TS転移した男が中華マフィアの総帥に寄生しつつ異人町で生活する話   作:めいでん

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ハン・ジュンギが8でもおもしれー男すぎる


17 それなりに戦えるようになりますよ

 

 

 住所不定かつ無職のナンバさんだが、居場所を探すのには毎回さほど困らなかった。というのも、時間帯ごとにうろつく場所が、ナンバさんはかっちり決まっているのだ。

 

 ホームレス社会を生き抜くためには、規則正しい生活を送る必要があるらしい。

 決まった時間に捨てられる廃棄弁当をゴミ捨て場から欠かさず漁り、ドブ川に潜む魚が起き出す時間に釣りをする。ライバルがいない頃を見計らって、自販機の下に落ちた小銭を探し、自転車を漕いで空き缶集めに精を出す。

 皮肉なことに、レールから外れた人生を送るには、並の社会人よりもはるかに社会性が必要なのである。

 

 

「ナンバさーん。おかず持ってきましたよー」

 

 

 けたたましい音を立てて爆走するリヤカーを視界に入れると、おれはタッパーを掲げながら手を振った。荷台には空き缶が所狭しと詰め込まれており、さながら富士山のように高く積み上げられている。ナンバさんの調子は今日も上々だ。

 

 

「おお! 佐野ちゃん、助かるぜ」

 

 

 ナンバさんは自転車のグリップを握ると、リヤカーを道の脇に停車した。汚れた服でかいた汗を拭いながら、喜色満面。足取りも軽やかに近づいてきた。

 よほどお腹が空いていたのだろう。分かるなあ、仕事終わりのご飯って最高だよね。

 

 

「実を言えばエビチリは苦手な方なんだが、こりゃ美味いな! 佐野ちゃんとこの店の料理は全部当たりだ」

「あれ、苦手だったんすね。すみません」

「まあな。でも、これはちゃんと火が通ってるし、味も控えめでちょうどいいぜ」

 

 

 苦手な割に、ナンバさんがエビチリに求めるハードルはかなり低いらしい。

 にしても、生のエビチリとは、どこかで聞いたことのあるワードである。もしかしたら、愉快な天パの料理人に『撃ち抜かれた』記憶が、世界を越えてナンバさんにも引き継がれているのかもしれない。

 

 ナンバさんはあっという間に食べ切ると、空のタッパーをおれに寄越した。それからポンとお腹を叩くと、満足そうに笑っている。

 

 

「いやあ、食った食った。さっきカラスに食いもん奪われて、がっくりきてたところだったから、喜びもひとしおってもんよ」

 

 

 リヤカーを引きながら「佐野ちゃんには借りができまくりだなあ」とナンバさんは言った。

 

 

「そろそろどこかで借りを返さねえと、『無職のおっさん』が『不甲斐ない無職のおっさん』にランクアップしちまうぜ」

 

 

 渡りに船だ!

 申し訳なさそうな顔をするナンバさんに「ちょうどお願いしたいことがあるんですけどね」とここぞとばかりにおれは言った。

 

 

「実はナンバさんと買いに行きたい物があるんすよ」

「おお、なんだなんだ? 時間だけは有り余ってるからいつでもいいぞ」

「ありがたいっす。でも、その前に一緒に銭湯行きましょう。今のままだとナンバさんの臭いで、その。店出禁になりかねないっていうか」

 

 

 おれがモゴモゴと喋っていると、「そういえば最後に風呂入ったの1ヶ月以上前だったなあ」とナンバさんは感慨深そうに呟いた。自らの常識の枠組みを超えた時、人はなぜか感動してしまうものらしい。

 

 

「どおりで最近妙に肌がかぶれると思ってたんだ」

「かぶれるくらいで済んでるのがすごいすね。銭湯代はおれが出すんで、予定がなければ今からどうです?」

「おういいぜ。ああ、でもそれくらいは自分で出すよ。最近ハゲが集金が来ねえから前より少し余裕があってな」

 

 

 ナンバさんは皺くちゃに折り畳まれたお札をポケットの奥深くから取り出した。ボロボロの千円札を見せるナンバさんはどこか誇らしげである。

 きっと虎の子なのだろう。多くの人にとっては取るに足らない金額だが、ホームレス界での千円は数週間は食い繋げる立派な財産なのだ。

 

 そうと決まれば話は早い。

 おれとナンバさんは雑居ビルの一角に足を運ぶと、小さな暖簾を共にくぐった。なんの変哲もない建物の中には、外観に反して広々とした銭湯が広がっている。湯の入り口には番台のお婆さんがちょこんと座り、暇そうに茶を啜っていた。

 

 

「よし! いざ裸の付き合いといきますか」

「いや俺が逮捕されるわ。見たい気持ちもなくはねえが、おとなしく男湯行かせてもらうぜ」

 

 

 じゃあ、おれナンバさん風呂に沈められないじゃん!

 せっかくフィクションの世界にいるのに、メタな楽しみ方ができないなんて台無しだ。性別の壁は思った以上に高くそびえ立っている。

 

 不満を察知したのだろうか。さっさと男湯へ消えようとするナンバさんに、おれは慌てて持っていた紙袋を押し付けた。

 

 

「この服あげるんで、風呂上がったら着てください。今着てるやつはコインランドリーかなんかに後でぶち込んどきましょう」

「え、いいのか! 何から何まで悪いなあ」

 

 

 ナンバさんは紙袋の中を覗くと、少し微妙な顔をしてから「ありがたく着させてもらうよ」とおれに言った。

 どうやら服の系統が全く趣味ではなかったらしい。お気に召さずとも、しっかりお礼を言えるナンバさんは大人である。

 

 

「じゃあ1時間後にロビーで、また」

 

 

 そう言ってから二手に分かれて、脱衣所に各々入って行った。もちろん、おれは女湯で、ナンバさんは男湯だ。

 おれは少しテンションが上がるのを感じていた。なんせ銭湯なんて大学生の頃ぶりだ。白いタイル、富士山の絵。ケロリン桶に大浴場! 平成生まれの人間からしたら、写真が撮れないのが惜しいくらいのエモい映えスポットなのである。

 

 おれは全身をくまなく洗うと大浴場に飛び込んだ。ひとしきり泳いで満足すると、ぷかぷかと身体を浮かばせる。天井近くには窓が付けられており、外からの日差しが明るく差し込まれていた。

 

 

「気持ちいい〜。平日の昼間から銭湯って、最高だなあ」

「ふふ、私もそう思います」

 

 

 先客いた!

 慌てて声がした方向を振り向くと、ひとりの女性がくすくすと笑っている。おれは耳がジワジワと熱くなるのを感じた。いい歳して大はしゃぎしたところを見られたのは単純に恥である。

 

 

「すみません、うるさくしちゃって」

「いいんですよ。仕事で落ち込んでいたので、楽しんでいる姿を見て、ちょっと元気もらえました」

 

 

 そう言って、女性は居住いを正すとゆったりと段差に腰掛けた。

 のぼせたのだろうか。上半身が露わになると同時に、見えにくかった顔立ちまでもがはっきりとおれの目に映し出された。

 白い肌に太い眉、利発的な顔立ち。どことなく薄幸な雰囲気を漂わせた彼女は、長い黒髪をアップでまとめている。

 

 

「え、当銘ちゃん?」

 

 

 おれは思わずギョッとして、微笑む女性を凝視した。

 見知った人物にそっくりだったからだ。長年連れ添ってきたあの子。なにがあっても、ずっとそばにいてくれたおれの彼女に。

 でも、よく見ると耳の形が違う。似ているだけの別人だ。

 

 瞬間、すっかり忘れていた郷愁の念が呼び起こされた。

 帰り道によく通った関内に伊勢佐木町。飲みでよく集った歌舞伎町。それから、彼女が待つおれの家。きっともう2度と行くことはないのだろう。

 

 おれは首の後ろに爪を立てながら、「ごめんなさい、知り合いと間違えちゃいました」と頭を下げた。

 

 

「気にしてないですよ。私もよくやっちゃいます。友達だと思って声をかけたら違う人だった時、すっごく気まずくなりますよね。いつも『あ、しまった〜』って、なっちゃいます」

 

 

 それから「客商売なのに人の顔覚えられないの、本当はよくないんですけどね」と恥ずかしそうに女性は続けた。

 

 

「分かります。おれも中華屋で働いてるんですけど、お客さんの顔全然覚えられないすもん」

「そうそう! よっぽど来てくれる常連さんじゃないと、声をかけてくれても首傾げちゃうんですよね」

 

 

 すっかり打ち解けたおれたちは、湯から上がった後もサービス業失格トークに花を咲かせていた。気兼ねなく仕事の話ができる機会って貴重だよね。

 話をよくよく聞くと、彼女は社長でもあるらしく、店に立ちながら経営も頑張っているのだそうだ。趙さんといい、まだ若いのに大したものである。

 

 ロビーで談笑を続けていると、やたら肌ツヤが良くなったナンバさんが現れた。

 くすんでいた肌は明るくなり、皮脂で固まっていた髪はサラサラとしている。派手なTシャツに、これまた派手なパンツを身に纏ったナンバさんがホームレスだなんて、初めて見る人は気が付かないだろう。

 

 ……趙さんからもらった服、全然ナンバさんに似合わないな。無理にはしゃいだ中年のようなミスマッチさが生まれている。

 落ち着いた雰囲気のナンバさんには、チノパンのような無難な服装の方が合っていたのだろう。派手な服を着こなすには天性のチャラさが必要なのかもしれない。

 

 ナンバさんは番台のお婆さんにお金を渡すと、冷蔵庫から牛乳を3本取り出した。それからおれに2本渡すと、にやり。

 

 

「よお。佐野ちゃん、さっそく3股か?」

「違いますよ。一途な女になんてこと言うんすか」

 

 

 ナンバさんは隣に腰掛けると、牛乳瓶を一気に煽った。鼻から噴き出しはしないものの見事な早飲みっぷりを見せている。

 

 

「一緒になったんで、楽しくお喋りしてただけっす。それに異人町で誰か引っ掛けたら、ぴにバレて怒られちゃいますよ。生活圏丸かぶりじゃないですか」

「あー、それもそうだな。さすが浮気なれしてやがるぜ」

 

 

 おれはナンバさんの言葉を無視すると、苦笑いをする女性に牛乳をひとつ手渡した。

 風呂上がりの一杯は格別だ。キンキンに冷えた牛乳は喉を潤し、渇いた身体に染み渡っていく。

 

 ゴクゴクと牛乳を飲んでいると、いきなりロビーに怒声が響き渡った。なんだなんだと3人で顔を見合わせていると、またもや大声が轟いた。

 

 見ると、番台のお婆さんが何人かの輩に絡まれている。

 今時珍しい暴走族スタイルに身を包んだ、由緒正しき不良たちだ。すごいなあ、特攻服なんて成人式のニュースでしか見たことないよ。

 そんな屈強なヤンキー共に囲まれた老人は、小さい身体をより縮こまらせて、哀れにもふるふると身体を震わせている。

 

 

「おいおい、助けてやった方がいいんじゃねえか」

「でも、おれたちにどうにかできます? 警察に通報した方がいいすかね」

 

 

 おれとナンバさんが作戦会議を開いていると、横にいた女性が「ちょっと行ってきますね」と言って、椅子に牛乳瓶を置いた。それから番台の方に向かって、ひと言。

 

 

「弱い者いじめはやめなさい! よってたかって、恥ずかしくないんですか!」

 

 

 なにやってんの!?

 衝撃でおれとナンバさんが固まっていると、チンピラは「あ? なんだよ」とおれたちの方に向かってきた。当たり前である。

 

 

「オレたちが泣く子も泣かす覇賦瑠皇帝(パープルカイザー)と知ってのことか、ああ?」

「知りませんが、こんなお婆さんを取り囲んで騒ぐなんて、よっぽどか弱い方々なんでしょうね」

 

 

 煽らないで!

 おれとナンバさんの願いも虚しく、彼女はどんどん火にガソリンを焚べていく。「ぶっ殺すぞ!」と怒鳴るヤンキーに「私に勝てますかねえ」と返す彼女には、理解不能なことになぜか余裕があった。

 

 男たちはボキボキと拳を鳴らしている。

 冷や汗が止まらないおれたちふたりに、彼女はにっこり笑ってこう言った。

 

 

「安心してください。5分もあれば片付きますから」

 

 

 彼女の言葉に嘘はなかった。

 スーツから取り出した画鋲を撒き散らし、番台の電話を奪って不良共を蹴散らす様は壮観だ。今もカードホルダーの紐で首を絞めてから男を投げ飛ばしている。細身の身体のどこに、そんな腕力が眠っていたのだろう……。

 

 ひとしきり暴れ回ると、唖然とするおれたちに「恥ずかしいところをお見せましたね」と少し照れながら彼女は言った。

 

 

「助かったぜ。嬢ちゃん強えんだな。ビックリしたよ」

「いえ、誰でも手に馴染んだものを使えば、それなりに戦えるようになりますよ」

 

 

 そうかなあ……。

 彼女の超理論に感化されたのか、ナンバさんは「俺もケンカできるようになろうかな」と考え込んでいる。

 

 

「なあ、佐野ちゃん。酒で火ぃ噴いて即席火炎放射器! なんてどうだ? これで親父狩りも怖くないぜ」

「喰らった相手は病院送りになりそうっすね」

「だろ? いやあ、良い手を思いついた」

 

 

 ナンバさんが盛り上がる横で、彼女はちらりと時計を見た。それから「私、そろそろ行きますね」と言って、おれたちふたりに名刺を渡す。

 

 

「私、一番製菓というお店の社長なんです。うちの煎餅とっても美味しいんですよ。よかったら今度来てください」

 

 

  

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