TS転移した男が中華マフィアの総帥に寄生しつつ異人町で生活する話   作:めいでん

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久米のみみっちさが最近無性に愛しい


16 ボクの方からお断りさ

 

 

 2019年8月19日、深夜1時。

 こっそりと佑天飯店を抜け出したおれは、ひとりで浜北公園に来ていた。店からかっぱらった赤い蝋燭とチャッカマンを携えて、噴水の前に座り込む。

 

 しばらくして、「よお、待たせたな」やってきたのはコウジだった。重かったのだろう。酒の入ったビニール袋を地面に下ろすと、そのまま噴水の縁にどっかりと腰掛け、深く息を吐いている。

 コウジはあたりをキョロキョロと見渡してから、「主役がまだ来てねえのか。じゃあ始めらんねえじゃん」とぶうたれた。

 

 

「相当凹んでるみたいっすね。今回は猪狩さんも自信あったみたいなんで、まあ、しょうがないですよ」

「俺は星龍会に一発で入れたから分かんねえけど、就活って、そんな難しいもんなんか。堅気はいちいち大変だな」

 

 

 どうやら極道の門を叩くにも採用面接があるらしい。

 無自覚にNNT(内定がない人間)を煽るコウジを落ち着かせながら、おれは猪狩に『今どこにいます?』とメッセージを送った。ポコポコと通知が来たと思ったら、猪狩の遅さにイラついたコウジがグループチャットにスタンプを連打している……。

 

 それから数分もしないうちに、「スタンプは一回でいいよ! バックれたりなんてしないよ、ボクは」と猪狩が息を切らしながら現れた。片手に持っていたバケツを置いて、カバンの中から大量の手持ち花火を取り出した猪狩の表情は得意げである。

 

 こうして就職難に喘ぐ若人を慰める、何度目かの『ドンマイ⭐︎猪狩会』が今日も決行されたのだった。

 

 と言っても、この3人が行儀よく遊ぶなんてことはもちろんない。手持ち花火の醍醐味といえば、やっぱりロケット花火の撃ち合いだ。

 火花飛び散る火の玉は、ほおを掠めて飛んでくる。無数の灯りが飛び交うさまは流星群の内側にいるようだ。火薬が弾ける轟音の中を、おれは全力で駆け抜けた。草を飛び越え、木を盾にして、隙を見てから反撃だ!

 

 

「やべえ! 服焦げたっすわ」

「俺も火傷しちまったわ」

「ボクも少し髪が燃えたよ。ロケット花火多めでって言うから、なにをするかと思ったらさあ」

 

 

 チリチリに丸まった前髪をいじりながら、「リベンジ・マッチを所望するね。次はボクがロケットランチャー検定を取ってからにしよう」と猪狩は言った。慣れない火遊びにもたつくさまを集中的に狙われたのが、よほど気に食わなかったらしい。

 

 猪狩は新たにススキ花火を手に取ると、薄い紙の先に火をつけた。赤い炎が舞うのを確認してからブンブンと振り回し弧を描く。きっと、ハートでも描いているつもりなんだろう。

 情熱の赤は嫉妬の紫へ、それから冷酷の青へと姿を変えてから音もなく静かに消えていった。燃えカスと化した紙束をバケツに入れてから、猪狩はため息をひとつ。

 

 

「でも、人生って上手くいかないね」

「さすがの猪狩もだいぶ病んでんのな」

「企業なんて星の数ほどありますし。今売り手市場なんで。これからっすよ」

「就活じゃないよ。宮越さんのことさ」

 

 

 就活のこと考えろよ……。

 おれとコウジの困惑をよそに、「見る目がない企業なんて、ボクの方からお断りさ」と猪狩は胸を張っている。もう既に夏を迎えているとはいえ、まだまだ猪狩には余裕がありそうだ。

 

 

「この間も宮越さんにデートのお誘いをしたんだけど、『猪狩さんの就活を邪魔したくないですから』って断られちゃってさ。宮越さんのためなら、24時間365日いつでもスケジュールを空けられるのに! ボクはどうしたらいいんだい!」

「早く内定貰ったらいいんじゃないすか」

「受付嬢も断る言い訳ができて喜んでんだろ。もう少し就活しとけ」

「宮越さんはそんな腹黒じゃないよ。キミたちとは違うんだ」

 

 

 猪狩はやれやれと首を振ると、2本目のススキ花火を蝋燭に近づけた。またもや腕を大きく動かして描いた文字は、十中八九『みやこし』だ。猪狩の愛は止まるところを知らないらしい。

 

 

「でも若えっていいよなあ。そんな惚れた腫れたで盛り上がれるなんてさ」

「何を言ってるんだい。コウジくんの方がボクより若いだろう」

「いや気持ちの話よ。俺は昔遊びすぎたから、逆に女はこりごりっていうか。性欲もうねえの。悟り? ブッダになった? みてえな」

 

 

 とコウジが笑いながらのたまうので、猪狩とおれは一斉に反発して言った。

 

 

「絶対ウソ、絶対ウソ、絶対ウソっす。19、20の頃なんざ真っ盛りじゃないですか」

「ひとりだけ格好つけるのはズルくないかい? 性欲があるのは恥ずかしいことじゃあないよ、別に」

「いやマジマジ。俺、本気出したら坊さんになれるぜ」

 

 

 コウジは手のひらを雑に合わせると「ナンマンダブ、ナンマンダブ」とふざけて言った。

 おれと猪狩が呆れて口を開けていると、コウジはおもむろに蝋燭の炎でタバコに火をつけだした。悟りとはほど遠い姿である。

 

 

「そういえばさあ、佐野は例の男と続いてんの?」

「そりゃあ、バッチリ続いてますよ」

「確かに佐野さんのところは結構長い印象があるね」

「あと何ヶ月かで1年ですかね。ちょっとマンネリ気味すけど」

 

 

 おれは服の焦げをはたきながら言った。

 よく見たら、完全に焼けて穴が何個か空いてるな……。帰ったら趙さんの小言を食らうのは間違いなしだ。

 

 

「どうせ面倒くさがって、いつも家でヤって終わらせてんだろ。たまには外出ろや、外」

「マンネリを打破するならやっぱりデートだよ。どうだい? ほら、前みんなで行った遊園地とか」

 

 

 名案とばかりに声を弾ませる猪狩に、「あー、言いにくいんすけど」とおれは口を濁した。

 

 

「実は付き合ってるわけじゃないんで、そういうカップルっぽいとこは微妙なんすよね」

「1年だのなんだの言っといて付き合ってねえのかよ」

「た、爛れてる……。ボクと宮越さんのプラトニック・ラブを見習ってほしいね」

 

 

 猪狩は嘆かわしげに額を手のひらで抑えた。

 付き合わずにセックス三昧のおれと、付き合わずに思いを募らせる猪狩のどちらがよいのかは謎である。

 

 

「恋人ではないすけど、これからも円満な関係を築きたいんで。割と死活問題なんすよね」

 

 

 おれは揺らめく蝋燭の炎をじっと見た。

 炎はじりじりと蝋を照らし、地面に赤い雫を垂らしている。金色に縁取られた赤の蝋燭の絢爛さはどこか趙さんを彷彿とさせた。

 衣食住、そして身分まで。おれの生活は全て趙さんのおかげで成り立っている。

 

 

「じゃあ映画でも観に行ったらいいんでねえの。お前んちの近くに映画館あったろ。夏だしホラー映画とか良いんじゃね?」

「その人、グロ耐性が全然ないんすよ。例の肉饅頭のウワサ聞いただけでグロッキーになっちゃうくらいで」

「それなら恋愛映画だよ! 愛しあうふたりの姿を観れば、佐野さんたちも盛り上がること間違いなしさ」

「他人の恋愛なんか観んのシャバいだろ。しかもセフレ相手とわざわざ観たいか?」

 

 

 セフレに観せられる恋愛映画、確かに重いな……。

 適齢期の恋人にゼクシィを見せられて結婚願望を仄めかされるより嫌かもしれない。しかも相手は恋人ですらなく、ただ欲を満たすためだけの相手である。

 

 おれがううむと唸っていると、猪狩はお手上げとばかりに酒を煽った。それからコウジが首を捻って、「てかセフレなんだったら、下手な小細工せずにそっちをテコ入れした方がいいんじゃねえの」と呟いた。

 

 

「四十八手順繰りに試してくとか、道具使ってみるとか、色々あんだろ」

「面白そうだけど、ボクが思うにね。女の子から四十八手試そうって誘われても大抵の男は引いてしまうよ。奥ゆかしさが皆無じゃないか」

「じゃあ道具すかね。猪狩さんは宮越さんが道具使ってたらどう思います?」

「せ、清廉な宮越さんがアダルティなグッズを使うギャップ! ……モノによっては、アリだね」

 

 

 猪狩がごくりと唾を飲み込んだその瞬間に、おれのマンネリ対策の方針は決定された。

 男の欲情を煽るには性欲に塗れた人間の思考をたどるのが1番だ。だって、おれは女になって久しいし、男側のセックスなんて遠いはるか彼方の記憶だからね。

 

 

「よし。なら次の『ドンマイ⭐︎猪狩会』はアダルトグッズ巡礼の旅で決まりっすね」

「ボクがまた面接に落ちる想定でいないでくれるかい」

「パス。俺は仲間内では硬派な漢で通ってんの。店はウチ(星龍会)の近くにあんだからウワサになるだろ」

 

 

 そう言って、コウジはネズミ花火を放り投げた。

 バチバチと派手な音を鳴らして縦横無尽に駆け巡り、ばん! 破裂音と共に闇へと消えた儚さは異人町のドブネズミとは大違いである。

 

 

「しゃあないっすね。それなら猪狩さんとふたりで行きますよ」

「え。ボ、ボクが佐野さんとはいえ女性とハレンチなお店に? フ、フン! 実はボクもね、そういったお店に興味がないわけではないんだ。誠実という文字が人の形をしているボクだけど、アダルトな世界も生物の営みとして当然にあるだろ? 資格マスターのこのボクがひそかに勉強しているのは当たり前なのさ! そういうお店に行くのも学ぶ機会としてはちょうどいいよね。別にエ、エッチな物に興味があるわけじゃないけど。本当だよ。でも宮越さんとの未来を考えたら後学のため見学するのも、フ、フフフ。ああ、ちなみに佐野さんは普段どういう感じで」

「……やっぱりキモいからやめときます」

「こら! ボクから目をそらすんじゃない!」

 

 

 だらしなくほおを緩ませて、早口で捲し立てる猪狩を連れて歩くとそれだけで通報されそうだ。その場所がアダルトショップなら、なおさらである。

 

 

「でも猪狩以外で、誰か一緒に行くアテあんの? あそこはドヤ街のど真ん中だし、女ひとりだと行きにくいだろ」

「うーん。あそこらへんに住んでる、仲良くなったホームレスのおじさんでも連れてきますよ」

「ああ、最近差し入れしてるって言ってたね」

 

 

 そう、おれはナンバさんと出会ってからというもの、時折お店の賄いをこっそり分けに行っていた。

 ナンバさんがゲームで死ぬ原因は分からないけれど、栄養失調で餓死するなんてことも結構あり得ると思うんだよね。ホームレスの死因なんて、9割は凍死と餓死だと相場は決まっているものだ。ちなみに、この数字の割合は、おれの独断と偏見に基づくものである。

 

 

「そのホームレスって、この間、異臭騒ぎ起こした原因だろ? 勘弁してくれや。あの店のケツモチどこだと思ってんだよ。絶対商品に臭いつくじゃん」

 

 

 確かに。

 猪狩は通報で済むかもしれないが、ナンバさんを連れて行ったら、通報どころか器物損壊で逮捕されそうだ。

 

 

「衛生用品からあの臭いが漂うのは、……想像するだけで地獄だね。夜のムードもありゃしないよ」

「だろ? 売り物も売り物じゃなくなっちまう」

「じゃあ、おじさんの臭いを消せればいいんすか?」

「まあ。無理だとは思うが、そしたら文句は言わねえぜ」

 

 

 呆れ果てているコウジだが、おれにはもちろん秘策があった。臭いの大元は長らく洗われていない服と体である。なら服を替えて体を徹底的に清めればいい。簡単だ。

 

 さながら十勝二十番勝負のあの一幕。

 ナンバさんを風呂に沈めて、のっぺらぼうにしてやるんだ!

 

 

 

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