トム・リドル育成計画!   作:寺町朱穂

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〇1931年8月 はじめての旅行!

●1931年 8月◇日

 

 ますます不況になってきた。

 第二次世界大戦まで、あと8年。世界恐慌のせいで不況だということもあり、歴史を知っていても薄暗い世の中が不安になってくる。

 

 

 とはいえ、怖がってもくるものはくる。

 未来を知っている分、しっかり心構えをしておこう。

 

 

 

 さて、不況だけど日帰り旅行をしてきた。

 

 いわゆる、夏のバケーションである。

 ちょっと痛い出費であることには違いないけど、トムのためにも旅行をしておこうと思った。夏のバケーションにどこにも行かないなんて、もったいないことこの上ない。私自身、子ども時代に連れて行ってもらったところは記憶に残る大切な思い出になっているし、トムにとってもいい経験になるだろう。

 

 

 行き先は、ストーンヘンジ。

 

 トムの興味は魔法一筋。だから、魔法に関係する場所に行こうと考え、とりあえずは未来の世界遺産を選んでみた。実際、いまもイギリス政府から歴史財産として保存されている遺跡だし、魔法と関係がなかったとしても見ておいて損はない。

 

 

 初めての小旅行に、トムは喜びを隠せないようだった。

 

「アイリスがいきたいっていうからな」

 

 トムはそんなことを言っていたが、そわそわと浮足立っていた。

 何度も何度も鞄の中身を確認していたことを知っているし、ウォータールー駅からソールズベリー行きの列車に乗ったときなんて、目を輝かせて窓の外を見つめていた。

 ロンドンから郊外に出てしまえば、家の数は一気に減り、牧草地や畑、小規模な森が車窓を流れていく。ときどき、羊の群れが遠くに見えた。

 

 トムは窓の外に釘付け。流れゆく風景を、どこまでも真剣な表情で眺めている。

 朝一に出発したので、コンパートメントでツナメルトを食べているときも、トムの目はちらちらと窓の外に向けられていた。

 

 

 やっぱり、男の子は列車が好きなのかもしれない。

 

「おもしろい?」

「べ、べつにおもしろいっていうわけじゃないさ」

 

 トムはやや焦ったように口にした。

 

「ロンドンから出るのがはじめてだから、ちょっときになるだけ」

「あら、孤児院に旅行はなかったの?」

 

 たしか、原作では「トム・リドルは孤児院時代に夏の旅行で海へ行った」的な話があった気がするので驚いてしまった。

 

「……僕はるすばんぐみ。ぜんいんはつれていけないってさ」

 

 そりゃ、トムも興奮するわけだ。

 私たちはしばらく黙って、通り過ぎていく野原や畑を見つめていた。

 ソールズベリーに着いてからもいろいろと乗り継ぎ、やっとたどり着いたところは、見渡す限りなにもない牧草地。唯一あるのは、観光客向けの土産物屋くらいだ。

 

「ほんとうにここなのか?」

「あと30分歩けば」

「30分か……」

 

 トムの猜疑心に満ちた視線を浴びながら、私は歩き出した。

 いい散歩だと思ってなだらかな道を歩く。夏の日差しは暑いけど、日本みたいにじめーっとした感じはなく、さわやかな風が吹くので心地よいくらいに思えた。

 

「ストーンヘンジは、マーリンが石をはこんだって本にかいてあった」

 

 10分ほど歩いただろうか。

 ちょっとした雑木林に入るころ、トムはこんなことを口にした。

 

「そうよ、興味深いでしょ?」

「でも、ありえない」

 

 トムは冷たく言った。

 

「ストーンヘンジがつくられたときと、マーリンのじだいはちがうよ」

「ずいぶんと詳しく知っているわね!」

 

 すくなくとも、私が用意した子ども用の本には書いてなかった。

 私が目を丸くしていると、トムはすんとした態度で話し出した。

 

「つくられたときの年代は、きげん前3000年って書いてあった。だけど、マーリンが生きていたのは1100年だいだって」

「へー、比べたのね」

 

 本に書いてなくても、自分で情報を集めて推理する。

 え、本当に4歳児?っと驚いてしまった。あまりの驚きに、私はしばらく何も言えなくなってしまう。すると、トムはほらみたことかと鼻を鳴らした。

 

「アイリスがいろいろかんがえて、ここにつれてきてくれたのは知ってる。だけどさ、そんなに気をつかわなくていい。もっと、アイリスがいきたいところがあったんじゃない?」

「行きたい場所、か」

 

 まっさきに浮かぶのは日本だけど、戦前だし、旅客機なんてアメリカくらいにしかない。ま、祖国へ行くのは、戦後で十分。もっと交通網が発達してから、ゆうゆうと老後の旅へ出かけよう。

 だから、日本はパス。

 そうなったとき、他に思いつくものといえば――やっぱり、1つしか思いつかなかった。

 

「私は、トムと旅行できればどこでも楽しいわ」

「は?」

「2人で旅行に出るのは楽しいもの! どこにいっても楽しいと思えるなら、トムの興味がありそうなところに行ったら、もっともっと楽しめるでしょ? それに、こうして普段と違う場所を歩いているだけで楽しいわ」

「なんだそれ」

 

 トムはぷいっと顔を背けた。

 

「アイリス、いいせいかくしてる。僕にはりかいできない」

 

 トムは皮肉たっぷりに言った。

 

「理解できなくてもいいわ。私はそれで満足なんだから――ほら、そろそろ着くよ」

 

 私は前を指さした。

 雑木林を抜けた向こう側、なにもない牧草地の丘の上に、巨石群が見えてきたのだ。視界に遮るものはなく、近づけば近づくほど、丘の上にぽつんとたたずむ巨石群は異様であった。

 

「どう、トム?」

「おもったよりちいさい」

 

 トムはそうは言いながらも、実に興味深そうに石を眺めた。

 

「これだけの石、どこからはこんできたんだ?」

「30キロ先って言われてるわよ」

「しってる。本でよんだ。だから、ありえないんだ。だって、ヒトがはこべるわけがない。まわりになにもなさすぎるし、何十人あつまってもむりだ」

 

 トムは鳥居みたいな形をした石を指さした。

 

「ひきずってはこんだとしても、どうやって上にのっけたんだろう? クレーン車もないのに」

「魔法で運んだんじゃないかって噂されてるの」

「だから! ストーンヘンジにマーリンはかんけいしてないって……!」

「マーリン以外の魔法使いかもしれないでしょ? 歴史に名を残していない、無名の魔法使い」

 

 私的には魔法じゃなくて人力で運んだ説を推しているけど、この世界には実際に魔法があるわけだし、可能性としてはなくはないのかもしれない。

 とりあえず帰りの列車のなかで、エジプトのピラミッド建設のときは人力で運んだという話をすることにした。ところどころ方法が思い出せず、曖昧になったところは、しっかりトムが突っ込んでくれたので、「家に帰ったら調べなおす」と約束した。

 

 

 さて――今日、私が1番気になったこと。

 

 それは、帰ってきてから。

 夕食はパディントン駅近くのレストランでとったので、ゆったりとした帰宅であった。私は久しぶりの三食とも外食でとっても楽ができたのだけど、トムとしては「アイリスの料理が一番おいしい」らしい。

 本当! トムはお世辞がうまい!

 ありがとう!と笑って返したら、「本当なのに」とふてくされていた。

 

 

 問題はこのあとだ。

 

「今日は出かけたから、ちゃんとシャワーを浴びてから寝なさい」

 

 私はそう言って、自分はちょっと仕事の整理をしておこうかと思ったとき――トムは眠そうな目のまま、だけど、どこか大切な秘密を打ち明けるような顔で、こんなことを教えてくれた。

 

「きのせいかもしれないけど、ソールズベリーにもどる馬車にのるとき、ヘビが僕をみたんだ」

「蛇!?」

 

 持ちかけた書類を落としてしまうほどの衝撃であった。

 

「しかも、なにかはなしたそうに口をあけてた!」

「まぁ……」

 

 蛇語フラグだ。

 いや、いつかはロンドンの動物園に連れて行って、蛇と話せることを知る場面を作ろうとは思っていたけど、まさか、こんな早くに訪れるとは……!!

 

「もしかしたら、トムと話したかったのかもね」

「そうなのかな。これも、僕の魔法なのかな?」

 

 トムは眠い目をこすりながらも、嬉しそうな色が隠せない。

 あまりに嬉しそうなので、今日はもう寝て、今度――どこか空いている時間に、ロンドン動物園の蛇を見に行こうと。そうしたら、本当に蛇が話しかけてきたのか分かるかもしれないって。

 

 

 蛇語が分かる。

 本当に、あの――トム・リドルなのだと思う。

 

 

 私は、トムをヴォルデモート卿にはさせない。

 蛇語が使えるからといって、悪い魔法使いになるとは限らない。ハリーだって、蛇語は使えたけど闇の魔法使いにならなかったし、サラザール・スリザリンも蛇語を使えたけど悪い人では――ないはず! 秘密の部屋を残してマグル生まれを排除とか危険な感じだけど、そういう時代だったのかもしれないし、いまでも「スリザリン寮」として名前が残っているのだから、きっと教育者として優秀だったのだ。

 

 蛇語が使える。それが、のちに普通の魔法使いとは違う力だと気づいても――悪い意味で特別だと舞い上がらないようにしなくては!

 それは私の力量がかかっている。

 

 

 緊張してきた。

 怖い。怖くてたまらない。

 

 

 でも、頑張らないと。

 可愛い、可愛い、私のトムが、正しい道を歩めるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●1931年8月×日

 

 

 「プー横丁にたった家」は大好き。

 偉大なアニメーション作家によって映画化される作品だけど、いまは人気のある愛らしい児童小説。発表を知り、すぐに本屋へ走ったのは、いまから何年前のことだったっけ……。

 

 プーのモデルは、作者がハロッズで買ったぬいぐるみであり、名前の由来はロンドン動物園の黒い熊「ウィニー」だ。いつ行っても、ウィニーは大人気! 私も一目見たかったけど、残念……ちらっとしか見えない。

 

 今日もそうだった。

 トムと一緒にロンドン動物園に行ったら、ウィニーの展示のあたりはロンドンの人たちが全員集まったのでは? と思うほど混みあっている。

 子どもが蜂蜜をあげる企画もあったけど、当然ながら定員オーバーで参加できず。

 大人の私でさえ、ウィニーの影すら見ることができないのだから、トムなんてまったく見えなかったに違いない。

 

「トム、肩車しようか?」

「いいよ。はずかしい」

 

 トムは言った。

 まあ、そうだろう。私も無理強いはしなかった。

 

 

 

 さっさと爬虫類館に行かなかったのかって?

 今日はメンテナンスのための閉館日だったのだ。なんだか、とても残念……。スマホがあれば、今日やっているかどうなのかすぐにわかるのに。

 

 

 もし、爬虫類館に入れていれば……トムにとって素敵な日になったはずだ。

 

 

 

 ああ、でも。

 

 

 どうしても、あのとき起きた出来事が脳裏から離れない。

 

 

 私は――あの選択で正しかったのか。

 いや、正しいことだと思う。駄目だったけど、正しいことをした。

 

 

 トムがやらかしたことは、けっしてやってはいけないことだったのだ。

 

 

 

 

 

 今日はもう疲れた。

 明日、冷静になってから――詳しく記そうと思う。

 

 

 

 

 

 

 




次回は23日17時前後に更新します。
明日から1日1度の更新になります。
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