TS転移した男が中華マフィアの総帥に寄生しつつ異人町で生活する話   作:めいでん

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2 へえ、日本語お上手っすね

 

 

 セックスヤベェ! 女のセックスまじでヤベェ!

 

 あまりにも語彙力のない感想だが、脳内はその言葉に塗り潰されていた。

 男でいた時の賢者タイムとは無縁。まるで往年の名作映画を観た後のような後を引く良さに腹の底が満たされている。

 

 最近よく聞くトランスの人が性転換手術を受けても子宮ができるわけじゃないからなあ。

 人類史上初、完全な女のセックスを経験した元男ってワケだ。誇らしいね。まあ、夢だからほとんど妄想みたいなもんだけど……。

 

 おれが布団によだれを垂らして余韻に浸っている横で男はスマホをいじっていた。こっちは絶賛賢者タイム中だ。

 どんなにイケメンでもこの楽しさを堪能できないなんて可哀想にな、と優越感を滲ませておれは男を眺めていた。

 

 

「おねえさん起きてたの? 気絶したかと思ってたよ」

「あーね。思ったより気持ちよかったんで、しみじみと噛み締めてたんすよ」

「そこまで褒めてもらえると男冥利に尽きるね。嬉しいよ。ありがと」

「秘訣を教えてほしいくらいっす。ほんとに」

「こればかりは場数をこなすしかないね」

 

 

 サラリと百戦錬磨(ヤリチン)なことを仄めかすと男はおれの胸に埋もれた。

 

 この胸柔らかそうだもんなあ。デカいし。おれもおれの胸に埋もれたいよ。

 

 

「おねえさんも凄く良かったよ。上手いし手慣れてるって感じ」

 

 

 手慣れているどころか初めての経験だったが、どうやら上手いことできたらしい。ニューハーフ風俗が1番気持ちいいみたいなもんだな、とおれは思った。

 毎日仕事終わりにマスをかいていた甲斐があったというものだ。最強のカンペを携えて期末テストに挑んだようなものだった。

 

 

「セクハラっぽいこと言っちゃうとね、締め付けもいじらしくてさ。声出そうでヤバかったよ」

「ハァ。声くらい出せばいいんじゃないすか。別に気にしないっすよ」

「俺にもプライドがあるからねえ」

 

 

 セクハラじゃないよアピールをされた後に言われる言葉って大概は純度100%のセクハラだよな、と思いながらおれは放り投げられた下着を回収した。

 派手さはないがシンプルに可愛い灰色のパンツだ。きっとカルバンクライン……のパチモンだろう。

 

 のそのそと服を着ていると男は、「えっ帰るの?」と驚いたような声を上げた。

 

 

「もう少しゆっくりしてもいいと思うよ。ここらへん結構夜は治安悪いし、一晩泊まるのも乙なもんじゃない?」

「悪いけど、もう一発やる元気はないっすよ」

「俺のこと猿だと思ってるでしょ」

 

 

 男は呆れたようにおれを見ている。それから心外だと言いたげに口を尖らせてこう言った。

 

 

「おねえさんは普段来ないから知らないのかもしれないけど、この街は夜に歩くと必ずチンピラに絡まれるんだよ。オマケに犯罪も多い」

「メキシコ並みの治安なんすね」

「まあね。もう終電もないし、外に出るのは危ないからやめといた方がいいと思うなあ」

 

 

 歌舞伎町より酷い街もあるんだな、と感心していると男はゆっくり立ち上がって服を着始めた。

 

 

「今日は俺もここに泊まるよ。家近いけど帰るの面倒だし」

 

 

 治安の悪い場所が地元だと、どうやら家に帰るのも一苦労らしい。

 

 

「なんか喉乾いちゃったなあ。コーヒーでも飲む?」

「あーじゃあ、ありがたく貰います。ここ中華以外も出せるんすね」

「俺が趣味でやってる店だからね。冷蔵庫にはキムチも入ってるよ。流石にお客さんには出さないけど」

 

 

 そう言いながら男は引き出しからコーヒーミルを取り出した。

 手回しハンドルで豆を挽く、1番美味しくて1番面倒なタイプのミルだった。

 

 凝り性なんだろうな、とおれは思った。この男は見た目に反して、案外インスタ映えする丁寧な暮らしを過ごしているのかもしれない。

 

 出されたコーヒーは本格的な味がした。爽やかな酸味にほのかに香る甘い匂い。苦味はあまりなく、運動(セックス)した後でもさっぱりとして飲みやすかった。

 つまるところ、美味しいってことだ。

 

 

「家でこんな味出せるんだなあ。デロンギより美味いっす」

「デロンギは知らないけど、褒め言葉として受け取っておくよ」

「れっきとした褒め言葉っすよ。一家に一台オニイサンすね」

「そのオニイサンってやつ、そろそろやめない? 他人行儀なの肩が凝るんだよね」

 

 

 んなこと言われたって知らないしな。名前。

 黙ってコーヒーを啜っていると、男は頬をかきながら言った。

 

 

「趙だよ。俺の名前。そういえば言ってなかったね」

「趙さんすか。中国っぽい名前だ」

「そりゃあ中国人だから」

「へえ、日本語お上手っすね」

「中国人って言っても日本生まれ日本育ちだからねぇ。日本についてはおねえさんより先輩だよ」

 

 

 もしかしておれ今かなり失礼なこと言ったんじゃね?

 思わず顔を青くしたが、趙さんは「気にしてないよ」とおれに笑った。

 

 イケメンが心までイケメンだと勝ち目がなくなるからやめてほしいな、とおれは思った。

 マッチングアプリで散々な目に遭ってきたのは、顔だけではなくフツメンなりの性根の悪さを相手に見透かされていたのかもしれない。悲しくなってきた………。

 

 

「で、おねえさんはなんて名前なの? 俺だけ言うなんてフェアじゃないよね」

「ああ、佐野です。佐野久太郎」

「テキトー言ってる? 絶対本名じゃないでしょ」

「いや、バリバリの本名すよ。身分証見ます?」

「……随分とまあ、雄々しい名前だね」

 

 

 おれは趙さんに目に物見せようと「見ててくださいよ」と身分証を取り出そうとしてから、そういえば財布がないことを思い出した。ガックリ肩を落としていると「まあ良いんだけどさ」と趙さんは言う。

 

 

「連絡先交換しようよ。今日だけの付き合いにするのもったいないしさ。たまにこうして会って、一緒にご飯食べたりするのもいいもんじゃない?」

 

 

 趙さんの言葉を要約すると、セフレになろうよってことだ。

 

 

「いいっすよ。おれも楽しかったし。一宿一飯の恩もありますしね」

「じゃあこれからもよろしくね。キューちゃん」

 

 

 久太郎でキューちゃんか。どこまでもチャラいな。

 おれはじと目で趙さんを見るも、趙さんはどこ吹く風でスマホをいじっている。

 

 

「ほら。キューちゃんも早くスマホ出して」

「ちょっと待ってください。今出すんで、え。あれ」

 

 

 何もないポケットを叩いてもない物は増やせない。

 すっかり忘れていた。おれは今、金なしスマホなし身分証なしの怪しすぎる女なんだった。

 

 

「まさかスマホも持ってないの?」

 

 

 今度はおれがじと目で見られる番だった。

 おれは「連絡先知りたいのは山々なんですけどぉ」と目を逸らすと、趙さんは呆れた顔でため息をついた。

 

 

「訳ありなのは分かるよ。この街のマトモな人間なら、そもそもこの店には入らないからさ」

「え。あんなに料理美味いのに?」

「ありがと。でもそういうことじゃないんだよね」

 

 

 おれは首をひねってからコーヒーのおかわりを飲み進めた。

 ホッとする味だ。不味い話題も美味しくしてくれそうな気がするほどに気分を穏やかにしてくれる。

 

 

「何があったのか分からないけど、キューちゃんの悩み、俺なら解決できるかもよ(・・・・・・・・・・・)。言ったでしょ? トラブルがあっても警察に行かず自分でなんとかしてるって」

「うーん、じゃあ趙さんにひとつお願いしてもいいっすか?」

「内容によるね」

「思いっきりツネってください! おれの手を!」

 

 

 趙さんは黙っておれの手を取ると思いっきり皮膚をつねりあげた。ギャァと叫んで後ろに飛び退いたおれは、頭を家具にぶつけて、悶絶。

 文字どおり頭を抱えて苦しんでいると、「立てる?」と趙さんは手を貸してくれた。礼を言って横を見ると、何をやってるんだと言いたげな、なんとも冷めた目を趙さんはしている。

 

 

「少しは加減してくださいよ。真っ赤に腫れちまったんすから」

「思いっきりって言ったじゃんよ。それに俺が本気だったら肉えぐれてるからね。全然だよ」

 

 

 趙さんは眼差しの温度をさらに下げたようだった。

 

 

「で、今ので何がしたかったの?」

「分かったことがあるんすよ。ひとつは怪我をするとめちゃくちゃ痛いってこと。もうひとつは痛くてもなかなか目が覚めないってことです」

「コーヒー飲んでて目が覚めないもクソもないんじゃない?」

「大ありっす。なんせ夢の中ですから」

「はあ?」

「おれは何時間か前まで職場でフツーに働いてたんですけど、気がついたらこの店の近くにいたんすよ。しかも、昼だったのに夜になってて。おれも男だったのに超絶美女になっててえ!」

「はあ」

「寒いし腹も減ってるしで、この店入ったら店員さんと趙さんがいて。で、今に至るってワケっす。ね、こんなの夢でないとありえないでしょ? ……そういえば店員さんいないんすね。今」

「彼女ならとっくに帰ったよ。明日も早いし」

 

 

 趙さんはふっと頬を緩めた。なぜか向けられる目が若干温かくなった気がする。温かい、と言うよりは生ぬるいと言った方が正しいが。

 

 

精神が錯乱してる(気が狂ってる)みたいだけど、残念ながら夢でもなんでもない現実だし、キューちゃんは女だよ。抱いた俺が保証する」

「いや。おれは男なんです。おれの名前は佐野久太郎、年齢は32歳。婚約者もいるんすから!」

「妄想だろうけど、婚約者がいるんなら他の男と簡単にセックスしちゃダメでしょ」

 

 

 セックスを持ちかけた側の癖にいけしゃあしゃあと言うもんだな、とおれは思った。「男はノーカンすから」とおれが言うと趙さんが一層ぬるくなった憐れみの視線を向けてくる。

 

 

「でもキューちゃんこれからどうする気なの? 金もなければ本当の名前も分からなくて、警察の世話にもなりたくないんじゃねえ」

「それは、その、いい感じに日銭を稼いで」

「身分証もない奴を雇おうとするところ、なかなかないと思うけど」

「ぐう」

「この状況でぐうの音が出るなんて大したもんだよ」

 

 

 趙さんは「どうしよっかなあ」と目頭を押さえてからおれの顔をじっと見た。趙さんの瞳には不安そうに眉を下げる超可愛いおれの姿が映っている。

 そう、今のおれは胸がデカくて今の時代になかなかいない、レトロな雰囲気を持った圧倒的な美人なのだ。

 趙さんは暫し沈黙してからコーヒーを一気に飲み干した。それから少し血走った、瞳孔が開いた目でこう言った。

 

 

「キューちゃん、ここで住み込みで働かない?」

 

 

 どんなにヤバそうな相手にも向き合い己の性欲を優先する。あの時の趙さんは、この世の誰よりも漢だった。

 

 

 

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