●1943年 5月△日
家から出ることができないというのは、かなり不便である。
前世なら通販だのなんだので、やりくりすることができた。
しかしながら、いまは1943年。しかも、戦時中である。配給を受け取りに行かなければならないし、こんな時代でも近所付き合いをしなければならないのだ。具体的には、近所の奥様会に顔を出さなければならない。
ただでさえ、フェンリールが月に一度発症する謎の病のせいで、だんだんと胡散臭い目を向けられているのである。祖母が生前に「孫娘は良い子だけど、ちょっと変わり者」だと吹聴してくれたおかげで、少しくらい変なことをしても「そういうこともあるでしょう」と納得してもらえた節はあるし、トム・リドルという偉大なる街のアイドルを養育していることもあって、かなり大目に見てもらえている。
それでも、配給に行かなければ怪しまれる。
風邪を引いたふりをするか……それなら、医者に行かないのが怪しまれるし……どうしたものかと頭を悩ませていたとき、ディークが自身に変身することに志願してくれた。
「いや、それはさすがに申し訳ないですよ……」
「問題ありません。ディークにお任せください」
ディークはそう言うと、私に変身してくれた。そのまま何事もなく、配給に行って帰ってきたのだから、さすがである……。
しかし、家にいても仕事がはかどらない。
気になることが多過ぎる……日記を見返しながら、自分でもいろいろと考えているけど、まったくもって意味が分からない。
ダンブルドアは、どこまで分かっているのだろう?
今年のクリスマス休暇に暗躍していた人物なんて、グリンデルバルドしか思い浮かばない。グリンデルバルドが私と接触したときは、正確にいうならクリスマス休暇が終わった日である。しかし、実質的にはそれより前――ちょうど、クリスマス休暇中に暗躍していたと考えるのが妥当だ。
ダンブルドア曰く、「グリンデルバルドがトムを陣営に引き入れることに失敗したから、私を見に来たのだろう」って推測だった。だが、よくよく考えると、これには矛盾がある。クリスマス休暇中、トムは私たち家族と一緒に過ごしていた。その間、グリンデルバルドの影を感じなかった。
では、その間――グリンデルバルドは何をしていた?
本当にモーフィンを脱獄させ、「秘密の部屋」を開けさせることだけが目的なの?
いや、問題はそこだけではない。モーフィンが今も後生大事に持っているだろう「ペベレルの指輪」だ。あの指輪には「蘇りの石」が嵌っている。グリンデルバルドが気づかないわけがない。死の秘宝の一角、「蘇りの石」をこっそり奪うことくらい朝飯前に違いない。
とはいえ、蘇りの石はグリンデルバルドが望むものではなさそうだ。
原作を読む限り、死者の魂を呼び戻すような効果だったけど、彼らが肉体を持っているといった描写はなかった。どこぞの穢土転生みたいに蘇らせた魂を仮の肉体に降霊させる石であれば、グリンデルバルドは意気揚々と死人魔法使いの軍隊を完成させてしまったのだろうけど……それはないだろう、たぶん。グリンデルバルド本人に蘇らせてでも会いたい人がいたって描写もなかった。石を欲していたのは、ダンブルドアだった。
ダンブルドアに石のことを伝える? 蘇りの石が危ないって。
でも、その選択は……かなり危険かもしれない。
ダンブルドアは老齢になり、寿命を縮めるレベルの恐ろしい魔法がかけられていると理解していたにもかかわらず、指輪をはめてしまい、結果的に命を落とすことに繋がった。
いまのダンブルドアが石の魅力に憑りつかれ、判断を誤られては困る。トムの人生がかかっているのだから、適切に動いてほしい。
だから、蘇りの石については最後の最後まで教えないでおこう。
それにしても、
モーフィンとグリンデルバルドってことなのかな?
●1943年 5月×日 〈手紙〉
アーマンド・ディペットからアイリス・リドルへ
アイリス・リドル殿
至急、ホグワーツまで来られたし。
貴方の息子、トム・マールヴォロ・リドルについて極めて重要な話があります。
30分後、迎えの人を寄こします。
ホグワーツ魔法魔術学校
校長 アーマンド・ディペット
●1943年 5月×日 〈かなり文字が乱れている〉
私は、ホグワーツにいる。
ガラテア・メリィソート先生の部屋に泊まらせてもらっている。
メリィソート先生は、隣の部屋。この部屋には、私とナティの二人っきり。ナティはドアの傍の椅子に座って、ずっと杖を握っている。フェンリールは満月が近いので、ニュートの家に預けている。だから、彼はいない。
気持ちの整理が追いつかないから、ひとまず日記を書くことにする。
今朝、私はホグワーツから呼び出しがかかった。
ダンブルドアではない。ホグワーツのディペット校長からだ。
何が起きたのか全く分からず、両面鏡に飛びついたのは適切な判断だっただろう。しかし、ダンブルドアは現れなかった。
それでも、手紙通りに支度を整えた。
「罠かしら?」
髪を整えながら、ディークに尋ねた。
ディークは分からないと首を振った。
「しかし、ディークの目には本物のホグワーツの手紙に見えます。筆跡もディペット校長先生のものです」
「……トム、どうしちゃったのかしら」
手紙が届いてから、きっちり30分後。
家の呼び鈴が鳴った。
玄関の前に立っていたのは、スラグホーンだった。彼を見て、ぎょっとしてしまった。いつも血色の良い顔をしているが、蝋人形のように白い顔をしていたのだ。
「ああ! トムのお義母さん。どうか冷静に、落ち着いて」
「あの、トムに何が……?」
「ひとまず、中へ。暖炉をお借りしますね」
スラグホーンは暖炉の前に立つと、マントの内側からおもむろに壺を取り出した。
「さあ、先に」
彼は壺を差し出してくる。なかには、きらきらと光る粉が入っていた。たぶん、煙突飛行粉である。一度も試したことはないが、使い方は知っている。私は粉を一つまみとると、暖炉の前に進み出た。粉を囂々と燃える炎に投げ入れ、緑色に変わったのを目視してから、おっかなびっくり足を踏み入れる。炎はまったく熱くなく、心地よく暖かい。
私は灰を吸い込まないように注意しながら、思いっきり叫んだ。
「ホグワーツ!」
巨大な穴に渦を巻いて吸い込まれていくようだった。高速で自分の身体が回転しているのだけ分かった。ぐるぐると目が回る感覚だったけど、気分的には「姿くらまし」よりマシである。
どさっと身体が床に落ちたとき、私が目にしたのは大量の肖像画だった。部屋の壁という壁に歴代校長の肖像画がかけられている。記憶にある限り、彼らはいつも寝たふりをしていたが、今日は違った。ほとんどが起きていた。いたたまれないような眼差しを私に向け、何人かは帽子を脱いでいる。
「……リドルさん」
振り返ると、ディペット校長がいた。しわくちゃで弱々しい老人は、いつにもまして小さく見える。
「先生。トムに何か……?」
「リドルさん、冷静になって聞いてください。君の息子は……秘密の部屋に連れ去られてしまいました」
「え……?」
頭が真っ白になった。
意味が分からない。まったく分からない。なぜ? だって、トムは本物の「スリザリンの継承者」なのに?
「秘密の部屋のことはご存じですか?」
「え、ええ……トムから『おかしな事件が起きている』って手紙で聞いていますから。ですが、連れ去られるって?」
「……このような文章が壁に残されていたのです。『トム・リドルは偽者の継承者だ。奴の白骨は“秘密の部屋”に眠り続ける。永遠に』と」
この言葉を聞いた瞬間、私はへなへなと崩れ落ちていた。
そこから先は……あまり思い出せない。激しく泣きじゃくったことしか覚えていない。いつのまにか、ナティが来ていた。彼女が私の背中をさすってくれていた。
家に帰るかと打診されたが、首を横に振った。
言葉を発することすらできなかった。
こうして日記を書くことで、少し冷静になってきたけど……それでも、分からないことが多すぎる。
ダンブルドアがいればいいのに、こんな時に限っていない。魔法省に呼び出されたらしい。グリンデルバルドが国境付近で猛攻をしかけてきているらしく、それについての意見を聞かせてほしいと……あまりにもタイミングが良すぎる。
でも、他に誰を頼ればいいのだろう?
私は「秘密の部屋」の入り方を知っているし、いますぐにでも突撃したい。トムを助けに行きたい。だけど、蛇語を話すことができない。
一体、どうしたら――……
ハグリッドが訪ねてきた。
彼は私を見るなり、激しく泣きじゃくった。
「俺の……せいなんだ! 俺のせいで……トムが、死んじまうんだ!」
ハグリッドは手で顔を覆い、しゃくりあげた。
「あいつは、悪い奴だったんだ! 俺は騙されてたんだ! このままだと、トムが死んじまうんだ!」
彼は悲しみで巨体を震わせながら、すべてを教えてくれた。アラゴグのことやバジリスクのこと。そして、トムがいまどこに連れていかれたのかも……。
「俺は部屋の入り口を知らねぇんだ! バジルもそれだけは、何度聞いても教えてくれんかった! だから、助けにも行けねぇんだ!」
「ルビウス君、落ち着いて」
「俺がトムを殺したも同然なんだ! 俺なんて、魔法界から杖折られて、つまみ出されて、マグルとして生きろって言われても――……」
「ルビウス・ハグリッド!!」
私が大声で怒鳴ると、ハグリッドは驚いて泣き止んだ。
「私、マグルですよ」
私はそう言うと、ハグリッドは「すまねぇ」ともごもご呟く。
「ルビウス君。君にしか頼めないことがあるの。蛇語が話せる君にしかできないことよ」
「アイリス!?」
ここで、ナティが声を上げた。
「まさか、『秘密の部屋』に行くっていうの!?」
「だって、トムを助けに行かなくちゃ!」
「無謀よ! そいつはトムをさらったのよ!?」
「トムをさらったからよ!」
ナティに向かって、私は言い返していた。
「子どもが危ないってときに、助けに行かない親はいないわ!」
ダンケルクのときは、私が行ったところで何もできないことが分かり切っていた。だから、祈って待つことしかできなかった。
しかし、今回は違う。
相手の素性は分かっている。そいつがいる場所も見当がついている。ならば、乗り込みに行かないなんて選択肢は最初から存在しなかった。
「大丈夫よ、ナティ。丸腰で乗り込むなんてこともしないから安心して」
そりゃ、トムから「楽天的」だの「お人好し」だの言われ続けているけど、私だってそれなりに考えている。バジリスクを従えた蛇語使いと相対するなら、それ相応の準備をしていく必要があることくらい理解していた。
だから、いま――ディークに頼んでいる。
自宅に戻って、あれを持ってきてくれるようにと。
ディークが戻ってくるまで、私は日記を書き続けることにした。
「でも、アイリス。『秘密の部屋』がどこにあるか分かるの?」
ナティが尋ねてきたので、そこは大きく頷いておいた。
「トムが見つけられなかった場所よ。つまり、トムが普段は行かない場所にあると思うの」
それだけ答えておいた。
部屋の場所だけ聞き出されて、あとは睡眠魔法で眠らされたらたまったものではない。
「ルビウス君」
ハグリッドはしくしくと泣き続けている。
結局、ハグリッドはアラゴグを育てていたらしい。しかも、バジリスクと仲良くなって絆を紡いだ挙句、「アラゴグと
……この騒動が終わった後、彼は間違いなく処罰を受ける。
だけど、たぶん……このままだと、彼は成長しない。自分の行いのせいで、トムを危険にさらしたことは理解しているだろう。しかし、それは
「泣くのはあと。いまは、自分にできることだけを考えなさい」
「お、おう……」
「それからね、貴方は法律を覚えること」
私はハグリッドに向かって言った。
「ほうりつ……?」
「危険な生物を飼うことが禁止されているのは、それ相応の理由があるということよ」
本当はもっとしっかり語りたいところだけど、ディークが帰ってきた。
ちゃんと私が頼んだものを持ってきてくれたので、これから「秘密の部屋」に乗り込もうと思う。
私とナティ、ハグリッド、そして、ディークの4人で。
トム、必ず助けに行くから。
だから、それまでは――どうか無事で。
それにしても、これだけは最後に書かせて欲しい。
ダンブルドア!
どうして、こんな大事なときに留守なの!?