TS転移した男が中華マフィアの総帥に寄生しつつ異人町で生活する話 作:めいでん
ああ。なんだ夢の中かあ、とおれは思った。
だって、さっきまで仕事場にいたんだ。それなのに気がついたら真っ暗闇の中にいた。少しの街灯と汚いネオン看板がじっとり光る路地裏でおれはひとり佇んでいた。
「なんか、すっげーリアルでやんの!」
そう言ったおれの声は自分のものとは思えないほどにハスキーだ。気だるげな中に可愛げもあり、女の子みたいな……女の子?
てきとーな店のショーウィンドウを覗くと、目に飛び込んできたのは女の姿。かなりの美人だが、イマドキ珍しいタイプ? 童顔で目が大きくて昭和の女優にいそうな顔をしている。そして胸が大きい。見た目は20代前半にしか見えないが、多分実年齢は30代だろう。
「なんてったって、素のおれが32歳だもんなー」
夢の中でまでTSしてるなんて、普段TS物を読みすぎてるのがバレるぜ!
うん。普通に恥ずかしい。夢だから誰かに知られることもないけどさ。
冷たい風が頬を叩いて、おれはくしゃみをひとつした。
今のおれは薄手のロンTにジーパンとかなり涼しげな格好だった。季節外れにもほどがある。絶対ダウンかジャンパーいるよ。
おれは近くにあった中華料理店に入ることにした。
店内は狭くて汚くていやに薄暗く、いかにもテカテカ光る黒い虫が出そうな不衛生さを見せつけていたが、背に腹はかえられない。
なにせ寒すぎる。もう一秒でも外に出たくない。
それに、昔ながらの町中華は外観に反して味が良いと相場は決まっているものだ。
席に着くと店員さんがメニューを持ってきてくれた。
これがオススメだとメニューを指差す彼女の訛りはとても強い。加えて店内には簡体字で書かれたビラが至る所に貼ってあり、早くもガチ中華っぷりが伝わってくる。
いいね。気分は野原ひろしかハンチョウだ。
ビールと五目炒飯を頼むと店主はカウンターの方へ引っ込んでいった。油が焼ける音がジュウジュウと店内に響いている。
「おねえさん珍しいね、この店に来たの初めてでしょ」
飯が提供されるまで暇だったのでぼうっとしていると、近くに座っていた男に声をかけられた。
ナンパか? 確かにおれ今ちょー美人だもんな、なんて思いつつ男を見ると、まあチャラいチャラい。
派手な柄シャツにゴツめの指輪。革ジャンにサングラス。おまけにマニキュアまで塗っているときた。
見た目はおれと同年代っぽいが、マトモな大人なら絶対にあり得ないヤンキースタイルに男は身を包んでいる。
でもこういう奴が結局世の中モテるんだよなあ。強いオスって感じするもん。
「初めてっすね。腹も減ってたし、美味そうだったんで入った感じで」
「へえ。ありがとね。この店は普段常連客しかいないからさ。嬉しくてつい声かけちゃったんだ」
「あなたも常連なんで?」
「いや、俺はこの店のオーナーなんだよ。プロデューサー? 経営者っていうのかな。たまに厨房入ったりもするけど」
どうやら男は思ったよりマトモな社会人らしい。
てっきり草を焚いている系の半グレだと思っていたので、おれは少し拍子抜けした。人は見た目によらないものだ。
おれは男と乾杯すると五目炒飯を食べ始めた。
口に広がる油の甘み! パラパラの米! プリプリのエビにシャキッとしたタケノコのマリアージュ!
「これマジで美味いっすね!」
「でしょ? エビ餃子あたりも美味しくてオススメだよ」
「うわあ。頼んじゃおっかなあ。酒と無限に合うもんなあ」
油と塩分でコーティングされた喉をビールが潤す。永久機関の完成だ。
おれはメニューと再度睨めっこして何品か追加で注文した。
牛馬の如く飯をかきこみ酒を飲むおれをいい食いっぷりだと男は褒めそやす。頬張りながら親指を上げると本日何回目かの乾杯だ。
久しぶりに気持ちのいい夜だ。いつもの華金なんかじゃこうはいかない。
たらふく食べて腹を膨らませたおれは店員さんと男に礼を言うと伝票を手に取った。
4000円。結構食べたのに良心的で手頃な額だ。
「この店PayPay使えるんすか?」
「ペイペイ? 知らないけど電子決済であるのかな。ウチは現金しかダメなんだよね」
「あーじゃあ現金で払いますわ。この間お金おろしたばっかだから大丈夫なはず……」
ない。なかった。財布がどこにもない。
ズボンのポケットをひっくり返しても砂のカスが出てくるだけだ。裏返された白い布が虚しく宙に揺れている。
「おねえさん。美味しそうに食べてくれたのは嬉しいけどさあ。無銭飲食は流石に困っちゃうなぁ」
「いや。そんな、滅相もない! お金を払う気は、もう、とても、めちゃくちゃある、あったんすけど。いつのまにか財布を落としちゃったみたいでえ……」
「うーん。警察に捕まった後の窃盗犯が凄く言いそうなセリフだよね」
男は顔を青くするおれを呆れたような目で見ていた。
それから頭をひとかきすると、ため息をついてこう言った。
「君さあ。この店が
「……? お、オニイサンが手塩にかけて育てたお店なんすよね、ハイ。本当にすみません」
サングラス越しでも男が目を細めたのが分かる。
タッパがでかい男に凄まれるの女の体だとめっちゃ怖えな、と思いながらおれは膝を地につけた。
金もカードもない人間が出来ることと言ったらただひとつ。
責任者に向かって三跪九叩頭の礼——すなわち土下座である。
「な、なんでもするんで! 皿洗いでもホールでもゴミ出しでも! だから警察だけは勘弁してくださいぃ……」
ぷるぷる震えるおれにポンと肩を叩いてから「君、底なしの馬鹿だね」と男は言い放った。
「一回の無銭飲食だったら、俺たちが警察呼んだところで厳重注意で終わるんじゃないかな。余程じゃないと前科つかないよ」
「ええっ! そうなんすか!?」
「まあ、そもそもね。この店には警察は絶対来ないんだ。正確にいうと
「ハァ。さっぱりで」
「トラブルがあったら俺が自分で何とかしちゃうってこと」
それから「俺、腕っ節には自信がさ。結構あるんだよね」と男は続けた。
「おれの立場で言うのもなんなんですけど、マズイ時は警察ちゃんと呼んだ方がいいっすよ。やばい奴は何しだすか分かんないし。もちろん、あの、おれはやばくない奴ですけど。警察が頑張ってるおかげで、日本が治安良いみたいなとこありますって」
「えー、犯罪者からお説教されちゃった」
「おれのは犯罪じゃなくて! その、不可抗力なんですうう……」
「それに日本って言うほど治安良いかなあ。別にどうでもいいけどさ」
男はおれの顎を掴んで面を上げさせた。
爪がのどに刺さって痛いからやめてほしいな、と考えていたら突然目の前の男がにんまり笑った。それはイタズラを思いついた幼稚園児のような、とてもあどけない笑みだった。
「おねえさんさ、警察呼ばないでほしいんでしょ? 言うこと聞いてくれたらだけど、今回はお金いいよ。大した額じゃないし俺が代わりに払ってあげる」
「まじすか!」
「マジマジ。なんでもするって言ってくれたしね」
「ハイ! もちろん! なんでもしまぁす!」
勢いよく手をあげるおれに男はうんうん頷くと満足そうにこう言った。
「じゃあさ、セックスしようよ」
「へ?」
「おねえさんはタダメシ食えて、俺はおねえさんを抱ける。ふたりともWIN-WINだよねえ。どう?」
完全に人身取引です。どうもありがとうございました。
お巡りさんこっちに犯罪者いますよ! とスピーカーで触れ回りたいが、無銭飲食現行犯であるおれの分が悪いのは誰がどう見ても明らかだ。
顔がイケてる女って想像より人生イージーじゃないのな、と思いながら男を見た。
態度こそ飄々としているが、目の前にエモノをぶら下げられた捕食者さながらの顔になっている。ラブホで彼女相手に腰を振っている時、たまに鏡越しに目が合う自分の顔つきと似ているなとおれは思った。
あれ、目に入ると我にかえってスッゲェ萎えるんだよな。男ってみんなあの顔するんだな……。
「それともさ。おねえさんのアドバイスどおりに、やっぱり警察呼んじゃおっかなあ。どっちがいい?」
「今すぐしましょう喜んで!」
おれは食い気味に叫ぶと、「オニイサン上手そうだしぃ、たくさん楽しめそ〜」とへらへら笑った。売れる媚びは売れる時に売っておくのがおれの信条だ。
「萎えるなあ。ムードってもんを考えてよ。おねえさん可愛いのに台無しになっちゃうよ」
これから男とセックスする男の気持ちも考えてくれや。こちとらノンケやぞ。
おれがムッとしていると、緊張していると勘違いしたのか、「悪いようにはしないからさ」と男は囁いた。
相当女に慣れているらしい。いまから犯されるというのに男の声はスルッと懐に入り込み、なぜかおれの心を安心させた。
この技術があればマッチングアプリで無双できそうだな、とおれは思った。夢の中でなければ弟子入りしたいくらいの衝撃だ。
男はおれの腕を掴むと店の奥へと進んでいった。階段をのぼって2階へ行くと埃が溜まった小さな部屋に案内される。
ムードもクソもないヤリ部屋だと心の中で悪態をつく。その反面、おれは自分が昂るのを感じていた。ワクワクしていたのだ。
油に塗れた汚い店の、埃に塗れた汚い部屋で新たな自分が生まれることに。
今だけとはいえ、せっかく女になったワケだし。女の身体思いっきり楽しまなきゃ損じゃん!
おれはじっと男を見た。
チャラそうな外見。細身な身体。顔はイケメンだし喋りも上手い。オラオラ系で多分モテる。きっとヘタクソなプレイもしないだろう。
うん、初めての相手としては文句ない。
おれは男の腹に頬を寄せながら、まるで恋人相手にするように手を絡めた。
ガワは美女でも中身は男だ。いくら相手が自分とは違う
「たくさん楽しませてよ、オニイサン」
夢の中で警察沙汰になったところで、現実とは違うし別に良かったんじゃね?
そんな考えがふと頭によぎったが、初めての熱に没頭するうちにすっかりおれは忘れてしまった。