TS転移した男が中華マフィアの総帥に寄生しつつ異人町で生活する話   作:めいでん

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深刻なフカヒレ不足


18 相手から見てどう思う?

 

 

 目にも留まらぬ速さで敵を薙ぎ倒し、颯爽と去っていく若社長はまるで風のようだった。

 先ほどまでの喧騒は嘘のようにロビーは落ち着きを取り戻している。壁に吊られた鳩時計はカチコチと時を刻み始め、番台に腰を据えた老人も、再び湯呑みを手に取り天を仰いでいた。

 

 どこにでもある日常のワンシーン。まさに平和そのものだ。

 もちろん、床から漏れ出るうめき声さえなければの話ではある。

 

 

「おい、佐野ちゃん。コイツらが伸びてるうちにズラかるぞ。俺たちがあのねえちゃんの仲間だと思われてたら、どうにもなんねえし」

 

 

 そう言ってナンバさんはヤンキーたちを指差した。

 戦いに敗れた男たちはそろって地面に倒れ伏している。自業自得とはいえ、まさか女ひとりにやられるなんて思いもよらなかっただろう。ううん、なんだか可哀想だなあ。

 

 

「パッと見た限り、大した怪我はしてねえから、放っておいてもそのうち元気になるだろ。元看護師のお墨付きだぜ? 佐野ちゃんが気に病むことはねえ」

 

 

 ナンバさんはおれの手を取ると早足で店の外に出た。

 もう夕方だというのに太陽は地面を強く照りつけている。あたり一面に響く蝉の音を聴きながら、おれとナンバさんは駆け出した。アスファルトを蹴飛ばすたびに、サンダルの鼻緒が足に食い込むのを感じながら、あてもなく街を走り抜ける。息を切らしながら走るおれたちを、出会う人、出会う人が怪訝な目で見ていた。

 

 

「そういえばナンバさん。行きたい店、職安の方にあるんすよ」

「そっち行くか。このまま走ってても、疲れるだけだしな。悪いが道、教えてくれ」

 

 

 おれはナンバさんの手を引きながら、小走りで目当ての店へと向かった。ハローワークを通り抜けて、いかがわしい雑居ビルの一角へ。こじんまりとした個人店、LOVE MAGICに到着だ。

 

 40過ぎのおじさんには長距離走がこたえたらしい。ナンバさんは肩で息をしながら、「本当にここであってるのか?」とボヤいている。

 

 

「このあたりは佐野ちゃんが来るようなとこじゃねえぞ。キャバに風俗、アダルトショップ……」

「バッチリあってます。だって、ぴのためにエログッズ買いに来たんすもん」

 

 

 ナンバさんは「はあ!?」と素っ頓狂な声をあげてから、「いやいやいや、勘弁してくれ」と後ずさった。

 

 

「なにが悲しくて佐野ちゃんが男と使う予定のアダルトグッズ一緒に買わなきゃいけねえんだ。生々しいわ!」

「だって、貴重な男目線の意見が欲しかったんすもん。市場調査ってやつっすよ」

「あんなあ、知り合いのセックスなんざ想像したくねえだろ。考えてくれ」

 

 

 頭を抱えるナンバさんを「まあまあ、そう言わずに」と店の前まで引きずると、よほど嫌だったようで突然手を振り解かれた。他人の汗でしっとりと濡れた手のひらに、そういえば銭湯からずっと手を繋いでいたのだったな、と思う。

 おてて繋いでする買い物が、知らん男とのセックス用品。そりゃあ、誰だって嫌になるもんだ。

 

 

「ナンバさんの気持ちを全然考えてなかったのは申し訳ないっすけど。でも、買い物に付き合ってくれるって言ったのはナンバさんですもん。約束は約束ですよ」

「にしても、なんで俺なんだ? こんなおっさん以外にもいるだろ」

「何人かに声かけたんすけど、全員断られちゃって」

「ああそうだろうな、そりゃそうだろうよ……」

 

 

 正確に言うと、猪狩にはおれから断ったのだが、余計なことは言わぬが花である。

 ナンバさんは深くため息をつくと「佐野ちゃんさあ、俺のことは一旦置いといて、俺のことは置いといてだが」と少しは考慮して欲しそうにナンバさんは言った。

 

 

「俺と佐野ちゃんがこんな店一緒に入ったら、側から見たら援交かパパ活だぜ」

「確かに、おれって贔屓目抜きでもちょー可愛いですもんね」

「自覚はあんのな。でもって、少しは綺麗になったとはいえ俺は立派なおじさんだ」

 

 

 ナンバさんは顎に手をやると、さらにひとつため息をついた。

 剃られたばかりの肌には髭ひとつなく、自転車を漕いでいた時と比べると格段と若返って見える。それでも、くっきりと顔に刻まれたほうれい線は、ナンバさんの年齢を暗に指し示していた。

 

 うーん。一理あるかもなあ。おれとナンバさんって、年齢も見た目の系統も全然違う、変なふたり組なのは間違いないし。

 おれがほうほうと頷いていると、ナンバさんは渋い顔をしてさらに続けた。

 

 

「そのぴって奴も異人町に住んでるんだろ? それこそ生活圏丸かぶりなんだからよ。俺と佐野ちゃんが一緒に銭湯行って、アダルトショップ行ったってバレたらどうすんだ。事実はさておき、この状況。相手から見てどう思う?」

 

 

 箇条書きマジックって恐ろしいよね……。

 おれはあたりをキョロキョロと見渡した。万が一趙さんに見られていたら最悪だ。

 周りを気にするおれを見て、ナンバさんは大層呆れながらボリボリと頭をかいている。

 

 

「それに佐野ちゃんからならともかく、知らん男から選んでもらったアダルトグッズなんか嬉しくねえだろ。むしろ胸糞悪くなるわ」

 

 

「物は物じゃないっすか?」とおれが返すと、「いいや。なんもわかっちゃいねえ」とナンバさんは大きく横に首を振った。どうやらナンバさんはこう見えて少しロマンチストらしい。

 

 

「なあ、佐野ちゃんはさ。わざわざ俺を風呂に入れてまでここに連れてくるくらい、その男になんか……変な道具でも買って、喜んでもらいたかったんだろ? でも、こういうのって相手の気持ちに寄り添うのが大切なんじゃねえのか」

 

 

 ぐうの音も出ないほどの正論!

 おれが思わず押し黙ると、ナンバさんは憐れみながら続けて言った。

 

 

「セックスだのどうだの、いっぺん取っ払ってさ。相手が喜んでくれそうなことを、なんでもしたらいいんだよ」

 

 

 ようは、独りよがりなオナニープレイをやめろと言いたいらしい。

 諭してくれたナンバさんに「なんかお父さんから説教されたみたいっすね」と言うと、「親父は娘の性事情なんざ口出ししねえわ」と返された。さすがは元看護師。学があるだけあって、レスバに勝てる気配はなさそうだ。

 

 

「で、なんかないのか? 他にそいつが喜びそうな物」

「あー、コーヒーが好きですね。モカがいいみたいで。そういえば、そろそろ豆が切れるかも」

「ならそれでいいじゃねえか。美味いコーヒーに美味い茶菓子。生活を彩るには十分ってもんよ」

 

 

 というわけで急遽、路線変更をしたおれたちが、目指した場所は北の北。ついさっき貰ったばかりの名刺を握りしめて、やってきたのは煎餅屋だ。

 

 店頭には所狭しと煎餅が並べられていて、醤油煎餅が1枚70円! なんとも嬉しい庶民の味方である。『味自慢』の文字が眩しく光る暖簾をくぐると、看板犬ならぬ看板ニワトリが羽を広げてお出迎え。

 なるほど、前にソンヒさんが話していた近所の煎餅屋というのは、どうやら一番製菓のことだったらしい。

 

 

「ニワトリ飼ってる店なんて初めて見たなあ。おい、お前。パン屑でも食べるか?」

「ナンバさんパン屑いつも持ち歩いてるんすか?」

「まあな。これ投げると鳩がワンサカ寄ってくるだろ? それが可愛くてなあ。ホームレスの数少ない癒しのひとときってやつよ」

 

 

 ナンバさんはパン屑を手のひらに載せると、ニワトリの前に差し出した。おじさんと鳥との心温まる異文化交流だ。ほっこりしながら眺めていると、店の奥からバタバタと走る音が聞こえてきた。どうやら店員がおれたちの来訪に気づいたらしい。

 

 

「あ、もう来てくださったんですね! またお会いできて嬉しいです」

 

 

 若社長はペコリと頭を下げると、おれたちを見てにっこり笑った。

 

 

「すみません。おばあちゃんとふたりでお店やってるんですけど、今日はおばあちゃん体調が悪いみたいで。だから今ワンオペなんです」

「気にしないでください。おれたちもニワトリと戯れてましたし」

「コケコっ子、可愛がってもらってよかったねえ。その子、うちのマスコット的存在で。店番もちゃんとしてくれるし、泥棒もとっちめちゃうんですよ」

 

 

 鳥頭という言葉もあるが、下手な犬よりも賢いニワトリも存在するらしい。

 感心しながら眺めていると、コケコっ子は座布団の上に飛び乗ってから、当然だと言わんばかりに胸を逸らしてふんぞり返った。もしかしたらこのニワトリは人間の言葉も理解しているのかもしれない。

 

 

「実は普段からお世話になってる人にプレゼントしたくて。コーヒーが好きな人なんすけど、合いそうなやつありますか?」

「わあ、素敵! もちろんありますよ。うちの名物は醤油なんですけど、コーヒーだったら甘いのが多い方がいいですよね。もし指定がなければ、おまかせで詰めちゃいます」

「助かります。あと、このあたりで美味しいコーヒー豆が買えるお店って知らないですか? もしご存知でしたら、教えてもらいたくて」

「うう、すみません。私、おせんべい以外には疎くって」

 

 

 そう言うと、若社長は申し訳なさそうに下を向いた。

 ナンバさんにも聞いてみたが、「俺がそんな洒落たもん普段飲むと思うか?」とけんもほろろ。おれはといえば、ドリップどころかインスタントコーヒーでも満足できる馬鹿舌の持ち主だ。そう、この場にいる誰ひとり美味しいコーヒー豆のありかを知らないのである。

 

 なんてこった。せっかくナンバさんが提案してくれたスーパーナイスなプレゼント作戦がさっそく頓挫しかけている!

 

 

「周りにいねえのか? そのぴ以外でコーヒーに詳しいやつ。誰かしらはいるだろ」

 

 

 そんなこと言われたって……。

 おれが頭を悩ませていると、突然スマホが小刻みに震え出した。非通知からの着信だ。

 おれは震えるスマホを指差して「少し外に出てます」とナンバさんに言った。暖簾をくぐってから電話に出ると、『久しぶりだな』と聞こえてきたのは馴染みの声だ。

 

 

「あ、ソンヒさん。珍しいっすね。急にどうしたんですか?」

『私とお前との仲だ。細かいことはいいじゃないか』

 

 

 そうかも!

 いやあ、あんなに美しいおねえさまから親しみを持ってもらえるなんて嬉しい限りだよね。

 おれは鼻の下を伸ばしながらデレデレと笑った。願わくば画面の向こうにこの表情が伝わらないことを祈るばかりである。

 

 

『ところで、少し聞きたいことがあるんだ。お前、今日何をしていたんだ?』

「今日すか? 買い物してて、今、一番製菓ってお店で煎餅買ってるところっすよ」

『その前だ。なんだ、男と色々あったみたいだな?』

 

 

 ナンバさんとのアレコレがソンヒさんにしっかりバレている――?!

 

 おれは卒倒しそうになった。銭湯でのヤンキーとのイザコザならまだいいが、LOVE MAGIC前での押し問答を見られていたら……想像するだけで恐ろしい。そのまま墓に消え入りたいほどの恥ずかしさである。

 

「いや、その。あれはなんていうか。あの人とはふしだらな関係じゃあなくてぇ」とモゴモゴと言い訳を連ねるも、スマホからは極寒の空気が流れてくる。こういうのって言葉を重ねるほど余計に怪しくなっちゃうよね……。

 

 そこでおれはピンとひらめいた。

 もう全部言っちゃおう。趙さんのためにアダルトグッズを買おうとしていたのがバレる方が、まだパパ活援交女と思われるよりはマシである。超がつくほどの美人に会う口実もできるし、部下にコーヒーを毎日淹れさせているソンヒさんだ。きっと味覚も肥えているに違いない。

 

 

「ソンヒさん。そういやコーヒーお好きでしたよね」

『ああ。まあ好きだが、それがどうした?』

「今日あったこと、全部言うんで! その代わり一緒にコーヒー買いに行きましょう!」

 

 

 

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