●1943年 5月〇日
昨夜はダンブルドアと会談した。
最近は両面鏡越しだったけど、今回は直接顔を合わせて話すことになった。
ダンブルドアの事前の話によると、すでに「秘密の部屋」は開かれてしまっているらしい。でも、ダンブルドア曰く「犯人はトムではない」と教職員全員の意見が一致しているみたいなので、ちょっと安心したけど……それなら、いったい誰が開いたの?
トムがスリザリンの末裔であることは、ホグワーツの誰もが知っている。
トムが犯人でないと分かっていても、容疑者として名前が挙がるのは明らかだ。
ならば、なるべく早く誤解を解いて、トムにかかった容疑を完全に晴らし、真犯人を捕まえたい。そのためなら、私は自分の原作知識を惜しみなく伝えるべきだと判断した。
「アイリス。こうして直接対面するのは、久しぶりだね」
ダンブルドアは我が家に来て早々、ちらっと子ども部屋の方へ眼を向ける。
「フェンリールは?」
ダンブルドアに聞かれたので、私はお茶を用意しながら答えた。
「友人宅でパジャマパーティーを。ですので、今夜は留守ですわ」
幸いなことに、満月までは日がある。だから、泊っても大丈夫。
パジャマパーティーなんて、前世ではついぞ聞いたことがなかった。しいてあげるなら、前世で好きだった小さくて可愛い漫画のなかくらいだ。SNSで見つけた漫画、見た目可愛いのにブラックなネタが多くて好きだったな……って、話が脱線した。
私はお茶を淹れると早々、ダンブルドアとは対面の席について口を開いた。
「秘密の部屋について、お話ししますね」
ハリー・ポッターの第二巻「秘密の部屋」は、ハリーがダーズリー家で夏休みを過ごしているところから始まる。ドビーと名乗る屋敷しもべ妖精が現れ、ハリーに「ホグワーツに戻ってはいけない」と警告するのだ。「ホグワーツに戻ると、恐ろしいことが起きる」と。
実際、ハリーが命からがら学校に帰ると、自分にしか聞こえない声が聴こえるようになる。その声の先にあるのは、石化したマグル生まれやスクイブの愛猫。そして、壁に血で書かれた「秘密の部屋は開かれた」の文字――ハリーに疑いの目が向けられ、いつもの三人組で謎を解いていくことになる。
「あらすじは、このような感じです」
「分かった。いくつか質問する。覚えている限り、正確に答えてくれ」
ダンブルドアは指を組むと、静かな声色で尋ねてきた。
「血で書かれていた文字は、
「うーん、たぶん違ったと思います」
私は悩みながら答えた。
字幕版でも観たし、日本語版でも観たことがあったけど、壁に書かれた文字が読めるほどの英語力はなかった。日本語でもどんな内容が語られていたか、断片的にしか覚えていない。
「ちゃんとした文章だった気がするんです。えっと、『秘密の部屋は開かれたり。継承者の敵よ、気を付けろ』だったから……」
まずは日本語で口にし、それを頭のなかで英語に訳した。
「
「単語の羅列ではなかったのだな?」
「はい。それに、
どうも釈然としなかった。
原作ではジニーを操って書かせていたとはいえ、実質的にはヴォルデモートの単独犯だ。
「わざわざ
「犯人は自己顕示欲が強いのだろう」
ダンブルドアが私の気持ちを代弁してくれた。
「貴方が察した通り、この犯人は頭がそこまでよくない。自分を主張したいがあまり、複数犯であることを漏らしてしまっている」
「複数犯……?」
「君の知っている原作では、トム・リドル――いや、学生期のヴォルデモート卿の単独犯だったんだね。しかし腑に落ちない」
ダンブルドアは目を細めた。
「ハリー・ポッターの時代とヴォルデモート卿が活躍していた時代は違う。一体、どのように干渉したのかな?」
「分霊箱です」
私はトム・リドルの日記について語った。
女子生徒のマートルを殺害し、学生期に使っていた日記を分霊箱にしたのだと。それをマルフォイ家に託した結果、当時のマルフォイ家の当主が私利私欲のために使ってしまったのだ。ジニー・ウィーズリーに日記を渡し、部屋を開けさせたのである。
すべては、マグル生まれを排除するため――ではなく、ヴォルデモート卿を滅ぼした『生き残った男の子』を殺すために。
「秘密の部屋の入り口は、女子トイレにあります。どこだったのかは分からないんですけど、洗面台の蛇口に一つだけ蛇が彫られているんです。そこに蛇語で『開け』というと、部屋に続く扉が開きます」
「なるほどな。女子トイレ……ということは、学生時代のヴォルデモートは女子トイレに入ったと」
「そういうことになりますね」
原作のトム・リドルが女子トイレに部屋の入り口が隠されていると知ったとき、一体どのような気持ちだったのだろう。さすがのヴォルデモートも女子トイレに堂々と入っていけるとは思えないから、こそこそ人目を盗んで入ったのだろうけど、恥ずかしくなかったのだろうか? いや、女子トイレへ侵入する恥よりも、秘密の部屋を見つけたという興奮の方が勝っていたに違いない。
「トムは……入口、知らないですよね」
「少なくとも、
「……でも、真犯人は入り口を知っている」
これは奇妙な話だ。
原作では、誰も分かっていなかった。ダンブルドアは――……ちょっと置いておくとして、マクゴナガル以下教職員は誰も部屋がどこにあるのか、怪物の正体は何か本気で分かっていなかった。マクゴナガル先生の真面目過ぎる性格からして、絶対に見つけ出そうとするはずだ。
しかし、彼女たちは見つけられなかった。
「どうして?」
私は疑問を口にした。
「原作のトムですら、何年もかかったみたいなんです。でも、トムほどの頭が良い人ってそうそういないですよ。そもそも、蛇語を使えないと入れませんし、怪物を操ることは不可能です」
「やはり、怪物も蛇なのかい?」
「バジリスクです」
私が怪物について明かすと、ダンブルドアは空を仰いだ。何かを嚙み締めるように目を瞑ると、ゆっくり頷く。
「なるほど……直接目を見ていないから石になった。しかし、妙だな」
ダンブルドアは目を開ける。
「先ほども言ったが、真犯人はお世辞にも知能が高いとは言えない。そのくせ、自己顕示欲の塊だ。そういった人間が何度も石化で留めることができるのだろうか」
「そうですよね。一人くらい殺してそうですよね。原作のトムが狙っていたのは、ハリーを誘き寄せること。マグル生まれを殺すことではないから、わざと石化させるように仕向けていた節がありました」
フィルチの猫、コリン、ジャスティン、ハーマイオニーとパーシーの彼女……パーシーの彼女を除いて、全員がハリーの知人だ。ハーマイオニーを排除したのは、彼女が怪物の正体に一番迫っていたからだろう。その他の被害者は、ハリーに濡れ衣を着せるため、そして、彼の義憤を煽るためにわざと襲っていたに違いない。ジャスティンなんて、決闘クラブの直後に石にされているから……。
「……つまり、今回の真犯人もマグル生まれを殺すことが目的ではない?」
「そこだ」
ダンブルドアは指を鳴らした。なにか思いついたらしい。青い目がきらっと光った。
「今回はスリザリン生も狙われている。シグナス・ブラックだ」
「そんなっ!?」
私は口をあんぐり開けてしまった。
シグナス・ブラックについて詳しく知らないが、トムの後輩である。ブラック家だから、間違いなく純血の子息であるはずだ。どう考えても、継承者の敵ではない。
「アイリス、
「ますます分からないです……」
いよいよ頭が混乱してきた。
「純血に恨みがあるのに、蛇語が使える? オミニスさん、ではないですよね」
「オミニスは今回の騒動が起こったあと、ディペット校長に面会を求めた。しかし、面会の直前に行方不明になっている。校長に真実を伝えようとしたから、真犯人に消されたのだろう」
「でも、他に蛇語を使える人っています?」
私は必死になって自分の記憶を漁った。
「ハグリッドは蛇語を習得したって話を聞きましたけど、彼が秘密の部屋を開けるとは思えません。むしろ、彼は被害者でした」
「被害者とは?」
「濡れ衣を着せられたんです」
マートルを襲ったことで、ホグワーツが閉校になりかけた。原作のトムはそれをよしとしなかった。そこで、ハグリッドに白羽の矢を立てたのである。
「ハグリッドがアクロマンチュラのアラゴグを飼っていたから……それで、ハグリッドが退学になる代わりに、ホグワーツの存続が決まったって感じだったと思います」
「アクロマンチュラ……」
ダンブルドアは眉間に深い皺を寄せ、小さく唸った。
「……アクロマンチュラは、こちらで何とかしよう。それは、どうやって入手したか知っているかな?」
「どうだったでしょう……? ホッグズヘッドで旅人に譲ってもらった、とか?」
「ホッグズヘッド……なるほど。そういうことか」
ダンブルドアは何か一人で納得しているようだったが、私はまったくもって蚊帳の外。なにも理解できていない。
「ということで、ハグリッドは除外すると……あとは、モーフィンくらいしかいないですよね? アズカバンから脱獄してませんか?」
「アズカバンから脱獄することは不可能だ」
ダンブルドアが即答する。
「それに彼は死んでいる。クリスマス休暇中に」
「そう、ですか……」
こうして、振出しに戻ってしまう。
ハグリッドみたいに後天的に蛇語を習得した人間がいるということなのだろうか? それとも、私が知らないスリザリンの末裔がいるの? 唸りながら考えていると、ダンブルドアが呟いた。
「アイリス。君は先ほど不思議なことを口にしていたね。アズカバンから脱獄したのか、と」
「ええ。それしか考えられなくて」
「アズカバンは君も知っているだろう? 君の知る原作にも出てくるはずだ」
私は深々と頷いた。
2巻から少しずつ登場し、以降の全巻で一度は必ず名前が登場するのではないだろうか。恐ろしき吸魂鬼が看守を務める魔法使いの牢獄は、恐怖の象徴として語られ続けている。
「アズカバンから脱獄することは不可能だ」
ダンブルドアは言葉を繰り返す。
「原作ではそのことも語られているはずだろう。しかし、君は当然のように『脱獄』と口にした。つまり、君はアズカバンから脱獄した囚人を知っているのかい?」
「まあ、そうですね」
むしろ、物語後半では脱獄のオンパレードである。
ヴォルデモートが吸魂鬼を味方につけた結果、死喰い人たちが何人も収監されては脱獄しているのだ。
「吸魂鬼を味方につける他に、脱獄した囚人はいるのかな?」
ダンブルドアはさらっと私の思考を読み取り、問いかけてきた。
「そうですね……シリウス・ブラックは『動物もどき』で犬に変身して脱獄してました。あとは、クラウチJr.ですね。面会に来た母親とポリジュース薬で入れ替わり、脱獄していました」
「クラウチJr.と入れ替わった母親は、どうなった?」
「すぐに衰弱して亡くなったと」
もっとも、その後のクラウチJr.の人生はろくなものではない。母の愛を犠牲に生き残ったのは良いが、父親に服従の呪文をかけられて軟禁生活だ。魂を失う一年前までは……。
「……アイリス。君は私が良いというまで、一歩も外に出ない方がいい」
ダンブルドアは断固とした口調で告げると、慌ただしく席を立った。
「アルバス!?」
「君の考えは恐らく正しい。アズカバンから囚人が脱獄している可能性がある」
「でも……彼は死んだんでしょう?」
自分で脱獄の可能性を口にしておきながら、私は眉を寄せてしまった。
「死んだ人間を蘇らせることは不可能なはずです」
「そうだ」
ダンブルドアは帽子を被りながら、私の方を振り返る。
「だが、死ぬ前に入れ替わることはできる」
「でも!」
私は否定する声を上げてしまった。
だって、おかしい。
モーフィン・ゴーントが脱獄できるはずがない。そんなことが可能なのであれば、原作の彼はアズカバンで獄中死しないはずだ。そもそも、彼に面会など訪れるはずがない。権威も権力も財力も名誉もなにもない純血の荒くれ者に面会に来る人がいるとすれば、あそこまで落ちぶれていないだろう。そのくらい、私でも想像がついた。
「……アイリス。彼が亡くなったのは、クリスマス休暇中だ」
ダンブルドアは固い声で言った。
「その期間、私たちの英国で暗躍していた男を一人知っている」
ダンブルドアはそれだけ言い残すと、「姿くらまし」をしてしまった。
私はしばらくなにも言えずに突っ立っていたが、彼の言ったことが少しずつ脳に沁み落ち、理解したとき、絶句してしまった。
クリスマス休暇。すなわち、今年度の冬休み……その時、自分の身に起きたことがフラッシュバックし、私は身震いする。
思いついてしまったその名前を記したくない。
もしかすると、原作以上のことが起きているのかもしれなかった。
私の知識でどうにかなるの……?