トム・リドル育成計画!   作:寺町朱穂

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〇1942年9月 たぬきの贈り物

●1942年 9月〇日

 

 ラシェルに手紙を書くことにした。

 彼女から私に手紙を書くとは思えないし、かといって、手紙が一通も届かないほど辛いことはない。ただでさえ、周りの子たちには家族からの手紙や包みが届いているのに、自分にはなにもないのは心が苦しくなる。そのあたりは、いまの人生始めてから実体験しているからね……。友だちには手紙が配られるのに、私だけ差し入れも何もないっていうのは……けっこう堪えるものだ。

 編入生――それも、フランスからの外国人ともなれば、浮くこと間違いない。私にできることは、少しでも彼女が馴染めるようにサポートすることくらいだ。

 

 手紙といえば、フェンリール!

 彼はミネルバ・マクゴナガルと文通を続けている。彼女への手紙を投函するときは、「これでどうだ」と言わんばかりの笑顔を浮かべている反面、返信を読むなり「ぐぬぬ」と苦虫を噛み潰したような表情になる。内容までは聞かないし、彼も話してくれないけど――……たぶん、彼女にしてやられるような文章が綴られているに違いなかった。

 とはいえ、フェンリールもやられっぱなしというわけではない。

 少なくとも、成績は間違いなく向上していた。

 まず、テストの点数が一気に上がっている。文字だって読みやすくなったし、スペルミスも滅多にない。勉強に対しても、かなり前向きになった。いまはかけ算九九(Times tables)を勉強中だ。ミネルバ・マクゴナガルは既に習得しているらしく、「俺もおぼえるんだ!」とせっせと練習しているのである。私も練習に付き合って、夕食前は九九の音読を聞くようにしていた。

 それにしても、九九かー……私も苦戦したな……。

 つい日本語で考えてしまうから、それをいちいち英語に直してから口に出さなければならず、そのあたりが本当に面倒だった。それも一の段、二の段って順番に進んでくれたら変換しやすいのだけど、「かける数」ではなく「かけられる数」ごとに覚える羽目になるからさ……厄介なこと極まりない。おまけに、12の段までやらないといけないのだ。日本式が世界標準だったら良かったのにな……。

 

 今日も夕食前、ディークがマスを焼いている間に、フェンリールの特訓に付き合った。

 フェンリールは椅子の上で胡坐をかき、目線を天井に向けながら必死に唱えている。

 

「5×8=40、6×8=48で、7×8は……あー、くそっ!」

 

 フェンリールはわずかでも言い淀むと、頭を乱暴に振るった。

 

「ちょっと止まったくらい大丈夫よ」

「俺はいいけど、あいつらにまけたみたいでイヤだ!」

「あいつら?」

 

 はて、ミネルバだけでないのか? と不思議に思って聞き返すと、フェンリールはとびっきり不快そうな顔で答えた。

 

「アニキと猫」

「ああ、トムのことね」

「どうせ、一発でおぼえたんだろ?」

「そうだったけど、比べなくていいんじゃない? 私だって時間がかかったし、そのあたりは人それぞれだから」

 

 トムはいつのまにか習得していた。

 たぶん、ほとんど一発で覚えたのは間違いないだろう。私が学校で「かけ算」の学習が始まったと聞いて、「練習に付き合おうか?」と話を振ったときには既に習得していた。私がどの段を聞いても、さらさらっと立て板に水が流れるように唱えていたっけ……懐かしいな……なーんて、思っていれば、フェンリールが不満そうに口を尖らせていることに気づいた。

 

「フェンリール?」

「母さんもかんたんにおぼえたんだろ?」

「そんなことないわ。何度も詰まって、先生に怒られたもの」

 

 まあ、先生には厳しく怒られたけど、同時に呆れられた。英国式九九(Times tables)を唱えることはクラスの誰よりも難儀していたにもかかわらず、ペーパーテストは一番早くに終わらせていたのだから……そりゃそうだ。黙々と取り組む紙のテスト相手なら、日本式九九を使ってもバレないのである。

 

「ほら、私のことはいいから。もう一度、1×7からやるんでしょ?」

 

 私が手をぱんぱんと叩くと、フェンリールは不服そうながらも再開した。

 結局、今日は×7をマスターすることはできなかったけど、いまの感じだと数日以内には覚えることができるだろう。

 

 

 

●1942年 9月△日

 

 ダンブルドア先生、いきなりの家庭訪問は心臓に悪いので止めてください。

 

 9月も中盤が過ぎて、もうじきクラブアップルが熟すだろうなーなんて考えていた昼下がり、頭上を一羽のフクロウが飛び去って行った。フクロウから手紙が落ちてきたので受け取ると、ダンブルドアからの手紙だったのだから腰を抜かしそうになった。

 しかも、明日来るとか……本当に勘弁して。

 ダンブルドアも忙しいのは分かっているよ。

 グリンデルバルドと戦争しながら、学校で教鞭を執っているのだから……まあ、トムが「秘密の部屋」を開けないはずだから、今年の忙しい度合は原作より半減するだろうけどね。

 

 とりあえず、レモンキャンディーの買い置きがあって助かった。

 

 あとは、茶請けとなるケーキでも焼く準備をした方がいいかも。だけど、砂糖足りるかな……? トムがいる間、かなり贅沢に使ってしまったから余分がないのだ。まあ、なんとか工面するとしよう。

 

 

 

●1942年 9月×日

 

 ダンブルドアは時間通りに呼び鈴を鳴らした。

 訪問が夜だったのは、別に構わない。ダンブルドアが昼間に訪ねてきたら、絶対に目立つからね。そんなことがあったときには、その日のうちに近所中の噂になっているはずだ。

 もっとも、いまの彼は原作のようないかにも魔法使いなお爺ちゃんではなく、ファンタビの紳士な男性だけど、目立つものは目立つ。ダンブルドアもそのことを自覚しているようで、彼を招き入れたとき、さりげなく前の通りを確認したら道に明かりが一つも灯っていなかった。たぶん、火消しライターを使ったに違いない。

 

「久しぶりだね、リドル夫人」

 

 ダンブルドアは帽子をひょいっと持ち上げて挨拶してくる。

 

「6月以来だったかな?」

「そうだと思いますわ、先生。さあ、どうぞこちらに」

 

 私が居間に招き入れると、フェンリールとエンラクがソファーの影で縮こまっているのが目に入ってきた。エンラクはダンブルドアを歓迎しているようで、楽しそうに尻尾を振っていたが、フェンリールが止めている。

 

「やあ。フェンリール」

 

 ダンブルドアが屈みこんで優しく聞いたが、フェンリールは警戒の視線を崩さない。

 

「……」

 

 フェンリールは鼻をすんすんと動かしたかと思うと、目線だけちらっとダンブルドアの背後に向けた。まるで、そこに誰かいるのかと確かめるかのようだった。もちろん、彼の後ろには誰もいない。

 そんな彼を見て、ダンブルドアはすまなそうに微笑みかけた。

 

「ああ、ミネルバは一緒ではないんだ。期待させてしまったかな?」

 

 すると、フェンリールは無言でぶんぶんと首を振った。

 

「フェンリール、君に渡すものがある」

 

 ダンブルドアは胸ポケットから一枚の封筒をつまみだした。

 私の位置からは良く見えなかったけど、フェンリールは封筒を見た途端、ますます怪訝そうに眉を寄せた。

 

「その封筒(ふーとう)のあて名の書きかた……猫――じゃなくて、ミネルバ・マクゴナガルの文字じゃん。なんで、あんた――じゃなくて、先生がもってるんですか?」

「ここに来る前、ミネルバを訪ねたんだ。君から『猫の妖精(ケット・シー)』というあだ名をつけてもらったと、嬉しそうに話していたよ」

「んなっ!?」

 

 その途端、フェンリールの顔が急激に茹で上がった。顔でお湯が沸かせそうなくらい真っ赤に頬を染め、ぱくぱくと口を動かしていた。しかし、なかなか声が出てこない。やっとの思いで、彼は絞り出すような声でこう言った。

 

「あ、あの女……!? ほ、ほかに何か言ってなかったか……ですか!?」

「お礼に、君にもあだ名をつけたと。たしか――」

「い、言うな! たのむから、だれにも言わないでくれ!!」

 

 フェンリールはソファーの影から飛び出すと、ダンブルドアから手紙をひったくった。そのまま、風のような速さで駆けだして、居間から姿を消してしまう。ほどなくして、二階の部屋のドアが勢いよく閉まった音がした。たぶん、部屋に戻ったのだろう。エンラクも彼につられて2階に上がってしまったので、居間に残るのは、私とダンブルドア、そしてディークの3人になってしまった。

 

 私は嵐のような出来事にぽかんとしていたが、ダンブルドアのくすくす笑う声で我に返った。

 

「君の2人目の息子は、なかなか良い友人に巡り合えたようだ」

 

 彼はそう告げると、どこからともなく瓶を取り出した。その瓶を見て、今度は私が腰を抜かしそうになった。

 

「カルピス!?」

 

 私は思わずしげしげと瓶を見てしまう。

 私の知っている青と白の柄ではなかったが、瓶のラベルには間違いなく「カルピス」の四文字が刻まれていた。

 

「いったいどこで!?」

「友人がくれたものだが、私には飲み方が分からなくてね。そこで、リドル夫人を思い出したんだ。ナティから君は日本(ジャパン)に詳しいと聞いている。教えていただけないだろうか?」

「え、ええ、かまいませんけど……」

 

 いやー、まさか、この時代にカルピスと巡り会えるとは思っていなかった。

 てっきり、カルピスは世界共有の飲み物だと思い込んでいたから、英国どころかヨーロッパ、アメリカにもないと知ったときの絶望感――ああ、思い出したくもない。この日から、カルピスは日本に渡航できたら飲みたいものリストに名を連ねていた。

 

「ですが、私……飲み方は知っていますが、水を入れる割合とか詳しく分かりませんわ」

「それでもかまわない。君のやり方でいいんだ」

 

 うんと幼い頃、前世で祖母が割ってくれたような記憶はあるけど……それっきりだ。それ以降は、普通に割ってあるものを飲んでいた。必死に記憶を手繰り寄せて、水で薄めてみることにした。カルピスをかき混ぜながら、記憶にある色と近い色になるまで、少しずつ水を出していく。

 そして、ダンブルドアに出す前、自分の分だけ味見として一口飲んでみることにした。瞬間、カルピス特有の懐かしい甘さが口の中に広がり、ほうっと息を吐いた。脳内に浮かんだのは、幼稚園の頃の夏休み――蚊取り線香の匂いと肌に張りつく蒸し暑さ、ちりんっと風鈴の音とアブラゼミの鳴き声が聞こえてくる。

 

『――ちゃん、よく来たね』

 

 蝉の鳴き声に混じり、すっかり忘れていた祖母の声が蘇ってきた。皺だらけの顔をよりいっそう皺だらけにして、にこにこと微笑みながら、カルピスとおせんべいの入った盆を持ってきてくれる。ただのおせんべいでも、おばあちゃんの焦げ茶色の菓子入れに入れば特別感が出てくる。おばあちゃんの家まで、駅からずっと歩いたこともあって、のどがカラカラだったから、冷たいカルピスは凄く美味しくて――と、ここまで思い出したところで、私は強引に頭を振った。そうでもしないと、泣き出してしまいそうだった。

 

「……っ!」

 

 ぺしぺしっと頬を叩き、気持ちを切り替える。

 思い出に浸るのは後回し。いまは、ダンブルドアを待たせているのだ、と自分に言い聞かせた。

 

「お待たせしました」

 

 コップに入ったカルピスを差し出す。

 ダンブルドアは口に含むと、味わうように舌で転がしているみたいだった。ややあってから、ごくりと飲む。やがて、にっこりと微笑んだ。

 

「甘くて美味しいな。子どもが好きそうだ――もちろん、私も好きな味だよ。三本の箒で出せば、大人気商品になること間違いなしだ」

「……私もそう思います」

 

 でも、私は飲めなかった。

 これ以上、飲んだら――懐かしい記憶が蘇って、ダンブルドアとの話に集中できなくなる。

 

「ところで、今日いらっしゃった理由は……まさか、カルピスの割り方だけではないのでしょう?」

「……そうだな」

 

 ダンブルドアは、まだ半分残ったコップを置いた。青い眼をまっすぐこちらに向けて――こんなことを言った。

 

「クリーデンスがもう長くないという話は知っているだろう?」

「ええ……」

 

 トムが入学する前の時点で、もう幾ばくもない状態だった。あれから5年以上――十分長生きしたと考えるべきだろう。

 

「クリーデンスの周囲で、グリンデルバルドの手の者が怪しい動きをしている」

「彼の死を早めようとしている、ということでしょうか?」

「いや」

 

 ダンブルドアは短く答えた。

 

「実は、彼のところに一人の女性が見舞いに来ていてね。その女性に接触しようとしているようなんだ」

「女性とは?」

「インドネシア出身の女性でね……ナギニという名前だ」

 

 ナギニ!

 私は息を飲みそうになるのを必死に堪えた。テーブルクロスの下で、ぎゅっと拳を握って動揺していないことがバレないようにしたけど――でも、まあ、ダンブルドア相手だからバレているような気がしないでもない。

 私でも、ナギニは知っている。

 ナギニといえば、ファンタスティックビーストシリーズで、クリーデンスと行動を共にしていた女性だ。たしか、蛇になる呪いを患っているとかだった気がする。

 でも、重要なところはそこではない。

 なにせ、ナギニはヴォルデモートの愛したペットであり、分霊箱(ぶんれいばこ)なのだ。原作に深く絡んでくる大蛇である。

 

「クリーデンスの見舞いに来る女性ですから、悪い方ではないと思いますが……」

 

 将来的には分霊箱(ぶんれいばこ)になって、歴史家のバチルダを殺して成り代わるような蛇――いや、いまは女性だが、クリーデンスとの関りを見る限り、そこまで悪い人には見えなかった。では、なぜ――と考えていると、ダンブルドアがいつになく厳しい目で私を見ていることに気づいた。だけど、私の勘違いだったのかもしれない。瞬きしたときには、もういつもの柔らかな表情に戻っていた。

 そして、彼はゆっくりと口を開いた。

 

「グリンデルバルドの目的は、私をホグワーツに留まらせることだ。私がホグワーツから出られない状況を作りだし、その間に戦局を優位に進めようとしている」

「……そのための駒が、ナギニさんだと?」

「その通りだ。これはあくまで私の予想に過ぎないが……ナギニを上手く操り、ホグワーツで事件を起こそうとしている」

「ホグワーツで事件……」

 

 「秘密の部屋」が脳裏をよぎった。

 でも、トムが開けるわけがない。それに――あの場所を知っているのは、スリザリンの継承者だけだ。私も知っているけど、原作を知っているからだし……ナギニが知るはずない。彼女に教える人もいるとは思えなかった。

 

「ですが、先生ほどの魔法使いでしたら、どんな事件も解決できるはずですわ」

 

 「秘密の部屋」は万に一つもありえないとして、他の事件ならダンブルドアに解決できない謎はないように思えた。むしろ、ダンブルドアは「秘密の部屋」の場所について見当はついていたんじゃないか? とさえ感じる。

 

「リドル夫人、私も人間だ。分からないことだってある」

「ご謙遜を」

「本当だ。だから、リドル夫人――もし、なにか話したいことがあるときは、気兼ねなく連絡してかまわない」

 

 ダンブルドアが指を鳴らすと、手のひらに名刺サイズのカードが出現した。そのまま、優雅な手つきで私に渡してくる。表面はまっさらなカードだったが、裏側を確認すると薄い鏡がはめられている。

 

「これは?」

「その鏡に話しかけてくれ。いつでも返事をする」

 

 どうやら、両面鏡のようなものなのかもしれない。

 私はしばらく鏡を見下ろしていたが、ややあってから――ダンブルドアにこう尋ねた。

 

「先生。その事件に、トムが関わるということはあるのでしょうか?」

 

 ダンブルドアは何も返してこない。それが答えのようなものだった。

 私はカードをテーブルに置くと、深呼吸をした。心臓が早鐘をうつ音を感じながら、どうにか呼吸を整えると、ダンブルドアの青い眼を正面から覗き込んだ。

 

「私のようなマグルでもお役に立てるのであれば、喜んで力を貸しますわ。ですが、どうか、トムを危険に巻き込まないでください」

「……可能な限り、善処しよう」

「可能な限りでは困ります!」

 

 トムが「秘密の部屋」を開けないように、見張ってもらわないと困る。

 もちろん、いまのトムがマグル生まれを殺すようなことをしないと知っている。知ってはいるが、グリンデルバルドとナギニが手を組んだ結果、同じ事態が発生しないとも限らない。もしかしたら、ハグリッドではなく、トムが濡れ衣を着せられる可能性だってあるのだ。なぜなら、トムが「スリザリンの末裔」だという事実は、ホグワーツの誰もが知っていることだから……。

 

「分かった。努力しよう」

 

 ダンブルドアはそう言うと、カルピスを一気に飲み干した。

 そのまま席を立つ直前、にっこりと笑って――私に対して、言い残すのだった。

 

「ごちそうさま。今度はディナーでも囲みたいものだ。そのときは君の知っている日本(ジャパン)のことについて聴かせて欲しい」

 

 

 ……たぶん、ダンブルドアは気づいているんだろうな。

 私が想像している以上に。

 見た目は英国紳士だけど、たぬきみたいな男である。

 

 

 

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