TS転移した男が中華マフィアの総帥に寄生しつつ異人町で生活する話   作:めいでん

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チーちゃん、イイ女すぎる……


19 少し路線も高級なのさ

 

 

 ナンバさんいわく、夕暮れ時は絶好の魚釣りチャンスらしい。

「今日こそはフィレオフィッシュを食べるんだ」と期待に胸を膨らませ、拾った木の棒片手に川へと向かうナンバさんを見送ると、おれは待ち合わせの場所へと向かった。

 

 ちなみにナンバさんが言うフィレオフィッシュは、廃棄のパン、ドブ川で釣れた謎の魚、賞味期限切れの卵の3点で作られた自家製だ。中華ばっかりじゃなくて、今度、本物のフィレオフィッシュを差し入れしてあげようかな……。

 

 ソンヒさんから指定された場所はまたもやカフェだった。

 コーヒー好きのソンヒさんが選んだお店だ。『SESIL CAFE』という店名を見た時は、敷居が高い店なのかと思わず身構えてしまったが、なんてことはない。掲げられている緑の丸い看板は、男の頃から馴染みが深いものである。

 

 おれは店内に入るとゆっくりと伸びをした。3時を少しすぎたものの、おやつを食べるにはちょうどいい時間である。

 

 

「すまない。待たせたようだな」

「いえ。急に誘ったのはおれの方なんで、気にしないでください」

 

 

 涼しい顔して現れたソンヒさんは、おれの真向かいに座ると軽く微笑んだ。だが、その瞳は全く笑っていない。切れ長の瞳はいつにもまして鋭さを湛えている気さえする。

 

 知り合いが援交をしたらしいというだけで、ちゃんと怒れるソンヒさんは心も美しい女性である。仕事もできて、頭も切れて、見た目も良ければ性格もいいなんて、天は何物与えたら気が済むんだろう。

 それにしても、普段より冷たいソンヒさんも目の保養だなあ。余計な疑惑がかけられたナンバさんには申し訳ないけれど、少し得した気分である。

 

 ソンヒさんはコーヒーを頼むと「では、お前がホームレスの男と一緒にいた理由。聞かせてもらおうか」とおれに迫った。

 

 

「おれがナンバさんと一緒にいた理由……。あ、そのホームレスの人がナンバさんって言うんですけど、まあ、そこには海よりも広くて深い事情がありまして」

「御託はいいから早く言え。私も仕事を抜け出してきたんでな」

「ええ! わざわざすみません。お仕事、大丈夫ですか?」

「まあ、なんとかなるさ。全て部下に任せてきたからな。今も電話が鳴っているが、大したことはないだろう」

 

 

 電話が鳴っている時点で、大したことはある気がする……。

 ソンヒさんはおやすみモードに設定すると、スマホを机の脇に寄せた。どうやら連絡を徹頭徹尾無視することに決めたらしい。

 

 

「ナンバさんの話をするには、趙さんの話もしなきゃいけないんすけど。そもそも、ソンヒさんは趙さんとおれがそういう関係だってのは知ってるんすか?」

「昔お前が自分で言っていただろう。忘れたのか?」

 

 

 言ってたっけ。

 猪狩たちやナンバさんにならどうでもいいが、こんな美女にもあけっぴろげに話していたなんて! 思わず過去の自分を殴りたくなるほどの恥ずかしさである。

 耳に熱が集まるのを感じながら「ならそれでいいんですけど」とおれは続けた。

 

 

「恥ずかしながら。最近、その。ルーチン化してるっていうか。毎日が同じことの繰り返しなもんで。でも、おれとしては趙さんにもっと喜んでもらいたいし、ちょっとテコ入れしようと思いまして」

「ほう」

「友達に相談したら、そういう道具でも買えばいいんじゃないかってなったんすけど。やっぱりそういうお店って、女ひとりだと行きにくいし。でも友達は一緒に行かないって言うんで、どうしようかなあと思ったところに、ちょうど最近仲良くなったナンバさんが!」

「……ほう」

「でも結局ナンバさんにも店に入る寸前で断られちゃって。それで、せめて趙さんが喜びそうな物をプレゼントしようかなってコーヒー豆と茶菓子を買おうと思ったんです」

 

 

 黙ってコーヒーを啜ってから、たっぷり間を開けて「なあ、私は何を聞かせられているんだ?」とソンヒさんは言った。

 

 

「なにって、だから『ナンバさんと一緒にいた理由』っすね」

「……そうか。一応聞いておくが、街を走り回っていた理由はなんだ?」

「ああ。お店に行く前に銭湯に行ってたんですよ。ほら、ナンバさんホームレスだから体臭が酷くて。そしたら、そこでヤンキーに絡まれたんで慌てて逃げてたんです。今どき特攻服っすよ、特攻服! 80年代じゃないんだから――」

「分かった。もういい。変なことを聞いて悪かったな」

 

 

 ソンヒさんはおれの言葉を打ち切ると、底なし沼よりも深いため息をついた。

 先ほどから向けられていた冷たさはすっかり温くなったものの、ソンヒさんの目にはおれへの呆れがありありと浮かび上がっている。パパ活援交女の疑惑は無事に払拭できたけれど、おれの数少ない信用を失った気がする……。

 

 

「にしても、今日のおれの行動ソンヒさんに筒抜けだったんすね。走ってるところまで見られていると思いませんでした」

 

 

 おれが照れながら笑うと、「なにせお前たちは目立っていたからな」と当然のようにソンヒさんは言った。

 

 

「派手で悪趣味な服装の中年と佐野の組み合わせだ。いくら異人町でも不審すぎる」

 

 

 あの時ナンバさんが着ていた服は、趙さんの私服なんだけどね……。

 思わぬところで貶されたであろう趙さんに心の中でおれは祈った。大量の柄物と光り物を常に身に纏い、さながら大阪のオバチャンのような格好をしている趙さんだが、ああ見えて相当ファッションにはこだわりがあるのをおれは知っている。

 

 どの指にどの指輪を嵌めるのか、どのサングラスをかけるのか。朝起きたらすぐに鏡とにらめっこして、楽しそうにいつも選んでいるんだよね。

 おれには分からないけれど、これも男の浪漫ってやつなんだろう。

 

 そういえば、ソンヒさんはナンバさんがホームレスだと何故分かったんだろう。風呂に浸かった後のナンバさんはそれなりに身綺麗だったはずなのに。

 もしかして趙さんがナンバさんのこと話してたのかなあ。……あり得る。趙さんとソンヒさんはツーカーの仲だし、あの人は大概おれに対して過保護なのだ。

 

 コーヒーのお供のスコーンを齧りながら「あのお、ソンヒさん」とおれは声をかけた。

 

 

「この件なんですけど、趙さんに言ってないっすよね? きっかけも行動もあほすぎてバレたら恥ずいし、色々心配されそうなんで」

 

 

 さらに言えば、晩飯抜きの刑にされるくらい怒られるのは確実だ。

 それに何より、こんな話を他人から聞かされたら赤っ恥以外のなにものでもないだろう。趙さんにはたくさんの恩があるので、なるべく迷惑をかけたくないのがセフレ心というものである。

 

 ソンヒさんはおもむろにスマホをいじると、不適な笑みでこう言った。

 

 

「安心しろ。趙の奴には、今送信取り消しをしておいた」

 

 

 それ、通知見られたら終わるよね……。

 怪しげな情報が送られてきた後にされる送信取り消しなんて、より怪しさが増すだけだ。悲しいかな、余計な偽装工作はものごとの信ぴょう性を高めるだけなのである。

 

 おれの不満そうな顔を見てか、「分かった、分かった。豆を買うのに付き合うから許してくれ」とソンヒさんは笑った。

 

 

「ああ、それとコーヒー豆を買うならこの店以外にした方がいいぞ。欠点豆が多いからな」

「欠点豆って?」

「虫に食われていたり、カビが生えていたり、欠けたりしている豆のことさ。そいつらが入っていると不味くなるんだよ」

 

 

 なるほど。コーヒーの世界もなかなか奥深いものらしい。

 

 

「へえ、色々あるんすね。ソンヒさんはいつもどこで買ってるんですか?」

「商店街にスーパーがあるだろう。あそこで売られているのが値段の割にそれなりの美味さでな。日常使いにはちょうどいいんだ」

 

 

 凝り性に見えるソンヒさんだが、意外とコスパも重視するようだ。

 

 

「そういうの大事っすね。ただ、贈答用のやつを買いたいから今回はいいかなあ」

「同じ売り場にあった一発屋芸人とのコラボ商品もまあまあ美味しかったぞ」

「……次回以降の参考にしますね」

「ああ。是非飲んでみてくれ」

 

 

 ソンヒさんは満足そうに頷くと、クリームをたっぷり塗ったスコーンを一瞬のうちに飲み込んだ。それなりの量があったスコーンの山は、それなりの時間もかけずに平らげられて、あるのは粉々とした破片のみである。

 美味しそうに食べる大喰らいの女性って、なんか胸にグッとくるよね。ここがラーメン不毛の街でなければ、すぐさま二郎へのお誘いをするところだ。

 

 おれがうっとり眺めていると、答えを求められていると思ったのか「贈答品のコーヒーなら、バッティングセンターの近くにあるカフェで購入した方がいいだろう」とソンヒさんは言った。

 

 

「あそこはオフィス街だからな。少し路線も高級なのさ」

 

 

 武士に二言がないものならば、女にも二言はないらしい。

 宣言どおり、ソンヒさんはカフェまでおれに付き添ってくれた。なにも知らないおれに対して、丁寧に解説しながら目利きをするソンヒさんは普段の10割増しで格好よく見える。

 静かで高級感ある建物の中でなされるスマートな振る舞いは、ソンヒさんが持つ元来の品をより一層引き立てていた。どうしよう、自分の心臓の音がすごく早い!

 

 買い物を終えたおれたちは、そのままバッセンへと足を運んだ。ありし日の殺人現場とは思えぬほどに活気を見せるこの施設で、ふたりで球を打ち合い数を競う。身体から汗が流れるたびに、地面を濡らす赤い血が記憶から薄れていくような気がした。

 

 

「仕事で嫌なことがあった時は、よくここで汗を流しているんだ。いつもはひとりで来るんだが、今日は佐野と来れてよかったよ」

 

 

 ソンヒさんの笑顔があまりにも眩しいものだから、釣られておれもくしゃりと笑った。

 

 

「おれも、一緒にバッセン行けるくらいソンヒさんと仲良くなれてよかったです」

 

 

 ただ、案の定と言うべきか。世の中全てが上手くいくものではないらしい。

 

 ソンヒさんと別れて帰路につくと、ふいに後ろからポンと肩を叩かれた。振り向くとそこには見慣れたいつもの姿。趙さんだ!

 だが、少しだけいつもと様子が違う。機嫌良さげに鼻歌を歌い、サングラス越しでも分かるくらい目を細め、不気味なほどにニコニコと笑っている。

 

 おれが挨拶をする前に「ねえ、キューちゃん。あいつにあげた俺の服、似合ってた?」と猫撫で声で趙さんは言った。

 

 

「色々買い物したんだってね。あ、未遂だっけ。ね! 気になることがあるならさ、今度から俺に直接言ってねえ」

 

 

 ばっちり通知見られてるじゃん!

 おれはソンヒさんを若干恨んだ。お門違いだと分かっていても、自分を棚上げしたくなるものである。

 

 その後も趙さんの不自然に甘い態度は続いた。

 普段と比べていやに豪勢な食事が作られて、全ての家事をこなしてくれる。天界かと思わんばかりの至れり尽くせりだ。飯抜きにされた方がまだマシなくらい、分かりやすくめちゃくちゃ怒っている……。

 

 その後はもうお察しのとおり。

 嫌というほど何度も何度も肉体を貪られ、途中からぷっつりと意識を失っていたおれは、翌朝大寝坊をかまして徒歩30秒の店に遅刻したんだ。その間店長はワンオペで、真っ青な顔してキッチンとホールをかけずり回っていた。店長、本当にすみません。文句は趙さん宛てにお願いします……。

 

 ちなみに後日渡した豆と煎餅は、普通に気に入ってくれたようで、わざわざ職場に持ち込んで飲み食いしているらしい。

 

 実は趙さんが職場に持っていく前に、一緒に食べないか誘われたけど、断ったんだ。

 彼女の好物だった煎餅を、彼女に似たあの子が売る煎餅を。趙さんと一緒に食べるなんて、さすがのおれも良心が痛むから。

 

 

 

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