TS転移した男が中華マフィアの総帥に寄生しつつ異人町で生活する話 作:めいでん
ハンジュンギとついに合流!
「ってことは、なんだ? この街来てすぐに中華屋のニイちゃんとネンゴロになった後、そのまま転がり込んでるってわけか」
「言い方は悪いすけど、そうっすね。色々事情があったもんで」
「そりゃあ、そうでなきゃ恋人放っぽって蒸発なんかしねえわな」
そう言うと、onちゃん――改めナンバさんはたこ焼きを口に放り込んだ。猫背なのもあってか、熱さと格闘しながら頬張る姿はリスのように可愛らしい。……ホームレスのおじさんとは思えぬ愛嬌の持ち主である。
そんなナンバさんとおれにはある共通点があった。
気になる女の子にはことごとく袖にされるナンバさんに、青春コンプからアプリで遊びまくった挙句、バチが当たったとばかりに彼女と離れ離れになったおれ。いい歳こいてふたりともメンタル童貞だったのである。
負け犬同士の傷の舐め合い。迷惑なことに、駅前の植え込みでふたりぼっちのロックンロールが幕を開けた。
「まあ、もう失踪して半年以上経つんだろ? 佐野ちゃんの元カノも新しい女作って幸せにしてるよ。女の子は切り替えが早えからなあ」
「いやいやいやいや。なんてこと言うんすか。あくまで自然消滅疑惑なんで。勝手に彼女を元にしないでくださいよ」
「でも、今の状況考えたら自然消滅してた方がよくねえか?」
なんでじゃ!
おれがムッとしているのも気にもせず、ナンバさんはキッパリと言いきった。
「だって、佐野ちゃんの彼女からしてみたら『将来を誓った恋人がいきなり失踪したと思ったら、知らんところで間男とハメまくってました』だぜ。普通に考えたら絶縁モンだろ」
それからナンバさんは無慈悲にこうも畳み掛けた。
「俺はゲイじゃねえし、古いオッサンだからLGBTQってやつの気持ちは正直分からん。だけど、よりにもよって浮気相手が男だし、刺されてもおかしくねえんじゃないかなあ」
容赦のない正論って、1番人を傷つけるよね……。
おれが「でも男相手って、浮気に入ります?」と言い訳を連ねると「いや、浮気に性別関係ねえだろ」と心に刺さる御言葉が飛んできた。あまりに鋭い指摘に泣きそうだ。
ちなみにおれの彼女は刺すか刺さないかでいうと、確実に刺してくるタイプの人間である。あの子は結構なアバズレなのだ。
「でも心は浮ついてないっすもん。気持ちがブレてなかったら純愛っすよ」
「昭和の芸人しかしねえ言い訳しだしたな。もう令和だぞ」
ボディーブローのように重く身体に沈む言葉におれはノックアウト寸前である。おとなしそうな外見に反してナンバさんはレスバが強いらしい。
おれは半泣きになりながら「イイっすもん。帰ったらぴに慰めてもらいますもん」と負け惜しみを言った。
「ぴってなんだあ?」
「さっき話した中華屋のおにいさんのことですよ。すきぴとかかれぴの略っす。言いません?」
「『すきぴ』に『かれぴ』ねえ。ニイちゃん相手に気ぃ浮つきまくってるじゃねえか」
おれはナンバさんの言葉を無視することにした。都合の悪いことには蓋をするのが大人の嗜みである。
咳払いをひとつしてから、「そういうナンバさんこそ、最近なんかないんすか?」とおれは尋ねた。話を変えるには新たな話題を作りだすのが1番だ。
「いつまでも大昔の恋愛引きずってウジウジしてんの不毛っすよ。新しいオンナ探しましょ、オンナ」
「あのなあ。ホームレスに出会いがあると思うか? 俺たちには通行人もろくに目を合わせちゃくれねえんだぞ」
ナンバさんは「まあこんなナリじゃ、しょうがねえわな」とため息をついた。
一種の防衛本能だろう。マトモな人間であればあるほどに、マトモでないものから距離を置きたがるのが自然の摂理だ。汚い・臭い・挙動不審の3本柱が揃ったホームレスに関わろうとする者はきっと少ないに違いない。
目が合うくらいにやり取りができる仲となると、市役所職員や炊き出し団体くらいなのかなあ。ううん、世知辛い世の中だ。
おれが黙ってカップ酒を持ち上げると、呼応するようにナンバさんも瓶を持ち上げた。カツンと乾いた音を響かせてから飲む酒は、少し喉を焼いたような気さえする。
どこぞの曲によると初恋はレモンの味がするらしい。だが、中年ふたりの失恋は、きっとそのへんの安酒の味がするのだろう。夢も希望も帰る場所もなくなった負け犬たちにはお似合いだ。
ふたりでどんよりとしたオーラを放っていると、突然ナンバさんは「ゲッ」と蛙のように潰れた声を出した。それから勢いよく立ち上がると、「ヤベェ! しまった!」と唸り始める。
「今日集金の日じゃねえか! マズイな、5円しか持ってねえ」
「集金すか?」
「みかじめ料だ。この街はホームレスにも容赦ねえんだよ。なんでも、住むのを見過ごす代わりに金を寄越せ、だと」
胡麻の油と百姓は搾れば搾るほど出るものという言葉は有名だが、ホームレスにも同じ理論が適用されるものらしい。
明らかに金のない浮浪者からも取り立てるビジネスは破綻しているような気もするが、反社の考えなんておれには全く分からなかった。
そう、反社の考えは分からない。ただし、おれには立派なコネがあった。星龍会が仁義を重んじる極道なのであれば、きっと高部さんは恩を返してくれるに違いない。
最近仲良いコウジのこともある。今こそ財布の中で眠る名刺が役に立つ時だ。
「集金する人って星龍会ですか? なら、なんとかなるかもしれないっす」
「いや違え。横浜流氓のハゲ男だ」
高部さんの名刺が役に立つ時、いつ来るんだろう……。
おれは頭の中から集金役を脅す案を捨て去った。対立組織のお偉いさんの名刺なんて見せても火に油を注ぐだけである。
「なあ頼むよ、佐野ちゃん。たこ焼き貰ったばっかだけどよ、ちょっとばかし金貸してくれねえか。なに、千円でいい」
ナンバさんは両手を合わせておれに詰め寄った。
確実に返せないであろう金の無心は下手なカツアゲよりタチが悪い。死活問題なのだろう。ナンバさんの目はすっかり赤く血走っている。
おれが財布から千円を手渡すと、ナンバさんはキラキラと大きな瞳を輝かせた。それから照れくさそうに鼻を擦ると、「ありがとよ、命の恩人」とおれに言う。
ナンバさん、どこまでもあざといな……。この気の良いおじさんが
ナンバさんはおれに別れを告げると、足早に職安街の方へ消えていった。どうやらホームレスの住処はハロワ近くにあるらしい。
あのあたりって、確かに尿の臭いがプンプンするんだよね……。もしかしたら、あの悪臭はホームレスが居着いているからなのかもしれない。ろくに入れるトイレもないし、そこら中で立ちションしているのだろう。
おれは静かに十字を切ると大海原の方へと向かった。
ナンバさんが原作でどういう役回りなのかは知らないが、確実に言えることがある。
肖像権の問題からか、実在人物がモデルの主要キャラは、ことごとく作中で死んで物語から退場する。それが龍が如くにおけるシリーズ恒例のお約束なのだ。
▼
「ホームレスと仲良くなるなんてやるじゃんね。俺は喋ったこともないよ」
と趙さんは大きな瞳をさらに丸くして言った。
それから湯船から上がったばかりのおれの匂いを嗅いで、「だからあんなに臭かったんだねえ」と茶化して笑う。
酔いのせいだろうか。途中から嗅覚が麻痺していたので気が付かなかったが、ナンバさんが纏っていた臭いはとんでもないものだったらしい。
近くにいたせいで、すっかり臭いが移ったおれが、向かった先の大海原では異臭騒ぎで追い出されるし、趙さんからは「今度はゴミ捨て場でも漁った?」と呆れた瞳で見られたほどだ。もし次にナンバさんと会うことがあれば、臭い移り対策に雨合羽を羽織った方がいいかもしれない……。
「でもホームレスって想像以上に大変なんすね。服も汚けりゃ風呂にも入れないし。ひもじくてお金もないのに、マフィアからはカツアゲされるし」
「そりゃあ、生活保護だってあるしさ。普通の人はわざわざホームレスなんかならないよ。なにかしら事情がなければね」
趙さんはおれの髪をタオルで乾かしながら、上機嫌で鼻歌を歌っている。それから、ふと手を止めて「マフィアって、まさか横浜流氓のこと?」とおれに尋ねた。
「そうです、そうです。横浜流氓のハゲ男が、みかじめ料をせびりにくるって言ってましたよ」
「へえ。星龍会じゃなかったんだ。あそこは星龍会のシマなのにねえ」
趙さんは面白そうに喉を鳴らして笑っている。
「あのあたりは、ひと目見て分かるくらい立派な組事務所があって面白いよ。異人町の観光名所のひとつだね」
ヤクザの事務所が観光名所になる街、かなり嫌だな……。
おれが渋い顔をしていたのが分かったのか、趙さんは「他にも面白い場所、たくさんあるよお」と頭を撫でておれをあやした。
「キャバでしょ? ソープにアダルトグッズ屋じゃん。あとはゲームセンターとかもあるし」
ゲームセンター以外、名所としては組事務所の方がまだマシである。
おれが白けた目で見つめると、「だって本当に楽しい場所なんだもん」と話す趙さんは明け透けだ。やはり趙さんはおれよりもよっぽど男である。
「女の子にヤな話題振っちゃったね。今日は、いつもより手の込んだ料理ご馳走するからさ。ね、キューちゃん許してよ」
「別に気にしてないっすよ。でも、料理は楽しみです。どんなのすか?」
「包子だよ。久しぶりに作りたくなったんだ」
その日食卓に登場したのはホカホカに蒸された饅頭だった。
蒸籠の中から現れた白くて柔らかい饅頭に、おれは思いっきりかぶりついた。中には賽の目に刻まれた叉焼がたっぷり入っていて、これまた甘くて美味しいんだ!
おれはひと蒸籠分を一気にペロリとたいらげた。
腹回りが気になり始める年齢とはいえ、蒸し立てほやほやの魔力には抗えない。うーん、これは際限なく食べてしまいそうだ。
饅頭にひたすら手を伸ばしている間、趙さんはおれが口いっぱいに頬張る姿をじっと眺めていた。作った饅頭には手を付けず、ただただ茶を飲むばかりである。
「趙さんも一緒に食べましょうよ。ビックリするくらい美味しいのに」
「自分で作っといてなんだけど、あんまり食べる気分じゃないんだよね」
「……まさか変なモノ使ってないっすよね。ほら、それこそマフィアがよく作るっていう、肉饅頭みたいな!」
「そんなわけないじゃん。普通に豚だよ」
趙さんは「肉饅頭のウワサ、知ってたんだね」とため息をついた。
「ソンヒさんとも話題になりましたよ。世の中おっかない人たちもいるもんっすね」
「まあ、裏切り者を肉饅頭にするしないはモノの例えだと思うけどね。包子って、ただでさえ結構面倒な料理なのにさ。それを人肉で作るだなんて、グロいし、不衛生だし、不味そうじゃん。食への冒涜って感じ?」
「随分クソミソに言いますね」
「そりゃ料理人としては黙っちゃいられないよ。ただ、そのウワサの印象が俺も強くてさ。包子は好きなんだけど、ちょっと食べるのに躊躇っちゃう時があるわけ」
じゃあなんで作ったんだよ……。
おれの内心を読み取ったのか、「でもウワサを思い出したら作りたくなっちゃうんだよね」と趙さんは言った。
なるほど。趙さんにとって、肉饅頭を作るのはトラウマ療法のひとつなのかもしれない。
おれは饅頭をふたつに割ると、そのうちのひとつを趙さんの口に突っ込んだ。
目を見開いて固まった趙さんだが、おれが饅頭を押し込み続けたものだから、おそるおそると口を動かし始めた。ゆっくり咀嚼して、咀嚼して、ようやく飲み込んだ趙さんは呆けた顔でおれを見ている。
「ほら、食べれた」
おれは蒸籠から饅頭をさらに取り出すと、趙さんに無理やり手渡した。
「美味いでしょ? 趙さんの包子はチャチな人肉饅頭とは違うんすから、もっと自信持ってくださいよ」
趙さんは手元の饅頭を見つめてからおもむろに口へと運んだ。
噛み締めるようにひと口、またひと口と食べ進める。全ての白を飲み込んでから、張り詰めた糸が切れたように趙さんは破顔して言った。
「美味いね。さすが俺が作った包子なだけあるよ」