トム・リドル育成計画!   作:寺町朱穂

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・トム視点です。



●ワンダリングシャドウ(中編)

 

 「秘密の部屋」が開かれた。

 マートルが石化したことを皮切りに、シグナス、血みどろ男爵が石化された。

 その週末にはハッフルパフとグリフィンドールのマグル生まれが一人ずつ、噴水の隣で石となって倒れているのが発見され、さらに次の水曜日には、授業中にトイレへ立った半純血のグリフィンドール生が石化された状態で見つかった。

 わずか3週間たらずで6人も襲われたのだ。ホグワーツは開校以来の厳戒態勢がとられることになる。全校生徒は、夕方6時までに寮の談話室に戻り、それ以降は寮から出てはいけない。授業の移動では必ず先生が引率すること。クィディッチや課外活動もすべて延期になった。当然、スラグクラブや杖十字会、トムたちの音楽活動も課外活動扱いにされてしまったのだ。

 

「僕たちの活動禁止だって? ありえない!」

 

 トムのいらだちは最高潮に達していた。

 スラグクラブはどうでも良かったが、音楽活動を取り上げられたことは納得がいかない。

 

「こんなときこそ、音楽の力が必要ではないですか!?」

 

 トムはスラグホーンに訴えたが、彼は悲しそうに首を横に振ることしかできなかった。

 

「トム……私も同じ意見だよ。音楽は魔法以上の癒しを与えてくれる。だが、君たち生徒の安全を確保することが最優先だ。なに、すぐに犯人は見つかるよ。6月末にはマンドレイクが成熟するからね。被害者たちからの証言が取れる。それまでの我慢だよ」

 

 スラグホーンは慰めるように肩を叩いたが、トムの心に響かない。

 トムのいらだちの理由は、音楽の禁止だけではなかった。

 授業後から夕食までの短い自由時間では、ベルビィと狼人間の症状を緩和する薬の開発もできないし、まともに魔法生物の世話もできない。ホグズミード村行きも安全のため制限されるようになり、生徒たちの顔には疑心暗鬼と悪雲が漂っている。

 その上、誰もがトムを見てひそひそと何か囁き合うのだ。

 

「本当に、あの人は何も知らないのかな」

 

 と。

 ホグワーツの誰もが、トムは真犯人ではないと信じていた。

 だが、それと同時に「スリザリンの継承者」として「なにも知らないわけがない」と思っていたのだ。授業の移動の時間、すれ違った際、これまで何人の生徒に「本当は真犯人に心当たりがあるんじゃないか」と聞かれたことか分からない。

 

 廊下を歩くのも億劫になってきた頃、トムの悩みの種がまた一つ舞い込んできた。

 グリフィンドールの生徒が襲われてから三日後。

 授業が終わり、夕食までの短い自由時間――トムがアルファードたちを連れて人目を避けるように地下聖堂へ逃れたとき、誰もいないはずの薄暗い空間に先客の姿があった。1人の女子生徒が、無造作に置かれた樽に腰を掛けていたのである。

 トムは訝し気に近づいたが、女子生徒の顔が松明の灯りに照らされ明らかになると、大きく肩を落とした。

 

「……ルクレティア、どうしてここに?」

「あら、私がここにいてはいけません?」

 

 ルクレティア・ブラックは愉快そうに微笑んだ。

 

「貴方の婚約者なのに」

「まだ決まってないはずです」

 

 トムは冷たく言ったが、彼女は涼やかな顔を崩さなかった。

 

「むしろ、正式に婚約者だったら良かったかもしれませんわ。正式に婚約をしていれば……いえ、まずはこれを」

 

 ルクレティアはそう告げると、一枚の封筒を渡してきた。

 トムが怪訝そうに受け取り、さっとなかに目を通し――愕然とする。

 

「……僕が……退学?」

 

 思わず、トムの口から言葉が零れる。

 これに驚いたのは、アルファードとドロホフだった。

 

「はぁ!? なんで!? そんなこと、勝手に決められるはずないだろ!?」

 

 アルファードが抗議の声を上げながら、手紙に目を落とす。彼は怒りで真っ赤な顔で読んでいたが、瞬く間に血の気が失せ、最後まで読み終えたときにはすっかり青ざめていた。

 

「……理事会の決定か……」

「そういうことですのよ」

 

 ルクレティアはため息をついた。

 

「ホグワーツの理事長は、私の父上――アークタルス・ブラック。この事件に対して、早期解決を望んでいますの」

 

 いまの彼は自身の甥が石にされたことで、頭で湯が沸かせるほど怒りで我を忘れている。甥は数か月以内にマンドレイクの回復薬で元通りに戻ると知ってもなお、「事件の早期解決」を望んでいた。

 

「『本当にスリザリンの末裔は無実なのか? そいつを退学にしろ!』と……いまは、ディペット校長が抑えていますが、時間の問題でしょうね」

「アークタルス様のことだから、魔法省大臣を動かしても不思議じゃない」

「魔法省大臣が生徒を退学にさせる!?」

 

 トムは言いようのない恐怖にかられた。

 

「そんなことありえないだろ? だって、僕は何も悪さをしてないんだ!」

「だけど、ありえない話じゃないんだ」

 

 アルファードは申し訳なさそうに言った。

 

「グリンデルバルドとの戦争も激しくなっているのに、大臣は国内の問題を増やしたくない。早急に解決してる姿勢を見せるために、誰かを犯人ってことするのは……」

 

 アルファードの声はだんだん尻すぼみになっていく。

 

「ふざけるなよ……無実なのに退学だって? 冗談じゃない!」

 

 トムは近くにあった樽を思いっきり蹴り飛ばした。

 

「前々から気に入らなかったけど、我慢の限界だ! 決めた、僕の手で偽物を捕まえてやる!」

「でも、とうやったい?」

 

 ドロホフが珍しく口を開いた。

 訛りの強い声色はすっかり震え、顔は青を通り越して白くなっている。

 

「怪物の正体も分がねばって?」

「そこなんだよな……」

 

 トムは腕を組みながら唸った。

 

「てっきり、バジリスクだと思ってたんだけどな」

「バジリスクって、蛇の魔物だろ?」

「まあね。何年か前に調べたとき、こいつが一番可能性が高そうだと思ってたんだ」

 

 もともと、「秘密の部屋」にどのような魔法生物が眠っているのか興味はあった。スリザリンにまつわるのであれば、蛇の魔物だろうとまでは想像できたが、そこから先が絞り切れない。

 バジリスクに辿り着いたのは、ダンケルクから戻ってきてすぐのことだった。アイリスの家に帰った際、たまたま目にした新聞で「バジリスク」という名の軍艦が沈没したことが記されていた。そこで「そういえば、バジリスクって蛇の魔物がいたな」と思い出したのである。

 

「睨んだだけで相手を殺すことができる『毒蛇の王』なんて、サラザール・スリザリンが好みそうじゃないか」

 

 トムはそう言ったが、すぐに首を振った。

 

「でも、違う。睨んだものを石化させるわけじゃない。それに、巨大な蛇なんだ。姿を隠して移動するなんて、できるわけがない」

 

 トムは断言すると、杖を軽く一振りした。愛用のトランクが開き、「幻の動物とその生息地」が飛び出してくる。トムは軽々と宙で捕まえると、ここ数日で何度も読み直したページを開いた。

 

「石化で蛇と言えば、メドゥーサだ。でも、こいつは実在が危ぶまれてる。他の蛇系の魔法生物も石化させる能力を持つようなやつはいない」

 

 つまり、お手上げである。

 こんなときこそ、ニュート・スキャマンダーの出番だと思うが、彼は軍務で国外に出ていた。頼りにできそうにない。

 

「蛇以外の魔法生物ってことは?」

 

 アルファードが尋ねてきたが、トムは首を縦に振らなかった。

 

「サラザール・スリザリンだぞ? 蛇語使いが蛇以外の怪物を選ぶか?」

「そりゃないな……」

 

 アルファードは力なく笑う。

 トムは腕を組むと、狭い室内を無意識に歩いていた。

 怪物は恐らく蛇だろう。バジリスクもヒュドラも石化させる力はない。では、自分の知らない魔法生物が存在していることになる。そもそも、そいつを操る者はいったい誰なのだろう?

 トムはいったん足を止め、ルクレティアに向き直った。

 

「ルクレティア。君は純血の一族に詳しいだろ? 本当にスリザリンの末裔はいないのかい?」

「私の知る限り、貴方を含めて3名ですわ」

 

 ルクレティアは白い指を3本立てた。

 

「トム・リドル、オミニス・ゴーント、そして、モーフィン・ゴーント。ですが、オミニスさんは行方不明。モーフィンも無理でしょうね。先日、アズカバンで獄中死してますから」

「……あいつ、死んだのか」

 

 トムは眉をわずかに上げた。

 

「いつ?」

「確か、クリスマス休暇頃ですわ。日刊預言者新聞の端っこに書いてありましたの。談話室に戻れば、記事をお見せできるかと」

「……そっか。あいつが脱獄してるんじゃないかって思ったけどな」

「おいおい、トム。それはないぜ」

 

 アルファードは力なく笑った。

 

「アズカバンを脱獄なんてありえないぜ。18世紀から運用されてるけど、一度も脱獄した奴はいない。脱獄する気力すら吸魂鬼に奪われるんだからな」

「吸魂鬼か……でも、そいつは幸福な記憶だけ吸い取るんだろ?」

 

 アルファードに問いかけるが、彼は「分かってないな」とばかりに肩を落とした。

 

「幸福な記憶を奪われるってだけで、どう考えても絶望だろ。それだけで、ほとんどの囚人は気力をなくすのさ。そもそも、吸魂鬼に対抗するためには『守護霊の魔法』が必要なんだ。杖を奪われてるっていうのに、高度な守護霊を作り出せるわけがない」

「……それもそうなのか」

 

 トムが呟いたとき、遠くから5時の鐘が響いてきた。

 

「……時間だ。大広間へ夕食に行かないと」

 

 トムたちは重い足取りで地下聖堂を出た。

 とてもではないが食べる気になれなかったが、ここで何かしら腹に入れておかないと、空きっ腹で寝ることになる。外に出た瞬間、また嫌な視線を感じる。生徒たちの好奇と恐怖の視線が自分に集中しているのを感じ、無性に胸がむかむかとしてくる。胃が鉛のように重くなり、歩くのも億劫に思えた。

 

「……やっぱり、僕はいらないや」

 

 トムはそれだけ言うと、大広間へ向かう列から外れた。

 

「おい、トム! 一人は危ないって!」

「ほっといてくれ。しばらく一人になりたいんだ」

 

 アルファードの声を振り払い、トムはあてもなく廊下を逆走する。

 

(一人になったら、スリザリンの怪物に狙われる? 上等だ。返り討ちにしてやる)

 

 鼻息荒く進んでいると、不思議な光景が目に飛び込んできた。

 蜘蛛である。

 蜘蛛が一列になって、全速力でどこかへ向かって歩いている。あまりにも急いで歩いているものだから、がさごそと移動する音まで聞こえた。

 

「蜘蛛が逃げ出している……?」

 

 トムは異様な光景を目で追っていたが、その思考を遮るように声が響いた。

 

「誤解なんだ、先生!」

 

 なんとなく聞き覚えのある声だった。

 声の方へ視線を向ければ、すぐ傍の「変身術」の教室から光が漏れていた。トムはドアの陰に立つと、身じろぎせずに中の様子を注視する。そこには、2人の影があった。1人はどでかい少年で、懇願するように誰かの足元にうずくまっていた。

 

「こいつがやったんじゃねぇ! こいつにできるはずがねぇんだ!」

「ルビウス。なにも、君を責めてるわけじゃない」

 

 ルビウス・ハグリッドの泣き声に優しい声が重なったが、そこには咎めるような色が含まれていた。

 

「だが、それを飼育するのは違法だ。発覚したが最後、退学ではすまされない。ましてや、このような状況だ。それに、その生き物はペットとしてふさわしくない。可哀そうだが――……」

「アラゴグは何もしてねぇんです! ホッグズヘッドでナギニから貰って、育てただけで……俺の友達なんだ!」

 

 ハグリッドの泣き声が一段階大きくなった、と思った途端、バンっと大きく扉が開いた。トムは反射的に透明化の魔法を無言で使い、間一髪で脇に避ける。あと数秒遅かったら、扉から飛び出してきた人物に踏まれていたかもしれない。

 

「アラゴグも大事な友達なんだー!」

 

 ルビウス・ハグリッドがわんわんと大声で泣き喚きながら走り去った。彼は、これまでに見たことがない大きな箱を抱えている。

 

「待て、ルビウス!」

 

 ダンブルドアがハグリッドの背中を悲し気に見つめていた。

 

「……なかなか上手くいかないものだ。気心の知れた友人であれば、耳を傾けてくれるかもしれないが……」

 

 ダンブルドアは独り言にしてはハッキリと明確に言うと、教室の中へと戻っていった。教室に入る直前、ダンブルドアの目がトムの隠れている隅にきらりと向けられたと、トムはほぼ確実に思った。

 

(ハグリッドを追えってことか?)

 

 トムは透明化を解除すると、ひとまずハグリッドを追いかけることにする。

 ダンブルドアの思惑は分からないが、あの状態のハグリッドを放っておくことはできない。ハグリッドの足音はどたばたと大きいので、すぐに追跡することができた。しかし、彼はグリフィンドール塔に戻るのではなく、地下牢へと向かっていた。じめじめとした陰気でしばらく誰も使っていない地下牢教室の前を通り過ぎたところで、足音は止み、代わりにその先の角部屋からひそひそと声が聴こえてきた。

 

「おいで……怖がらねぇで……アラゴグ……お前さんたちに仲良くなって欲しいだけなんだ」

「――」

 

 それに対する何かの声が聴こえてくる。

 上手く聞き取れなかったが、ぞわりと背筋が凍るような声だ。少なくとも、人の声ではない。ここで、トムは今更ながら思い出した。ハグリッドも蛇語を扱える事実を。

 

(いや、違う。ハグリッドにはアリバイがある)

 

 あのとき、ケトルバーンと一緒にいた。

 それに、ハグリッドが怪物を操って人を襲うようなことをするはずがない。……怪物をちょっと散歩に出したら、石化させてしまった……みたいなことはないとは断言できないが、それでも、ハグリッドがそのような恐ろしいことをするはずがなかった。

 

(どっちにしろ、しっかり話さないといけないな)

 

 トムは杖を握りしめると、息を整える。ひとつ、ふたつ、みっつ……と数えながら心臓と呼吸を合わせていくと、心が静かに平たくなっていくのが分かった。

 

「こんばんは、ハグリッド」

 

 トムは物陰から飛び出すと、大きな後輩に努めて冷静に言葉をかける。

 ハグリッドは大きな箱を傍らに置き、開けっ放しにした蓋の前にしゃがみこんでいた。

 

「トム!? こんなところで、おまえ、なんしてる!?」

 

 ハグリッドは慌てて蓋を閉じようとしたが、一歩遅かった。トムが杖を軽く払い、蓋を取り上げてしまったのである。

 

「ハグリッド、君こそ何を隠してるんだ?」

 

 トムは取り上げた蓋を自身の足元に放り出し、ハグリッドに一歩詰め寄った。

 ハグリッドは箱を隠すように、自身の大きな体を盾にする。

 

「な、なにもしてねぇ! ここにはなにもいねぇ!」

 

 しかし、どう考えても嘘だった。

 ハグリッドの背後からは、牙が触れるようなカチカチという奇妙な音がした。箱の隙間から、絡み合ったような黒い足が出ようとしてくる。

 

「その音は?」

「で、出てくるんじゃねぇ!」

 

 ハグリッドは箱を庇うように覆いかぶさった。

 それが答えだった。

 箱の中にいるのは、間違いなく危険な生物である。

 ハグリッドが危険な生き物に憑りつかれるのはよくあることだが、ここまで執拗に隠すともなれば、トムにすら見られることを拒むほど凶悪極まる生物であることは確定である。

 

 

「ハグリッド……」

 

 トムは巨大な少年の震える背中を睨みつけ、静かに口を開いた。

 

 そして――……。

 

 

 

 

 

 

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