トム・リドル育成計画!   作:寺町朱穂

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〇1943年1月 Fade to Black

●1943年 1月6日

 

 ひさしぶりの日記。

 日記を書く余裕もないくらい、慌ただしい年末年始だった。

 たぶん、一番の大きな理由は、クリスマスイヴの前夜が満月だったからだろう。満月の前後数日は、フェンリールの身体に負荷がかかり、そのケアが欠かせない。ここ数か月は、ますます酷くなっている。たぶん、身体が大きく成長しているのが理由だろうけど、どうにかして苦痛を軽減できないものだろうか……? あまりにも苦しがるから痛みを半分肩代わりしてあげたいけど、マグルの私にはどうすることもできない。

 脱狼薬が一日も早く誕生することを祈るばかりだ。

 それに、やっぱり子どもが3人もいると大変……ディークの助けを借りられるときは良いのだけど、人の目があるから。特に、ラシェルが来たことは近所でも噂になっていて、何かにつけて我が家の前を通る人の多いこと多いこと……。

 

 今朝、ロンドンの自宅まで戻って来た。

 明日でクリスマス休暇も終わり。トムとラシェルを駅まで送るために来たのだけど、荷物を取るために自宅に寄った途端、吸い込まれるようにソファーで寝落ちしてしまった。

 ちょっと仮眠をとるつもりだったのに、気が付けば夕方……西日が差し込み、淡い橙色に染まり始めた部屋を呆気に取られて眺めていると、フェンリールが欠伸交じりにこう言った。

 

「あ、おきたか?」

「起きたけど……」

 

 起こしてくれたらよかったのに、と少しモヤっとする。ただ、そのことはフェンリールも察したのか、すぐに口を開いた。

 

「なんどか声かけたさ。でも、母さんはぐっすりねむってたんだよ。オレもねむかったし」

 

 フェンリールはそう答えると、自分も眠たそうに伸びをした。

 この時間から帰りの汽車を手配するのは面倒くさくて、ディークに「予定が変わって、帰る」と伝えることにした。学校には明日の朝、電話すればいいや。

 

 夕食のときにラジオをつけると、ニコラ・テスラが亡くなったと報じていた。

 もっと昔の人ってイメージがあったけど、意外と最近の人だったらしい。こういうニュースを耳にするたび、偉人を一気に身近に感じる。もっとも、私が彼を知ったのはスマホのゲームで、ライオンの顔をしたエジソンと直流やら交流やらで言い争っていた程度の認識でしかないのだけどね。

 

 前世といえば、いつのまにか享年を超えていることに気づいた。

 依然として死んだ前後のことは緑の閃光と女性の悲鳴しか思い出せないけど、それでも、20代後半で命を落としたことに変わりはない。なんというか、言葉では表現できない複雑な心境だ。例えるなら、主要人物が海産物に由来する長寿アニメの主人公の年齢を上回ったときに感じた衝撃と似ている。

 加齢なのか、最近ちょっと疲れやすくなった気がする。徹夜をすると次の日に響くし、無理をして身体を動かすと翌日の夜に筋肉痛が襲ってくる。胸がたまに痛むのは……磔の呪いの後遺症だから、加齢とは無関係だ。

 

 とはいえ、自覚はないけど年齢を重ねていることに違いはない。

 今日だって寝過ぎてしまったし、健康管理には気を配るようにしよう。

 

 

 

●1943年 1月7日

 

 コッツウォルズの家に、まっすぐ帰宅した。

 文字通り直帰した。寄り道などなかったのに、どっと疲れている。昨日はたくさん寝たのに、帰宅早々、ベッドに倒れ込むくらいには疲労がたまっていた。

 

 理由なんて、分かり切っている。

 

 あれはパディントン駅での出来事だ。

 汽車に乗る10分前、私はフェンリールがもじもじとしていることに気づいた。

 

「トイレ?」

 

 私が尋ねると、フェンリールは真っ赤になった顔で頷いた。

 

「まだ時間があるわ。行きましょう」

「一人で行ってくる」

 

 フェンリールは頬を赤らめたまま、飛ぶような速さでトイレへと消えてしまった。よほど我慢していたに違いない。私はトイレの傍のベンチに腰を下ろし、フェンリールの帰りを待つことにした。本でも読んで待っていようと鞄から本を取り出した、そのときだった。

 

「すみません。少しお尋ねしたいことがありまして」

 

 優し気な男性の声が降ってくる。

 路線が分からないのだろうか? そう思った私は、にこやかに顔を上げた。

 

「はい、なんで――……しょう?」

 

 思わず、言葉を失いかけた。

 そこにいたのは、全体的にフォーマルな印象を受ける男性だった。落ち着いた雰囲気ながらも鋭さを兼ね備えたダークブラウンの瞳、短い黒髪をやや後ろで撫でつけたような髪型、いかにも仕事ができそうな顔立ち――どこから見ても、ファンタビ1に登場したアメリカ魔法省の闇祓いと瓜二つだったのだ。確か、パーシヴァルなんちゃらって名前だった。しかしその実態は、グリンデルバルドが変装していたってオチである。

 もしかして、グリンデルバルドに成り代わられた本人だろうか? それにしても、マグルが行き交う駅にいるのは不自然極まりない。実に怪しさ満点である。私が訝しんでいると、男性は興味深そうに目を光らせた。

 

「……ほう」

 

 男性はまじまじと私の顔を凝視してくる。

 直感的に危険を察知し、私はいつでも逃げ出せるように荷物を強く抱きしめた。

 

「あ、あの……ご用件は?」

「道を聞きたかったのだが、その必要はなさそうだ」

「……そうでしたか……あの、息子がトイレから戻ってこなくて、その、様子を見に行きたいので……」

 

 私は立ち上がって逃げようとする。

 しかし、男の身体が邪魔をして前に出ることができない。ならば、大声を出して――と思ったとき、辺りが異様に静まり返っていることに気づいた。昼間のターミナル駅だというのに、人っ子一人いない。汽笛や車輪の音も聞こえず、世界から取り残されたような場所に早変わりしていたのだ。

 さすがの事態に、顔が青ざめてしまう。

 焦る私をよそに、男は私の顔を見据えていた。

 

「奇妙だな、内心が英語(イングリッシュ)ではない。イングランドのマグルのはずだが……」

 

 男の口から零れた言葉に、ドキッとする。

 開心術だ! 目の前の相手は、確実に私の心を読んでいる。この男がグリンデルバルドなのかは断定できないが、誰であろうと危険な人物であること間違いなしだ。スネイプ先生がハリーに教授したように、すぐに心を閉ざして無にしようと努力する。無にしろ、無にしろ、無にしろ、無、無、無、無――! と心の中で唱え続ける。

 すると、男の表情に変化が現れた。

 それまで、獲物を狙う鷹のような目つきをしていたが、一変して心底呆れているように眉をひそめた。

 

「しかし、解せない。何故、私の正体を見抜くことができた」

 

 「ただのマグルが」と続けると、男は軽く杖を振る。すると、まるで脱皮するかのように、男の皮が薄くめくれ始めた。皮が剝がれるように男が正体を現す。それを見た瞬間、「あ、やっぱり、グリンデルバルドだったんだ」と恐怖が込み上げてきた。反面、おや?と首をひねってしまう。

 いや、この流れで登場するのは、グリンデルバルド以外の誰でもない。そんなこと、私にだってわかる。でも、現れたのは、私の知らない男性だった。

 

「え?」

 

 てっきり、ジ〇ニー・デッ〇が現れると思っていた。

 カリブの大海賊やチョコレートの工場長、アリスの帽子屋などを演じた名優の顔を拝むことになると思ったのに、まったく別の人物だった。というか、個人的にかの名優が好きだったので、少しばかり期待していた分、拍子抜けをしてしまう。だって、ニュートもダンブルドアもファンタビと同じ顔だった。だから、グリンデルバルドだって当然同じ顔だと信じていた。

 しかしながら、私の前にたたずむ男は骨格からして違った。どこをどうひっくり返しても、私の知る面影はない。白髪であることは共通していたが、髪質からして異なっている。

 とはいえ、仮称グリンデルバルドは文句なしに魅力的だった。顔からにじみ出る柔らかな渋みは、人を惑わすような美しさと危うさを醸し出している。至宝という表現は、彼のための言葉かもしれない。

 だが、この男もどこかで見覚えがある気がする。

 海外のドラマで見たことがあるような……と、ここまで思考したところで、はたっと心を閉ざしていなかったことを思い出した。

 また、心を無にしなくては! と口を塞いで、おそるおそる男の顔を伺う。

 仮称グリンデルバルドは、混乱しているように見えた。

 

「ジョニー? (スパロウ)? チャーリー……ウォンカ?」

 

 この男は、やはり私の心を読んでいるらしい。

 ただ思考言語が英語(えいご)ではないから、詳細までは分からないようだ。あれ? でも、ダンブルドアは平然と読んでくる。いつだって私がちょっと考えた瞬間、その回答をポンッと提示してくる。やっぱり、ダンブルドアは私が前世で生まれ育った地域まで特定しているのか? そうだとしたら、いったい何ヶ国語マスターしてるのだろう……アルバス・ダンブルドア、恐ろしい男である。

 

「ただのマグルかと思っていたが、何者だ?」

 

 グリンデルバルドは私の襟元を無造作につかむと、強引に引き寄せた。背丈が違いすぎるので、必然的に私の両脚が地面から離れる。じたばたと足を揺らし、男を蹴ろうとするが無意味な抵抗だった。

 

「うぐ……」

「ダンブルドアの入れ知恵か? それとも、純粋なマグルではないのか?」

 

 グリンデルバルドが独り言のように呟く。

 襟が締まり、息ができない。私は喘ぎながら、屋敷しもべ妖精の名前を呼ぼうとした。

 

「ッ、ディー……」

黙れ(シレンシオ)

 

 グリンデルバルドが短く告げた途端、私の唇は縫い付けられたように固く閉ざされてしまった。それでも、私は口を開こうと悪戦苦闘する。そんな姿を見て、グリンデルバルドはようやく口の端だけわずかに持ち上げた。

 

「……さて」

 

 グリンデルバルドの薄暗い目が光った――瞬間、脳を手で直接触られるような痛みが奔った。長い指が脳の奥へと沈み込み、ぐるりとかき混ぜる。……たぶん、私は叫んでいたと思う。沈黙の魔法のせいで声は出なかったけど、気が狂いそうなほど強烈な痛みのせいで我を忘れそうになった。自分を見失わなかったのは、グリンデルバルドが私の記憶を見ていると知ったから。痛みと連動するように、記憶が奔流する。ついさっき、フェンリールと別れたところから始まり、ビデオテープを巻き戻すように印象的な場面が蘇っては流れていく。時々、ゆっくり流れるのはグリンデルバルドが注視しているからだろう。抵抗なんてできるはずがなかった。痛みにあえぐのが精いっぱいで、私はなにもできなかった。

 そのうち、あっという間にトムとの出会いまで遡った。ルークやモーリス、オリヴィア・コールとの出会いに寄宿学校での思い出、父が流された事件やガランサス夫人の人ならざるものを見るような冷たい眼差し、ヘレンおばあちゃんが抱っこしてくれたこと、それらすべても瞬く間に流れ、赤子としてこの世に産声を上げた場面で一旦暗転する。

 

「ぐっ、あ……」

 

 最初に、世界を塗りつぶすような緑の光があった。

 本来ありえぬ赤子以前の記憶は、グリンデルバルドの興味を惹いたのだろう。その前後が脳内でゆっくりとフラッシュバックする。

 

 私はコートを羽織って、コンビニへと小走りしていた。

 自分のダッフルコートではなかった。誰かのために買ったトレンチコートを纏っている。急いで玄関を飛び出したから、間違えてしまったのだ。そして、たぶん……その誰かのために、コンビニでココアを買おうとしていた。ついでに、ホッカイロでも買い足すかと軽く考えながら、夜の道を進んでいる。古い街灯がばちばちと立てる音が耳障りで、ニット帽を耳まで深く被り直す。夜空は曇っていて、星どころか月の灯りさえもない。住宅から漏れ出る灯りと街灯、それから時々通り過ぎる車のライトが夜道を照らし出していた。

 そんなとき、1人の外国人が現れる。

 

『ようやく見つけたぞ――息子の仇!』

 

 当時は分からなかったけど、いまの()なら聞き取れた。

 外国人の男性が酔っ払いのように叫んでいた。私はなんのことか分からず、ぽかんとしていた。変な人とさえ思い、関りを持ちたくなくて無視して通り過ぎようとした。

 そしたら――……

 

 

「駄目」

 

 女性の手が私の視線を覆い隠すように現れた。

 白くて長い指は、そのまま私の額をピンっと軽く弾く。すると、一気に視界が晴れた。頭の痛みは跡形もなく、どさっと尻餅をつく。首元が解放されたことで、酸素が一気に肺を膨らませ、軽く咳き込んでしまった。

 

「けほっ、けほっ……?」

 

 喉を抑えながら、顔を上げる。

 グリンデルバルドは忌々しそうに顔を歪めていた。右目を痛そうに押さえている。目を押さえる手からは、もくもくと白い煙が立ち昇っていた。

 

「正気の沙汰ではないぞ……」

 

 グリンデルバルドは苦しそうに吐き出していた。

 

「ハーポですら、このようなことはしない。いや、違う。あれは……古代の魔法? いや、掛け合わせているのか!?」

 

 独り言のように呟いているが、まったく意味が分からない。

 私は怖くなって、走り出した。恐怖でふらつく足を奮い立たせ、誰もいないパディントン駅を走った。

 

「で、ディーク! 誰か! 助けて!!」

 

 何も考えず、力いっぱい叫ぶ。

 いつのまにか、沈黙の魔法は切れていたようだ。

 私の叫び声がパディントン駅のホーム全体に広がった瞬間、ポップコーンが爆ぜるような音が連続で響き渡った。

 

「動かないで」

 

 グリンデルバルドの背後に、ティナ・ゴールドスタインが現れる。ティナの杖先はグリンデルバルドの首筋を狙っており、いつでも魔法を放てる状態だった。グリンデルバルドの前方には、ニュートとユスフ、ナティが杖を構えて臨戦態勢をとっていた。彼らだけではない。私が名前の知らない闇祓いが次々と「姿現し」をし、グリンデルバルドを包囲していく。

 

「奥様! ご無事ですか?」

 

 私が茫然と立ち尽くしていると、ディークがフェンリールと一緒に駆け寄って来た。

 

「母さん! ぶじか!?」

 

 フェンリールは私の胸元に飛び込んでくると、ぎゅっと腰のあたりを強く抱きしめてきた。

 

「トイレから出たくても出られなかったんだ! どうしたらいいか、わからなくて……ディークをよんだら、たすけにきてくれたんだけど、こんどは母さんが見つからなくて……!」

「心配かけてごめんね」

 

 フェンリールを抱きしめ、震える背中を優しくさすった。

 本当はフェンリールのケアが最優先のはずだけど、私はどうしてもグリンデルバルドが気になって前を向く。

 

「愚かな……お前たちは、なんと愚かなのだ」

 

 圧倒的不利な状況下で、グリンデルバルドは笑っていた。

 

「あの女は、ただのマグルではないというのに」

「御託は良いわ」

 

 ティナが鋭く言い放った。

 

「貴方には聴きたいことが山ほどあるの」

「クイニー・コワルスキーのことか? 答えるまでもないだろう?」

 

 グリンデルバルドはティナを一瞥もせず、ただ私を睨みつけたまま言った。名だたる闇祓いに囲まれているというのに、私だけを憎らしそうに凝視している。眼には嫌悪の色を燃やしているというのに、口元は愉快そうに笑っているのが不釣り合いだった。

 

「……なにがおかしい?」

 

 ユスフ・カーマが低い声で尋ねる。

 

「すまない。そろそろ時間のようだ」

「――ッ、ティナ! すぐに離れるんだ!!」

 

 異変に真っ先に気づいたのは、ニュートだった。

 彼の叫びが響き渡る前に、パディントン駅の屋根を突き破り、瓦礫と巨大な爪が降り注ぐ。ティナはニュートの声にいち早く反応し、すんでのところで爪から逃れることができた。

 

「―――ギャォォオオオ!!!!」

 

 雄叫びを上げ、現れたのは巨大なドラゴンだ。背に黒い隆起が連なり、棘のない尾を持ったドラゴンは、頭を少し低くする。

 

「ご苦労」

 

 グリンデルバルドは、ドラゴンの頭で優雅に腰を下ろしていた。

 

「ノルウェー・リッジバック……!」

「ニュート・スキャマンダー。3年前、君が保護できなかったドラゴンだ」

 

 グリンデルバルドがそう告げると、ドラゴンは飛翔した。

 闇祓い数人が魔法を放つが、ドラゴンの茶色の皮が弾き返してしまう。

 

「さらばだ、英国の諸君。ダンブルドアの犬よ。君たちとは、二度と会うことはないだろう。それから――闇の器」

 

 グリンデルバルドの目は、再び私に注がれた。

 

「マグルにしては、実に興味深かった」

「ま、待ちなさい!」

 

 ティナの杖先から赤い閃光が奔ったが、二頭目のドラゴンが行く手を遮った。

 そこからは、闇祓いたちVSドラゴンの大乱闘。

 そのすべてを目に収めることはなかった。理由? ディークが「ここにいては危険です」とコッツウォルズの自宅まで「姿現し」をしてくれたからだ。自宅には安全の魔法が重ねがけされているので、悪しき者がやってくることはないのだそうだ。

 

 おかげさまで、私もフェンリールも傷一つない。

 それでも、私は疲れ切っていて、さっきまで眠っていた。

 さっきようやく目が覚めて、机に向かっている。ラジオからパディントン駅に関するニュースが流れないか耳を立てるも、「昼前に汽車の不具合で大幅に遅延した」という情報くらい。他になにもないことから察するに、ドラゴンは無事退治し、レパロで駅を修復させたのだろう。

 

 それにしても、分からないことだらけだ。

 グリンデルバルドは、私と会ってなにを確かめたかったのだろう? 真相は分からないけど、彼の予期せぬ結果だったことは違いない。

 私だって、まだ混乱している。こうして努めて冷静になって日記を書いているけど、自分のことが分からなくなってきた。

 ハーポって誰?

 古代の魔法ってなに?

 息子の仇って? 白い指の女性は何者? そもそも、私は誰のトレンチコートを着て、誰のためにココアを買いに行こうとしていたの?

 

 私が闇の器って……どういうことなの?

 

 

 

 

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