トム・リドル育成計画!   作:寺町朱穂

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トム視点です。


●ワンダリングシャドウ(後編)

「ハグリッド」

 

 トムはこちらに背を向けて震える大きな少年に話しかける。

 そして、努めて優しい声をかけた。

 

「僕は、君を助けたいんだ」

 

 杖を下ろし、ローブのポケットにしまい込む。その気配を感じたのか、ハグリッドは恐る恐る振り返った。大きな顔は涙で濡れ、くしゃくしゃに歪んでいる。

 

「本当か……?」

「これまで、僕が君を見捨てたことはあったか?」

 

 トムは口を緩めると、コガネムシのような目をまっすぐ見つめ返した。

 

「だから、教えて欲しい。いったいなにがあったんだ?」

「あ、あぁ……」

 

 ハグリッドはのそのそと振り返った。それでも、大きな箱を背中で庇うようにしている。よほど見せたくない生き物を飼育していることは間違いなさそうだ。おそらく、ダンブルドアが言っていた通り、退学になるほど危険な生物であるのだろう。トムは万が一の時はいつでも杖を取れるような心構えをしながら、ハグリッドに声をかける。

 

「その後ろの生き物は、どうやって手に入れたんだ?」

「ナギニさんから貰ったんだ、ホッグズヘッドの」

「……そうか」

 

 ハグリッドの口からナギニの名前を聞き、トムはぐらっと胃が揺れるような感覚に陥った。自分はナギニからなにも貰ったことないというのに、こいつだけ……という嫉妬心が胸の内で燃え始めたが、ぎゅっと目を瞑って強引に抑え込んだ。

 

「どうして、彼女から貰ったんだ? 理由があるんだろう?」

「……あの人、死んじまうつもりだったんだよ」

 

 ハグリッドは躊躇いがちに口にした言葉で、トムは思わず目を見開いた。

 

「死ぬつもり? どうして!?」

「クリーデンスが先に死んじまうのが嫌だったらしいんだ。だから、こいつを孵化させたら、自分を噛ませて死のうって……」

 

 ハグリッドは鼻をすすりながら話す。

 

「でも、俺……『そんなの間違ってる』って言ったんだ。自分から死んじまうのはよくねぇって!」

「それは……うん、その通りだ」

 

 ハグリッドでなくても、同じことを伝えただろう。自分が同じ現場に遭遇したら、全力で止めに行ったに違いない。だが、ハグリッドの言葉は真に迫っていたはずだと思った。なぜなら、ハグリッドは最愛の父をどうすることもできない病で亡くしたばかりである。彼の話は、どんな言葉よりも説得力があったに違いない。

 

「そしたら、ナギニさんは死ぬのを止めてくれたんだ。んで、こいつの卵を壊そうとしたから、代わりに貰ったんだよ。そいつの命も勝手に奪うのは良くねぇって!」

「……つまり、君が隠しているのは毒蛇だな」

 

 トムはハグリッドをまじまじと見つめながら、少しずつ推理を重ねる。

 マグルの世界でも、クレオパトラが毒蛇に噛ませて自害したなんて逸話が残されている。魔法界にも、そういう風習があっても不思議ではない。ただ、ひとつ腑に落ちないことがあった。

 

「でも、ナギニさんが変身するのも毒蛇。しかも、そこらの毒より遥かに強い。そんな彼女を負かすほどの毒となると……あまりないんじゃないか?」

「いや、アラゴグは蛇じゃねぇ。蜘蛛だ。アクロマンチュラだ」

「なるほどな。ナギニさんの出身は東南アジアだ。だから、ボルネオ島のアクロマンチュラを入手する伝手があったのかも――……って、なんだって?」

 

 トムは納得しかけて、はたと言葉を止める。

 

「すまない、ハグリッド。聞き間違えたかもしれない。なにを孵化させたんだ?」

「聞き間違いじゃねぇ。アクロマンチュラだ。可愛いし、かっこいいぞ!」

 

 ハグリッドはいまや目をキラキラ輝かせながら話していた。

 反対に、トムは怒りと格闘していた。

 よりにもよって、アクロマンチュラ。最高ランクの危険レベルを誇る猛毒の大蜘蛛である。毒や巨大な体格は当然危険だが、なにより恐ろしいのは知能と食性だ。人間同等の高い知能を持ち、人間を餌として食べる肉食の蜘蛛なのである。ニュート・スキャマンダーの研究室やトランクにも、アクロマンチュラの姿はない。つまり、魔法生物学者の彼でさえ飼育をしない超危険な魔法生物が、自分の目と鼻の先にいる。……聞き間違いであって欲しかったが、その望みは消えた。ハグリッドはこの場面で嘘を言える人物ではない。仮に嘘だったとしたら、うきうきと声を弾ませながら孵化させた生物を見せようとはしないだろう。

 

「あー……ナギニさんは飼育を止めなかったのかい?」

 

 トムは深呼吸をすると、ハグリッドに聞き返した。

 

「『本当に大丈夫? すぐに卵を壊した方がいいわ』って言っとったが、『俺は大丈夫だし、いざってなったら、トムに助けを求めるから問題ねぇ』って言った。そしたら、『そうね……彼はなんとかしそうだし、ニュート・スキャマンダーと繋がっているからね。問題が起きたら、すぐに相談するのよ』って認めてくれたんだ」

「お褒めの言葉として受け取っておくよ……褒め言葉としてね」

 

 ぴくっぴくっと眉間に筋が立ちかける。

 ナギニから自分の存在を認められたのだろうが、何故だかまったく嬉しくなかった。

 

「それで、ハグリッド……その……アクロマンチュラ……アラゴグだったか? そいつは、君の言うことは聞いているんだな?」

「おう! 俺たちは友達だ! アラゴグもそう言っちょる!」

「……で、友達以外の人間はどう思ってるか聞いたことがあるのか?」

 

 怒りで叫びたくなる気持ちを必死になって押し込め、自分に冷静さを言い聞かせながら尋ねる。

 

「大丈夫だ!」

 

 しかし、トムの気持ちとは裏腹に、ハグリッドはどんっと自身の胸を叩いた。

 

「アラゴグは良い奴だ! 友達は襲わねぇ!」

「僕が尋ねているのは、友達以外の人間だ」

 

 トムはハグリッドにまっすぐ向き合った。

 

「魔法生物と人間の考え方は違う。会話できる高度な知性があるからといって、価値観は根本から異なっていることがあるんだ。もちろん、真心を込めて向き合えば分かり合えるかもしれない。君と……アラゴグのように」

 

 言葉を選びながら、とにかく慎重に説いた。

 トム個人としては、いますぐにでも危険生物を排除した方が良いと思った。むしろ、すぐに排除しないと、スリザリンの怪物とは別個の問題に発展する恐れがある。ダンブルドアも口走っていたが、ハグリッドが退学になる可能性だってあった。

 しかし、なるべく殺したくなかった。ましてや、ハグリッドが「友達」と呼んで信を寄せる存在を殺したくない。もし、自分がハグリッドの立場だったらと置き換えて考えると、蜘蛛よ、去れ(アラーニア・エグズメイ)すら易々に唱えられ――なくはなかったが、あまり選択したくなかった。

 

「一度、そいつと話させてくれ。君は……ちょっと離れて」

「もちろんだ! アラゴグ……トムだ! 俺の一番最初の友達だ」

 

 ハグリッドは意気揚々と箱を開けた。

 箱から自分の腕ほどもある黒々とした毛むくじゃらの足が出てくる。それだけでも、トムは卒倒しそうになった。ハグリッドとナギニが密会をしている現場を目撃したのは、今年の冬だ。そこから逆算しても、孵化して半年も経っていないというのに、すでにかなりの大きさになっている。ずっと昔、ロンドンの動物園で見たタランチュラなんて目ではない巨体だ。

 

「……」

 

 大蜘蛛は二本の鋏が付いた足を箱の側面にかけるようにして、ぐいっと身体を持ち上げた。

 

「君がアラゴグだね」

 

 トムはアラゴグを見ながら、いかにも親し気に手を挙げた。

 

「僕はトム。ハグリッドの友達だ」

「……ハグリッドの友達が、なんのようだ?」

 

 アラゴグは8つの黒々とした目をトムに向けると、鋏をがちゃつかせながら問うてきた。

 

「おれは、すぐにでも逃げたい。ここから出たいんだ!」

「出ちゃいかん!」

 

 アラゴグの言葉を遮ったのは、ハグリッドだった。

 

「出ちゃいかん。お前さんがいなくなったら、俺は寂しい!」

「だが、ハグリッド。()()がいる。怪物が城の中を動き回ってる。恐ろしい……恐ろしいんだ!」

「怪物?」

 

 今度はトムが身を乗り出すと、急き込んで尋ねた。

 

「その怪物の正体を知っているのかい?」

「その生き物の話はしない。名前さえ口にしたくない!」

 

 アラゴグは激しく言った。

 

「お願いだ。ハグリッド……わが友よ! この城にいたくないんだ! いくら心の友の頼みだとしても、()()とだけは分かりえない!」

「アラゴグ、お前さんは誤解しちょる。バジルは悪い奴じゃねぇ。きっと分かり合える!」

「バジルとは誰だ?」

 

 トムが口を挟むと、ハグリッドはあからさまに「しまった」という顔をした。

 

「おっと、いかん。あいつのことは話しちゃいけんかった」

「待て! 君と僕の仲だろう?」

 

 ナギニとハグリッドの関係への嫉妬心は、この頃になるとまったくなくなっていた。それどころではなかった、と表現するのが正しいかもしれない。

 

「いいかい? 君の友達――アラゴグがこんなに怖がってるんだ。友達の友達が心配するのは、なにもおかしなことではないだろう?」

「そうかもしれねぇ……いや、だけど、バジルのことは誰にも話しちゃいけねぇって言われてんだ」

「バジルという人に?」

「バジルは人じゃねぇ。バジリスクだ」

 

 ハグリッドはすらすらと爆弾発言を連発する。だが、ハグリッド本人も駄目なことをしたという自覚があるらしく、難しそうに口を曲げた。

 

「いかん。また口が滑った」

「バジリスクだって!?」

 

 トムはがつんっと頭を強打されたような衝撃を受けた。

 スリザリンの怪物候補から真っ先に外した存在がここにきて急浮上するとは、予想していなかった。

 

「そういえば、君は蛇語を習得していたな……」

 

 トムは右手で頭を抱え、大きく肩を落とした。

 

「秘密の部屋、君が開けたのか?」

「悪気はなかったんだ」

 

 ハグリッドは少しばかりしゅんとしていたが、言葉に熱がこもっていた。

 

「ただ、また何百年も眠り続けてるのは可哀そうだと思って……」

「それで、自由に散歩させた結果、マートルを石にしたと?」

「そいつは誤解だ!」

 

 ハグリッドはぶんぶんと首を振った。

 

「俺は反対したんだ! バジルに人を襲わせるのは良くねぇって! バジルも説得したし、バジルはあいつより俺の言うことをよく聞いてくれちょった! 『殺したいが、ルビウスの頼みなら我慢する』って!」

「あ……なるほど、な」

 

 彷徨う声の正体が判明した。

 最近、やたら壁から聴こえていた声は幻聴ではない。あれは、バジリスクが殺人衝動を抑えているときの声だったのだ。道理で、自分にしか聞こえないはずである。

 

「だが、おかしいな。バジリスクには石化能力はないはずだ」

「バジルは頭がええ」

 

 ハグリッドは自身の頭をとんとんと叩いた。

 

「バジリスクは視線で人を殺す。でも、誰も死んどらんのは、直接目を見てないからなんだ」

「……例えば、シグナスは血みどろ男爵越しにバジリスクを見た。だから、石になったと?」

 

 犯行現場を詳しく見ていないし、マートルの現場に遭遇したときはそれどころではなかった。しかし、詳しく確認したら、間接的にバジリスクを見た証拠があったのかもしれない。例えば、床に広がった水だったり、鏡越しに目撃してしまったりといった具合にだ。

 

「はぁ……だから、オミニスは『僕は大丈夫』って言ったのか」

 

 盲目のオミニスならば、バジリスクと目が合うことはない。

 納得したのもつかの間、新たな疑問が浮上する。

 

「ハグリッド。オミニスさんはどうした?」

「それは……分からねぇ」

 

 ハグリッドは両手で口を押えたまま、ふるふると首を振った。

 

「どういうことだ?」

「言えねぇんだ。あいつとの約束なんだ」

「あいつとは誰だ? 僕にも言えない相手なのか?」

 

 ハグリッドの目が泳いだ。もごもごと何か言いたそうに口を動かしているが、何も言葉が出てこない。

 

「まさか、グリンデルバルドじゃないだろうな?」

「そいつは違う!」

 

 ハグリッドは否定したが、誰なのか口を割ろうとしない。

 さすがに、トムも焦りが生じてきた。がちゃがちゃとアラゴグが鋏を動かす音が異様なまでに耳に響いている。人食い大蜘蛛と一緒の空間にいることも耐えられなかったが、ハグリッドが自分に対し重大な何かを隠していることが気に入らない。

 

「ハグリッド……」

 

 なんとかして説得しなければ。

 このままでは、ハグリッドは「アクロマンチュラを飼育していた罪」と「秘密の部屋を開けて、バジリスクを解放した罪」で確実に退学である。もっと悪ければ、アズカバン送りだ。マグル生まれだけ襲われていたらまだ良かったが、バジリスクはシグナス・ブラックを襲ってしまった。ブラック氏はハグリッドやバジリスクが殺しを回避しようとしたと知っても、ハグリッドをアズカバンに収監しようと働きかけるに違いなかった。

 

「ハグリッド。このままだと、君は――……」

 

 冷静に。

 冷静になって、話を構築しよう。ハグリッドがアクロマンチュラを手放し、バジリスクを再び封印する方向に持っていけるように。

 そのことばかりに気を取られていたからだろう。

 

「――あっ」

 

 トムは背後から忍び寄る人物に気づかなかった。

 突然、首の後ろに鋭い痛みが走る。ぐらっと身体が前のめりになり、脳が揺れる。トムは何事かと視線だけ後ろに向けた。しかし、光の関係で暗がりになって良く見えない。ただ、何者かが椅子で後ろから殴りつけてきたのだということは分かった。

 

「『失神しろ(ステューピファイ)』」

 

 その人物は杖を向けてきた。

 真っ赤な閃光がトムの目の前に満ちた。あまりにも突然のことで、杖を取る暇はなかった。反射的に指を動かそうとしたが、後頭部に走った衝撃のせいで脳が麻痺し、思うように手が動かなかったことも理由の一つかもしれない。赤い閃光が収まると同時に、黒い幕が視界全体を覆う。

 

「おまえ、は……」

 

 床に伏し、自分を襲った人物を見上げようとする。

 

「トム! トム!? なんで、お前さん! トムを攻撃しちょった!?」

 

 ハグリッドが自分に駆け寄り、その人物に抗議しようとしていた。

 普段なら耳を塞ぎたくなるほど煩い彼の声も、どこか遠くに聞こえる。

 

(あいつは……だけど、どうして……?)

 

 それでも、一瞬――本当に一瞬だけ、自分を襲った男の姿を目視する。

 その瞬間、ハグリッドは騙されているのだと直感する。しかし、納得することはできなかった。そこから芽生えた疑問をぶつけたいが、もはや口を動かす余力は残っていない。

 

 何故? どうして? とぐるぐると疑念が渦巻くなか、トムの意識は闇へと包まれたのだった。

 

 

 

 

 

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