●1943年 3月〇日
BBC交響楽団のコンサート、ラシェルを誘ったけど断られてしまった。
イースター休暇明けに大きな試験があるそうだ。でも、たぶん遠慮しているのだと思う。こういうとき、手紙のやり取りしかできないのはもどかしい……電話は火急の用件でしか取り次いでもらえないし、かといって、電報を打つようなことでもない。携帯が恋しい……メールとかLINEで繋がっていれば、なんとか説得できるだろうに。
いまから説得するのは難しいので、2人分のチケットはどうしようか。
そんなことを考えていた矢先、トムからの手紙が届いた。
『ルクレティアが来ることになったから、関係者席のチケットが残り3枚になった』
手紙の冒頭は、そんな一文から始まっていた。
『ルクレティアはマグルのオーケストラに興味があったから来るのであって、それ以上でもそれ以下でもない。なにか妙な勘違いはしないように』
トムはそう書いていたけど、私は知っている。ルクレティアがトムと結婚しようとしていることを……それにしても、わざわざ念押ししているということは、これは……両想いなのか!?
いや……ちょっと絶句してしまって、しばらく固まってしまった。
私の記憶だと、ヴォルデモートは誰も愛さなかったはずだ。いや、ナギニだけ例外だっけ? でも、ナギニが人間形態時代から愛していたって描写はなかったし、そもそも、ヴォルデモートとナギニがそろって登場したのは「炎のゴブレット」からだ。蛇を愛していたのであって、人へ向けるものではない。
ベラトリックスは右腕だったけど、愛してなかった。戦闘力と純血ってことを評価していたからであって、男女の関係にも発展しなかった。というか、ヴォルデモートがそういう行為をするとは考えられない。
でも、私のトムは違う。
ヴォルデモートとは違う。
ルクレティア・ブラックに恋をしても不思議とは思わない。むしろ、ヴォルデモートと着実に違う道を歩んでいることを喜ぶべきなのだ。
それにしても、トムも恋をするのか……。
どんどん遠くに行ってしまう感じがして、少しだけ寂しいな。
ちなみに、手紙には、ハグリッドとのその後についても触れられていた。
ハグリッドと喧嘩してしまった後、少し疎遠になったそうだ。土日に呼び出されるのではないかと思ったそうだが、ハグリッドは「禁じられた森」へ行かなくなったという。では、土日は何をしているのかといえば、魔法生物に関する本を読むため図書室にいるそうだ。だから、トムは安心して、ヴァイオリンの練習に集中できるのだとか……。
トムは「ハグリッドが静かになって良かった。そのまま反省の色を見せてほしい」って結んでいたけど、私としては不気味である。
ハグリッドが本を読んでいる描写って、原作にあったっけ……?
いや、でも「尻尾爆発スクリュート」みたいな怪物を錬成させる程度には知識があるのだから、魔法生物に関する本ならすらすらと読めてしまうのか?
トムへの返信では、それとなく「ハグリッド君が反省しているなら、仲直りしたら?」と促してみよう。
※
●1943年 3月△日
結局、マクゴナガルさんを誘うことにした。
他の人を誘ってもよかったのだけど、ルクレティアさんが来るならマグルの知り合いに声をかけることは不可能だ。
だから夕食の時、フェンリールに「マクゴナガルさんを誘う?」と提案することした。
フェンリールは目が点になり、硬直した。カブのスープをスプーンですくっていたが、それが垂れていることにも気が付かないくらい思考が停止しているらしい。
「フェンリール?」
「あ、ああ……んー、でも、まあ……いいんじゃね? 電話で聞いてもいい?」
「もちろん!」
私が言うと、フェンリールは風のような速度で電話に飛びついたが、受話器を取ろうとしない。その場で唸り声をあげ、腕を組む。ぶつぶつと何か呟いていることから察するに、なんて声をかけるか悩んでいるようだった。そのままたっぷり30分ほど考え込んでいたが、やっと受話器を取って電話をかける。
結論から言えば、マクゴナガルさんは来ることになった。
(私が内緒で追加のチケットを買うので)「親御さんもどうぞ」としたのだけど、彼女一人で来ることになったようだ。なんでも、まだ弟たちが幼く、目が離せない状態なのだとか。
ロンドンまでは、彼女一人で汽車に乗って来てくれるらしい。
「よかったね、フェンリール」
「べつにー。母さんがさそえって言うからさそっただけだし」
そう言いながらも、にししと笑う姿は心から嬉しそうだった。
私もミネルバ・マクゴナガルに会うのが楽しみ。子ども時代の彼女なんて、想像できないもの!
※
●1943年 3月×日
今夜もダンブルドアと話した。
今夜はちょうどクリスマス休暇の話。「ニコラス・フラメル」を調べるために、閲覧禁止の棚に忍び込む話だ。
序盤、ダンブルドアは微笑ましそうに聞いていた。
ハリーとウィーズリー兄弟がクリスマスを楽しむくだりを心から喜んでいるように見えたのだが、ハリーが謎の人物――というか、未来のダンブルドア自身から贈り物を貰ったところで表情が消えた。
「ハリーがプレゼントの包みを開けると、そこには差出人不明のカードと古びたマントが入っていました。カードには『君の父親から預かっていたものだ。上手に使うように』とだけ書いてあるだけ。とりあえずマントを被ってみると、ロンがとても驚きました。なんと、それは透明マントだったのです」
「透明マントだって!?」
ダンブルドアは珍しく大きな声を上げた。
「いまのくだりをもう一度、確認させてほしい。ハリーの父親から預かっていた、と言ったかい?」
「え、ええ」
「それなら、少なくとも10年は経過している……おかしい。普通の透明マントはそこまで耐久性はないはずだ。そもそも、一目で古いと分かるほど使えるものでもない。いや、だが、しかし……」
ダンブルドアは考え込んでしまう。
そこで、私は透明マントは死の秘宝の一つだったと思い出した。青年期のダンブルドアはグリンデルバルドと死の秘宝を集めることに躍起になっていたのだった。
これは……「蘇りの石」のくだりを話すときも似たようなことが起きそうだ。
「ハリーはポッター家だったね。ゴドリックの谷に住んでいる一族で間違いないね?」
「『賢者の石』の時点では明らかにされませんが……」
私はもごもごと答えるが、ダンブルドアの推論が正解だと言っているようなものだった。
ダンブルドアは目に妖しげな光を浮かべていたが、それを消すように長く――それは長く息を吐いた。
「……ミス・リドル、君は『死の秘宝』について知っているかい?」
「原作で明らかにされた程度には」
「その3つがいまどこにあるのか、現存しているのかも?」
「……現時点でニワトコの杖は、グリンデルバルドが持っている。その程度には」
「蘇りの石は?」
私は口を閉ざした。
どう答えればいいのだろう? あれを指に嵌めてしまい、ダンブルドアは寿命を縮めた。たぶん、ヴォルデモートがかけた呪いによるものだから、いまの蘇りの石はデメリットな効果はない――はず。ただ、それをモーフィンがあっさり手放すとも思えなかった。
「知ったらどうします?」
「グリンデルバルドの魔の手から守らなければならない」
「彼には分かりませんよ」
指輪はモーフィンと一緒にアズカバンにある。グリンデルバルドがアズカバンに現れる光景を想像できなかったし、彼が守護霊の呪文を使いこなせるとも思えなかった。
「少なくとも、いまは安全な場所にあります」
「安全な場所とは、グリンゴッツかい? それとも、まさか――」
「ホグワーツでもないですし、銀行でもないですよ」
「君が行きたいと思う場所かい?」
「ノーコメントとさせていただきます」
いずれにせよ、モーフィンが亡くなったとき、あの指輪はトムに相続される。トムはスリザリンの遺物程度にしか思わないだろうし、指輪の隠された石の本当の力を知らずに、子孫へと引き継がれていくことだろう。それでいい。それでいいのだ。
「いまの持ち主は、石の効果を知りません。知ったところで、使おうとも思わないでしょう」
「……」
ダンブルドアは黙り込んだ。
何も言わなかった。
だから、私は話を進めた。ハリーは透明マントを被り、夜の学校を歩いていると、ひょんなことから「みぞの鏡」を見つけてしまう。鏡に映った家族の姿に驚き、すっかりその虜になってしまうが、ダンブルドアが「鏡に囚われるな」と忠告する場面だ。
「ハリーは先生に『先生には何が見えていますか?』と尋ねると、先生は『ウールの靴下を持った自分だ』と答えました。クリスマスの贈り物が本ばかりだったのが不満だと……でも、ハリーは思うのです。『あれは不躾な質問だった』と」
本当は、元気なアリアナが映っていたのだろう。家族全員が元気に生きている姿かもしれない。いや、ファンタビの映画では、若い頃のグリンデルバルドだったっけ?
いずれにせよ、この時点のハリーには伝えられない。ハリーだけでなく、誰にも言えない秘密だろう。そのことを私は知ってしまっている。そう考えたとき、無性に罪悪感が込み上げてきた。
「……先生。ダンブルドア先生。私は……先生の秘密を知っています。おそらく、みぞの鏡に何が映っていたのかも」
「分かっているよ」
ダンブルドアは優しく目を細めた。
「君の知る物語では、私の過去についても触れられているのだろう? どうやら、私はハリー・ポッターを導く役割のようだからね」
「……はい。申し訳ありません」
「謝る必要はない」
ダンブルドアは落ち着きのある声で続けた。
「君も私に秘密を打ち明けてくれた。だから、いずれ……私も君に伝えようと思っていた。アリアナのことやグリンデルバルドとの関係を」
私は頷いた。
頷くことしかできなかった。
すると、ダンブルドアはゆっくりと目を瞑り、それから優しげな声で問いかけてくる。
「誰がアリアナを殺したのか、それは知っているのかい?」
「知りません」
ダンブルドアをまっすぐ見つめると、今日一番はっきりとした声で言った。
彼は驚いたように目を開き、私をまじまじと見つめてくる。
「本当に?」
「原作では、誰がアリアナに魔法を当てたのか明確に描写されませんでした。グリンデルバルドなのか、アバーフォースなのか、先生なのか……分からずじまいです」
ですが、と私は話続けた。
「グリンデルバルドは、最期……牢獄で自分の犯した過ちを悔いていました」
映画版では微妙なところだったけど、少なくとも原作ではヴォルデモートに情報を渡そうとしなかった。ダンブルドアの墓を暴かないように誘導しようとしていた。それだけでも、彼にはダンブルドアに対する想いがあったのだと分かる。
恐らくだけど、贖罪の気持ちも抱いていたに違いない。
「きっと、それが答えなのだと思います」
「……君は優しいな」
ダンブルドアは目尻を緩める。
「君がトム・リドルの母親で良かったと心から思う」
「ありがとうございます」
私が微笑みを返すと、ダンブルドアは小さく頷いた。
「ところで、私は気づいてしまったのだが……間違っていたら違うと言ってくれ」
ダンブルドアは羽ペンを取り出し、さらっと何かを紙に書いている。その紙を鏡越しに見せられ、私は思わず吹き出してしまった。
だって、そこには「I am Lord Voldemort」と記されていたのだから。
「もしや、トムはトム・マールヴォロ・リドルの名前を組み替えて、ヴォルデモート卿と名乗っていたのかい?」
「の、ノーコメントで」
二巻のネタバレになってしまう……というか、「トム=ヴォルデモート」って知っているにしても、いま辿り着く!? 頭の回転が段違いに早い……早過ぎる!
私の表情が強張ったのを見ると、ダンブルドアはくすくすと笑った。
「どうやら、先読みをし過ぎたようだ」
「ちなみにですけど……先生は誰がフラッフィーが守護している物を狙っていると思っていますか?」
「ヴォルデモートと内通者だろう」
ダンブルドアはさして悩むことなく答えた。
「しかし、スネイプ先生はミスリードだ。明らかに怪しいが、クィディッチのシーンで違うと分かった」
「具体的には?」
「ハリーを呪い殺したいのであれば、無言呪文を使うはずだ。目立って疑われるような真似はしない。だが、スネイプ先生に火をつけたことで、真犯人の集中力も削がれた結果、呪いが止んだ。つまり、教員席にいる誰かだろう」
さらさらっと答えが出てきたので、私は「なるほど」と呟いてしまう。
「つまりは、教職員の誰かがヴォルデモートの手下だと?」
「そうなるだろう。もちろん、私とルビウス・ハグリッド以外の誰かだ」
「ハグリッドにはできませんからね」
ハグリッドはグリフィンドールの応援席にいたし……と、思って、ふと――気になっていたことを尋ねた。
「そういえば、トムとハグリッドが喧嘩したのはご存じでしょうか?」
「ああ、そのことか」
ダンブルドアの顔がわずかに曇った。
「実は、ハグリッドが妙な動きをしていてね。ホッグズヘッドでナギニという女性と密会し、なにかを取り引きしているようだ。一体なにを取り引きしたのかまでは分からないが……図書室に通うようになったところから考えるに、なにかを育てることに決めたのだろう」
「取り引き……ドラゴンの卵とか?」
この後の展開を予想し、ぽつりと声が零れる。
「それはないな。3年生が育てられるはずがない。それに、彼女がドラゴンの卵を入手できるとも思えない。彼女が手に入れることのできそうな生き物といえば…………」
ダンブルドアはそこまで答えてから、はっとしたように口を閉ざした。
「先生?」
「いや、なんでもない。だが、貴重な話をありがとう。今日はそろそろ寝ることにしよう」
ダンブルドアは鏡から消えかけ、思い出したかのように戻ってきた。
「安心してほしい。トムのこともハグリッドのことも注意しておく――おやすみ、アイリス」
それだけ言うと、ダンブルドアは姿を消した。
両面鏡に映るのは、曇り空のような風景だけ。
「ありがとうございます……おやすみなさい、アルバス」
私もそれだけ告げると、鏡をしまった。
それにしても、ナギニが手に入れることのできる生き物ってなんだろう? 蛇の魔物? それとも、彼女の関係する地方の生き物? 原作のハグリッドはアラゴグを入手していたけど……それと関係あるのかな?
でも、ナギニがそんな恐ろしい毒蜘蛛を所持できるの?
原作を知っていても、分からないことが多すぎる……もっとしっかり読み込んでおくべきだった。
でも、今日は良かった。
ダンブルドアとの距離が縮まった気がする。
アイリスと呼ばれたから、アルバスと返してしまったけど……たぶん、間違いではない。いまのアルバス・ダンブルドアならきっと……トム・リドルを悪の道に誘導しないはずだ。
きっと、大丈夫。
私は信じている。