トム・リドル育成計画!   作:寺町朱穂

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〇1942年12月 トムの忠告

●1942年 12月〇日

 

 クリスマス休暇、トムは我が家に帰って来た。

 ちょっと前の手紙で「友だちの家に泊まる」と書いてあったから心配したけど、どうやら心変わりしたようだ。

 

「お泊りはいいの?」

 

 私は、トムがホグワーツ特急から降りて来たときに問いかける。

 すると、トムは不貞腐れたように顔を背けた。

 

「フェンリールが寂しがると思っただけさ」

 

 トムはそれだけ言うと、しばらく口を閉ざす。

 トムを引き取った足で、ラシェルをパディントン駅まで迎えに行った。彼女が友だちとおしゃべりしながら降りてくる姿を見たときは、安堵の息をついた。手紙のやりとりで友だちができたことは知っていたけど、実際に仲良さげにしている様子を確認できてよかった……。

 もっとも、ラシェルは私たちと合流した途端、控えめな笑顔に戻ってしまったけどね……。

 

 帰りの汽車までに時間があったから、クリスマスのマーケットに足を向けることにする。

 配給制度のせいで自由になんでも買うことができるわけではないけど、賑わいだけは保っている。歩いているだけで、ちょっと気分が晴れた。ホットワインの販売店はあるかなーなんて思っていると、ラシェルが不思議そうに何かを眺めていることに気づいた。

 

「どうしたの?」

「……あの料理は……?」

 

 ラシェルはウナギのゼリー寄せを見つめている。

 

「ウナギのゼリー寄せよ」

「えっ!?」

 

 ラシェルは目をまん丸くした。

 

「あれが!? 本当に!? ぶつ切りにして、ゼリーをかけただけじゃない!? ゼリー寄せといえば、もっと……こう……」

 

 ラシェルは英語で伝えようと、顔をしかめさせながら必死に悩んでいるようだった。

 ただ、彼女の言いたいことは十分理解できた。

 

「イギリス料理ってフランス料理に比べたら、ずっと雑よね」

「そう! それよ!」

 

 ラシェルは大きく頷いた。

 

「アイリスさんの家でお世話になっていた頃は、そこまで気になりませんでした。ですが、正直なところ寮の食事は……戦争で食糧難だということを差し引いても……せめて、火加減くらいはどうにかならないものかと」

 

 ラシェルの告白に対し、私はうんうんと頷いた。

 やはり、私の味覚は間違ってないのだと再確認する。

 

「そうよね……ウナギだって、もっと良い食べ方があるのに」

 

 例えば、蒲焼きとか……。

 あつあつの白米に蒲焼の甘いタレと脂のたっぷり乗ったウナギ……ついでに、日本酒なんてくいっと飲めたら、文句なしだ。ああ、駄目! こうして思い出すだけで、味が蘇ってしまう。早く戦争が終わって、日本に旅行できるようになりたい……鰻重、食べたいよ……。

 私が鰻重に思いを馳せていると、ラシェルが慌てたように首を振った。

 

「あ、でも、食事以外は良いんです! 勉強も楽しいですし、寮でも皆さん良くしてくれますし!」

「大丈夫、分かってるから」

 

 私がぽんぽんっとラシェルの肩を叩く。

 食事は生活の基礎基本。そこが満ちていないと、どうしても不快さが増すというもの。私も転生してから自炊できるようになるまで、ずーっと悩まされた問題である……。お菓子は例外的に美味しいけど、今のご時世、砂糖なんて滅多に手に入らない。今年のクリスマスプディングだって、夏から少しずつ溜めた砂糖を使って作り上げたけど、それでも例年より甘さ控えめなものに仕上がっている。しもべ妖精の力を借りても、苦労を強いられるのだ。もし、ディークがいなかったら……と考えると、背筋が凍る想いである。

 

 さて、クリスマスマーケットでは思わぬ出会いもあった。

 

「リドル夫人……!? ああ、リドル夫人ではありませんか!」

 

 どことなく聞き覚えのある声だった。

 振り返ると、くすんだ色のコートを纏った女性が立っていた。私は彼女が誰なのか分からなかった。浮浪者かとさえ思った。コートの袖も解れ、ボタンもとれかかっていた。長い髪は手入れしていないのかボサボサで、どことなく脂ぎっている。化粧だけはばっちりしていたが、あまりにも厚塗りなので逆に違和感を覚えた。

 私は記憶を遡ったがどうしても思いつかず、困ったように笑うことしかできなかった。

 

「えっと……」

「ホワイトですわ! カレンデュラ・ホワイトです。以前、お世話になった……!」

 

 彼女が名乗って、ようやく思い出す。

 カレンデュラ・ホワイト夫人――ジョナサンの実父の再婚相手だ。一瞬、信じられない気持ちで目が点になった。記憶にある彼女は、もっと清楚で身なりに気を遣っていた。年齢だって、私より若いはずだ。しかし、いまの彼女には昔の面影はなく、顔に苦労が刻まれ、ずっと年上に見えた。

 

「あ……どうも」

 

 そうして言葉を発して、やっとラシェルのことを思い出した。咄嗟に彼女を背で隠し、作り笑いを浮かべる。

 

「ああ、その節はどうも……ですが、私はいま忙しくて――……」

「私も大変なんですよ! 空襲で夫が亡くなりまして、家も壊れてしまって……いまも半分壊れた家に住んでますのよ」

 

 ホワイト夫人はこちらの気も知らず、笑いかけてくる。にこっと口を開くと、前歯が一本抜けているのが見えた。

 

「最初、夫の兄に頼ろうとしたんですよ。ですが、門前払いされたんです。酷いと思いません?」

「それは……お気の毒に」

「『僕の可愛い甥っ子が見当たりませんね。彼を連れていれば、喜んで迎え入れたのですが』だなんて……夫の兄が私のことを嫌っているのは知っていますよ。ですが、困ったときはお互い様というではありません?」

「……そう、でしょうか」

「そうですわ! 本当、心が狭い人だこと。あのガキはフランスにいるのよ? 連れて来れるわけないじゃない。だいたい、いまのフランスでしょ? どうせ死んでるわ」

 

 私は唇を硬く結んだ。

 口を開いたら、人目をはばからずに罵倒を叫びそうで……。なんとか気持ちを落ち着かせて、当たり障りのない言葉を返そうとした。

 しかし、トムが呟いた。

 

「心が狭いのはどっちだよ」

 

 トムが呟くと、ホワイト夫人は怒ったように睨みつけようとし――ぎょっとしたように身を引いた。

 トムの目は赤く染まっていた。ぎらぎらと輝いた目は、ホワイト夫人を糾弾するように見据えていた。

 

「な……な、なによ、その目は……!?」

 

 トムは何も答えない。怒りに満ちあふれた目で睨みつける。ホワイト夫人に対し、憎悪の炎を燃やしていることは明白だった。……無理もない。この女がジョナサンをフランスへ追いやった結果、彼は生きているのか死んでいるのかも分からない状態なのだから……。

 

「気味が悪い……あのガキの友だちってだけで気持ち悪いのに……あー、話しかけなければよかった」

 

 夫人は吐き捨てるように言うと、そそくさと大股で立ち去ってしまった。

 トムは夫人の背中をしばらく睨みつけていたが、疲れたように長い息を吐いた。

 

「トム……?」

「僕は何もしないよ」

 

 トムの目は戻っていた。

 

「ジョナサンが帰って来たとき、夫人の前に姿を現わせばいい。高いスーツに身を包んでさ……あいつのことだから、落ちぶれた夫人に優しく手を差し伸べるはずだ。それが、あの女への一番の復讐だよ」

「……そうね」

 

 私はトムに微笑みかけ、ラシェルの背中をさすった。ラシェルの顔は真っ青になっていたが、それでも幾分かマシになっていた。

 

「ジョナサン君、早く見つかると良いね」

 

 トムたちにはそんな言葉をかけたけど、私は……たぶん、難しいと思う。汽車で収容所に運ばれ、最初の選別で半分は命を落とす事実を知っている。運よく生き残ったとしても、その先の労働に耐えられるとは思えない。ジョナサンの優しさと細い手足を知っているだけに、過酷な環境で残り3年も生き続けるとは……でも、口に出さない。口に出すと、本当にそうなってしまいそうで怖かった。

 

 トムの親友……初めての友だち、どうか無事でありますように。

 

 

 

●1942年 12月×日

 

 昼下がり。

 挿絵の仕事もひと段落し、午後のお茶でも淹れようかな……なんて思っていたとき、部屋の扉が控えめにノックされた。ラシェルかな、と思って開けると、そこにはトムが立っていたから驚いた。トムが私の仕事部屋を尋ねるなんて、ここ数年なかった。

 だから、私は困惑してしまった。

 

「トム? どうしたの? なにかあった?」

 

 トムの目を見て、問いかけようとする。ちょっと前まで、私が屈む感じで聴いていたけど……いまでは、トムの方が背が高い。私が彼を少し見上げるような形になっていた。

 

「……あのさ、アイリスは危機感を持った方がいいよ」

「危機感?」

「例えば、その……魔法使いに出された飲み物は疑うとかさ、怪しい誘いにほいほいとついて行かないとか」

 

 トムは頬を少し赤らめながら、ぼそぼそと言った。

 

「魔法使いってさ、アイリスのようなマグルには思いもよらない方法を使うんだ。真実を吐かせる薬とか、人を操る魔法とか……アイリスだって、モーフィンに誘拐されただろ? もっと、魔法使いを疑うってことを覚えた方がいいって……その、忠告したから」

 

 トムはそれだけ告げると、回れ右をしてしまう。

 

「トム!」

 

 私は去り行く背中に声をかけた。

 

「心配してくれてありがとう。でも、大丈夫よ。私だって、ちゃんと警戒しているから」

「警戒してるだって!?」

 

 トムは怒声と共に振り返る。黒々とした目で私を睨みつけながら、鼻息荒く迫って来た。

 

「アイリスは楽観的すぎる! 警戒心の欠片もない!! いまこうやって対峙しているだけで、アイリスがなにを考えているのか読み取る魔法だってあるんだよ!?」

「でも、トムはやらないでしょ?」

「僕はやらないよ。失礼だからね。だけど、全員が全員そういう連中じゃないってことだよ!」

「それはそうでしょうね」

 

 ダンブルドアとかね、と胸の内で付け足した。

 

「そういう人が相手のときは、心を無にすれば大丈夫よ。そうすれば、読み取れないでしょ?」

「無理だね。アイリスには絶対不可能だ!」

 

 トムはぴしゃりと言い放った。

 

「僕の周りには、どうして警戒心の欠片もない連中ばかりなんだ! アイリスも、ハグリッドも……いや、ハグリッドより質悪いね。アイリスはマグルだから」

「そういえば、トム。ハグリッド君は元気にしてるかしら?」

「いま、話を逸らそうとしただろ!?」

 

 トムは肩で息をしながら叫んだ。

 私は降参したように両手を挙げ、あははと笑ってみせた。

 

「ばれた?」

「バレバレだよ! あいつは元気にしてるよ! 僕から蛇語を学ぶくらいにはね」

 

 トムはそれから文句を色々並べていたけど、私は少し聞き流してしまった。いや、ちゃんと耳を貸すべきだと思ったけど、どうしても気になることがあった。トムも私の変化を一早く察したようで、じろっと湿った目を向けてくる。

 

「……で、いまは何を考えてるわけ?」

「ハグリッド君……どうして、蛇語を習おうとしてるのかしら?」

「アッシュワインダーと会話したいんだって。薄くて灰色の細長い蛇型の魔法生物だよ。あいつ、魔法生物のことにかけては学年トップだからね。蛇語も概ね完璧だよ……信じられないけど」

「そう……なのね」

 

 ま、それもありえるか。

 ハグリッドは魔法生物はもちろん普通の動物も好んでいる。蛇と話せる人が近くにいたら、自分も話せるようになりたいと励む姿は容易に想像ができた。

 ただ……この時期に蛇語といえば、どう考えても「秘密の部屋」を思い浮かべてしまう。まあ、トムが秘密の部屋を開けるとは思えないし、ハグリッドも同じだ。ハグリッドがマグル生まれを排斥しようなんて、絶対に考えるわけがない。そもそもトムが目を光らせているから、そんな真似はできないだろう。

 

「……ハグリッドが蛇語を覚えるのは、そんなに危険なの?」

 

 私がそんなことを考えていると、トムが不思議そうに尋ねてくる。

 

「危険な蛇もいるかもって思ったのよ。ほら、東洋のドラゴンって蛇に似ているでしょ? ドラゴンと会話したいとか思ってそうで」

「……それは一理あるな」

 

 トムは真剣な声色で頷いた。

 

「ありがとう、アイリス。目を光らせておくように頼んでおくよ」

「頼むって、誰に?」

「ホグワーツに残ってる友だち。ハグリッドの奴、クリスマス休暇はホグワーツに残ることになってるんだ」

 

 トムの言葉を聞いて、ハグリッドの父親が亡くなったばかりであることを思い出した。

 

「ハグリッド君、我が家のクリスマスパーティーに招待すればよかったかもね」

「やめてよ、アイリス」

 

 トムは承服できない口を曲げ、心底嫌そうに顔をしかめた。

 

「そうやって、あいつを招いたら絆されて、『ルビウスを養子にしよう』とか言い出すんだ!」

「それはないわよ」

「いや、ある。絶対に。杖を賭けてもいい。だから、絶対にやめてよ。僕、ハグリッドを弟と呼びたくないから」

 

 トムは「絶対だよ!?」と何度も念を押してきた。

 さすがに、ハグリッドは養子にとらないよ……彼を養子にしたら、将来的にもれなく巨人の弟もついてくる。我が家に入らないし、マグルの社会で暮らしていくのが難しくなること間違いなしだ。それに、ハグリッドだって、マグルの家に養子入りすることに対して難色を示すだろうし、近所に溶け込むことは無理に違いない。悪い子ではないんだけどね……むしろ、とっても人の好い子なんだけど……。

 

 でも、なんだか嫌な予感がする。

 ダンブルドアに一筆書いておこう。

 明日、こっそりディークに手紙を託すとするか。

 

 それにしても、トムとたくさん話せて良かった。

 たぶん、一年ぶりくらいになる気がする……反抗期も終わりつつあるのかな?

 とりあえず、トムに「警戒心を持て」と釘を刺されたから、少し気持ちを切り替えて生活することにしよう。せっかく話してくれる気になってくれたのに、その心を無下にしたくないから。

 

 これから頑張って、気を引き締めよう!

 

 

 

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