トム・リドル育成計画!   作:寺町朱穂

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トム視点です。



●ワンダリングシャドウ(前編)

 

 最近、トムは頭を悩ませていた。

 BBC交響楽団との公演を終え、ホグワーツに戻ってきてから不審な声が聴こえるのである。骨の髄まで凍らせるような冷たい声が、どこからともなく響いてくるのだ。

 

『腹が減ったぞ……腹が減った……』

 

 当初はホグワーツの怪奇の一種だと思った。

 ホグワーツはありとあらゆる魔法で満ちている。しゃべる鎧同士の喧嘩なんて日常茶飯事であり、タペストリーの奥に魔法の階段が隠されていたりする。隻眼の魔女に魔法をかければ、ホグズミードへこっそり抜け出すことだって可能だ。だから、どこからともなく声が響いてくるのもありえない話ではない――が、それにしても話していることが物騒すぎる。

 

 だから、一度――アルファードやドロホフと夕食を終え、寮へ帰る道で声が聴こえたとき、トムは肩を落としたのだ。

 

「本当……どうにかならないのか、この声は」

 

 トムがため息交じりに同意を求めるが、アルファードたちはきょとんとしている。その間にも、身体をむしばむ毒のような声は続いていた。

 

『……引き裂きたい……噛み切ってやりたい……我慢がもどかしい……』

「また聞こえた。薄気味悪い……壁の向こうから聞こえてるのか?」

「……トム、なにを言ってるんだ?」

 

 ところが、2人とも困惑しきっていた。

 

「声ってなんだよ?」

『あぁ……殺したい……殺してやりたい……!』

「この声さ!」

「……トム、なにも聞こえないぜ? 疲れてるんじゃないか?」

 

 アルファードはおそるおそるといった様子で言う。彼は茶化すわけでもなく、心から不安そうに問い返していた。ドロホフも同意見らしく、トムを心配げに見つめている。

 

「僕が疲れてる? そんなわけ――」

『ああ、いいんだな? 襲っていいんだな……!?』

「ほら、また!」

 

 トムは石壁にすがり、声を注意して聞こうとした。声は少しずつ幽かになっていく。どうやら、移動しているらしい。石壁から天井へ、そしてその上へと向かっているようだ。

 

「こっちだ!」

 

 トムはそう叫ぶと、階段を一気に駆け上がった。自分がおかしくないことを証明したい一心で声を追いかける。ちょうど夕食が終わったばかりの生徒たちのおしゃべりが大広間からホールまで響いていたが、その声をかき消すほどはっきり聞こえた。

 

『血の臭いだ……! 待ちわびたぞ……! ついに、その時が来た!』

「誰かを殺すつもりだ!」

 

 トムは階段を一度に数段飛ばして駆け上がる。アルファードから「待て、トム!」と声をかけられたが、トムは無視した。三階まで辿り着いたところで、声が消えた。誰もいない廊下が広がるばかりで、人の気配どころかゴーストすらいない。

 

「……見失った。この辺りから聴こえたと思ったけど」

「トム……どういうことなんだよ」

 

 トムが肩で息をしていると、アルファードたちがようやく追いついた。

 トムは彼らに説明しようと振り返った時、ドロホフがあんぐりと口を開けていることに気づいた。額から流れ落ちる汗を拭おうとせず、廊下の隅を指さしている。彼の視線をたどると、窓と窓の間の壁になにやら文字が書かれている。三人が怪しみながら近寄ると、高さ30センチほどの文字が塗り付けられ、たいまつに照らされて鈍い光を放っていた。

 

 秘密の部屋(CHAMBER OF SECRETS)開かれた(OPEND)

 俺たちの敵よ(OUR ENEMYS)気を付けろ(BEWARE)

 

「なんだ、これ……秘密の部屋?」

「トム……ここから離れよう」

 

 アルファードの顔から血の気が引いていた。彼は文字ではなく、少し離れた先を見ていた。そこには黒い影が転がっていた。松明が揺れ、わずかに影を照らし出す。影の正体は女子生徒だった。眼鏡をかけた少女は恐怖でひきつった顔のまま倒れている。

 

「マートルだ……」

「トム、いまは助けるな。とにかく、ここにいたら……」

 

 しかし、遅かった。

 トム・リドルが一心不乱に走っているところなんて、滅多にない。「なにかあったに違いない」と考えた野次馬生徒たちが後を追いかけてきていたのである。「いったいなんだろう」とわくわくとした興奮は彼らが廊下に入った瞬間に消えた。誰もがトムたち三人組を遠巻きに見つめ、おぞましい光景に呆気にとられる。だが、それもつかの間――静けさを破るように、誰かが悲鳴を上げた。

 

「きゃーー!!」

 

 ハッフルパフの女の子だった。彼女の悲鳴で息を吹き返したように――そして、何が起きたのか察したように、生徒たちの悲鳴が薄暗い廊下を震わせた。

 

「死んでる!?」

「ひ、人殺し!」

「やめて! 殺さないで!」

 

 廊下は阿鼻叫喚の嵐だった。倒れるマートルを見ようとする野次馬やこの場から逃げようとする者、恐怖に支配され悲鳴をあげることしかできない者でごった返している。

 

「静まれ!」

 

 ダンブルドアやスラグホーンを始めとした数人の先生が駆け付ける。そのなかには、ホラス・スラグホーンの姿もあった。スラグホーンは壁の文字とトムを見るなり、反射的に叫んでいた。

 

「違う! トムはこんなことはしない! これは冤罪だ!」

 

 スラグホーンはすっかり青ざめた顔でトムに歩み寄り、両肩をつかむと祈るように言った。

 

「トム、そうだよな? そうだと言ってくれ!」

「は、はい、先生。僕、なにもやってません」

 

 しかし、トムは確かにスラグホーンの目の中に疑念の色が浮かんでいることを見てしまった。

 そこでトムは思い出した。「秘密の部屋」とはスリザリンの継承者のみが開けることができるということ――そして、トムがスリザリンの末裔だという事実をホグワーツの誰もが知っていることも。この状況下で、真っ先に容疑者として疑われる人物は自分であり、現場に居合わせたともなれば黒だと確定したも同然だった。

 

「先生、違います! 僕、本当に何も知りません!」

「ホラス。聞くのはあとにしよう。まずは、彼女を近くの部屋へ――メリィソート先生の部屋が一番近い。アントニン、医務室のマダム・ブレイニーを連れてきてくれ。ビーリー先生、ふくろう小屋へ。魔法省に出張中の校長先生へ手紙を送ってもらえないか?……第一発見者の君たち、私に着いてきなさい」

 

 ダンブルドアはドロホフに指示を出すと、マートルの小さな体を抱えた。

 トムとアルファードは連行される囚人の気分でその背中に続こうとしたが、群衆からこんな声が上がった。

 

「先生! トム・リドルはそんなことをしません!」

 

 ルーファス・スクリムジョールだった。人垣を押しのけ最前列に進み出ると、すっかり血の気の失せた顔で――それでも一心に声を張り上げて叫んだ。

 

「こいつはさっきまで大広間で夕食をとってました! その前は杖十字会の決闘に参加して、その流れで大広間に入ったんです! 人殺しする暇なんてありません!」

「スクリムジョール……」

「なんでもできるいけ好かない奴ですけど、殺すなら足が付かないように工夫するはずです。こんなにあっさりと露見するようなことはしません!」

 

 スクリムジョールが叫ぶと、その周りにいる生徒たちが「それもそうか」と頷く姿がちらほら見られた。

 

「僕も同意見です」

 

 杖十字会の調整役――グリフィンドールの七年生セプティマス・ウィーズリーも声を上げた。

 

「今日の決闘表もありますし、トムには審判を頼んでいました。嘘だと思うのでしたら、杖十字会に参加していた全員に聴いてください」

「同意ですね」

 

 そう言いながら声を続けたのは、レイブンクローのダモクレス・ベルビィだった。

 

「そこで倒れてるのは、レイブンクローの生徒。いじめられてましたが、リドルが手を差し伸べてました。わざわざ助け出した生徒を殺しますか? その意味が分からない」

「ルーファス、セプティマス、ダモクレス。私もトムが襲ったとは考えていないよ」

 

 ダンブルドアが次々に上がる声を制し、柔らかな声で言うと進みだした。

 

「……ありがとう」

 

 トムはダンブルドアの後を追いかけながら、一度だけ振り返ると口の動きだけで伝えた。

 スクリムジョールは1年生の頃から自分のことを敵視していると知っているし、セプティマスとは杖十字会だけの付き合いだったし、ベルビィは最近知り合って互いの利益が一致して薬の研究をし始めたばかりだったが、違うと宣言してくれた。それだけで、胸の奥に火が灯ったような想いがした。

 

 メリィソートの部屋に着くと、ダンブルドアはマートルをベッドに横たえた。ダンブルドアは折れ曲がった長い鼻がマートルの肌につきそうなほど前のめりに見つめ、時折、指でそっと突いたり刺激をしたりしながらくまなく調べている。スラグホーンもマートルの反応を確かめながら、熱心に調べているようだった。レイブンクローの寮監は最初こそ漠然とたたずんでいたが、ダンブルドアとスラグホーンが囁き合い始めると、すぐに手帳を取り出すと彼らの話し合いを書き記した。メリィソート先生は難しい表情で文献をいくつか呼び寄せる。

 ほどなくして癒者のマダム・ブレイニーが駆け込んできた。

 

「急患ですか!?」

「ノーリン、君の見解を聞かせてほしい」

 

 ブレイニーも輪に加わり、トムの位置からマートルの姿は見えなくなった。

 

「トム、アルファード、アントニン。君たちも疲れただろう」

 

 呪文学のローネンは青ざめた顔をしていたが、思い出したように杖を振った。

 

「見れば見るほど酷い顔だ。何か飲むといい」

 

 ローネンがトムたちの前にゴブレットを差し出すと、水の出現呪文(アグアメンティ)を唱えた。

 

「真実薬は入ってない。私が保証するよ」

 

 ローネンは皺だらけの顔が歪むほど微笑む。

 トムとしては真実薬が入ってくれていた方が良いと思った。そうすれば、無実を証明できる――が、それと同時に奇妙な声について話すことになってしまう。冷静になると、アルファードたちに聞こえない声という時点で、それは幻聴で間違いなかった。マグルの世界で聴こえない声が聴こえるのは異常であり、魔法界でも同じだろうということは彼らの反応から察することができた。結果「頭がおかしい」と判断され、即入院となってしまったら……? アイリスになんて説明すればいい? そう考えると、真実薬を飲みたいとも言い出せなかった。

 

 トムとアルファードが水を半分飲み終える頃、ダンブルドアがようやく体を起こし、優しく言った。

 

「ミス・マートルは死んでないよ。石になっただけだ」

「でも、どうやって?」

「それは分からない。だが、君たちがやったわけでないと分かっている。ただ、どうして君たちは三階の廊下にいたのかい?」

 

 部屋中の視線がトムに集まった。アルファードやドロホフも身を縮め、おずおずとトムを見る。

 

「僕、忘れ物をした気がしたんです」

 

 咄嗟に思いついた言い訳を口にする。

 

「闇の魔術に対する防衛術の教科書を。今日、レポートを仕上げようと思ったのですが、寮へ帰る途中で鞄にないことに気づきまして……」

 

 アルファードたちもすかさず「その通りだ」と言わんばかりの表情で頷いた。

 

「マートルは元に戻りますか?」

「心配しなくていいよ、トム」

 

 スラグホーンが努めて温和な声で言った。

 

「薬草学のビーリー先生がマンドレイクを育てていてね。まもなく成熟する。そうすれば、私がマンドレイクを使った薬を調合できるよ。そうだ! せっかくだから、トムにも手伝ってもらうとするか。勉強になるぞ」

 

 スラグホーンの目には、もう疑念の色はなかった。

 そのとき、ばんっと扉が勢いよく開き、ハグリッドが飛び込んできた。真っ黒でもじゃもじゃの頭の上には木の枝が絡まっており、くすんだエプロンは血だらけだった。手には鶏の死骸を握りしめている。

 

「トムじゃねぇです、先生!」

 

 ハグリッドが急き込んでいった。

 

「トムはそんなことしねぇです! 人を殺すなんて、できっこねぇ! トムは俺が一番苦しい時に寄り添ってくれた恩人なんです!」

 

 ダンブルドアは何か言おうとしたが、ハグリッドは喚き続けていた。興奮して、鶏を振り回すので、部屋中に羽と血が飛び散った。

 

「トムのはずがねぇです! 俺、魔法省の前で証言したっていいです!」

「ハグリッド、私は……」

「先生! どうか信じてくだせぇ! 俺はトムのことをよく知って――!」

「ハグリッド!」

 

 ダンブルドアは大きな声で言った。

 

「私を含めここにいる全員、トムが襲ったとは考えてないよ」

「へ……」

 

 ハグリッドの手に持っていた鶏がぐにゃりと垂れ下がった。

 

「はぁ……はぁ……ハグリッド、少し落ち着かんか」

 

 ハグリッドの後から、ケトルバーンがふらふらと部屋に入ってきた。彼の仕事着も血で濡れていた。

 

「あー、失礼。私とルビウスで鶏小屋の手入れをしていてね。今学期に入って、鶏が3羽も殺されていて……その最中に知らせを聞いたものだから」

「分かってるよ。ひとまず、4人とも帰りなさい。ルビウスはケトルバーン先生とシャワーを浴びてから寮へ戻るように」

 

 トムたちは走りこそしなかったが、できる限りの早足でその場を去った。

 

「……声のこと、言わなくてよかったよね?」

 

 帰り道、トムが呟くと、アルファードが即座に頷いた。

 

「当然さ。魔法界でも自分にしか聞こえない声は狂気の始まりだよ――……おいおい、君が狂っているって言いたいわけじゃないぜ? 問題は、なぜ君にだけ声が聴こえたのかだよ」

「そうだよな……あの声は、いったいなんだ?」

「分からない。でも、確かなことは『スリザリンの継承者』がもう一人いるってことさ」

 

 アルファードは声を潜めた。

 

「君以外のスリザリンの末裔といえば、オミニスさんだけか?」

「モーフィンもいるよ。伯父でアズカバンにいるけどね」

 

 それ以外は知らなかった。

 しかし、オミニスがわざわざフェルトクロフトを抜け出してホグワーツに忍び込むとは思えなかった。それに、彼は闇の魔術を憎んでいる。わざわざ「秘密の部屋」を開けるとは考えにくかった。

 

「モーフィン・ゴーント……確か、トムの母さんを攻撃して収監されたんだっけ?」

 

 アルファードはうーんと唸った。

 

「マグルを攻撃した罪なら、3年間は軽く牢だから……ひょっとして、出所してるんじゃないか?」

「再犯だし、アイリスへ許されざる呪文を使ったんだ。もっと長く鎖に繋がれてるはずだよ」

「それなら白だ。でも、オミニスさんがするとはなぁ……?」

「まずは、オミニスさんにふくろうを飛ばしてみるよ」

 

 明日にでもフクロウのウタに手紙を持たせよう。学校の状況を伝えれば、オミニスも「秘密の部屋」の在り処を教えてくれるに違いなかった。もしかしたら、一緒に乗り込み、真犯人を捕まえる手助けをしてくれるかもしれない。

 

 トムは淡い希望を抱いた。

 事実、オミニスは翌日、早朝に手紙を受け取ると、すぐさまホグワーツに来てくれた。

 

「トム、君に話す前に校長へ『秘密の部屋』に関するすべてを打ち明けてくる」

 

 彼の白濁の目には覚悟の色が強く滲んでいた。

 

「オミニス。僕も一緒に行きたい。僕もすべてを知りたいんだ」

「あの怪物は危険なんだ……大丈夫。僕は平気だよ。なにがあっても、怪物に負けないさ」

 

 そう言い残し、校長室へ向かったが、彼は姿を消した。

 彼が跡形もなく姿を消した代わりに、校長室へ向かう途中の道には、スリザリンの寮付きゴースト「血みどろ男爵」とシグナス・ブラックが石となった状態で発見された。シグナスは冷たく硬直された状態で転がり、血みどろ男爵は透明な真珠色ではなく、黒くすすけた状態で動かずに浮いていた。両者ともに顔には恐怖が張り付いていた。

 

 

 ホグワーツの誰もが恐怖に震えた。

 怪物の正体は? 継承者の敵とは思えぬスリザリン生やゴーストまで襲われるのは何故? 怪物を操る犯人は生徒なのか教師なのか、はたまた別の誰かなのか。

 

 誰も――ダンブルドアも知らないし、「スリザリンの継承者」であるはずのトム・リドル自身も真相が分からない。

 ただ一つ確かなことは、ホグワーツを震撼させる「秘密の部屋」が開かれた。

 

 その事実だけである。

 

 

 

 

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