TS転移した男が中華マフィアの総帥に寄生しつつ異人町で生活する話   作:めいでん

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スジモンバトル、楽しすぎ!(まだ6章)


9 東城会は潰れただろ

 

 

 佑天飯店の労働環境は劇的に改善された。飲食店にも関わらず、まさかの週休2日制が導入され、いつも頑張って貰っているからと臨時ボーナスまで支給されたんだ。

 もちろんおれも喜んだが、店長に至っては発狂しそうな勢いで小躍りしていた。普段多忙な趙さんの代わりに店を切り盛りしている店長は、おれの比じゃないくらい過酷な生活を送っていたらしい。おいたわしや、店長……。

 

 

「趙さんは、自分が何でもできますね。だから下が潰れても気づかないよ。あの人悪気はないですね」

 

 

 と店長は言った。なるほど、要領が良い人には良い人なりの苦労があるらしい。

 

 そんなこんなで急な休暇と金を手に入れたおれは、昼間から酒を浴びにサバイバーへと向かったわけだ。

 マスターには色々よくしてもらった恩もあるし、何よりスーパーキュートないろはちゃんと触れ合うのは精神的に癒される。加えて、美味しいお酒に美味しいご飯。休日の過ごし方としては満点だろう。

 

 

「おう。また来たのか」

「あの時は世話になりました。今日はお金もバッチリっすよ」

 

 

 おれが得意げに財布を掲げると、マスターは「仕舞った方がいいぞ」と注意しつつ嬉しそうに口角を上げた。マスターは見た目によらずツンデレの才能があるらしい。

 

 サバイバーは相変わらず開店休業中のようだった。客が1人しかいない店内で、マスターは優雅に食器を拭いており、いろはちゃんは賄いの冷麺を美味しそうに啜っている。稼ぎ時の夜の時間帯ではないとはいえ、ちゃんと家賃が払えているのかますます心配になってきた……。

 

 

「あの日異人町で事件があったって聞いてね。佐野ちゃん、ちゃんとお家に帰れたかなぁって心配してたの。佐野ちゃんが無事で安心したよぉ」

 

 

 天使!

 いろはちゃんがにっこり笑う姿は後光が差して見える。セクシーな格好と溢れる慈愛の落差にガツンとやられて、おれは頭がくらくらしてきた。可愛い子のギャップ萌え、心にグッときます。

 

 

「事件って、なんかあったんすか?」

「ほら、殺人事件だよぉ。外国人墓地であったの、知らない?」

「いや、そっちは(・・・・)知らないっすね。物騒な世の中だなあ」

 

 

 どうやらあの日は高部さんがぶっ殺したやつ以外にも殺人事件が起きていたらしい。

 同じ街でそんな1日に何件も起こることある? シリーズの舞台にはならなかったとはいえ、さすがは横浜が誇る伊勢佐木町。龍が如くの名に恥じぬ治安の終わりっぷりである。

 

 おれがほうほうと頷いていると、「噂によると、やったのは星龍会の連中らしい」と酒を出しながらマスターは言った。

 

 星龍会……となると、これも高部さんたちの仕業だな。当人たちは話の分かる人物だったが、思っていたより血の気の多い組織のようだ。

 貰った名刺は今も財布の中に眠っている。野口英世を取り出すたびに代紋と目が合うのは、精神衛生上非常によろしくなかったが、部屋に置いて趙さんに見つかるよりは、肌身離さず持ち歩く方がまだマシだった。はぐらかすのも面倒臭いし、これ以上趙さんに心配かけるのも悪いしね。

 

 

「星龍会って暴力団なんすよね。ここら辺は東城会がいるし、あそこの下っ端みたいなもんなんかな。それともバチバチにやり合ってたり!」

 

 

 というよりは、そうであって欲しい。

 マスターを除くヤクザ絡みの人間に、この先の人生で金輪際関わる気はないけれど、『知り合いが桐生や真島と喧嘩してそう』という状況には気持ちも昂るというものだ。おれは根っからのゲームボーイなのである。

 

 

「何言ってやがる。1年前に東城会は潰れただろ」

「え」

「それと、星龍会は東城会とは無関係だ。あそこは地域密着型だからな。俺も詳しくはないけどよ」

 

 

 と誰よりも裏社会に精通しているマスターは言った。

 仮にマスターが詳しくないのであれば、この世界のメディアが掴んでいる情報はきっとゴミクズ以下だろう。

 

 

「え、東城会なくなったんすか? ものすごい規模の暴力団でしたよね。下部組織が何百もいるっていう」

「それは盛りすぎだ。実際は百いくか、いかないくらいだな」

 

 

 元本職の方による的確な訂正、痛み入ります……。

 マスターは氷を削りながら、「バラエティだけじゃなくて、少しはニュースも見ておけ」と呆れた目でおれを見ている。

 

 

「1年前に神室町3K作戦ってのがあったんだ。都知事と警察が連携して神室町を浄化してな。収入源だった風俗店の一斉摘発に、相次ぐ幹部の逮捕で東城会は壊滅。当時の会長も今や消息不明だ」

「なんとも呆気ないっすね。そんなに上手くいくんだったら、前からやっときゃよかったのに」

「これまでも行政はしようとはしたはずだ。だが、できなかった。去年のは都知事の手腕が相当凄かったみてえだな」

 

 

 ヤクザゲームのヤクザを壊滅できるなんて、都知事は前世でどれだけ徳を積んだのだろう。

 東城会亡き今、伊勢佐木より神室町の方が平和だとしてもおかしくないな、とおれは思った。なにせこっちはまだ現役のヤクザが幅を利かせているのである。

 

 何かの間違いで、都知事が横浜市長にもなってくれますように!

 

 おれは心の中で神に祈った。高部さんたちに恨みはないが、これ以上事件に巻き込まれるのは御免である。

 

 

「でも、それじゃあ星龍会のライバルってどこなんです? ヤベェ縄張り争いしてるって聞きましたけど」

「ああ、それは異人三のことだな」

 

 

 マスターは削り終わった氷をしげしげと眺めると、グラスに落として酒を注いだ。透き通った氷の球体は黄金色の海中で光を反射させている。おれはありがたく2杯目をいただくと、ウイスキーのふくよかな香りが鼻を抜けた。

 マスターはペアリングの才能もピカイチのようだ。殺伐とした話のお供には、これくらいの度数がちょうどいい。

 

 

「この異人町には、いわゆる反社の組織が3つある。それを赤い靴の童謡になぞらえて、『異人三』と呼んでいるんだ」

 

 

 赤い靴は横浜の童謡だもんなあ。現実でも名前を冠したバスが観光客向けに走っているのをよく見かけたものだ。

 異人さんと数字の3を掛けて、『異人三』ね。元町らしいハイカラモダンでお洒落な名称だ。

 

 

「ひとつは『横浜星龍会』。戦後まもない頃から異人町を牛耳る暴力団だ。この間の事件みてえに、何かあれば殺しも厭わねえ典型的な極道だが、ここは自ずから関わらなければさほど害はねえだろう」

 

 

 うっかり関わっちゃった場合、どうすればいいんですかね……。

 おれは乾いた笑いを浮かべながらウイスキーを一口飲んだ。ツンとしたアルコールがヒリヒリと喉を焼いている。

 

 

「ふたつめは韓国系の『コミジュル』だ。ほら、あそこに電線があるだろう」

 

 

 そう言ってマスターは窓の外を指差した。建て並んだ雑居ビルからは無数の電線が伸びており、それぞれが一つの場所を指し示している。

 

 

「コミジュルは街の情報屋でな。街中に電線を張り巡らせては、異人町のあらゆる物事を監視しているんだ。奴らは表立っては動かねえが、必要に応じて敵とみなした相手を暗殺することもままあるらしい」

 

 

 暗殺!

 サラッと飛び出したパワーワードにおれは思わず面食らった。もしかしたら、暴対法で縛られない分、謎の情報屋の方が暴力団(星龍会)よりも好き勝手できるのかもしれない。そうでなければ、景観保護条例がある横浜で、あんなに電線を引くような真似はできないだろう。

 

 

「そして最後が、中華マフィアの『横浜流氓』だ」

 

 

 この街は想像以上に国際色が豊かなようだ。

 日本の極道に韓国系犯罪集団、そして極め付けの中華マフィア。異人三の名にぴったりだ。名付けた人はよほどセンスがあるに違いない。

 

 

「横浜流氓は好戦的で、内側の結束がかなり強いことで知られている。とにかく血の気が多くてよ、内々で殺し屋集団も抱えているみたいだな。敵対する人間は肉饅頭にしちまうって噂もあるくらいだ」

 

 

 どうやらこの街には殺しを厭わない組織しか存在しないらしい。

 

 最初の星龍会が1番まともに思えるって、どういうことなんだろう……。

 おれはポケットの中の財布を握りしめた。佑天飯店は星龍会のシマじゃない。ということは、後者2つのどちらかのシマだということだ。趙さんは佑天飯店に危険な連中は来ないと豪語していたが、十中八九温情で見逃されているだけだろう。

 どんな拳法の達人だって、暗殺者と殺し屋に勝てるわけがない。リアルファイトだとペンは剣よりも強くないし、拳は拳銃に無力なのだ。

 

 

『お前、あんまその名刺人に見せない方がいいぜ。いざという時まで隠しときな』

 

 

 おれはあの日のコウジの言葉を思い返していた。いざという時なんて2度と来ねえよ、と思っていたが、高部さんの名刺を有効活用できる日は案外近いのかもしれない。

 腐っても星龍会の若頭、組のNo.2の名刺である。虎の威を借る狐だが、星龍会の敵対組織を追い返すには使える手だろう。名刺が入った財布が聖なる光を帯び始めた気さえしてきた。もう反社なんて怖くない。ふはは、この紋所が目に入らぬかっ!

 

 

「それで、異人三の連中は大層仲が悪くてな。今はお互い睨み合っていて『肉の壁』と言われる膠着状態にあるんだが、些細なきっかけで爆発するだろうと言われている。異人町はいつ派手な抗争が起きてもおかしくない状態なんだ」

「じゃあ、その中のどこかが別の組織のシマにちょっかいかけたり、なんてしたら」

「ベルリンの壁のようにあっさり崩壊するだろうな」

 

 

 急速に衰えていく、紋所の威光……。

 おれはグラスを一気に煽ると、マスターにおかわりを催促した。張り詰めた冷戦中にミサイルを配備するのが一般市民だなんて、なんの冗談だろう。自分の手で第三次世界大戦を引き起こすのは、それこそ勘弁願いたい。

 マスターはグラスを下げると「あんまり飲みすぎるなよ」とおれに言った。

 

 

「奴らは物騒な連中だが、肉の壁が機能しているのもあって異人町は今は概ね平和だぞ。仮初の平和と言われたらそうだがよ、あまり気にしすぎることはねえ」

 

 

 そう言ってマスターは小鍋に火をかけ始めた。どうやら3杯目に取り掛かっているらしい。

 

 

「もし何かトラブルが起きたら、この店の常連に警察(ポリ)がいるからそいつに繋いでやってもいい。他の奴らは異人三に買収されていて当てにならねえが、そいつは数少ない信頼できる警察の1人だ。普段は免許センターで働いているんだけどな」

 

 

 この街では買収されない真っ当な警察は左遷されてしまうらしい。

 

 

「ありがたいお言葉っす。トラブルに巻き込まれないよう気をつけなくちゃ」

 

 

 おれはマスターの気遣いにへらへら笑って返事した。

 この世界で買収されないような警察、ということは、よほど正義感が強い人に違いない。警察を頼るにしても、そもそもおれは犯罪を犯した身だ。

 お店のトラブルで頼ったのに、バッセンでの件がバレて逮捕されちゃったらシャレにならないよ。マスターには悪いけど、何か起きても自力で解決するしかないな。

 

 おれが頭を掻いていると、マスターはマグカップをおれに差し出した。ほかほかに温められた牛乳だ。少しは落ち着けという言外の意図が感じられる……。

 

 おれは火傷をしないようにちびちび飲みながら佑天飯店のことを考えていた。

 物騒な集団が蔓延るこの街で、なんの後ろ盾もないあの店が上手くやっていけているのはもはや奇跡だ。店の売上を考えたら、あまりの規模の小ささに眼中に入っていないだけだとは思うけど……。

 

 

「そういえばですけど。サバイバーのケツモチって、異人三のどこなんすか?」

「どこでもないぞ。ケツモチはこのバーにはいないんだ」

 

 

 え、それアリなんだ!

 マスターが元極道なのを抜きにしても意外である。言われてみれば、今や年号も令和だし、ケツモチ制度自体が時代遅れの産物なのかもしれない。確かに現実だと歌舞伎町でしかそんな話聞かないもん。

 おれが目を丸くしていると、「そんなに驚くようなことか?」とマスターは言った。

 

 

「いざという時、頼りになるのは自分だけだ。自分の力で生き抜く店も悪かねえだろ」

 

 

 そう言って不敵に笑うマスターの顔は、どこか趙さんを彷彿とさせるものだった。

 


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