トム・リドル育成計画!   作:寺町朱穂

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トム視点です。



●監督生★一直線!(後編)

 

「5分ですよ、パーシバルさん」

 

 トムは両手を後ろで組むと、にこやかに応えた。

 一瞬、脳裏に「握手を求められているのに、拒否するなんて失礼ではないか?」と浮かんだが、すぐに打ち消す。相手は名乗りこそしたが、それが本当の名前である確証はなく、なにより「グリンデルバルドの支持者」である。以前、ヴァイオリンと共に貰ったカードに三角形と丸印のマークが刻まれていたことからも明白だ。そのような人物の手を握り返したが最後、「姿くらまし」で見ず知らずの土地に連れて行かれるリスクがあった。もちろん、どこへ「姿現し」したとしても抜け出す自信はあったが、用心に越したことはない。

 

「ありがとう」

 

 パーシバルと名乗った男性は頬笑みを深めると、ゆっくりと手を引っ込めた。

 

「実は、君に謝りたいと思っていたんだ」

「僕に?」

「ヴァイオリンのことだよ」

 

 パーシバルは申し訳なさそうに眉を寄せると、ゆっくりと話し続けた。

 

「君に相応しい贈り物をしようとも思っていたのだが、拒否されてしまったことが哀しくてね。あのような態度をとってしまったのだよ。すまなかった」

「こちらこそ、無礼な態度でした」

 

 トムは心から謝っているかのような声色で返した。

 

「あのような逸品を贈ってくださったというのに……いつか大切に使わせていただきます」

「やはり、いまではないのか?」

「……ここだけの話ですが、『死喰い人』として演奏するには、いまのヴァイオリンの方があっているんですよ」

 

 トムは冗談っぽく笑ってみせると、パーシバルはやや驚いたように目を丸くした。

 

「理由を聞いても?」

「柔らかな音色、豊かな響き、心揺さぶる音――まろやかで素晴らしいですが、少しばかり個性が強すぎる」

 

 アルファードたちの演奏も、とても素晴らしい。

 だが、演奏技術に対してのみ評するのであれば、どんな素人が誰が聴いても「トム・リドル」一強である。アブラクサス・マルフォイを筆頭とした「死喰い人」のファンの大半は、トムの演奏を聴きに来ているといっても過言ではないだろう。アルファードたちもそれを知っているから、トムの演奏に喰らいついていくし、トムも彼らに歩み寄った音色を響かせる。

 現時点でも、このような状況だ。

 これで、トムが世界有数の名器を手にしてしまったら、もはや完全にアルファードたちを置き去りにしてしまう。世界レベルの演奏家たち相手ならば、そんなことにはならないのだろうが、哀しいことに――彼らのレベルはまだそこまで達していないのだ。

 

「だから、これでいいのです」

「友人想いなのだな。感心だ」

 

 パーシバルは深く頷いた。

 それを見て、トムはひとつ――少し前から浮かんでいた疑問を口にする。

 

「ですが、1つ腑に落ちないのです。アマティは滅多に入手できません。少なくとも、僕たちの演奏を聴いてから数時間で用意できる品ではないと思うのですが……いったい、いつから僕たちをご存じだったのですか?」

「君のことは、9年前から知っている。いや、実際にはもう少し前から」

「……なるほど」

 

 トムは微笑みの仮面を被りながらも、内心は意味が分からず困惑していた。

 9年前といえば、アイリスと暮らし始めたばかりの頃だ。自分の魔法を認識し、自由に操り始めた時期だが、自分以外の魔法使いを知らずに生きていた。唯一の例外は、クリーデンスである。だが、彼以外に魔法使いの知り合いはいなかったし、魔法学校の存在も否定的だった。

 

「つまり、パーシバルさん。貴方は魔法省の方ですか?」

「……なにを言っているんだい?」

「未成年魔法使用の禁止のことです。それを取り締まる部署の方でしょう?」

「いいや、違うが……ああ、誤解させてしまったようだ。予言のことで知っていたと言ったのだよ。もちろん、君は予言のことを知っているだろう?」

「あの……予言とは?」

 

 トムは意味が分からず聞き返す。しかしながら、パーシバルも驚いていることが見て取れた。先ほど、ヴァイオリンの話を打ち明けたとき以上に目を見開き、信じられないとでも言いたげな目付きで見降ろしてくる。

 

「トム。私の名前、パーシバルは先祖の予言者から貰った名前でね。私自身は、少し先の未来を視ることくらいしかできないのだが……それでも、予言には詳しい。しかし、まさか、君が知らないとは――……自分のことだというのに?」

「いったい、なんのことでしょう?」

「ダンブルドアも、君の母からも、なにも聴いてないのか?」

 

 とうとう、トムは自分の困惑を隠せなくなってしまった。

 

「母は、僕が産まれたとき亡くなりました」

「違う。アイリス・リドルのことだ」

「アイリス――母はマグルです」

 

 トムは首を振った。

 

「アイリスは魔法界とは、なにも関係を持っていません。ちょっと風変わりなところはありますが、生粋のマグルです。まして、予言だなんて……」

「なんてことだ!」

 

 パーシバルは仁王立ちになった。そこまで大きな声ではなかったが、ひしひしと怒りが伝わってくる。

 

「こともあろうに、君が……トム・リドル本人が、なにも知らないと? まったく、なにも?」

「いや、その……すみません。占い学は受講しているので、少しでしたら知っています。水晶玉とか、お茶の葉とか……」

「君の予言のことだ。カッサンドラ・トレローニーの予言だ!」

 

 パーシバルは当惑しきった眼差しを向けてくるが、トムもなんのことかさっぱりだった。

 カッサンドラ・トレローニーの名前は知っていた。占い学でも魔法史でも耳にしたことがある。だが、彼女の下した予言についてはあまり学んでこなかった。

 

「……トレローニーは習いました。ですが、僕に関する予言がされたとは……そもそも、僕はその時代に産まれていません。解釈違いなのでは?」

「予言者は遥か遠い未来を見通す力を持っている」

 

 パーシバルはそう言うと、大きなトランクから一冊の本を取り出した。随分と傷んだ本だった。淡い緑色の表紙だったが、湿気によると思われるシミがあちこちに見られる。

 

「カッサンドラは偉大な予言者だったが、嘆かわしいことに信憑性が一部疑われていた。そのせいで、彼女が残した予言の多くは散失してしまった。いま世に出回っているものは、後世に研究家がまとめたものだ。しかし、これは……」

 

 パーシバルは愛おしそうに表紙を撫でた。

 

「彼女が亡くなった前後に出版された一冊だ。もしかしたら、ホグワーツにもあるだろうが……いや、書庫から取り除かれているかもしれない」

「……本当に、僕に関する予言があるのですか?」

 

 トムが前に身を乗り出すと、パーシバルは慎重にページをめくった。

 

「ここだ」

 

 パーシバルが指さした箇所に、トムも目を落とした。

 

《新大陸の摩天楼が大いなる悲しみによって破壊された年、最後の月が死ぬとき、偉大なる蛇の王が父親に祝福されることなく誕生する。王は霧の街で産声を上げるであろう》

 

「新大陸……アメリカ……最後の月……父親に祝福されない」

 

 トムは震える言葉で呟いていた。

 自分が生まれた年、ニュートがアメリカで大立ち回りをしたという話は聞いたことがあった。大いなる悲しみというのは、オブスキュラスのことだろう。最後の月は12月、それが死ぬときは31日。父親に祝福されなかったことも、どんぴしゃだった。おまけに、「蛇の王」なんて冠言葉がついたともなれば、嫌でもスリザリンの血を引く自分のことだと理解してしまった。

 

「霧の都はロンドンだ。君の出生はロンドンだな?」

「はい。ですが……」

 

 平静を保てと自分に言い聞かせるが、足の震えが止まらない。

 なぜなら、その続きに記された文言は――トムの想像の域を軽く飛び越えるものだった。

 

《蛇の王はマルハナバチの賢者に比肩する力を持つ。しかし、それは双頭の蛇となり、互いに手を合わせることはできない。一方が食い殺されるまで、世界に夜明けは訪れないだろう》

 

「マルハナバチの賢者……?」

「アルバス・ダンブルドアだ」

 

 パーシバルは淡々と告げた。

 

「何故です?」

「デヴォン州の古い言葉で、マルハナバチのことを『ダンブルドア』と呼ぶからだよ……なるほど……本当に君は気づいていなかったのか。ずっと、彼から見張られていたのだ」

 

 そんなはずはない、と否定したかった。

 だけど、トムのなかでピースがはまってしまった。

 魔女然とした古いドレスしか着ない風変わりでお節介な女性、突然隣に引っ越してきたマグルのふりをした魔女、そして、なぜかアイリスに連絡を寄こしてきた魔法使い……マグルとしての人生の近くには、不思議なくらい魔法使いが近くにいた。ロンドンにはたくさんの魔法使いが住んでいると知っているが、マグルと接点を持つことはないというのに。

 

「一方が、食い殺されるまで……って……馬鹿馬鹿しいですよ」

 

 これも占い学的な比喩表現だ、と思い込みたかった。

 だが、ここまでハッキリと明言されている以上、比喩とは考えにくい。

 

「僕か……ダンブルドアが死なない限り、夜明けは訪れない? ……そんなことありえない!」

 

 トムは叫んでいた。

 見張られていたと知っていたが、ダンブルドアは間違いなく善人だ。腹に一物抱えていることは知っているし、油断ならない相手だと知っているが、グリンデルバルドが唯一恐れる男が悪人のはずがない。

 

「ありえないだろ。ダンブルドアはいろいろ企んでそうな感じはするけど、悪ではない。もちろん、僕だって!」

「……1つ聞こう」

 

 パーシバルはわずかに身体を屈め、目線を合わせてきた。

 

「ダンブルドアは偉大なる魔法使いだ。しかし、なぜ……グリンデルバルドを止めない? 自らの手を汚さない? ホグワーツに閉じこもり、自分だけ安全圏にいるのは何故だ?」

「それは……」

「君を前線に行かせたのだってそうだ。自分が出て行けば、もっと多くの人を救えたはずだ。にもかかわらず、ダンブルドアは君を送り出した。いくら能力は平均的魔法使いより遥かに上とはいえ、実戦経験のない学生を……」

 

 トムは答えられずに、目を逸らした。

 脳に鞭を打ち、必死になって考えるが、思考は堂々巡りをするばかりだった。

 

「ダンブルドアは……僕を殺して、なにをしようというのです」

「殺される前に殺そうと考えたのかもしれない。誰もが、死ぬことは恐ろしい。その原因を排除しようとするのは、なにもおかしいことではない」

「狂ってる……僕は、信じない」

 

 たかが予言だ。

 カッサンドラ・トレローニーが下したものとはいえ、予言は予言だ。当たるはずがない。それに、この男が提示した予言が本物であるという確証はない。けれども、男が嘘をついているようには見えなかった。

 

 トムが予言を知らなかったことに、()()に驚いていた。

 

「君は良い子だよ、少年」

 

 パーシバルが真綿のように優しい声で言った。

 

「君の倫理観は、ひとえにアイリス・リドルによって育てられたものだ。おかげさまで、いまの君はどこに出しても恥ずかしくない青少年だ……誠実で、面倒見も良く、人望も厚い。だが、君の大好きなアイリスの()()は誰が保障する?」

「アイリスも……グルだって言いたいのか?」

「そもそも、だ。なぜ君はアイリス・リドルのことを(ママ)と呼ばない?」

「それは、アイリスが……そう呼べって言ったから」

 

 トムが声を絞り出すと、パーシバルは笑みを深めた。

 

「そうだ。義弟が母さん(マム)と呼んでも気にしないのに、君にはそれを求めない。むしろ、最初から呼ばせないようにさせていた。答えは簡単だ」

 

 パーシバルは耳元で囁いてくる。

 とびっきりの秘密話を明かすような声色で、耳を塞ぎたくなるような言葉を口にした。

 

「最初から、君の母親になるつもりはなかった。すべては、アルバス・ダンブルドアの命令だ。君を監視し、ダンブルドアに歯向かわない少年に育てようとしていたのだ。そして、自分の子育てが失敗したと判断したとき、感情を移入せず殺せるように……母と呼ばせなかったのだ」

「……ありえない。だって、アイリスは……僕と出会うまで、魔法使いが存在するなんて知らなかったんだ」

「本当に?」

「本当だ!」

 

 トムは負けじと言い返す。

 それでも、脳裏には懸念点が泡のように浮かんできた。

 

 アイリスが未来視を持っていること。

 そして、つい最近――帰省したとき、義弟のフェンリールとのやり取りが蘇ってくる。

 フェンリールは人狼だ。

 粗暴なところもあるが、気の良い奴だった。弟として可愛がるうちに、彼の人狼としての苦しみを和らげてやりたいと魔法薬の研究に精を出す程には大事に想っている。

 

 そんな義弟から、こんな言葉を投げかけられたことがあった。

 

『なぁ、アニキ。ハゲでヘビみたいな顔した魔法使いしってる?』

 

 リンゴを収穫していたとき、フェンリールは真剣な顔でそんなことを問うてきた。

 

『いや、知らない』

『本当か? ハダシの魔法使いなんだけど?』

『嘘じゃないさ。そこまで特徴的な魔法使いがいたら、絶対に忘れないからね』

『そうか……いや、ちょっと前なんだけどさ』

 

 フェンリールは教えてくれた。

 物置きでまね妖怪(ボガート)が現れたらしい。その際、アイリスの前に現れたのが、口にするのも憚られるほど恐ろしい魔法使いだったそうだ。

 

『アイリスが怖い魔法使いなら、モーフィンだろ。でも、おかしいな。あいつは不細工だけど、ハゲてないし、蛇みたいな顔もしていなかったはずだ……本当に魔法使いだったのか?』

『オレはまちがえねぇって! 黒いローブ着てたし、白い杖だってもってた。あー、そういえば、色がちょっとアニキの杖ににてたな』

 

 フェンリールは呟くと、ずいっとトムに顔を寄せてきた。まじまじと顔を見てきたが、吹き出すように笑うのだった。

 

『うん。やっぱりちげぇな! アニキとはにてもにつかねぇ顔だ! アニキの顔には鼻もちゃんとある!』

『僕を疑うなんて、良い度胸だな。白い杖なんて、たくさんあるだろ。たしか、カラマツの杖も白いぞ』

『ごめんって! それに、あいつへんな言葉を話してたんだ。英語じゃねぇ言葉』

『どんな言葉だ?』

 

 トムが尋ねると、フェンリールはうーんと唸った。

 

『わかんねぇ……英語じゃねぇんだもん。えっと……あー……“オレサマノテデェシマツシテヤロー”とか“オジギヲシロゥ”みたいなこと……意味はさっぱりわかんねぇ……ああ、そうだ!』

 

 フェンリールはポンっと手を叩いた。

 

『これだけは覚えてるぜ! “ハリー・ポッター”って言ってた』

『誰だよ、それ?』

『しらねぇー。でも、だれかの名前じゃねぇ?』

 

 この話は、これでおしまいになった。

 だけど、アイリスが魔法使いを――それも、自分も知らぬ謎の魔法使いを恐ろしく感じていることに、トムは強い違和感を抱いた。

 それに、ハリー・ポッターなる人物に心当たりはなかったが、ポッターは魔法族の旧家だ。「骨生え薬」を発明したことで、一躍財を成したと伝え聞いたことがある。

 しかし、ポッターなんて珍しい苗字ではない。

 マグルのハリー・ポッターなる人物がいても不思議ではないし、幼少期の劇場かなにかで恐ろしい魔法使いの扮装を見たことだって考えられる。そうに違いない、と思うことにしたのだ。

 

 しかし、ここに来て――その前提が崩れ去ろうとしている。

 

「パーシバルさん」

 

 トムは深呼吸をすると、目の前の男を呼んだ。

 

「ハリー・ポッターに心当たりはありますか?」

「1921年まで、ウィゼンガモットにいた男の名だ。ヘンリー・ポッター……ハリーという名の愛称で知られている。グリフィンドール出身で、ダンブルドアより1つか2つ上だったはずだ」

 

 その言葉を耳にした瞬間、トムは崩れ落ちた。

 

「嘘だ……アイリスが、僕を騙すなんて……」

 

 トムは息がヒュッとなった。目の前が真っ暗になる。視界に銀砂が舞い、目がちかちかし始めた。つい少し前までバタービールを一杯飲み干したばかりだというのに、喉はすっかり干からびてしまっている。そのくせ、両掌は汗でびっしょり濡れていた。

 

「……時間だ」

 

 パーシバルが呟いた。

 時間? と顔を上げれば、彼は人の好い表情を浮かべていた。

 

「君が最初に指定したのだろう? 5分間、と」

 

 トムは唖然とした。たった5分前のことだというのに、何十年も前の会話に思えた。

 

「私も多忙でね。もう行かなくては……話したりないのであれば、バカーの塔を訪れるといい。私の先祖の友人が居住していた場所だ。いまではすっかり廃墟だがね」

 

 彼はそう言うと、「姿くらまし」をした。

 ホグズミード村の裏手は、蹲る少年しかいない。壮年の紳士の姿など、最初からいなかったかのように風が吹いている。

 わずか5分の会合。

 しかしながら、トム・リドルの世界は一変していた。

 これまで一直線に信じていた頑なな土台が、いきなり叩き壊されたのだ。トムはたった一人黒い湖に浮かんでいるような心細さを覚えた。ちょっと強い風が吹けば、簡単に飛ばされてしまうような気さえした。

 

「……死にたく、ないな」

 

 ダンブルドアと戦う自分なんて、まったく考えられなかった。

 いや、想像はできた。だが、どうやっても打ち負かされてしまう。彼と授業で相対するたびに、ちょっと会話をする都度、直感的に「この人には勝てない」と感じるのだ。

 正直なところ、トムは自分の視点が友だちより上を行っていると感じるときがある。2年生のときには、ホグワーツの生徒の誰よりも魔法に秀でている自信があった。

 けれども、ダンブルドアには勝てない。

 ホグワーツに勤めるどの教授を束にしても敵わないくらい、ダンブルドアは遥か上にいる。少なく見積もっても、あと20年は魔法の訓練を積まなければ勝つことはできない。それを理解してしまうだけに、ダンブルドアに殺される未来しか視えなくなっていた。

 

「死にたくないよ……」

 

 アイリス、と続けようとしたことに気づき、ぎゅっと唇を硬く結んだ。

 いつまでも胸の奥に輝いていた幼い頃の思い出――旅行したこと、熱が出た日のこと、ヴァイオリンを貰ったこと、動物園に行ったこと、一緒にヒマワリを植えたこと、他にも一緒に紡いだ大切な記憶、それから、もちろん「トムは魔法使いなのね」と微笑んでくれたことも……宝石みたいに輝いていたそれを石ころみたいに乱雑にかき集め、記憶の片隅に押し込むと、固く閉ざした。

 二度と、思い出さないように深く沈めていく。

 

 しかし、そうすると――ますます虚しくなった。

 胸にぽっかりと大きな穴が開いたような満たされない寂しさで、身体が引き裂けそうになる。一気に時計が逆回転し、自分が幼くなった感じさえ覚えた。アイリスと出会う前の、ちっぽけで一人ぼっちだった孤児の自分に戻ってしまった。大声で理不尽さを叫び、泣きじゃくりたかった。喉元まで嗚咽が込み上げてくる。みっともない声が出る寸前で、トムはばちんっと自分の頬を叩いた。

 

「馬鹿だな、トム・リドル」

 

 喝を入れるように、トムはもう一度頬を叩いた。

 じんじんとした頬の痛みで、なんとか踏み止まる。

 

「あいつはグリンデルバルドの支持者だ。真実とは限らないだろ」

 

 さっきの書物だって、限りなく本物に近い偽書かもしれない。まずは、図書室に戻ろう。そこで、カッサンドラ・トレローニーの予言書を探すのだ。

 そこで、先ほどの予言を探せばいい。

 予言書に記されていなければ、あれが偽書だ。

 しかし、もし――仮に予言書自体がなければ……ダンブルドアが取り除いたのかもしれない。トムや他の生徒たちが目にすることを恐れて。

 

「それにしても、僕が蛇の顔になるなんて」

 

 トムは苦笑いをした。

 「蛇の王」にふさわしいではないか。少なくとも、大っ嫌いな父と瓜二つの顔より、蛇の顔がずっと良い。スリザリンの末裔である事実を嫌っていた自分が、蛇の顔になる可能性があることも皮肉に感じた。

 

「……急ぐか」

 

 遠くで鐘の音が響いている。

 まもなく、ホグワーツの生徒たちが城へと帰る頃合いだ。早朝こそ雲一つない青空だったが、いまではすっかり分厚い灰色の雲に覆われている。薄っすら雨の匂いもした。

 

 トムは誰かに呼び止められる前に、ホグワーツへの道を急ぐのだった。

 

 

 

 




次回はアイリス視点に戻ります。
更新は4月27日(日)を予定しています。
ダンブルドアがアイリスに告げた予言、パーシバル(グ●●デ●バルド)がトムに教えた予言……同一のものですが、意図して一部変えています。私の覚え間違いや誤字ではありません。どちらか片方が真実の予言です。
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