように視線を泳がせていたところからするに、私と話しているところを見られたくないのかもしれない。

 

「……寮監の先生には相談した方がいいわよ」

 

 それでも、これだけは伝えたかった。

 思春期の頃、いじめや嫌がらせを先生に伝えることには非常に勇気がいる。密告しているような気にもなるし、いじめに屈したくないという気持ちもあるかもしれない。先生に叱って貰ったことで、よけいにいじめが悪化するかもと思ってしまうこともあるだろう。私も前世でいじめられたときは先生や親に言えなかった。いまの人生でも、学生時代はいじめを目撃しても何も言えなかった。だって、それを先生や大人に言ったら、自分がいじめのターゲットになると思ったから……。

 つまり、私には勇気がなかったのだ。

 産まれる時代こそ違っても、2回目の学生生活なのにね。

 

「我慢は心に良くないわ。困ったときは、大人に頼りなさい」

「…………」

 

 マートルはむすっと黙っていた。分厚い眼鏡の奥の瞳は疑心で満ちていたが、ややあってから、こくっと頷き、もごもごと「私、用事があるので」と立ち去ってしまった。

 

「……まあ、上手くいかないか」

 

 そりゃ、そうだ。

 初対面の大人から言われたことを聞くわけがない。ましてや、思春期のティーンだ。物分かりが良すぎるのも、ちょっと不気味である。

 

「トム、ごめんなさいね」

 

 私はアイスクリームパーラーのテラスに戻った。

 トムはアイスをとっくに食べ終え、静かに本を読んでいた。テーブルにはバタービールのジョッキが2つ置かれている。いつのまに頼んだのかしら、と尋ねる前に、彼は口を開いた。

 

「レイブンクローの寮監は頼りにならないさ」

「あら、どうして?」

「あの人は星しか興味がない」

 

 トムはつまらなそうに言うと、本のページをめくった。

 

「僕なら『ミネルバ・ロスに言うこと』とアドバイスをしたね。彼女は適切に対処してくれる。非常勤だから校内にいないこともあるけど、他の先生と情報を共有してくれること間違いなしだ。とはいえ、彼女はホグワーツを辞めてしまったから、次点で呪文学のローネンかな」

 

 トムはそう言いながら、自分で頷いた。

 

「うん、ローネン先生だ。それがいい。かなり高齢で引退寸前だけど、間違いなく善良だし、ホグワーツの教師の大半は彼の教え子だ。彼の意見を無視できないだろう」

「そうなの?」

 

 私は少しばかり驚いてしまった。

 ローネンなる先生については、トムの手紙でしか知らない。トムから伝え聞く限り、明るくてゲーム好きで分かりやすい授業をしてくれる老魔法使いらしいから、確かに適任かもしれないけど……まず最初にダンブルドアの名が出てくるものだと思っていた。だから、トムの持論は意外だった。

 

「私はダンブルドア先生も悪くないと思うけど」

「アイリスは何も分かってないな」

 

 トムは大きくため息をつき、ぱたんと本を閉じた。 

 

「ダンブルドア先生は対処してくれるだろうさ。だけど、あの人はグリフィンドールの寮監。レイブンクロー生が自分のところの寮監すっ飛ばして、他の寮監に助けを求めるなんて失礼だろ」

「あ……それも、そうね……」

 

 トムの言ったことは、一理ある。

 レイブンクローの寮監について詳しく知らないが、面白くないこと間違いなしだ。他寮の問題なのに、ダンブルドアが出て行ったら、相手のメンツを潰してしまうだろう。

 そんなことを考えていると、トムから訝し気な視線を向けられていることに気づいた。

 

「……アイリス、なんで笑ってるの?」

「ん?」

 

 トムに指摘され、初めて自分の口元が緩んでいることが分かった。でも、これはさして驚くことではない。私は微笑んだまま言った。

 

「トムも成長したなって感じたのよ」

 

 まさか、トムから礼儀を説教されることになるなんて……引き取ったばかりの頃は考えもつかなかった。さっき、昔の日記を引っ張り出して確認したのだけど、トムを養子に迎えたのは1931年。いつのまにか、10年以上も経っている。そう考えると、成長して当たり前なのかもしれない。だけど、その成長を間近で実感して……とても嬉しかったのだ。

 

「アイリスはさ、僕のこと何歳だって思ってる?」

「15歳でしょ」

「分かっているなら良かった。てっきり、まだ5歳か6歳みたいに扱われている気がしたよ」

 

 トムは不機嫌そうに呟くと、再び本を開いた。

 

「帰り、薬問屋に寄って帰る。良いよね」

「魔法薬学の材料が足りないの?」

「ご想像にお任せするよ」

 

 トムは本に目を落としたまま言った。

 私もバタービールを飲みながら、ふと――トムが読んでいる本が気になった。ちらっと背表紙に目を向けたけど、ご丁寧にブックカバーをかけている。

 

「なに読んでいるの?」

「なんでもいいだろ」

「魔法動物の本?」

 

 私が尋ねると、トムは鬱陶しそうに眉間の皺を寄せた。答えたくなさそうなので、それ以上深掘りするのは止めた。そういえば、自分もティーンの頃は趣味とか読んでいる本とかを親に根掘り葉掘り聞かれるのは嫌だったな……と思い出す。それに、トムが望ましくないような本を読むとは思えなかった。たとえば、闇の魔術に傾倒するような書籍とか――……。

 

 そっか……。

 いま、思い出したけど、トムが監督生になるってことは、原作だと「秘密の部屋」を開く年齢になったということ。スリザリンの継承者として「秘密の部屋」を開き、バジリスクを解き放つ。マグル生まれを次々と石化させ、最終的にマートルを殺害し、1つ目の分霊箱を作成することになるのだ。

 

 もちろん、いまのトムがマートルを殺すとは考えられない。

 ましてや、ハグリッドに罪を擦り付けるなんて……。

 あ、でも……トムは純血思想を抱いてなくても、ハグリッドがアラゴグを連れ込む可能性はあるわけだ。だけど、アラゴグ単体ならそこまで脅威にならないんじゃないかな。あれって、退学になったハグリッドがアラゴグを「禁じられた森」で育成し、妻を勝手に連れてきた結果、大蜘蛛のコミュニティが爆誕してしまったわけで……つまるところ、彼が退学にならないのであれば、「禁じられた森」にコロニーが形成されず、なんとかなるのでは?

 うーん……そう上手くいかない気がする。

 

 明日、トムに魔法界の蜘蛛事情について聴いてみようかな。

 

 

 

●1942年 8月■日

 

 アラゴグ、かなりヤバい。

 自分の予想を上回るヤバさだった。

 

 トムから「幻の動物とその生息地」を借りて、アラゴグについて調べてみた。

 あの蜘蛛――アクロマンチュラというらしいが、学生ごときに扱える存在ではない。人肉を好むとか恐ろしいし、単純な魔法攻撃では倒せない強靭さを兼ね備えているそうだ。猛毒は魔法薬に使われるみたいだけど、アクロマンチュラが強敵過ぎてなかなか入手できないとか……。

 こんなの卵の状態で壊しちゃうか、孵化したばかりの頃に潰すのが一番だ。

 

 それにしても、ハグリッドはアラゴグをどうやって手に入れたの?

 卵の状態で入手したとしても、誰から貰ったの!?

 まさか、ハグリッドが夏休みにボルネオ島に旅行した? ありえない、お父さんが亡くなったばかりなのに、そんなことできるはずがない。ホグズミード村? ホッグスヘッド? でも、さすがにハグリッドが怪しげな大人と取引をしていたら、アバーフォースが勘づくはずだけど……?

 というか、このご時世にボルネオ島から卵を輸入できるの?

 ボルネオ島って、フィリピンの辺りだよね? ちょうど、戦争の真っ只中なんじゃ……いや、だからこそ、そこから逃げてきた人が卵を持っていたの? うーん、分からない。

 

 これも原作をしっかり読み込んでいたら、どこかに記載があったのかな……?

 

 

《追記》

 

 日記を閉じて、寝る支度を整えていたら、ピアノの音色が響いてきた。

 先日、ラシェルがユスフさんからピアノを譲り受けたことを思い出す。それを自分の部屋で弾いているのだ。だけど、彼女が奏でる音色はいつも聴いたことのない曲。しかも、ときどき考え込むように止まる。練習しているのではなく、思い悩んで歩みを止めるように鍵盤から指を離すのだ。

 

 今晩もそうだった。

 私はガウンを羽織ると、彼女の様子を見に行くことにした。部屋の扉はわずかに開いており、中をこっそり覗き込む。ラシェルはピアノの前に腰を下ろし、せっせと楽譜に鉛筆を走らせていた。同じフレーズを何度か弾いては首を傾げ、消しゴムでこすり、また鉛筆で書きこむ。これをひたすら繰り返している。

 

 ラシェルは作曲をしていたのだ。

 

 私は一度、台所まで降りた。

 ハーブティーを淹れ、再び彼女の部屋を訪れる。今度は、ちゃんとノックをした。すぐにピアノの音が止まり、彼女がおずおずと姿を現した。

 

「すみません、うるさかったですか?」

「とても素敵だったわ。私は好きよ。落ち着く音色だったもの」

 

 そう言いながら、ハーブティーを淹れたお盆を掲げてみせる。

 ラシェルはぽかんとした顔になった。口を呆けたように開けたまま、お茶を不思議そうに凝視している。

 私はそんな彼女に微笑みかけた。

 

「ちょっとお話がしたくて。時間、大丈夫?」

「え……はい」

 

 テーブルにお茶を置き、互いに向き合うように腰を下ろした。

 

「作曲しているの?」

「……ジョナタンに習ったことがあって」

 

 ラシェルは俯きながら、静かに話してくれた。

 

「あの人、作曲が好きだったんです。自分でクラリネットを吹くよりも……きっと、あの人は書き続けたかった。もっともっと曲を書きたかった。その意思を継ぎたいって思ったんです。私なんかじゃ、彼の足元にも及ばないけど……」

 

 ラシェルの声は相変わらず寂しそうな色をしていた。けれども、本人なりに前を向こうと――生きようとしていることが伝わってくる。

 

「……出来上がったら、トムに見せてあげて。ジョナサン君、彼のバンドの曲を作っていたから」

「でも、たぶん完成するのは、9月を過ぎると思うの。それに、彼の通う学校の住所を知らないわ」

 

 ラシェルが本気で心配しているようだったので、私は彼女の肩をぽんぽんっと軽く叩いた。

 

「不安だったら、まずは私に送って。そこから、トムに送ってあげる」

 

 9月になったら、ラシェルは寄宿舎付きの女子校に入学する。

 編入試験は見事にパスし、校長先生から「素晴らしい英語力ですね。これなら問題ないでしょう」と褒め言葉をいただいた。それと一緒に、膨大な宿題も。だけど、彼女は文句を言わずにこなしていた。

 

「……クリスマスには帰って来なさい。一緒にお祝いしましょう」

「私、クリスマスを祝ったことないの」

 

 ラシェルが変わらぬ表情でそう言ったものだから、私は少しギョッとした。でも、すぐに彼女の抱える事情を思い出した。

 

「それなら、初めてのクリスマスプレゼントになるのね。腕が鳴るわ」

 

 そう言って笑いかければ、彼女の頬がわずかに緩んだ。

 年頃の女の子にプレゼントをするなんて、初めてだから緊張する……。

 いまから、いろいろと考えなくちゃ!

 

 

 

 

 

●1942年 9月1日

 

 

 トムとラシェルを見送った。

 幸運なことに、2人ともキングズクロス駅から出発だった。

 もっとも、ホームはまったく違うけど。

 まず、ラシェルを見送った。旅行姿の彼女は緊張した面持ちだったけど、確かな足取りで列車の中へと消えて行った。こちらが窓の外から手を振ると、少しばかり笑みを浮かべて手を振り返してくれた。

 

 彼女を見送ったあと、すぐに9と4分の3番線へ。

 トムは見送りを嫌がって、9と4分の3番線に着いた途端、姿を消してしまったけど……それでも、ホグワーツ特急の車輪が回り始めたときには、窓からひょこりと顔を覗かせてくれた。

 

「トム!」

 

 私が駆け寄ると、トムは嬉しそうに目を見開いた。わずかに頬も赤く染まっている。だけど、それはほんの一瞬。瞬きする間に、つんっとすました表情になってしまっていた。

 

「ふーん。アイリス、まだいたんだ。さっさと帰ればいいのにさ」

「トムが心配だもの!」

 

 車両と並んで歩きながら、私は叫んだ。そのまま汽笛に負けないように大声で叫び続ける。

 

「お行儀よくね! それから、危ないことはしないように! クリスマスには帰って来るのよ!!」

 

 トムはなにも言わなかった。

 ただ、こくりと頷いた。その間にもホグワーツ特急は速度を増し、トムを乗せた車両は走り去ってしまう。すぐに彼の顔は小さな点になり、見えなくなった。ホグワーツ特急の真紅の車体がプラットホームから遠ざかり、消えていく。名残のように高らかに上がっていた煙も風に浚われ、いつのまにかなくなってしまっていた。

 

「……母さん、行こう」

 

 フェンリールの声で我に返る。

 袖をくいっと引かれ、周囲を見渡せば、ホームに残っているのは私たちだけだった。ちょっと離れたところに、ナティが立っている。

 

「そうね。私たちも家に帰る汽車の時間が迫ってるものね」

 

 私はそう言って、フェンリールの手を握った。傷だらけの小さな手を握りながら、ふと――思い出したように告げる。

 

「フェンリール。別に母さんって呼ばなくていいのよ。私なんて、アイリスでいいのに」

「母さんは母さんだろ。おれが、そうよびたいからよんでるんだ」

 

 フェンリールはぶっきらぼうに言ってから、最後にボソッと一言付け加えた。

 

「……あいつも意地はらずに、母さんってよべばいいのにな」

「トムらしくていいじゃない」

 

 10年以上昔に言ったことを、いつまでも覚えてくれている。

 それだけで、私は胸が弾むくらい嬉しいのだ。

 

「……」

 

 そう、10年経った。

 そして、今年は「ハリー・ポッターと秘密の部屋」から50年前。原作通りだと、トムが「秘密の部屋」を開ける年。バジリスクがホグワーツを恐怖に陥れ、閉校寸前まで追い込む――もちろん、トムがそんなことしないのは分かり切っている。いまのトムは、人を傷つけるような子ではない。マグル生まれに対する差別意識もないはずだ。既に原作から大きく乖離しているので、万に一つもありえない。

 

 それなのに、さっきから感じる胸騒ぎはなんだろう?

 例えば、修正力のようなものが働くとしたら? 歴史が変わって坂本龍馬の暗殺を回避したはずなのに、別のところで殺されてしまうような――原作を成立させるため、辻褄を合わせに圧倒的な力が働くのだとしたら?

 そんなもの、いままでなかったのだから気にしなければいい。

 第一、そんなものがあるなら、私はこの世にいないはずだ。もしくは、私に子どもを育てられない事件が起きて、トムを元の孤児院に戻していることだろう。それがなかった以上、心配する必要はないような気もする。

 だけど、ありえないとも言い切れない。いままでなかったから、これからもないのだと断言できない。

 ここは、用心を重ねるべきだろう。

 私もできる限りのことをしようと思う。

 

 どうか、この1年……何事もなく平穏に過ぎますように。

 

 

 

 

 

 

 

 




次回、更新は3月21日(金)を予定しております。
本編の更新は1週間お休みしますが、3月14日(金)には「これまでの登場人物」を投稿する予定です。
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