●1931年 6月〇日
モーリスが原稿と引き換えに、お米を買ってきてくれた。
いやー、これは本当にありがたい。
前世の影響か、ときおり物凄くお米が食べたくなる。お米と言っても、日本のようにもちもちな食感ではないけど、食べられるだけで大満足。
でも、お米はなかなか手に入らない。
最初こそ「中華街に行けばいいじゃん。お米くらい売ってるでしょ?」っと思ったのだが、中華街はイーストロンドン。それに中華街といっても、横浜や神戸にあったような料理店や土産物、中華食材が並ぶ賑やかな観光通りではなく、治安の悪いアヘン街。
それでも、お米が食べたいという気持ちが抑えきれなかった。
だから、ルークに……ルークが命を落としてからは、モーリスに「危ないから付き添ってほしい」と頼んでいたのだが、トムが来てからは行くのをためらっていた。
トムをアヘン窟に連れていくわけにはいかない。
かといって、トムを留守番させるのも……。いや、トムなら留守番くらい完璧にこなせるだろうけど、時期としてはちょっと早いかな。それに挿絵の仕事を増やしたから、イーストロンドンまで足を伸ばす時間がなくなったということもあるかもしれない。
だから、モーリスがお米を買ってきてくれて本当に嬉しい!!
さっそく、カレーと一緒に食べる。
「カレーなんて昔流行った食べ物、古臭い」っていう人もいるけど、私には関係ない。カレーと米ほど合う食べ物はないし、実に最高である。
ちなみに、トムはあまり米が好きではないみたい。
全部食べてはくれるけど、あまり良い顔をしない。「ぱさぱさしている。虫の幼虫みたい」だとか。
「カレーはおいしいけど、パンのほうがいいとおもう」
トムは至極真面目な顔で訴えてくる。
私には虫になんて見えないから、ちょっぴりがっかり。でも、トムが苦手なら今後は配慮していこうと思う。私だって、苦手なものは無理に食べたくないから。
あーあ! お醤油も売ってるといいのに。
お醤油の味が恋しいし、出汁の効いた味噌汁だって飲みたい……っ!
だいたいイギリスの食事って緑野菜が少なくて、子どもの健康に良くない。彩りだって微妙なところあるし……私も20数年健康に暮らしているので問題ないとは思うけど、前世日本人の感覚が邪魔してくる。
第二次大戦が終わったら、絶対に日本へ行くぞ!
※
●1931年 7月△日
ついにトムの制服を買った!
今年の9月から、トムも小学生。それも1年生ではなくて、0年生みたいな感じ。9月入学のこともそうだけど、前世日本人としての感覚が抜けないから不思議に思ってしまう。
トムを引き取ったときには、地元の公立小学校の募集締め切りは過ぎてしまってたから、ちょっと大変だったけど……ようやく決まって安心した。
いや、トムは引き取る前に入学する学校が決まっていたから、そこに行けばよかったのだけど、いま住んでいる場所はウール孤児院とは違う学区だ。それに、学校としての評価はあまり高くない。
いそいで地元の学校を調べたけど、2校ほど「定員いっぱいだから」と断られ、3校目でようやく受け入れてもらうことができた。
本当、日本が懐かしい……自分で小学校を探さないといけないとか、ぶっちゃけありえない! しかも、公立なのに学校によって教育レベルがバラバラとか、国はなに考えているの? 最低限の足並み位は揃えて!
と、怒っても仕方ない。
とりあえず、行く学校は平均よりちょっと良い感じのところに決まった。
私立? いまさら申し込んだところで門前払いされるのが目に見えているし、学費はとてもではないけど払うことができない。
そういえば、ホグワーツの学費ってどうなるんだろう?
やっぱり、私立だから高いの?
魔法界にも奨学金という制度もあるみたいだけど、ウィーズリー家なんか教材買うのに苦労してたっぽい描写あったから不安になってくる。お金、貯蓄しておこう……。
さて、制服の話に戻るが、トムに大変似合っていた!!
深い紺色のブレザーはトムをさらに知的に見せたし、黒い半ズボンからのぞく白く細い美脚は年齢相応の幼さを感じさせて、極めて目に毒である。我が家にカメラなんて高価なものはなく、代わりと言わんばかりに、私はトムの制服姿をスケッチしまくってしまった。この感動を後世まで残しておかねば!! と、エンジン全開でペンを動かしていた。
今になって思い返せば、ちょっと気持ち悪い反応だったかもしれない……トムもドン引きしてた。ごめんなさい、トム。私、とても反省してる。だけど、このスケッチは捨てない。トムが結婚して孫が生まれるまで残しておくつもり。永久保存である!!
「学校なんて、きょうみないな」
私がスケッチをしている最中、トムはぼそりと口にした。
「どうして?」
「だって、魔法をためすじかんがへるから」
「でも、他に学べるものがあるかもしれないわ」
「ほかのもの?」
トムは仏頂面で問いかけてくる。
「人間関係かな。人同士の付き合い方や社会のルール」
「くだらない」
トムは吐き捨てた。
「そんなの孤児院でしってる」
「んー、そうかもしれない」
ここで、私はスケッチの手を一旦とめた。
トムは孤児院であまりよい人間関係を築けていなかったようだし、それがすべてだと思っているのかもしれない。
「とりあえず、通ってみることが大事なんじゃないかな」
「なんだそれ」
「私も学校に通っている間は、どうして通っているのか……詳しく答えられなかったと思う。義務教育だから渋々通っていた時期もあったかも。でも、大人になってから『学校に通ってよかった』って分かったかな」
「たとえば?」
「具体的には難しいわね」
私は苦笑いをするしかなかった。
「学校に行かなければ友だちができなかったし、この仕事をすることもなかった。この仕事を始めてなければ、トムに会うこともなかったわ」
ね、学校に通うのは大切でしょ?
そう微笑みかけてみたが、トムは複雑そうな顔をするばかりだった。
「僕、ともだちなんていらない」
「いまはそれでもいいわ」
「いいのかよ!」
トムは驚いたように叫んだ。たぶん、「友だちは作った方がいい」みたいな一般論を言われると思ったのだろうなーと感じながら、私はスケッチブックを横に置き、トムに歩み寄ることにした。
「いまはね。だって、友だちって作ろうと思って作れるときもあるけど、無理に作ろうとしても作れない。そうかとおもえば、いつのまにか友だちが出来ていることもあるから。でもね、これだけは覚えておいてほしい」
私は最初に会ったときみたいに、トムの手を優しく握った。
「私はトムのことを愛してるから。トムがどんな大人になっても、永遠に」
「アイ?」
トムはきょとんとした。
「アイってなに?」
「貴方の帰る場所になるってこと」
愛がなんなのか、例えるのはとても難しい。
家族愛なんて言葉で表せば簡単だけど、具体的に口にするとなると頭を悩ませてしまう。だから、自分にできる精いっぱいの言葉で表すことにする。
「私は貴方の味方だってことかな。世界のすべてが貴方の敵になったとしても、私だけは味方だから。……まあ、そうはいっても、悪いことしてたら駄目だって叱るけど」
「……よくわからない」
「それも、いまはそれでいい」
私は手を離すと、そのまま彼の頭を優しく撫でた。艶やかな黒髪をゆっくり撫でながら、彼に言い聞かせるように言葉を続ける。
「これから少しずつ、それを学んでいけばいい。ただ、私は貴方を愛していることを忘れないで」
4歳になるまで、愛を知らなかったのだから……いまから、少しずつ学べば大丈夫。
私はトムを絶対にヴォルデモート卿にさせない。マグルで子育て経験のない私にはいばらの道だって分かり切っているし、これからマグルの学校生活を送るうえで絶対に人間関係の問題が起きてくると理解しているけど、私はこの子を育てると決めたのだ。
だから、たとえ――トムがヴォルデモート卿になるのが運命で定まっていたとしても、覆せるようにあがいてみせる。
「うん」
トムはややあってから頷いた。
本当に分かっているのかどうかは測れないけど、少しずつ理解してもらえたらありがたい。
学校に通うようになって、トムに友だちができたらもっと嬉しいな!