TS転移した男が中華マフィアの総帥に寄生しつつ異人町で生活する話   作:めいでん

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イチ、あまりにも全てを包み込む光すぎる


14 さすがは命の恩人だ

 

 

 おれと趙さんの朝食は最近もっぱら洋食だった。

 キムチと白ごはんの組み合わせこそ変わらないものの、こんがり焼いた厚切りのハムと半熟の目玉焼きがメニューに追加されたのである。

 

 シャウエッセンですら買うのをためらう貧民が、なんでもない日の朝から高級ハムにありつけるなんて!

 

 聞けば、猪狩の家にも謎の差出人からハムの贈答品が送られてきたらしい。本当に高部さん様々だ。

 ちなみに、コウジには寝耳に水の出来事だったようで、おれと猪狩の話を聞いて「そんなことまでしなくていいのに」と悪態を吐きながら照れていた。可愛いやつ……。

 

 おれが黄身に醤油を垂らしていると、「キューちゃんは今日も学校行くんだっけ」と趙さんは言った。

 

 

「お肉くれた家の子によろしく言っといてね。あと、これ以上は結構ですってちゃんと断っとくんだよ」

「いいんすか? 趙さんおれよりハム貰って喜んでたのに」

「頑張ってたのはその子なんでしょ? あまり高すぎるものを貰っても、海老で鯛を釣ったようで申し訳ないし」

 

 

 趙さんは少し笑うと、「それに『まんじゅうこわい』みたいなもんでさ。謙虚でいた方が、また貰えるかもしれないじゃんね」とさらに続けた。

 贈答品にもダチョウ倶楽部のネタのくだりって、適用されるものなのかな……。どんな人格者でも、香ばしく焼かれたハムステーキの魔力には抗いきれないものらしい。

 

 白米をかきこんで手のひらを合わせると、趙さんは椅子から立ち上がった。

 

 

「そろそろ俺、仕事行ってくるね」

「はぁい。いつ頃戻ってくるんです?」

「んー、遅くなるかも。書き入れ時なんだよね、今」

 

 

 いつものように雑居ビルの入り口まで見送りに立つと、趙さんは「ありがとね」とおれの頭を撫でた。趙さんが颯爽と去っていく方向は北、つまり中華街がある方である。

 

 自分の仕事についてはあまり語らない趙さんだが、おれは趙さんの職場に大体の見当をつけていた。

 

 この街、伊勢佐木異人町には超高級中華料理店が2つある。

 ひとつは平安樓……この世界での聘珍樓だろう。文明開花の時代から現在に至るまで屋号を連ねる老舗の名店だ。

 

 もうひとつは慶錦飯店といって、詳しくは知らないが、どうやらこのあたりにあるらしい。ネットによると、動物園でもないのに生きた虎を鑑賞しながら食事が楽しめるとかなんとか。うーん、成金趣味って感じだなあ。

 ただ味はちゃんと美味しいようで、レビューでは常に4つ星以上の点が付けられており、かなりの高評価を博している。

 

 

「趙さんが働いてるのって、絶対虎飼ってる方だよなあ」

 

 

 だって派手だし。

 いくら腕が良くたって、グラサン、ピアス、大量の指輪の3点セットが許される料理店はそうないだろう。おまけに趙さんにはヒゲとネイルまである。歴史ある老舗で働こうものなら面接段階でお断りだ。

 

 その点、ネットの情報だけでも拝金主義の臭いがぷんぷん漂う慶錦飯店ならば安心である。趙さんの料理自体は文句なしに一流だし、あのジャラジャラした格好もむしろ歓迎されそうだ。

 オシャレに理解のある職場、なんて素晴らしいんだろう。もちろん、我を通せるだけの実力があってこその話ではあるが。

 

 きっと趙さんはあの店でしのぎを削っているのだろう。

 普段は高級中華で腕を奮い、その陰でこぢんまりとしているとはいえ自分の城を持つ趙さんは大人の理想を体現している。

 なんだか食戟のソーマの親父さんみたいだなあ。それなら、おれはさながらその嫁か? なんちゃって。最近ずっと一緒にいたからか、猪狩の妄想癖が移ったらしい。

 

 でも、一度くらいは趙さんに内緒でお店に行ってみたいなあ。いつもの料理も美味しいけれど、本気モードのスペシャリテも食べてみたいものである。

 そう思って慶錦飯店のHPを見てみると、メニュー表に踊るのは上海蟹にナマコ、燕の巣と、素人でも分かる高級食材の目白押し。ううん、期待を裏切らない金満っぷりだ。

 

 なるほどね、お昼で1番安いのは特製和え麺か。蟹味噌と蟹肉がたっぷり入って、お値段なんと5000円!

 ……高い。いくらなんでも高すぎる。どうやら一般庶民には敷居すら跨げない店らしい。

 おれはコック帽を被った趙さんを見る夢をあっさり手放した。安月給の小市民には銀だこランチがお似合いである。

 

 おれは商店街を歩きながら、熱々のたこ焼きを摘んでいた。

 片手に携えているのは、たこ唐につぼきゅう、それとチーズ明太にねぎだこだ。おれだけ大海原でたこ焼きを食べていたら、猪狩とコウジが拗ねちゃうからね。ホールでタコパしながら資格勉強ってのも、たまには悪くないだろう。

 

 にしても、駅前の信号は本当に待つ時間が長いなあ。もうひとパックくらい軽く食べられちゃいそうだ。

 ……つぼきゅうなら開けても怒られないかな。うん、美味しい! きゅうりとごま油の黄金コンビ、何個食べても飽きないよね。

 おれがボリボリとつぼきゅうを貪り食っていると、近くから「おーい、誰かあ」と助けを求める声が聞こえてきた。

 

 

「誰かしらいるだろ! クソ、誰でもいいから助けてくれえ」

 

 

 声のした方を向くと、なんと自動販売機が喋っている。

 おれがあんぐり口を開けていると、「嬢ちゃん、いいところに来たな。こっちだ、こっち」と自動販売機はさらに急かして言った。

 

 

「すまねえが手ぇ抜くの手伝っちゃくれねえか。隙間に挟まっちまってよ」

 

 

 よくよく見ると、自動販売機のすぐそばで、汚い男が地面に倒れ伏している。

 顔を歩道に擦り付ける男の身なりはボロボロだ。何日も風呂に入っていなさそうな脂ぎった髪に、毛玉塗れでほつれた衣服。男の方に顔を向けただけでツンとした悪臭が鼻を抜けた。

 

 なんだ。声の主はこのホームレスだったんだ。

 おおかた、落ちた小銭を集めようとして失敗したのだろう。ホームレスがじたばた身じろぎするも、腕が抜ける気配はない。自動販売機と地面に肩からがっつりホールドされている。

 

 

「しゃーないっすね。おじさん、ちょっと力加えますよ」

「ああ、いいぜ。ここから抜け出せりゃこっちのモンよ」

 

 

 せーの!

 おれはホームレスの身体を掴むと一気に引っ張った。

 うーん、どうしても肩が引っ掛かるな。もう少し勢いよく引っ張ったら……今、嫌な鈍い音がしたけど大丈夫か?

 ただ当初の目論見どおり、腕を引っこ抜きはできたようだ。爪の先まで真っ黒に汚れた手のひらが太陽の元に晒されている。

 

 立ち上がったホームレスは、だらんと垂れた腕を見て、歓喜の表情を滲ませた。

 

 

「おお! 助かったあ。いやあ、自販機の下に野口英世があるのが見えたから、頑張って取ろうと欲かいてたらこのザマよ」

「そりゃ災難っすね」

「結局、金は取れねえし、肩は脱臼したし。年甲斐もなく無茶な真似はすんなってことだな」

 

 

 ホームレスの男は肩を落としながら大きく腹の音を鳴らした。

 

 

「俺、2日前から何にもメシ食ってねえんだよなあ。唯一の食糧もさっきカラスに取られちまったし。所持金もポケットの中の5円しかねえ。誰か、この近くにたこ焼きでも持ってて、ホームレスの俺にも心優しい女性がいねえかなあ」

 

 

 芝居がかった口調で朗々と語ると、男はおれが手に持っているビニール袋をじっと見た。ハイエナ精神を隠しもしない男の姿勢は、一周回って好感が持てる清々しさである。

 

 

「あーあ。飯でも食えば、この肩もすぐに治りそうなんだけどなあ」

「……食べます?」

「おお! あんた、底なしにいい奴だな。さすがは命の恩人だ」

 

 

 ホームレスの男はビニール袋を引ったくると、嬉々としてパックを開け始めた。あ、3パックとも一気に食うつもりだな。ホールでタコパを開くのは諦めるしかないようだ。

 男は箸を手に取ってから、「先に肩はめねえと無理だな」と器用に肩を嵌め直した。手を開いたり握ったり。問題ないことを確かめてから満を持しての実食だ。

 

 

「カァー! 美味え! 銀だこなんて高級品、久しぶりにありつけたぜ」

「肩、自力ではめられるのすごいっすね」

「ああ。今はホームレスだけどよ、これでも元看護師だからな」

 

 

 そう言うと、男は脇目も振らず箸を口に運びはじめた。

 口いっぱいにたこ焼きを放り込む男は、見る者に爽快感すら与える食べっぷりを披露している。例えば、趙さんなんかは手を叩いて喜びそうだ。あの人、たくさん食べる人好きだしね。

 

 

「看護師の資格持ってるならひくて数多でしょうに。今、どこも人手不足っすもん」

「あー。色々あってな。免許剥奪されてんだ、俺は」

 

 

 男はフケに塗れた頭をかくと、「嬢ちゃんには無縁の話だろうが、負け犬の暮らしってもんが現実にはあんだよ」とため息をついた。

 

 

「負け犬の暮らしすか。実は色々あって、おれも最近まで根無草で。あわやホームレスになるとこだったんで、他人事感はないっすね」

「げえ、まじかよ。女のホームレスは大変だから、ならずに済んでよかったな」

「しかも、そのせいで恋人とは自然消滅疑惑っすよ。7年も付き合ったのに散々じゃあないっすか?」

「あー分かる。俺も今まで恋愛は踏んだり蹴ったりでな。しかし、美人でも上手くいかねえモンなのか。夢ねえなあ」

「元々の顔じゃないんで。これ」

「へえ。にしては全然整形顔に見えないな」

 

 

 男はしげしげとおれの顔を眺めてから「いや、失礼だな。すまん!」と軽く詫びた。元看護師なだけあって良識が備わっているようだ。

 

 

「別に気にしてないっすよ。おれがおじさんでも同じこと思いますし。それに一応、整形ではないんすよ」

「おお。よく分からんが、気にしてないならよかったよ」

 

 

 男はゴソゴソ懐を漁るとカップ酒をふた瓶取り出した。

 

 

「詫びと言っちゃあなんだが、これやるよ。ふたりで乾杯でもしようや」

 

 

 泥と脂に塗れた衣服から取り出されたカップ酒は、日に照らされてキラキラと光り輝いている。「いいんすか? これを買うのも大変でしょう」とおれが尋ねると、「腕とたこ焼きの礼にしちゃあ安いくらいだろ」と男は返した。

 おれは男の行動に強く胸を打たれた。神様の言うとおり、やもめの献金ほど尊い行動はないのである。

 

 

「じゃあ乾杯しましょうか。つっても、おれカップ酒の開け方分かんないんすよね」

「ああ。普段飲まねえと分かんねえよな。待っとけ、今開けてやる」

 

 

 男は身を乗り出すと、床に置かれたカップ酒を手に取った。不意に至近距離になり、ボサボサの髪で隠された男の顔がおれの瞳にはっきりと映し出される。

 

 濃い眉毛、はっきりした涙袋。しっかり鼻筋が通っていて、汚れに塗れてはいるものの、顔は整っていることが分かる。そしてなにより、黄色い被り物が似合いそうだ(・・・・・・・・・・・・・)

 

 おれはとあるテレビ番組を思い起こしていた。北海道の局制作なのに、横浜でも再放送が延々と流されるあの番組を。

 サイコロの旅。アメリカ横断。オーロラを見たり、原付でベトナムを走り回ったり。ああ懐かしの牛乳リバース。よく他の番組スタッフから殴られていて、その度にゲラゲラ笑ったなあ。

 

 そう、異様にそっくりなのだ。あのonちゃんに!

 

 龍が如くには実在人物モデルのキャラが何人もいる。

 サブ・メインにかかわらず、何かしらのシナリオに関わる登場人物だ。芸人や俳優、モデルなど演者の人選は多岐に渡るが、演技が上手い人物であれば必ずと言っていいほど本筋に絡む役柄として抜擢される。そしてonちゃんの中の人は大河ドラマにも出るほどの実力派だ。

 

 おれはこの男を知らない。見たこともない。

 桐生一馬が『死ぬ』までの物語で、ちらりとも存在を聞いたこともない。

 

 おれは心が震えるのを静かに感じていた。この男は、6以降の主要キャラだ!

 

 

 

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