トム・リドル育成計画!   作:寺町朱穂

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〇1942年11月 これまでの積み重ね

●1942年 11月〇日

 

 今日、ご近所さんから「アイリスさんって、本当にやりくり上手よね」と褒められた。

 

「なにか秘訣がありますの?」

 

 目を輝かせて尋ねられたものだから、ちょっと返答に困ってしまった。

 

「少しずつ切り詰めていますの」

 

 私は曖昧な表情でそう返すしかない。

 やりくりがなんとか上手くいっているのは、ディークの手腕である。しもべ妖精の魔法のおかげで、2、3個の角砂糖を10個に増やしたり、バターを倍の大きさに膨らませたりすることができるのだ。それでも、ちびちびと切り詰めて使わないといけない。いつだって新鮮なお肉は足りないし、市場へ行ってもオレンジ一つ売ってない。

 なにもかも配給の時代だからね。

 あと3年もこの生活が続くのかー……憂鬱だな。

 せめて、クリスマスはちゃんとお祝いできるように準備しておこう。ただ、今年はラシェルもいるから、ハヌカー祭も取り入れようかな。今年はちょうど1日違いらしいから……お祭りで使う8枝の燭台に関しては、ロンドンに行くときに探してみよう。

 

 クリスマスといえば、今年もフェンリールに「サンタさんにお願いしたいプレゼントはある?」と聞いた。

 フェンリールはただ一言。

 

「肉」

 

 とだけ。

 なんとも夢がない……。

 

「お肉なら、クリスマスの日に焼くわ……他に欲しいものは?」

「ねぇよ」

 

 フェンリールはきっぱりと言い放った。

 

「いまのくらしに、まんぞくしてるんだよ。あんたは、なにがほしいんだ?」

「私? 私は……お米?」

「母さんも食べ物じゃん!」

 

 すぐに突っ込まれ、私たちは同時に笑った。

 クリスマスに欲しいものが、お肉とお米なんて……寂しい時代になったものだ。

 とりあえず、お肉では夢がないので、代わりに新しい靴をプレゼントすることにする。いまの靴は、だいぶ傷んでいるから……。

 

「んで、あいつにはなにをプレゼントするんだ?」

 

 フェンリールはひとしきり笑い終えると、そんなことを問うてきた。

 

「トムには、レコードよ」

 

 レコードはマグルの世界でないと手に入らない。

 ましてや、トムの好きな演奏家のレコードなんて、ホグズミード村では絶対に売っていないし、日間預言者新聞の通信販売で購入することも不可能である。

 

「あの子は聴きたいはずだから」

「ふーん……いいんじゃねぇーの」

 

 フェンリールはにやっと笑ったが、すぐに真剣な顔で見上げてきた。

 

「あのさ、母さん。あいつとケンカでもした?」

「あら、どうして?」

「あー、なんつーか、昨日、あいつかえってきたじゃん? なんか、へんじゃなかったか?」

 

 フェンリールは言葉を選びながら尋ねてくる。おそらく、彼なりに気を使っているのだろう。

 たしかに、昨日のトムは様子がおかしかった。

 

「……きっと、いらいらしていたのよ」

「だとしてもさ、あれはひどかったぜ? 母さんのことをムシしてさ、へんじもしねぇ。おまけに、じろじろにらみつけてるんだからさー!」

 

 フェンリールはだんだん腹が立ってきたのだろう。次第に声色を強め、ぎゅっと拳を握った。

 

「なーにが『これから、レッスンには一人で行くから。あと、クリスマスは友人と過ごすから帰らない』だよ!? んで、一人でポンっと『姿くらまし』してさー! かんじわりぃー!」

「……そうね」

 

 その後も、フェンリールはトムへの文句を口にしていた。

 私の代わりに、フェンリールが全部怒ってくれる。トムの変貌っぷりに、私は唖然として何も言い返せなかったから……。

 

「きっと、反抗期なのよ」

「はんこうきぃ?」

「感情のコントロールが上手くいかない時期のこと。いろいろ悩んで、たくさん経験して、うんと考えて、少しずつ大人になっていくの」

 

 この話はそこで切り上げ、すぐに宿題について話すことにする。

 フェンリールは宿題をやっていなかったらしく、すぐに「げぇっ」と顔を歪めていた。

 

 

 ……そう、トム。

 反抗期という言葉で片付けるには、ちょっと様子がおかしかった。

 これまでもその兆候はあったけど、私に向ける視線が明らかに変わっている。まるで親の仇でも見るかのような怒りの視線を向けてきたかと思えば、どしゃぶりの日に一匹で震える子犬のような寂しくて不安げな視線を注いでくるのだ。

 絶対、なにかあった。

 トムを根幹から揺さぶる出来事があったのだ。そうでないと、これには説明がつかない。

 

 もしかすると、ダンブルドアへ手紙を書いたほうがいいかもしれない。

 でも、ダンブルドアもトムの様子を見守ってくれると約束してくれたし……なにかあったら向こうから連絡が来るはず。それなのに、なにもないということは、私の勘違いなのかな?

 

 あー、駄目!

 なにを考えても、さっぱり思いつかない。

 とにかく、トム宛ての手紙を書くことにする。「なにかあったの?」みたいな直球な言葉は書かずに、いつもの手紙を装いつつ、「辛いことがあったら、いつでも相談に乗るよ」とだけ伝えよう。

 

 私はいつだって、トムの味方だから……と。

 

 

 

 

●1942年 11月△日

 

 仕事の関係で、久しぶりのロンドン。

 たった3日間の滞在だから、てきぱきとやることをすませなくちゃ!

 

 さて、ロンドンの夜は暗い。

 ドイツ軍の空襲はほとんどなくなったけど、夜間の灯火管制は続いている。そもそも、ロンドンだけ灯りを消したところで、他の街は付けているのだから、そこだけ暗いと逆に目立つような気がする。

 

 フェンリールは夜の闇が苦手らしい。

 ロンドンの家に滞在するときは、寝るぎりぎりまで私の傍を離れようとしない。夜はなにかと理由をつけて私の部屋に留まる。大きなあくびを3回して、目がとろんとなってから、ようやく自室に戻るのだ。今日は私の足元で船を漕ぎ、すっかり寝落ちしてしまったので、私がベッドまで運んであげた。

 

 フェンリールの小さな身体を運びながら、トムもソファーで寝落ちしたことがあったな……なんて、ぼんやりと思い出した。当時の日記に書いてあるかもしれないけど、あまりにも日常的な出来事だったので綴ってないかも。いずれにせよ、これまでに書いた日記は自宅に保管しているから確認できない。帰ったら、ひさしぶりに読み返してみよう。

 

 

 トムは、いまでも日記を書いているのかな?

 初めての誕生日プレゼントで「日記帳」を贈ったことが、遠い昔のことのように思える。

 トムと出会って10年。 

 10年分の日記はかなりの量で、机の引き出しはもうすぐいっぱいになってしまう。日記に綴った思い出も、書き残していないありふれた日常も――すべて積み重ねた上に、いまの私がいる。

 

 そして、これからも――積み重なっていくのだろう。

 たぶん、近い未来に日記を読み返して「あー、あの頃のトムは反抗期だったな」とか「フェンリールも幼なくて可愛かったな」とか思い出に浸るに違いない。

 

 だけど、いつか読み返したときに「こうしておけばよかった」と後悔することのないように、日々を大事に生きていこうと思う。

 

 

 そうそう。

 さっき、アルファード・ブラックから手紙が届いた。

 

『どうしても話したいことがあるので、家を訪ねても良いですか』

 

 とのこと。

 トムをすっ飛ばし、私と直接話したいとはどういう風の吹きまわしだろう。

 トムの反抗期に関係しているのかな?

 

 

 

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